ストライク・ザ・ブラッド~魔界城の主~
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第Ⅰ章:天使炎上編
01:《黄昏の君主》、島外へ
「オーディン」
その呼びかけに答え、青年の姿をした吸血鬼は振り返る。振り返った先に立っていたのは、超級の戦士の気配を纏った、十六歳ほどの外見の少年だった。まだ幼さが残る外見ではあるが、彼はその見かけの何十倍もの年齢を生きている。
その傍らにたたずむのは、彼が従える七十二体の異界からの召喚獣眷獣のうち一体。精神感応能力を持つ者が多い彼の眷獣の中にあって、数少ない物理的な攻撃を中心にする眷獣だった。
「どうしました?”忘却の戦王”」
「……お前も、その名前で吾を呼ぶのか」
「……そう呼ばなければ失礼な存在に、君はなってしまった」
青年の返答に、少年は悲しそうな表情で答えた。
「そうか……お前だけは変えないと信じていたのだが」
「仕方ないでしょう?きっと僕たちの友情なんてこの程度の壁で隔たれてしまうようなものなんですよ」
「そうか……」
少年は第一真祖。今や世界で最強となった吸血鬼。《聖域条約》を締結させて、すべての魔族を救った存在だ。そんな存在に、『非公式な』真祖が気安く語りかけていいものではない。青年は、表向きにはただの吸血鬼でしかないのだ。
「……なら、吾のもとに来る気はないか?対等の関係が嫌だというのであれば配下として」
「嬉しく、そして魅力的なお誘いですが……お断りしましょう」
青年がやんわりと、しかしきっぱりと断ると、少年は泣き笑いの様な表情を取って、そうか、といった。
「僕の領地は君に差し上げましょう」
「……いいのか?」
「ええ。僕は一人気楽な旅にでも出ますよ」
「……」
「時には元の領地に帰りたくなることもあるかもしれません。その時はよろしくお願いしますね。――――我が友よ」
***
結局、あれ以来第一真祖”忘却の戦王”には会っていない。あのあと、彼は《戦王領域》を与えられて、そこに引きこもってのち十年以上も姿を見せていないからだ。
かつて領地だった場所には何度か足を運んだ。そこの《魔族特区》に定住し、懐かしい日々に浸ったこともある。
それでも、かつて”オーディン”の名で知られた《番外真祖》、”黄昏の君主”暁魔城は、あの日朋友の手を振り払ったことを後悔してなどいない。
あの時”忘却の戦王”の誘いに乗らなかったからこそ、《番外真祖》は様々な地を巡り、様々な知識を得た。暁牙城と言う名の考古学者と出会うことができた。そしてそれがなければ、古城という可愛い弟に出会うことも無かったし、愛する王女と巡り合うことも無かった。
なぜいまそんなことを魔城が思い返しているかと言うと――――
「Kryiiiiiiiii!!」
「うわわわわわっ!?」
下手をすれば、此処で死ぬかもしれないからである。
魔城のすぐそばを、闇色の翼が駆け抜ける。翼は神々しい光を放って、周囲の大気を引き裂いていく。
魔城は『非公式』とはいえ、吸血鬼の真祖だ。神々の呪いによって、死なない。死ぬことはできない。その神が、『死ね』、と宣告しない限りは。
あらゆる魔力を無効化する、神気の光。今魔城を攻撃している《ソレ》は、神気の光を纏って攻撃してくる。すなわちそれは、戦っている相手は神かもしくはその眷属、関係者という事になる。
「Kryiiiiiiii――――――――――ッ!!」
再び向かってくる《ソレ》。
その奇怪な鳴き声は、『Kryie』と言っているように聞こえる。ラテン語で『主よ』を表す言葉。『主よ、憐れみください』などで有名である。
そしてその容姿は、なんとなく『天使っぽい』と言えなくもない。翼はたしかに鳥の羽根の様な形をしているように思える。
