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インフィニット・ストラトスの世界にうまれて

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ラヴリー・スタイル

襲撃事件が起きたあの学園祭からしばらく時が経っていた。
カレンダーに記された日付は、あと数日もすれば十月だと俺に伝えてくれる。
今の時刻は午後の六時を過ぎた辺りか。
夏とは違い、日が短くなってきているのか、窓の外を見れば夕闇が迫っていた。
照明の点る部屋でベッドに座り、壁に背を預けた俺は、電話帳並みに厚いIS関係の本を読んでいる。
そんな俺の耳にコンコンコンと三度ドアをノックする硬質な音が届く。
どうやら、この部屋に訪問者が来たらしい。
俺は読んでいた本を閉じるとベッドの上に置く。
そして、ベッドから床へと降りてドアへと近づいた。
ドアの前まで来た俺は、ロックを外しドアノブを回す。
ドアノブをゆっくり引くと、開き始めたドアの隙間から訪問者の顔が見えた。

「どうしたんですか? 山田先生」

山田先生は周りを伺いながら、

「ちょっとアーサーくんに頼みたいことがあって……。人には聞かれたくないので部屋に入れてもらえませんか?」

と言った。
山田先生の言葉を聞いた俺は、人に聞かれたくない話って何だろうと思いながら、どうぞと言って部屋へと招き入れた。

「で、頼みたいこって何ですか?」

向かい合って立つたっている山田先生に俺はそう尋ねる。

「これを織斑くんに渡してもらえますか?」

山田先生は手に持っていたのだろう、メモ用紙みたいな物を俺に差しのべる。
それを受け取った俺は、

「これを、一夏にですか? だったら直接渡せばい――」

言っている途中で脇腹に痛みが走る。
痛みで顔を歪めながら、痛みの原因を確認した。
すると俺は山田先生にかなり強く脇腹をつねられているようだ。
本気なのかどうなのかは解らないが、

「アーサーくんの顔を見に来たのに」

と言った山田先生は、身体を翻すと俺に背を向けてしまった。
以前の俺なら山田先生がこんな行動をとろうと、俺をからかっているとしか感じなかったかもしれないが、今は違う。
こんな行動を見せる山田先生のことが、やけに子供っぽく、また可愛らしく俺の目には映った。
この時の俺は何を思ったのか、とんでもない行動を起こす。
女子と付き合ったこともないこの俺が起こした行動にしては大胆だったろう。
何をしたのかといえば、山田先生を後ろからぎゅっと抱きしめ、ごめんなさいと謝っていた。
さすがに山田先生も俺に抱きしめられるとは予想外のようで身体を硬くしている。
俺の腕に手を添えた山田先生は、

「こういうことされると、先生は困ります」

と言った。
声のトーンから拒絶というよりは困惑しているように感じる。

「もうしばらくこのままでいいですか?」

と言った俺の腕を優しく振り解くと、再び向かい合うようにして立つ。
山田先生の瞳は潤み、頬は上気しているように見える。
俺は意を決して山田先生の両肩に手を載せたまでは良かったが、ヘタレてしまいその先へと進むことはなかった。
お互い見つめ合ったまま、ただいたずらに時だけが過ぎて行く。
が、ここで行動を起こしたのは山田先生だ。
俺の両頬に手が添えられたかと思うと、ゆっくりと自分のほうに導く。
数秒後、俺と山田先生の唇は――触れ合っていた。
とはいっても、大人のキスというより、まるで挨拶でも交わしているようなキス。
そうだとしても、俺には充分に衝撃的な出来事だったが。
ことが済んだ後、俺の頬から手を離し、一歩後退った山田先生は、

「これで満足ですか」

と聞いてくる。
何も言えないでいる俺に、

「身体だけではなく、ココロも大人になって下さいね」

と俺に告げた。
この言葉にはどんな意味が込められているのだろうか……今の俺には理解出来そうにない。
俺は山田先生に絞りだすような声で、ゴメンナサイと謝ることしかできなかった。
そんな俺に山田先生は慈愛に満ちた笑顔を見せると、

