【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第八十幕 「そんなバナナが食べたいな」
前書き
またずいぶん間をあけましたが、久しぶりです。まだ(仮)ですが戻ってきました。
かつて楯無が勝手にドゥエンデと名付けたそれは、全ての装甲を破壊された状態で倒れ伏しながら機械的に現状を確認していた。既に戦闘形態を維持することも困難になり、人間としての姿を晒している。
―――アニマス損傷率90%を突破。現状の装備では戦闘続行は困難と判断。これよりアニマス戦闘形態を解除し、通常形態による撤退を―――
ガシュンッ・・・
ISの歩行音を聞いた彼女は、その音声パターンと距離からターゲットであるアダム2及びそのISが自身からあと10メートルの位置まで接近してきたことを認識し、任務内容変更を決定せざるを得なくなる。
―――計算の結果これよりアニマス戦闘形態使用不能状態での逃走成功確率0,012%。現時点で任務達成不可能と断定。データ送信の後、これよりアニマス16は証拠隠滅のための自壊プログラムを立ち上げます―――
彼女には状況を分析する知能はあっても、受領した命令を拒否したり躊躇うといった思考は最初から存在しない。故に無理であると判断されたこの状況において、彼女は自身がこの世から消滅することに一切の抵抗を感じない。何故なら、元々“そう言う存在”だから。
今、彼女達の存在を公にする訳にはいかない。彼女達の存在を知られてはいけない。だが、この状況から情報を守り通せる方法はこれしか存在しない。だから彼女はそれを絶対的に躊躇わなかった。
――――準備完了。カウントダウンに入ります。3・・・2・・・1・・・―――
が、どこまでも任務に忠実であるはずの彼女の思考を盛大に阻害するものが現れる事は、恐らく世界の誰にとっても予想だにしなかった事態だろう。結果として、彼女は自爆を中断してしまった。それは、彼女が初めて自身で決定しながらも実行できなかった行動となる。
「はいだらぁぁぁーーーーーーッ!!!」
突如、謎の奇声と共にユウと風花に真っ白な泡が大量に噴き付けられた。
「えっ!?何だこれ・・・泡!?」
―――!?―――
今、このタイミングでこの場所には彼女とアダム2しかいない筈である。にも拘らずその凄まじい速度で膨張する白い泡は明確な意思を持ってアダム2の行動を妨害した。それと同時に、その何者かの腕が彼女の身体を強引に掴み、抱えられる。
そして、予想外に次ぐ予想外の事態に状況を把握しようと努める彼女の耳に、とても聞きなれた人間の声が飛び込んできた。その声が、彼女が表面上取る疑似人格のスイッチを入れ、彼女は如何にも人間らしい声を上げる。
「松乃!!大丈夫か!?とにかくズラかるぞ!!」
「・・・・・・何でここにいるの、鈔ちゃん!?」
本当に、何でここにいるんだろうかこの馬鹿は。
その疑問を敢えて言葉にするならばそう、やはり彼女が馬鹿だからなのだろう。
= = =
浜鷸鈔果、年齢16歳。性別女性、血液型はA型。身長168センチ、体重約56kg。身体能力は平均的な女性よりも高いが知能は平均的な女性よりも低い。家族構成は両親と弟が一人で、同じ学校に通っており、一般人へのカムフラージュのために彼女へと近づき、周囲に友達と認識されるレベルの関係を築いた。
それが井上松乃と名乗る少女―――本当の名を、アニマス16という―――の知る限りの彼女のパーソナルデータだった。それ以上も知っているが列挙する必要性をこれ以上感じない。
だが分からない。鈔果に手を引かれて走りながら彼女は悩む。
任務遂行の妨げになる可能性を考慮して確かに完全に撒いた筈の彼女が何故ここに来たのか?
一体何の目的を以て私を尾行し、誰の思惑で動いたのか?
何故私を救助したとも取れる行動を、リスクを冒してまで行っているのか?
