【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
闖入劇場
第七八幕 「重力への抵抗」
噴射加速の発動と同時に構えを作り、アンノウン―――ドゥエンデ相手に一直線で飛び込み、大振りに右腕を振るう。体裁きであっさり躱されるが、残り左手をかぶり、一気に殴り抜く。
ゴッ、という鈍い音が装甲を通して耳に伝わった。しかし、その手ごたえを感じたユウは何かに気付き、苦々しげ顔を歪める。
(手応えが無い・・・まさか、寸でのところで身を引いている!?)
そう考えたユウは、そこで手を止めた自分の失態に気付いた。殴られたはずのドゥエンデが弾かれるように元の体勢に戻り、そのまま強烈な頭突をお見舞いされた。額を中心に突き抜けるような衝撃が走り、装甲の無い頭部を保護するために絶対防御が展開される。それでも抑えきれない衝撃にユウの首の骨に軋むような痛みが奔った。
そして、衝撃を殺しきれずバランスを崩したところに高周波ブレードの一閃が迫る。フィンスラスターで上体を逸らすが躱しきれず、きん、と言う金属音と共に右腕部の装甲の一部が切り落とされた。―――凄まじい切れ味だ。直撃を食らえばISの装甲そのものがバラバラに引き裂かれるかもしれない。すぐさま距離を取って―――
瞬間、ドゥエンデ “不自然なまでに”速く踏み込み、無防備だったユウの土手っ腹を無造作に蹴り抜いた。
「ぁぐ・・・っ!!」
《―――――》
奇しくもトンファーキックとでも呼ばれるような体勢から繰り出された蹴りで風花が不自然なまでの衝撃に引き飛ぶ―――と同時にそこから更に追撃してきたドゥエンデの多段蹴りがユウの身体を容赦なく揺るがした。何とか腕でガードするが、放たれた蹴りの一発一発がライフル弾を身に受けたように重い。
「この・・・何だ、こいつの動き!?機械的かと思えば急に速くなり、動きが不規則で不自然すぎる!!読めない・・・!」
何度も受けた攻撃に痛む身体を押して立ち上がる。―――まただ。
追撃できる隙があるはずなのに、空からこちらを見下ろすばかりで積極的に仕掛けてこない。その態度に苛立つが、あの不自然な動きを見極めなければ仕掛けても決定打を与えられない。種さえわかればこうも戸惑わされることは無い筈なのに。そう考えかけて、ユウは悔しげに兄の顔を思い出す。
「兄さんなら、たかが不自然な動きくらい技量でねじ伏せる。僕の力が足りないのか・・・?」
まだ届かない。あの軽薄に見える兄の背中に追いつこうともがく自分の未熟さを、こんな所でも思い知らされて歯噛みする。
・・・何だかドゥエンデの態度がムカついて見えてきた。なんだその両手を振ら下げた様なだらしないポーズ。訳の分からん頭部のヘルメットはひょっとしてその中で僕をあざ笑う為にでもつけているのか?さっきから人を見下して・・・ちょっとばかり風花より空戦能力が高いくらいで自慢か?
むっかぁぁぁぁ、とユウの心にあった屈辱と苛立ちが沸騰する。人はそれを八つ当たりというのだが、動機が何であろうとやられたらやり返さなければ気が済まない子供っぽい反抗心こそがユウの力の源でもある。
―――そんなに僕の事を見下したいならそのままそこでボーっと突っ立っていろ、そのまま撃ち落してやる!
「フィンスラスター逆噴射、PIC反転!噴射加速にはこういう使い方もあるんだよっ!!」
突然ユウはドゥエンデに背中を向けると・・・そのまま背部のバーニアを使って噴射加速を行った―――慣性制御とフィンスラスターで無理やりその空間に風花を固定させたまま。すると何が起きるだろうか?凄まじい威力で吹きだす噴射加速の風が正面に存在する大地を砂埃という形で一気に噴き上げた。曰く、目くらましだ。
だが、ISに目くらましは大した意味がない。ハイパーセンサーによる補正はすぐさまその障害物の先にある敵影を正確に捉えるため、効果は一瞬しかない。―――逆を言えば、古典的な手段でも一瞬は目をくらませることができる。
その一瞬のうちにユウは・・・確かにドゥエンデの予想を超えた行動を行っていた。
壁への激突によって空いた穴のなかから、両手に抱えるほどの鉄材を抱えて出て来たのだ。鉄骨、鉄板、鉄支柱に鉄パイプ・・・とにかく壁の向こうにあったものをありったけだ。
「これこそつららちゃん直伝!!投擲地獄だぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
天高く振る挙げられた左足を地面に叩きつけ、その勢いを以てユウは鉄材を鬼のようにブン投げた。ISデビュー戦で披露した体当たり然り今回然り、つくづく原始的な戦闘方法に定評のある男である。伝承した覚えないですけど!?とどこかで聞こえた気がするが気のせいだろう。技って盗むものだし。
感情任せのヤケクソと侮ることなかれ、鉄材はそれぞれが優に3,40㎏を超える重さ。それをISのパワーで相手に投げつければそれはある種立派な兵器である。手元にある鉄材を矢継ぎ早に投げる投げる。恐るべきスピードで次々に投げる。流石のドゥエンデもこれには虚を突かれたらしく、反応が一瞬遅れた。
《――――!》
が、それでも攻撃を食らう愚は侵さない。両手の高周波ブレードを次々に振るい、飛んでくる鉄材を飴細工のように切り裂いていく。ぞっとするほどに無造作で機械的な太刀筋・・・だが、幾ら2本の剣でも全ては防ぎきれない。例えば迎撃中にISが猛然と抱えた鉄骨をフルスイングすれば・・・手が一本ほど足らなくなるのではないか?