「アーサーくんは織斑くんのところに行ってメモを届けてから、織斑くんと一緒にメモに書かれている場所に来てくださいね」

と言うと、用事はすんだとばかりに山田先生は俺の部屋を去って行った。

この後、どうやって一夏の部屋に行ったのか俺の記憶は定かではない。
一夏が一緒だということは迎えに行ったのは確かなのだろう。
メモに書いてある場所へと向かう途中、何を話しても上の空の俺に、

「何か、あったのか?」

と言った一夏は心配そうな顔をしていた。

メモを見ながら照明が足元にしかない薄暗い通路を進んだ先にあったのは、『M―38』と書かれた金属製のドアだった。
そのドアを押し開き、俺と一夏はそろそろと中へと進入したが、ドアの内側の空間は照明が点されておらず真っ暗。

「誰かいませんか」

の一夏の言葉にも反応はなし。
十歩ほど進んだろうか、今まで開いていた金属製のドアが大きな音を立てて閉まる。
目を凝らしてみてもまるで何も見えない空間で、俺は背中に衝撃を感じたかと思うと、数歩進んだ先で床にうつ伏せに倒れた。
俺の身体は身動きが取れないように背中を押さえられた挙句、左腕を捕まれている。
左肩に痛みが走り思わず、

「痛てえ!」

と叫んでいた。
俺の声が聞こえたのか一夏の、

「大丈夫か、アーサー」

という俺の無事を確かめる声が聞こえる。
俺の位置からは何も見えないが、一夏も暴れているんだろう、争っているような声と音が聞こえた。
そうこうしているうちに、俺は頭に何かを被せられ、何かの衝撃を感じたかと思うと、俺の意識は暗転する。

意識を取り戻した俺は自分の今の状況を確認してみる。
身体に痛みはないから怪我はしていないようだ。
身体を動かそうとしたが――まったく動けず、身体の自由は奪われているようだ。
どうやら俺は簀巻きにされ、仰向けに寝かされているらしい。
顔を動かし辺りを見回したが、一夏の姿が見えない。
一夏はどこへ行った? っていうか、ここはどこなんだ?
何とかしてここから脱出したいところだが、こんなミノムシ状態ではまともに動くことは出来ない。
逃げたとしてもすぐに見つかってしまうだろう。
俺は天井をじっと眺めながら冷静になって考えることにした。

まずは今日あった出来事を整理してみよう。
思い出してみても、夕方までは普段と変わらなかったはずだ。
夕方に山田先生が現れ俺にメモを渡す。
そのメモを持って一夏のところに迎えに行った。
メモ書きにあった場所、『M―38』と書かれた金属製のドアの向こう側、真っ暗な空間で襲撃を受け、俺はこんなことになっている。

今回の事件は外部犯の可能性は少ない。
なぜなら、山田先生のメモに書いてあった場所で襲撃を受けたからだ。
今回の件に山田先生が関わっているのは間違いないだろう。
しかし、こんなことを以前にどこかで見たことがあるような……そんな、既視感のようなものを俺は感じていた。

「今日の日付は九月の二十七日――だよな。……二十七日、ねえ。にじゅうな、な? あっ!」

俺はここでようやく思い出す。
今日はもしかして一夏の誕生日じゃないか? 原作では一夏の誕生日は家に皆で集まりパーティーするとか書いてあったはずだ。
でも、一夏が襲撃されるなんて……なるほどね、アニメ版か。
確かにアニメ版では、一夏がメモに書いてある地図を手に薄暗い通路を歩き――みたいな始まり方だった気がする。
なら今頃一夏は、ラウラ発案の動物コスプレをした女子五人の接待を、一人づつ順番に受けているってことかもしれない。
ということは、俺はそれが終わるまで冷たい床に転がったままってことか? っていうか、俺をこんな姿にまでして巻き込んだ意味はあるのか? 何てことを考えていると、ドアが開く音がした。

