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ゴミの合法投棄場。

作者:Ardito
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魔王は勇者の世界を知りたい。

「――ぁ……あ……ア……ァあ……」

 そこは美しい洋風の小部屋だった。
 円錐形で、床は鏡のように磨き抜かれている。 扉は無いが、その代わりとでも言うように大きな窓が四方に設置されている。
 不思議なことに、窓から見える景色は全て場所も季節も異なるようであった。 何せ、春の花が咲く風景が見える窓の反対側に設置された窓には雪景色になっているのだ。

 今は雪景色の窓のみが開かれており、そこから冷たく鋭い寒風が吹き込み、室内は心をも凍らせるかのような真冬の寒さだった。

 そんな小部屋に、まだ若い少年の苦し気な掠れ声が断続的に響いていた。

 カランと軽い音を立てて、声の主である黒髪の少年の手から淡い光を放つ青く透き通った剣が零れ落ちた。
 剣は、少年の手を離れた瞬間に輝きを失いただの透き通っただけの物に変わった。
 それは唯一魔王を殺せる可能性があると言われている伝説の聖剣であった。
 聖剣を持つことのできるのは勇者のみ。 であるならばこの黒髪の少年は今代の勇者なのだろう。

「も、う……やめて、くれ……あァ、あ……」
「何故?」

 その勇者と相対する少女――否、本来耳のあるべき場所が大きく変形し、細く燃え上がる黒炎のような二対の角を持つ彼女をただ『少女』と呼ぶのは正しくないだろうか。
 黒い角の生え際は、長く雪のように白い髪に隠され、その髪の合間から覗く碧いガラス玉のような感情の無い瞳がじっと勇者を見据える。
 そんな少女の形をした『化け物』に、顔面を鷲掴まれ宙づりにされた勇者は息も絶え絶えに言葉を絞りだした。

「ア……嫌、だ……俺の、中に……ァ……これ以上、入って……くる、な……あぁあ……」

 化け物は美しく整い過ぎた(・・・・・)容貌を歪めて優しげな笑顔を作り、首を傾げる。

「酷いな。 お互いのことをもっと知れば分かり合えるって言ったのは君なのに。 私は、もっと君のことが、君の世界のことが知りたい。 今まで勇者のことを知ろうとしたこと無かったんだけど、なかなか面白い。 もっと早くこうしていれば良かった」

 そう言って化け物――魔王は心地よい音楽を聞くかのように目を閉じた。
 勇者が『お互いのことをもっと知れば分かり合える』と言ったのは所詮冗談に過ぎないことを魔王は知っていたが、だからといって勇者の思惑を組んでやる必要は無い。 勇者と魔王。 二人の関係は決して相容れることの無い敵なのだから。

 勇者の少年を鷲掴んだ魔王の手からは木の根のようなものが生え、勇者の脳内を深く、深く、侵蝕していく。
 その根を通して流れ込む勇者の記憶、人生の全てを、魔王は楽しげな表情で吟味する。

 魔王城に辿りつくまでの旅で出会った人々のこと。
 魔族に襲われ見る影も無くなった街や村のこと。
 逆に、人々に八つ当たりで破壊された、人間が大好だった魔族の村のこと。 
 助けたエルフの姫君のこと。
 勇者を異世界から召喚した姫巫女のこと。
 剣術を教えてくれた王宮の騎士団長のこと。
 世界を救って欲しいと頭を下げた王様のこと。

 元の世界では、自分を見ない親に認められようと勉強や運動を頑張っていたこと。
 通っていた学校のクラスでイジメが起こり、いじめられていた子を助けたら今度は自分がイジメの標的にされたこと。
 助けたはずの子にも暴力を振るわれ、親にも見て見ぬふりをされ、孤独だったこと。
 引きこもりになって、ネットゲームばかりしていたこと。
 引きこもりになっても、親は何も言わなかったこと。
 漫画やアニメの勇者や正義のヒーローに憧れ、異世界転移物の小説を読み漁っていたこと。

 ――この世界が、勇者のやっていたネットゲームの世界に酷似していること。

「嫌だ――見るな、見ないで、くれ……嫌だぁアあぁああァあああああァアアアア――あ゛」

 勇者の叫びが不自然に途切れ、その身体から力が抜ける。
 魔王に流れ込んでいた勇者の記憶も途絶え、宙づりにされた勇者の足元には彼がマジックボックスにしまっていたアイテムがドサドサと落ちていく。

