相棒は妹
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志乃「こんなところで止まってんな」
前書き
冒頭からこの長さ。
読んでもらえると嬉しいです。
パソコンは本当に高貴な存在だ。
ネットワークは海のように果てしなく、時折息継ぎしながら好きなだけ泳ぐ事が出来る。……現実の俺は泳げないけど。
タグという名の新たな世界を、マウスを介して自由に行き来する事が出来て、作業しながら曲を聴くという神業を作る事が出来る。……俺は海外に行った事無いし、行く気も無いけどな。
こんな素晴らしい物を生み出したのも人間なのだから、本当に人間って凄いよな。やっぱ、これも才能なのかな。
そう、才能だ。
人間は平等だ、なんて話よく聞くけど、そんなの嘘っぱちだ。バカにするのも大概にしてほしい。
この世界は『出来る』人間と『出来ない』人間、二つの枠組みに分かれる。……いや、あくまで『その他』は無いものとする。
『出来る』人間は、そのまんまの意味だ。『出来る』からこそ、人に尊敬され、注目され、愛される。何でも出来る奴もいれば、一つの方面や物に特化した奴もいる。そうした人間を誰もが一回は見た事がある筈だ。近くにいる筈だ。
一方『出来ない』人間は、『出来る』人間との価値観や倫理が違う。根性だって方向性だって変わってるんだろうね。
これに区分される奴らは、全てが全て一緒なわけじゃ無い。
何事にも興味が無い、または挑戦しない奴。全くもってやる気が無い奴。遊び呆けて仕事をしない奴。……はっきり言ってどうしようもない連中の事だ。
逆に、『出来る』人間に追い着こう、追い越そう、打ち勝とうと奮闘する奴とか努力する奴ら。彼らは皆、自分自身で『才能が欠けている』と分かっているからこそ、練習とか仕事に手を抜く事は無い。そうして、いつか成果を発揮出来る事を望んでいるのだ。
『出来ない』と言っても、いろいろなジャンルの人間がいる事を知っていてほしい。特に、『出来る』人間には特に特に。
ちなみに、俺は『出来ない』人間だ。これは確定事項だな。
自分で言うのもなんだけど、その中で俺は努力する方の『出来ない』人間だった。
だった、っていう言い方をしたのには、俺はもう努力をする事を放棄した人間である事を表す。
俺はもう、やりたい事が無い。今まで、剣道しかやってこなかった。それ以外にはパソコンで動画を見たり小説を読んだりする程度で、そんなのはお遊びの一種だ。
小学二年生の頃から始めた剣道。最初は竹刀を振るう姿がかっこよくて、親にせがんでクラブに入らせてもらったんだっけか。でも、竹刀って小学校低学年には少し重たくて、周りの連中に全然合わせられなかったな。
それが悔しくて恥ずかしくて、辞めたい気持ちと強くなりたい気持ちが頭の中ぐるぐるしてた。
結局、俺は「小学校卒業まで続ける」なんて目標立ててなんとか続けたんだよな。正直、辞めたかったんだなあの時の俺。
でも、俺は何でか中学校に入っても剣道をやった。まぁ、剣道以外何のスポーツも技能も無かったからだけど。
俺はクラブの中でも弱い方で、俺より出来る後輩に面を取られる事なんてしょっちゅうだった。バカにした態度で接してくる後輩が嫌だったりした。
だから、俺は他の奴らに遅れを取らないように部活動でも剣道をやった。他の中学校との合同練習にも積極的に参加して、クラブ練習と合わせ、少しずつ勝率を上げていった。
「中学卒業で剣道を辞める」。俺は中学三年の四月に親にそう言った。二年前の話だけど、俺の脳裏には深く刻み込まれている。
なのに、俺は何で高校進学の時に、剣道をやろうって思ったんだろう。辞めるんじゃ無かったのか。
その時、俺は気付いた。俺は剣道が好きなんだって。弱くて、練習して、勝利してを繰り返して、俺は剣道が嫌いじゃなくて、好きになってたんだって。
俺が目指した高校は、地元から一時間程掛かるところにあった。そこの剣道部は、地元の高校より強く、練習量も多いと聞いていた。
スポーツ推薦で入る奴もいるらしくて、俺のような弱者が入って大丈夫なのか、少し不安にもなった。でも、そこで止まったら終わりなような気がした。
だから、俺は……
「兄貴、こんなところで止まってんな」
……誰だ、俺の回想シーンを邪魔したクソ野郎は。パソコンの話から入って主題に移るリズムの良さにちょっと感動してたのに。
まぁ、階段で回想に浸ってたわけだから、そう言われても仕方無いか。うん、考えてみると俺が邪魔だったな。
階段の中間に突っ立っている俺は、声の聞こえた方へと頭を動かす。勿論、それが誰なのかは分かっている。
小さい顔に乗っかっているのはおさげの髪、首元にはいつもヘッドフォンを下げている。くりっとした目が何とも愛らしい。……何故か中学時代の体操服を着ているのが気になるのだが。
体操服を除き、見た目はとても可愛くて、守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出しているが、それはあくまで見た目だけの話だ。こいつは生意気で口が悪い。その上筋金入りの負けず嫌いなので、正直面倒くさい。
葉山志乃。一つ年下の妹。今年で高校一年生になる。最近はほとんど会話してないな。……別に話す事も無いしな。
俺がスポーツをやってた一方で、こいつは文化系に手を入れていた。ピアノを小学二年生の頃始めて、今はかなりの実力者らしい。俺とは真逆のタイプだよ、こいつは。
「もう一度言うけど、そんなところで止まってんな」
あぁくそ、口悪ぃ妹だな。少しは女っつー自覚持てや。
「はいはい、悪かったよ」
でも、俺は特に不満を言う事も無く引き下がる。別に、こいつに頭が下がらないわけじゃない。ただ、滅多に喋らない関係だからというだけだ。
俺は一旦一階まで降りて、志乃を先に目的地に行かせる。志乃は特に礼も言わず、すたすたとリビングに向かっていく。ったく、礼ぐらい言えばいいのに。
まぁあいつはどうでもいい。ひとまず俺は部屋に戻ってパソコンフィーバーしなければ。最近投稿されたボカロ聴こう。俺そんぐらいしかやる事無いし。つか、やる気無いし。
自室へ戻ろうと再び階段に足を踏み入れた俺。でも、それが現実に叶う事は無かった。
何故なら、俺の左腕を誰かが掴んで先へ行かせようとしないからだ。
用があるなら口開けよ。まぁ、そんな事いちいち言ってられないか。誰だ、母さんか?ばあちゃんか?ありえないけど、あの面倒な妹か?
溜息を吐きながら、掴まれた左腕の方に視線を移す。愚痴でも零してやるか。
「わざわざ腕掴まなくても……え?」
思わず間抜けな声が出てしまった。いや、無理ないだろう。
俺の左腕を掴んでいるのは、趣味がコスプレ作りの母でも、カラーボックスマニアのばあちゃんでも無い。
体操服姿の、我が妹だったのだから。
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