食べられる
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第一章
食べられる
セン=ピガーシャはインドのクジャラート州のある街に住んでいる青年だ、仕事はカーストの関係で街で果物を売っている。インド人特有の黒い肌に彫のある顔をしている。まだ口髭は生やしておらず黒い目がきらきらとしている。背は一七五程で痩せている。
彼は最近よくだ、幼い頃から街で一緒にいる市場の仲間達にこう言われていた。
「薔薇をだね」
「そう、薔薇をね」
「薔薇を贈るといいんだよ」
「あの花をな」
「そうなんだね」
センはその話を聞いてまずは頷いた。
「あの花は綺麗だしね」
「形がいいだろ?」
「匂いもな」
「だからな、女の子への贈りものには薔薇だよ」
「花なら薔薇な」
「あれが一番だからな」
「わかったよ、じゃあね」
センは確かな顔になった、そのうえで言うのだった。
「若し好きな人が出来たら」
「その相手にな」
「贈るんだぞ」
「贈るよ」
絶対にだというのだ、センも。
「その人に」
「まあ贈るのなら独身にしろよ」
「人妻は止めておけよ」
「それはな」
「わかってるよ、若し他の人の奥さんに贈ったら」
それこそだ、センは笑って言う仲間達にこれまた笑って返した。
「修羅場だよ」
「そういう奴いるからな」
「それで後で洒落にならないことになるんだよな」
「だからそれはするなよ」
「不倫は現実にやったら地獄だぜ」
「みたいだね、話は聞くよ」
巷には人妻とどうとかは聞く。しかしそれを自分達が実際にすればどうなるかはセンにしても仲間達もわかっているのだ。
だからだ、こう言うのだった。
「刺されたりとかね」
「実際になるからな」
「それで誰も庇わないからな」
不倫は悪いことだ、だから誰も庇わないのだ。
「特にインドじゃな」
「それはきついからな」
「イスラムみたいにはならないにしてもな」
「やるなら覚悟しろよ」
「命懸けだからな」
「だからしないって」
センはこのことは少し断固とした感じを入れて言い切った。
「僕にしても」
「じゃああくまで独身か」
「独身の女の人を見付けてか」
「それで薔薇を贈ってか」
「後はだな」
「相手見つけないとね、僕も」
このことはかなり切実に言ったセンだった、誰にとっても結婚は一大事である、センにとってもそうなのである。
「そろそろね」
「そうだよな、じゃあな」
「頑張れよ、そっちも」
「商売の方もだけれど」
「わかってるよ、何としてもな」
絶対にだとだ、センも言ってだった。
まずは相手を見付けることからだった、しかしその相手は。
意外とあっさりと見つかった、センの店の果物屋の向かい側の肉屋の若旦那が女房を迎えた、勿論相手はその奥さんではない。
その妹だ、背が高くはっきりとした顔立ちで髪は黒く膝まである。黒目がちの大きな目がとても印象的で小さな唇は紅である。
その妹をはじめて見た時だ、センは目を見張って言った。妹は丁度肉屋の奥に入っているところだった。その彼女を見たのである。
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