見れば、山田先生がとんでもない格好をして立っていた。

「気がついたようですね、アーサーくん。痛いところはありませんか?」

山田先生は微笑みながら、そんなことを言ってくる。
俺は自分の置かれた状況など忘れ、

「何て格好をしてるんですか、山田先生――っていうか、これ以上俺に近づかないで下さい。その短いスカートの中身が見えてしまいます」

と言っていた。
山田先生がしていた格好というのは、着ている物がすべてウシのホルスタイン柄。
しかも布面積が少ない。
厚底ブーツにニーソックス。
スカートと呼ぶには短過ぎる物を穿き、ウシのしっぽのような物もちらりと見える。
山田先生が寝転んでいる俺に一歩でも近づけば、角度的にスカートの中身が見えそうだった。
お腹のあたりには布らしき物体は存在せず、おヘソは丸見え。
胸も一応布で覆われているが、今は俺の顔を覗きこむような格好のため、これでもかと存在感をアピールしている。
頭にはウシ耳のついたカチューシャが載っていた。

「あっ、そうですね。でも……見られても平気ですよ」

それを聞いた俺の心臓はドクンと大きく鼓動する。
今、山田先生は何て言った? 見られても平気です、だと? それはどういう意味だろうな。
スカートの中に実は、とある科学的な少女がやっていたようにスカートの下に短パンを穿いているとか、またはスパッツを穿いているとか、そういう意味なのでしょうか? 山田先生。
他にも考えられることはあると思うが、俺はここで思考するのを止めた。
年頃の男子が、それを知り、理解したとき、もう冷静ではいられなくなりそうだからな。

山田先生が簀巻き状態の俺を解放してくれている間、俺は硬く目を瞑っていた。
俺を解放した山田先生は着替えると言って部屋を出ていったが、あんな姿の山田先生を見た俺は、今でも心臓が激しく鼓動し、顔は火照っている。
鏡を見れば俺の顔は真っ赤になっているだろう。
しばらく時間が経ち、ようやく平常に戻った俺は、からかうにしても過激すぎですと心の中で呟いていた。

山田先生が着替えると言ってこの場所を去ってから、自分の感覚では一時間ほど経ったろうか。
すべてつつがなくことが済んだのか、迎えに来た山田先生と移動した先は学生寮の食堂だった。
天井からは『織斑一夏、パッピーバースデー』の垂れ幕が吊るされ、テーブルの上には料理が載っている。
クラッカーが皆に行き渡ると、掛け声と共にクラッカーの紐を引く。
パンッという乾いた破裂音がいくつか食堂内に鳴り響き、紙吹雪が空中を乱舞する。
そして、一夏誕生日おめでとうの言葉が唱和された。
その後、女子五人が一人一人、一夏の誕生日に対する想いを伝えていく。
その言葉を聞いた一夏はにっこり微笑むと、嬉しそうにありがとうと言っていた。
一夏が女子五人と話し終わると、山田先生がこんなことを言い出す。

「ところで織斑くん。今日は誰が一番良かったですか?」

この言葉を聞いた女子五人は、はっと息を飲む。
一夏は顎に手を当て、数秒悩んで最初に口に出した言葉が『ち』だった。
その言葉が出た瞬間、俺は一夏が言い切る前に手で口を塞いでいた。
一夏は突然口を塞がれ、声を出せず、ふがふがとくぐもった声を出している。
『何をする』と言いたいのだろうが、それはこっちのセリフだ。
この食堂にくるまでに山田先生からことのあらましは聞いていた。
大体は知っていたことではあるが、ここで織斑先生の名前を出そうものなら、気合いを入れて接待をした女子五人は落胆するだろうことは想像に難くない。
余計ことだろうとは思いつつも、俺は一夏にこう伝えた。