「鉄骨はなぁ、未来の火星じゃ最強の武器なんだよぉぉぉぉぉぉッ!!!」
《――――!?》
尚、彼が言っているのは昔にプレイしたロボットゲームの話である。馬鹿かお前ばっかじゃねえの!?と言わんばかりにこちらを一瞥したドゥエンデは微かな動揺を見せながらワイヤーに引かれる様に背後に跳ね、結局鉄骨は空を切った。じゃりりりっ!とドゥエンデの脚が砂の上を滑る派手な音が響く。
たったそれだけの事。その砂音に、ユウはまたもや違和感を覚えた。何かが・・・何かがおかしい。
(・・・普通のISならバックステップ後に追撃を避けるため空中へ逃げる筈だ。反撃するならISの自動制震とPICを使ってステップを踏めばいい。それならば、何であいつはあんなに派手に後ろに跳ねた?何故足で無理やり勢いを殺すような面倒なことをしたんだ?)
何かがおかしいのだ。それは分かっていた。そしてその何かに辿り着く為のピースが、ユウの中でおぼろげながら組み上がっていく。
力が籠っていないはずの格闘攻撃。不自然な体のばね。考えてみれば空中を浮遊する際も少しおかしい所があった。あのISは空中にいる間常にスラスターを噴かしている。しかし、空中で静止する際はスラスターを吹かさずともPICが機体を空中に固定してくれるはずである。
しかし・・・あと少しで答えが出そうなのに、それが出てこない。せめてもう何枚か切れる札があれば何か掴めたかもしれないが―――と焦燥を募らせるユウの耳に、再びノイズ交じりの通信が入ってきた。つららではなく聞き覚えのある男性の声だ。あちら側の干渉が弱まっているのかそれとも内部のものかまでは分からないが、声はほぼはっきり聞き取れるようになっていた。―――まだ手があるかもしれない。
『・・・・・・ユ・・・君!聞こえるかい!?私だ、成尾だよ!!』
「成尾さん!?不躾で済みませんが“策”というのは使えますか!?」
本当ならばここは「無事でしたか」とか「そちらは大丈夫ですか」とか「僕はどうすればいいですか」とか、いろいろ言うべきことはあっただろう。しかしユウは今この段階でそんな気を利かせる気はなかった。既に風花のシールドエネルギーは半分を切っている。状況はあちらが有利。逃げるのならばまだ成功確率があるが、ユウはその選択肢だけは絶対に選びたくなかった。だからこその質問である。
成尾はその声にはっきりと応えた。
『ああ、もちろんだ!いいかい、ユウ君!!こちらが合図を出したら“風花”に搭載された『シーケンスB.D.』を適用するんだ!そのプログラムが風花と“翼”を結びつける魔法の呪文さ!』
「翼を結びつける、魔法の呪文・・・」
言葉を反芻したユウははっとなって背後に跳躍した。ユウの先ほどまでいた空間にドゥエンデがその高周波ブレードを振るったのだ。この調子で妨害されてはそのシーケンスとやらも実行できないのではないか?そんな思いが脳裏をよぎる。だがその不安は成尾の力強い言葉で打ち消された。
『こちらがヤツの動きを止めます!対IS用防衛装置の立ち上げに時間を喰いましたが・・・ユウ君、そこを動かないでください!!』
ガコン!ガコン!ガコン!と、成尾のいる管制塔の下部にある壁が次々に解放されていく。中から現われたのは、形も種類も様々な銃器。ワイヤーネット、トリモチガン、ショックガン、グレネード、アサルトライフル・・・それが一斉に発射され、ドゥエンデに殺到した。
《―――――!!》
IS用ではないので威力は劣るし、どれも装弾数はそこまで多くないため一時凌ぎにしかならない。それでも、足止めならばそれで十分だ。
「今だよ!ユウ君、つららちゃん!!」
その声を聞いたユウは成尾の策がなんなのか分からないまま、それでも彼を信じて空へ“跳んだ”。
それと全く同時に、地下秘密部屋のつららは緊張を抑え込むように拳を握り締め、それを目の前にある操作パネルを表面に張られた保護プラスチックごと力いっぱい叩きつけた。Bi-!!という音と共にパネルが眩く点滅し、規定された魔法が立ち上がる。その魔法の名は―――
「「 シーケンス B . D . !! 」」
その瞬間、今度は管制塔“そのもの”が真っ二つに開いた。
中に成尾や他の職員の姿も見えるほどに、”管制塔そのものが2つに割れた”。
がきゃぁぁぁんッ!!