だが、客観的に見れば、その容姿は天使とは全く似ても似つかない。それどころか、『聖なる存在』と言うよりかは『邪悪な存在』と言える容姿である。
翼の形状は不ぞろいだ。目玉の様な模様が浮き出た奇怪なその翼に、神々しくも禍々しいオーラを纏わせて、その『邪悪な天使』は再び魔城めがけて神気の衝撃波を放つ。
「くっ……!」
魔城は体をひねると、ぼろぼろになったビルから、別のビルへと飛び移った。
本来ならば、魔城はこんな敵に苦戦したりなどしないのだ。だが、今魔城は本気を出すことができない。その理由は、魔城の能力にあった。
魔城が100%の本気を出すためには、彼の最強の眷獣である《九曜の世界樹》の能力を完全に開放する必要がある。だが、《ユグドラシル》を完全開放してしまうと、その真の能力もまた発揮されてしまうのだ。
《帰化》能力。簡単に言ってしまえば、《領地作成能力》である。《ユグドラシル》はその根を下ろした場所を自らが新たな住居と定め、そこに領地を作ってしまう。絃神島は魔城の領地になる場所ではない。この地は、『来たるべきとき』に古城の領地となって戦ってもらわなければならない場所なのだ。
だから今、魔城が本気を出すわけにはいかない。それでも、魔城は必至でこの模造天使を引き留めなければならない理由があった。
「まだか……まだなのですか……ッ!」
魔城が戦っているのは、絃神島の西区周辺のビル群だった。その上では、巨大な純白の飛行船がごうごうと音を立てて火と黒煙を噴いている。
飛行船はアルディギア王国の保有する装甲飛行要塞《ランヴァルド》。聖環騎士団というアルディギアが誇る対魔族部隊によって守護された飛行艇だ。
それが、魔族の襲撃を受けた。あの船には魔城が愛するアルディギア王女、ラ・フォリア・リハヴァインが乗っていた。彼女はぎりぎり逃げおおせたようだが、魔城の視力ではまだ彼女の救命ポッドが見える。恐らく襲撃してきた魔族が総力をもって探せば見つけられる距離だろう。彼女が魔城にすら見えなくなるまで逃げないうちには、魔城が引くわけにはいかない。
「――――『芽吹け、《ユグドラシル》』!!」
ぽう、と緑の光が魔城の胸に宿る。そして魔城は、世界樹が従える眷族の一柱を呼び出した。
「『煉獄の《ニダヴェリール》より来たりて、打ち鍛えよ、《神器の鍛冶師》』!!」
召喚されたのは、数々の神器を鍛えたという小人の名をもつ眷獣だ。六臂にそれぞれハンマーをもっている。
《ブロック》と天使がお互いに傷つけ合う。近接戦闘は得意ではないのか、その戦闘は五分五分、といった感じだった。ブロックも本来戦闘用の眷獣ではないのだ。
その状況が動いたのは、邪悪な天使が悲鳴のような叫びをあげた時だった。
「OAaaaaaaaaa―――――――――――――ッ!!!」
「なっ……!?」
神気の波動が周囲にまき散らされる。ビル群が粉々に吹き飛ばされる。絃神島が、震える。眷獣を避難させた魔城は、それが失策で会った事に気が付いた。
「しまっ……」
神気の波動が、魔城をも吹き飛ばす。それも、猛烈な勢いで。
「うわぁぁぁぁぁ……!?」
夜空に、《番外真祖》の情けない悲鳴が響き渡った。
次の夜、絃神島に向かっていたアルディギアの飛行艇が撃墜され、不時着したことが関係者に知れ渡る。乗員の大半は死亡していたという。乗っていたラ・フォリア・リハヴァイン王女は行方不明、恐らく救命ポッドによって脱出したと思われる。生存者の証言によると、襲撃してきたのは吸血鬼の女と獣人の男、そして、不気味に歪んだ天使だったという。
そして時を同じくして、絃神島にひっそりと停泊していた《番外真祖》もその姿を消す。
後書き
お久しぶりです、切り裂き姫の守護者です。魔城君、島外へふっとばされてしまいました。どうなる魔城君!?
次回もお楽しみに。
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