「ここで織斑先生の名前を出すなんてボケたことはするなよ?」

と俺が言うと、まだ口が塞がれているのでふがふがとしか聞こえないが、一夏はこう言いたいのだろう、『何でだ?』と。

「何でもだよ。今回ばかりは五人の中から優勝者を決めてくれ、いいな? 優勝者が誰なのか、今は言わなくていい。後で直接伝えるなり、メールするなりすればいい」

そして俺は一夏の側に控えている五人の女子五人に視線を移し、

「皆もそれでいいよな? 優勝者が誰であっても口には出さず、自分の胸の中にしまっておけよ」

と言うと、五人はそれぞれ顔を見合わせたあと、一斉に頷いた。
一夏が織斑先生の名前を出そうとしたのは本能的なものかもしれない。
ここで女子五人のいずれかの名前を出したとしても、揉めるのは目に見えている。
なら、自分の姉である織斑先生の名前を出しておけば、女子五人はがっかりはするだろうが、少なくとも揉めることはないだろうからな。
今回の俺の行動が良かったのか、それとも悪かったのか、結果が出るまで少しばかり時が必要だろう。
ともかく、一夏が周りにいる女子五人のことを、今回のことを切っ掛けにして、自分にとってどんな存在なのかを考えてくれればいいなと、俺は思っていた。

最初は俺たちしかいなかった食堂も、一夏の誕生日を祝うためにいつの間にかたくさんの人間が集まっていた。
一夏は主賓だけあって挨拶に忙しそうだ。
誕生日をこんなにたくさんの人間に祝ってもらえるなんて幸せ者だな。
俺は皿に盛られた食べ物をつまみつつ、そう思っていた。

視線を上げると、皿を抱えてウロウロしいる山田先生を見つけたので、隣に座りませんかと声をかける。
はい、と答えた山田先生は俺の隣に座った。
しばらく会話を楽しみつつ、皿の上にある料理を口に運んでいく。
俺は皿の上の料理がなくなりかけた頃、こんなことを訊いてみた。

「あのホルスタイン柄の衣装は自前ですか?」

返ってきた答えは秘密です、だったが。
不意に、山田先生に携帯電話を持っていないかと言われた俺は、持っていますよと答え制服のポケットから取り出す。
見せて下さいと言うので山田先生に渡すと、自分の携帯電話を取り出し、操作しながら俺の携帯電話にも何かをしていた。
返しますと言って戻ってきた俺の携帯電話の画面には、ホルスタイン柄の衣装着た山田先生が可愛らしいポーズを取っている写真がデカデカと映っている。
その写真から目を離せないでいる俺に、

「織斑先生には、ナイショです」

と俺の耳元に口を持ってきた山田先生は小さい声で言った後、
「アーサーくん、お誕生日おめでとう」

という言葉が聞こえてきた。

「俺の誕生日を知ってたんですか?」

俺は驚いて山田先生を見る。

「何せ私は先生ですから」

そこには満面の笑顔があった。
再び携帯電話の画面に視線を移した俺は、山田先生のコスプレ写真をまじまじと見る。
そして心の中で拳を突き上げ、歓喜の声を上げながら、この写真を一生の宝物にしようと心に誓っていた。


俺のそんな細やかな幸せも長くは続かなかった。
皿を抱えた織斑先生も俺の隣に座ったのだ。
山田先生がここにいるので来たんだろう。
それはいい。
だがなぜ俺を挟むようにして座るんだ? この並びには嫌な思い出があるんだが。
まあ、この場にアルコール類がないだけマシか。
織斑先生とは補習のことやら四組に移ってからのことを話した。
話が堅苦しいこともあって、まるで仕事場に気紛れにお偉いさんが現れ、調子はどうかと聞かれた社員の気分になるな。

こんな出来事が起きた俺の誕生日でもある九月二十七日はこうして幕を閉じるのだった。 
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