「あ、死んじゃった……」

 ぽつりと魔王がそう呟いた瞬間、勇者の身に刻まれた、命の灯が消えることで作動する自動帰還魔術が展開し、勇者の骸は彼を召喚した王国の召喚の間に転送されていった。

「――可哀そうな勇者。 孤独な勇者。 君は私を倒して人々に認められたかったんだね。 でも本当は、大好きなお父さんとお母さんに認めて欲しかったんだ。 結局誰にも認めて貰えないまま君の人生は終わった。 幼い勇者。 可愛い私の勇者――やっとわかったよ。 我が身を犠牲にしてまでも私を殺そうとする君達のことが。 君は……君達『勇者』は、誰かに認められたがっていたわけだ。 すごいね、よく頑張ったねって褒めて欲しかった。 それだけのことだったんだ」

 魔王はそう独白し、ふと、その口元が嘲笑するかのように弧を描く。

「愚かな事だ。 何故他人に認められる必要がある? 君たちは十分優秀な個体なのに。 自分を認めない奴らなんか、皆殺しにしちゃえば良いだけじゃないか」
「彼らと私達は似て非なるモノ。 ――彼ら、ヒトというモノにとっては、私たちが下らぬと切り捨てるモノが時にその命よりも重きモノに成り得るのですわ」
「ラスティアラ……――分かった風な口を利くね」

 雪景色の窓の外に、凍り付くような氷色の髪と青白い肌をした美しい女が片膝を立てて跪いていた。 一見人間に見えるが、その耳は氷で作られた鳥の翼のようになっており、彼女が人間では無いことを主張している。
 ラスティアラと呼ばれた彼女は、体勢はそのままに、顔だけを上げて妖艶な笑みを浮かべる。

「私は【写し身】を通じて魔王様よりもニンゲン達と多く関わってきましたもの。 その思考回路は理解はできずとも、価値観が違うことくらいなら分かりますわ」
「ふうん。 なるほど」

 やや憮然とした表情を作った魔王を、ラスティアラは愛おしげに見つめ、微笑む。

「そんなことよりも、魔王様。 勇者千人の討伐、おめでとうございます。 これでこの忌まわしい封印も解かれ晴れて魔王様は自由の身。 私たち、四将軍も【写し身】でなく、本体を現世に戻すことが出来ます。 これでようやくニンゲン達を根絶やしにすることができますわ」
「……私よりも人を理解したという口で、根絶やしにしろと言うんだね」
「理解したからこそ、ですわ。 私たちとあれらは、価値観から身体の構造まで何もかもが相容れません。 分かり合うことは一生無いでしょう。 どちらかが滅ぶしかないのです。 魔王様もお判りでしょうに。 ――さあ、他の窓もお開きくださいませ。 封印の解けた今ならば全ての窓を開くことができるはず」
「――私は、先ほどの勇者の記憶を見て、むしろ人間に興味が湧いたよ」

 魔王はゆるりと、口角を上げ笑みを浮かべた。 その、どこかいたずらっ子のような雰囲気を纏う笑みにラスティアラはギクリとなる。

「魔王様? また何か良からぬことを――」
「『また』だなんて……嫌だな。 そんな言い方、まるで私がしょっちゅう良からぬことをしてるみたいじゃないか――ただ、ちょっと勇者になってみようかなっていうだけだよ」

 照れたように頬を染めてみせた魔王はくすぐったそうな笑顔でサラリと言い切った。
 ラスティアラは一瞬フリーズし、次の瞬間彼女に似合わない愕然とした表情と共に驚愕の声を上げた。

「は。 ……はぁぁ!?」
「あ、でも人間からしたら私の存在そのものが良からぬことに該当するのかな。 魔王だしね」

 のほほんと笑った魔王がパチンと指を鳴らすと、閉まっていた三つの窓がバタンと開く。

「っと、魔王様!?」
「ふあ……魔王様!? おおお久しぶりっす! って、おわっ――ぶふぅ!?」
「――……封印が解けたのですね。 お祝い申し上げます、魔王様」

 窓が開くと、新緑を思わせる緑の髪と金の瞳を持つ、肌の所々に鱗を持つ青年が目を見開き、蜂蜜色の髪と紫の瞳を持つ、真っ赤な天使の翼が生えた幼子が転び、燃え盛る炎のような赤毛の髪と真紅の瞳を持つ青年が閉じていた目を静かに開き、片膝を立てて跪いた。