彼女の逃走ルートは、一直線に出口へ向かっていた。今はあらゆる監視とセキュリティが死んでいるため速度が命。長居しても良い事は何もない。IS研究室の一角を通り過ぎたが、鈔果は見向きもせずに先を急いだ。行きの際に通った通路が次々に視界を通り過ぎてゆく。
しかし、セキュリティが一時的に死んでいるとはいえここは日本国内でも有数のIS関連施設だ。彼女は見たところ丸腰だが、ここは何の装備も持たずに進入できるほど甘っちょろい場所ではない。まさか個人でここに侵入するようなことを民間人がするはずもないし、もし万が一入り込んだとしても偶然最もセキュリティの厳しいエリアまで侵入できるはずがない。必然、彼女は一般人ではなく”こちら”に属することになる
判断材料不足。データ不足。浜鷸鈔果が何らかの組織に属しているという情報は未確認。また、特殊な訓練を受けていたという情報も未確認。出生のデータが偽造されていた?検証に必要なデータが不足している。
彼女の所属と目的をはっきりさせなければ。疑似人格を使用し、会話による情報収集を試みる。微かに呼吸を荒げている風に見えるよう心拍音数を調整し、足は止めずに導かれるまま件の相手へ声をかける。
「鈔ちゃん、ねえ鈔ちゃん!」
「何だよ松乃?とっととズラかんないとバレたら怒られるだけじゃすまねぇぞ!!」
「それはそうだけど・・・どうやってここまで来たの?」
「そりゃアイツに道を教えてもらったに決まってんだろ」
アイツ・・・その一言だけでは普通誰から情報提供を受けたかまではっきりさせることは出来ない。
現状で彼女に私の位置を知らせる事が出来るのは2人。アニマス28からの応答がない以上は同時進行で亡国機業から派遣されていたエージェントを除いて他にいない。そして仮にも裏の人間が単なる民間の目撃者を生かして帰すはずがない。つまり、彼女は―――
(私を監視するために最初から送り込まれていた、機業のエージェント・・・もしくは“我々”も認知していない機業の協力者!?)
戦慄。地球圏で未だに機業以外で“我々”の存在に気付いている組織は殆ど存在しない。その機業でさえ、共同作戦を取ることはあっても“我々”の全容はつかめていない。にも拘らず、彼女は―――若しくは、彼女の上にいる存在はピンポイントで松乃を監視する人員を送り出した。
そして、あらゆる分野に精通し完璧な偽装工作で日本に入り込んでいた自分を、逆に一般人のふりをして騙しきってみせた桁外れの演技力。恐らくリスクを冒してまで私を助けたのも、“我々”にその存在をアピールして牽制しつつ、“アニマスナンバー”たる私を回収して内情を探ろうという腹積もりだろう。
「・・・・・・」
万一の場合に自爆して証拠を隠滅することは可能だ。しかし、彼女のバックに誰が付いているのかを探る必要がある。“我々”すら把握していない思惑が動いているとなれば、それを探り実情を把握しなければ計画に支障をきたす。“アニマスナンバー”一機でそれが分かるのならば損害としては安いものだ。
「あぁー・・・昼飯の時間帯になっちまった。こりゃセンコーはカンカンだな。今日の昼飯はコンビニで安売りしてるバナナで済ませるかぁ」
「ねぇ、鈔ちゃん」
「んあ?どした松乃?」
貴方は何者なの?という本当に聞きたいはずの疑問を胸の奥底に仕舞い込み、アニマス16は一人の学生・鈔果としての笑顔を顔に張り付けた。
「今日は、学校サボっちゃおっか」
さあ、乗って来い。“我々”の情報が欲しいのならばこの誘いは魅力的なはずだ。お前も仮面を張り付けて、このまま情報交換と行こうではないか。但し、こちらからは何も渡さないが。私が弱っていると勘違いしているのであればそれで構わない。それでもISすら持っていない人間では私に勝つことなど出来ない。
捕まえて、全てを吐かせて、我々の礎となれ―――
「・・・ダメ!アタシは良くてもお前がサボったとなるとセンコーがますます煩くなっちまうぜ!唯でさえ優等生で通ってるんだからよ・・・アタシが無理やり連れ回したことにしといてやるから、そうすればセンコーもとやかく言わねぇって!」
「ッ・・・うん、わかった」
・・・今はそれより表の顔を維持することを優先するか。
それもいいだろう。まだこの潜伏任務には得られるものがある。此処一帯は“我々”の技術で一時的なEMP攻撃を受けたに近い状況にある為顔がばれる心配も少ない。それが学生ともなれば、仮に顔を見られたとしても偶然だと考えるだろう。日本人の危機感などその程度だ。
「あ、そうだ松乃。お前バナナ好きか?買ったら半分こしようぜ!」
「もう、鈔ちゃんったらダイエットするのはいいけどバナナばっかりは健康に悪いよ?」
最も彼女の身体の重さは多くが平均以上に着いた筋肉の所為なのでダイエットにはあまり意味が無いのだが、無論鈔果はそんなことは考えていない。
という、演技。
それでずっと自分を騙していたのかと思うと、松乃はこの少女が恐ろしかった。だが、真実は必ず暴かなければいけない。
(必ずお前の秘密を探り出すぞ、浜鷸鈔果・・・)
ちなみに一方の鈔果はというと・・・
(松乃の奴、まさかISが大好きすぎて訓練の最中にあんなところまで突入するとはなぁ~・・・趣味の事となると意外と暴走しやすいのか?)
