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おじさんとぬいぐるみ

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第一章


第一章

                      おじさんとぬいぐるみ
 渡部妙子は孤児だった。
 両親は彼女が幼い頃に事故死してだ。それから孤児院で育った。
 そんな彼女だったがしっかりとした性格であり友人にも恵まれていた。髪を耳が隠れるところで切り揃え八重歯のあるあどけない顔をしている。その彼女がいつも鞄に着けたりして持っているものは。
 友人の一人がだ。それに気付いて尋ねた。
「白い熊のぬいぐるみ好きよね」
「うん、大好きなの」
 こう答える妙子だった。彼女が小学生の時だ。
 ランドセルに着けているその白い熊のぬいぐるみを見せながらだ。友人に答えるのだった。
「だからこうしてね」
「いつも傍に置いてるのね」
「そうなの。このぬいぐるみね」
 それが何かというのだ。
「お母さんが私にくれたものなの」
「あんたのお母さんが?」
「そうなの。もうお母さんいないけれど」
 ここでだ。悲しい顔になる妙だった。母のことを想ってだ。
「それでも。そのお母さんが買ってくれたぬいぐるみだから」
「好きなのね」
「そうなの。だから大好きなの」
 こう答えるのだった。とにかく彼女はそのぬいぐるみをいつも傍に置いていた。そしてだ。
 彼女が中学生になった時にであった。孤児院の方からこう言われたのであった。
「えっ、私がですか?」
「うん、実は妙ちゃんに叔父さんがいたんだ」
 孤児院の先生、中年の優しい男の先生がこう彼女に話すのだった。
「お母さんのお兄さんでね」
「そうだったんですか」
「その人がよかったらね。妙ちゃんを引き取りたいっていうんだ」
 こう妙子に話すのだった。
「それでどうかな。妙子ちゃんの方は」
「私に家族ができるんですね」
「そうだよ。叔父さんの方は養子ということも考えてるそうだけれど」
「私に。お父さんができるんですか」
「そうだよ。それでどうするの?」
「はい、御願いします」
 満面の笑みでだ。すぐに答えた妙だった。
 こうしてだった。彼女に家族ができることになった。その喜びのまま自分の部屋に戻る。
 個室だが質素な部屋だ。机とベッドの他には何もない。
 その部屋でだ。妙子はそのぬいぐるみに話すのだった。
「私にも家族ができるよ」
 そしてだ。自分でぬいぐるみになったつもりでだ。こうも言うのだった。
「やったね、妙ちゃん」
 妙子は喜びに包まれながら孤児院を出てその叔父の家に向かった。そうして来たところは。
 アパートの一室の前であった。そのチャイムを押すとだ。
 中から出て来たのはだ。ぼさぼさの髪に無精髭、よれよれの何年着ているかわからないジャージを着た痩せた男だった。背中が曲がっている。
 その彼が出て来てだ。こう妙子に尋ねるのだった。
「何?出前の女の子?」
「はい?」
「ピザ頼んでまだ三十秒だよ。来るの早いね」
 こう妙子に尋ねてきたのである。
「しかもセーラー服の制服って。売り上げをあげるのも大変だね」
「あの、私は」
「それでピザは何処?」
 視点の定まらない、ぼうっとした目で妙子を見ながらさらに話してきた。
「何処にあるのかな」
「あの、私実は」
 妙はだ。その男に恐る恐る言うのであった。右手にぬいぐるみを抱きながら。
「渡部妙っていいまして」
「渡部?渡部さんって?」
「今日からこちらにお邪魔することになったんですけれど」
 かなり引きながらだ。男に対して言った。
「御話聞いてますよね」
「ああ、そういえば」
 ここで男はわかったという声を出した。
「孤児院から姪が来るんだったっけ。じゃあ君が?」
「はい、お母さんのお兄さんですよね」
「一応そうだよ」
 これまたよくわからない返答であった。
「ああ、紀代美の娘ね」
「はい、そうです」
 その通りだと答える妙子だった。
「今日からお世話になります」
「うん。じゃああがって」
 男はぼうっとした顔のまま再び述べた。
「ちょっと散らかってるけれどね」
「わかりました。それじゃあ」
 こうしてだ。妙子は叔父さんの家にはじめて入った。するとそこは。
 
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