「皆、久しぶりだね。 突然で悪いけど、ちょっくら勇者になってみることにした。 だから、私の許可無しに現世に降臨するの、禁止な?」

「は、はい! ――って、勇者ぁ!?」
「うえぇ!? 何すかソレ! 魔王が勇者で勇者が魔王で……えーと、誰を討伐するんすか!?」
「御心のままに」

 それぞれがそれぞれのリアクションをとる中、魔王は静かに微笑む。

「リフェラート、メロディア。 ラスティアラもかな。 ――私たちの社会は強さこそが正義。 そうだね? お互い封印が解けたことだし、私のやることに納得できないのなら数百年ぶりに魔王決定戦でも開催しようか?」
「「「滅相もございません!!」」」
「なら良いんだけど――さて、そろそろ聖王国の姫巫女が次の勇者を召喚する頃かな……」
「お待ちください、魔王様」

 赤毛の青年が跪き、顔を伏せたまま声を上げた。

「ん、どうした? フレアランス」
「勇者たちのことは我々も窓の外から見ておりました。 僭越ながら……おそらく魔王様がそのお姿のままで姫巫女の勇者召喚の儀に介入されたとしても、すぐにご正体がバレてしまうのではないかと愚考致しますが」
「ああー! 何で言っちゃうんすか、フレアランスの堅物真面目バカアホちん! 正体がバレればそのまま戦闘になって、済崩し的に人類滅ぼせるじゃないっすか! って、どひゃああっ!?」

 春景色の窓から身を乗り出してフレアランスを罵倒しだしたメロディアを魔王は遥か遠くに吹き飛ばす。
 そして、笑顔でフレアランスを振り返った。

「大丈夫。 ついさっき勇者の記憶を覗いて色々勉強したからね――ほら」

 魔王の装備が、『勇者のプレイしていたネットゲーム』の『アークビジョップ』という職の装備になる。 元々自らをも殺せる程の性能を持つ聖剣を作ったのは魔王であった。 希望がなければ勇者も討伐しにきてくれないかもしれないと思って作ったのだ。 自身の魔力を硬質化させることで魔金属を作り出し、それを剣の形に加工してから様々な付与魔法をエンチャントした結果生まれた最高傑作が聖剣なのだが、膨大な魔力を消費しただけで作業時間そのものは大してかからなかった。 そんな魔王にとってただ形だけを真似た装備品を瞬時に作り出すなど容易いことであった。
 角に関しては仕方ない。 幻術で消して誤魔化すくらいしかできなかった魔王だが、彼女の術を破れる者はそういない。 おそらくは問題ないだろう。

「これは、勇者の元の世界で、ヒーラーに該当する職の最上位職装備らしいよ。 これなら巻き込まれて召喚された感が良く出ているだろう?」

 魔王は先ほどの『自称ネトゲ廃人』な勇者の記憶から、これまで屠ってきた勇者達の聖剣以外の装備が、全て『ネットゲーム』に登場していた装備であることを知っていた。 ならば、次に召喚される勇者も例の『ネットゲーム』からであろうことを想定しての選択だ。

「なるほど、流石は魔王様。 完璧です」
「って、ちょ、待って下さいよ! 巻き込まれてって……まさか勇者と共に行動するつもりですか!?」
「リフェラート……当然じゃないか。 勇者のことやその世界のことをもっと知りたくて行くんだから」
「そんな、危険ですわ――」
「ラスティアラ、魔王様を愚弄することは許さんぞ。 魔王様のお力を疑うのか」
「ああもう、フレイランスは黙っていて!」

 ぎゃいぎゃいと騒がしい四将軍――この場には三人しか居ないが――を無視し、魔王は勇者召喚魔法陣に不自然の無いように己を紛れ込ませるために必要な作業を手早く完成させた。
 そして、先ほど死んだ勇者の遺品の中から、普通ならば決して入ることの出来ない魔王城こと『死季の塔』に侵入するためのキーアイテムを現世にばら撒き、聖剣もまた元の場所に送り込んで眠らせる。
 聖剣と同様、これらのアイテムは全て魔王が作った物だ。 死季の塔の封印を解くためには勇者の死が必要であったが故に。

「じゃあ、行ってくるよ。 次は勇者と一緒に来るから、楽しみにしていて」
「ああっ、魔王様っ!?」
「ちょ、待っ」
「行ってらっしゃいませ」

 転送魔法陣に身を委ね、魔王は目を閉じ、思考の海に身を沈めた。

(――勇者のプレイしていたネットゲームなるモノ……この世界に似すぎている。 もし、この世界が作られた物だとしたら――面白い。 是非とも勇者には色々な話を聞きたいな。 そのためにも、仲良くならなくちゃ――さあ、次に目を開いた時は勇者と、あの(・・)姫巫女の目の前――ああ、楽しみだ!)

【Q.《魔王は勇者の世界を知りたい。》を合法投棄場に投棄しますか? →Yes/No】 
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