けたたましい金属音と共に、その開いた隙間を猛スピードで鉄のレールが走り、組み上がる。あれは―――カタパルト!?
= = =
~数分前~
「カタパルトって・・・こんな所にですか!?」
『社長曰く、“カタパルトは予想外の場所に置かないと面白くない”だそうでねぇ・・・まぁそれに悪乗りした感は否めないけど』
量子化を終えて固定された“翼”を横に、つららはしばしの間絶句した。カタパルトって、いったいここから何を発射する気で作ったのだろうか。
「この“翼”が・・・第三世代兵装“武陵桃源”を司るって本当ですか?」
『正確にはバリア発生装置自体は風花に既につけてある。この翼にはそれの制御装置が詰まっているといった感じかな?』
しかしそうなるとこの“翼”を放り投げてどうするのか、という疑問が湧く。これは非固定浮遊部位と機能特化専用パッケージの中間にあたるものらしいが、そもそもISの非固定浮遊部位もオートクチュールも、一度量子化ダウンロードして取り込んでから最適な形になってISのフレームに定着するものだ。そしてダウンロードには結構な時間がかかる。単なる非固定浮遊部位ならともかく、これではせいぜい投擲に使うくらいしか使い道がないのでは・・・?
しかし、その疑問に対する答えは、すでに用意されていた。
= = =
ギャリリリリ!というワイヤーが擦れる耳障りな巻き上げ音と共に、その奥から何かが凄まじいスピードでせり上がってくる。
それを心底楽しそうに、プレゼントの中身を確かめる子供のような顔をしながら成尾は叫んだ。
「シーケンスB.D.はねッ!“量子化なんて夢が無い”って嘆いた社長に同調した俺達が組み込んだプログラムでね!!」
ISの量子化技術は素晴らしい。ISコア依存ではあるが、極所戦用などのパーツを装備するのに換装という手間がかからないから実に機能的だ。だが、日本人は古来より効率より非効率を取ることがしばしばある。
こと人型の機械に対する情熱は世界でも群を抜き、―――子供たちに夢とロマンと熱い魂を教えてくれた“ロボットアニメ”ではさらに顕著に表れる。
「・・・世界で唯一、この国のこの会社しか作らなかった・・・量子化を必要としないオートクチュール『合体プログラム』なのさぁッ!!」
合体機構にはメリットが無い。量子化すればそれで事足りる。そんなことは分かっていた。それでもこの会社の連中は・・・社長は、幼い頃に見た鋼の巨人たちを忘れることなど出来なかった。だから、これは挑戦であり、意味のないものであり、しかし夢だ。
瞬間、成尾たちの真横を“翼”が駆け抜けた。
ただの一度もテストなどしていない。そもそも、この非常用カタパルトによる射出など本来は想定していない。合体時に不具合が、合体後に不具合が、若しくはそれ以前にシーケンスが失敗したら・・・そんな可能性だってあった。だが―――
「行けぇ!!」
「行っちまえッス!!」
「「いけぇーーーー!!」」
「お願い!ユウさんに届いて・・・行っけぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーッ!!」
今この瞬間皆の想いは一つであったことだけは、確かだ。
弾丸のように空を駆けた”翼”と風花、その位置と距離が重なり、始まる。
バーニアサイドの連結部分の装甲が蜘蛛の脚のように解放され、連結パーツが有機的に絡み合い、繋がり合い、一つ余さずロックされてゆく。わずか数秒の内に、あらゆる動作に淀みも無駄もなく完全に噛み合った連結部分が背中と一体化した。パーツに通電し、エネルギーがスパークする。
遅れて、そこから分離した両腕部の複数ある補助パーツが力強く分離し、寸分の狂いなくISの装甲へ誘導されてドッキングに入る。乱暴なようでその実寸分の狂いもなくあるべき場所に収まった装甲が摩擦で火花を散らした。表面からは簡単に見えて、内部ではあらゆるエネルギーバイパスが間接と直接の両方で接続され、回転ボルトががちんと固定された。稼働を確かめるように勢いよく開いた手が、装甲が完全に腕と一体になったことを証明するように拳を作る。
大きなウィングパーツが駆動域を確かめるように上下し、次の瞬間変形をしながらウィングが更に分解され、見えない力で空間に固定された翼を形作ってゆく。
両肩部の後ろを支える様に風花の黒い躯体に合わせた翼が1対。腰部の後ろにスラスターに添えられるような変形した翼が1対。そして機体背部に1つ。
エネルギーフィールドが翼全体に命を宿し、排熱部が白い煙を、スラスターが鮮やかな淡赤色の粒子を派手な噴出音と共に吐き出した。
『シーケンス、コンプリート・・・飛翔べ!!風花・百華ぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!』
風花が勢いよく空へ“飛び”上がる。
その背には、濃い淡赤色の粒子を撒き散らす“翼”が勇ましく逆光を背負っていた。
後書き
ISで合体は難しい。
難しいけど、でもだからってやらないっていうのは違うと思う。
ページ上へ戻る