・・・未だに事の重大さを理解できていないのであった。
―――これをきっかけに、馬鹿と工作員は様々な困難にぶつかることになるのだが、互いが互いの勘違いに気付く日が来るのかは不明である。
= = =
「くっ・・・!しまった!」
女の子とはいえこれだけの襲撃を仕掛けてきたとなれば見逃すわけにはいかない。そう考えたユウは彼女の身柄を拘束するために倒れた彼女に接近した。しかし、そこで待っていたのがまさかの協力者である。不意打ち的に消火器の泡を食らって一時的に視界が遮られたユウは、犯人と協力者の顔すら確認することが出来なかった。
「これ、唯の消火器じゃなくて最新型のバブルタイプか・・・!流石最上、いいものを使っているというべきか・・・」
バブルタイプとは最近になって普及し始めた、粉ではなく泡を噴出する消火器である。唯の粉ならばハイパーセンサーである程度相手の顔くらい確認できたのだが、直接泡が直撃した所為か捉えたのは2人で逃走する犯人の輪郭だけだった。
さらにバッドニュースは重なる。
バヂバヂッ!と両腕の電気系列がショートし、強制的に展開が解除された。
「え・・・!?しまった!出力を上げたせいで負荷がかかりすぎたのか・・・!!」
風花そのものの故障。「神度拳」は「十握拳」と同じくらいの威力を誇る技だ。本来ならば発射の反動を肩のパーツで和らげるシステムだったが、あの敵の攻撃でそのパーツの片方が破損していた。それゆえのショートだろう。
仕方なくISを量子化したユウの下に管制塔にいた面々とつららが駆け寄ってくる。それを眺め、無事であることを伝えるように手を振りながら、ユウは深い深いため息をついた。
「今から僕が追いかけたって・・・間に合わないよなぁ。警備の人や、来ているはずの政府がまわした人員に任せるしかないかぁ・・・」
ふと手の平に握られた風花を見る。ベルトの形をした待機形態の風花を眺めたユウは、誰にも聞こえないような小さい声でぼそっと囁いた。
「ごめんね、百華。無茶させちゃって」
自分の考えた名前に存外愛着のあるユウであった。
後書き
井上松乃
勉強のできる女の子であり、学校の成績も常に上位に近い。少し気が弱い部分があり、女子の中で孤立していた所を鈔果に発見され、友達になった。彼女に宿題を見せてくれとせがまれている光景から「利用されているだけでは?」と周囲に見られることも多いが、鈔果は松乃の意見だけはそれなりに聞く為バランスは取れている。
・・・というのは全て疑似人格によってそう見えるように行動しているに過ぎない。
浜鷸鈔果
馬鹿、バナナ好き、日焼け気味、身体能力高いという4つの要素が揃って男子からは陰で「メスゴリラ」と呼ばれている。・・・が、スタイルは良いため一部の欲望がにじみ出る男達からはエロい目で見られているとか。女尊男卑に関係なく元々横暴で自分勝手な女だが、松乃の事は気に入っている。
なおその身体能力は凄まじく、相撲部の主将を土俵上で投げ飛ばしたという伝説さえ存在する。
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