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覇王と修羅王

作者:鉄屋
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合宿編
  十二話

 午後、昼食の片付けを終えた面々は、各々自由に時間を潰す。
 その中でアインハルトとヴィヴィオは、散歩がてらに小話を少々。ただ、内容は訓練に関することばかりで、とてもではないが花咲かせるものではなかった。

「では、ヴィヴィオさんはずっとノーヴェさんからご伝授を?」
「最初はスバルさんから基礎を教わって独学でやってたんですけど、ノーヴェがそんなんじゃ身体壊すぞ、って言って時間を割いて教えてくれるようになったんです。それからコロナも加わって、ちょっと前にリオも一緒にやるようになって。でも笑って引き受けてくれて……優しいんです、ノーヴェって」
「――――わかります」

 アインハルトは同意し頷く。
 ノーヴェはアレクやアインハルトにも何かと気に掛け、時々手土産持参で様子を見に現れる。
 そして、生活面で問題があれば、色々と世話を焼いてくれている。
 少し強引に誘われた今回の合宿も、既に為に成る事を教えてくれた。恐らく、独学では知り得ない事だっただろう。
 ノーヴェの指導を受けてきたヴィヴィオが、少し羨ましい。

「でもこれからはアインハルトさんとアレクさんも一緒ですよね? ノーヴェはもう教える気満々ですし」
「え……」
「あ、嫌でしたら無理強いしませんけど」
「いえ、少し驚いただけで、お誘いは嬉しいです。ただ……」
「……ただ?」
「ただ、アレクさんはどうなのかと思って……」

 アインハルトはヴィヴィオの誘いを断る気が起きなかった。
 クラウスの記憶でも幼い頃は共に武を歩む者が居て、間違い等を指摘合える環境だったので、その有り難さは知っている。同時に、とても尊いものだとも。
 だが、アレクはどうだろうか。
 身体の作りから誰かに師事している事は分かる。今でも偶に姿を消す事もあるので、その時に受けているのだとアインハルトは推測している。その上でノーヴェの指導を受ける気はアレクにあるのだろうか。
 憂いを見せるアインハルトに、ヴィヴィオは手を握り締め訊いた。

「あの、アインハルトさん、教えてもらえませんか? クラウス殿下とオリヴィエの事、それと……アレディ・ナアシュという人の事を」
「ヴィヴィオさん……」


◆ ◇ ◆


「ほらほら、いい加減に吐いちゃいなよ~。アレクとアインハルトの昔からのか・ん・け・い!」
「頬突くの止めい」

 アレクは頬を突くルーテシアの指を鬱陶しげに払う。
 傷物にされかけたから、と書斎に連れられたが、こんな事を訊く為だったとは……。
 視線を移せば、同席するリオとコロナの知りた気な顔が映る。
 訊いて面白い話では無いし、知って得をするような事でも無い。だが、興味本位にしては、少々しつこ過ぎる。何故こんなに知りたがるのか、アレクには解からない。

「なしてそんな知りたがるんかね?」
「……そうねぇ」

 ルーテシアは少し思案した後、手元に置いたクラウスの回顧録の写本を開き、オリヴィエの絵が乗るページで手を止めた。

「……未だ王達の関係は謎が多くて、現代でも明確になってない。だからこの手の歴史研究者にとって、アレクやアインハルトの詳細を知れば……とても欲しくなると思う。それが誠意ある人だったら良いけど、次元犯罪者だったら……どうなると思う?」

 ルーテシアは質問に、アレクは訝しげる。ただの質問にしては重く、現実味が帯びているような気がした。
 だが、質問に対するアレクの考えは至って簡素で、売られた喧嘩は買う、だ。
 手を出すのならば剛腕を持って徹底的に粉砕し、場合によっては殺害も仕方なし。防衛での殺しは、罪に問われないのだから。
 とは言え、そんな事を言える筈もなく、適度に抑えて返答する。

「手を出したら……爆散ものですな」
「それはそれは豪快ですな。……でも、大切な人を人質にされたら?」

 続く質問に、真っ先に浮かぶのは叔父の姿。
 だが、アレクがこの前に挑んでも軽くブッ飛ばされたので、人質にされるイメージが全く浮かばない。助けに行っても、屍の上に平然と立っている図しか浮かばない。浮かんだとしても、叔父の軽く払う様な一撃で粉々になっていく。……あんな化け物が、どうやったら人質になるんだ?

「何考えてるか分からないけど。……アレクに何か遭ったら私達も心配するし間違いなく助けに行くから、其処は覚えといて」
「……なして?」
「放っておけないからよ。特にヴィヴィオなんて、親しくしたい人は大事な人と言っても過言じゃないくらいだし」
「むぅ」

 面倒な、とアレクは思うが、その一方でムズムズとこそばゆい様な感覚が付き纏う。
 この感覚はなんだろうか。逃げられないような事を言っているが、何故か悪い気はせず、寧ろ逆のような感じがする。
 悩み始めたアレクにルーテシアは、なるほど、だから連れて来たのか、と内心で呟いた。
 だが、リオとコロナの前でこれ以上は聞けないので、一先ず話を戻す。

「さて、なんで知りたがるか分かったと思うから話を戻しましょうか。リオとコロナも待ちくたびれてるしね。クラウスとアレディ・ナアシュ……だっけ? 彼等はどんな関係だったの?」
「……ガチりあった仲、かね。なんか一方的だったみたいだけど」
「いつ頃か判る?」
「王女さんが居なくなった後らしいけど……詳しくはアインハルトに訊いたほうがいいと思う」

 観念して答え始めたアレクに頷きながらルーテシアは写本を捲る。
 クラウスとオリヴィエは別時代を生きたという説が多い中、この回顧録では姉弟のように育ったと記されている。アインハルトの記憶と照らし合わせると、概ね正しいものと思える。
 だが、この回顧録でもアレディ・ナアシュの文字は無い。

「ねえねえアレクさん、アレディ・ナアシュってどっかの王様だったんですよね?」
「らしいね。アインハルトは修羅王とか言ってたけど」
「それで決闘ぽい事やってたなら、一人の時に会ったんですよね?」
「乱世だから結果的に一人に成った、とかじゃねえの?」
「あと、何処で会ったんでしょうね。乱世だからやっぱり戦場かな? ルーちゃん、それっぽい記事ってある?」
「ちょっと待ってねー」

 リオとコロナの会話も耳に入れながらページを捲る。
 オリヴィエと別離後、修羅王、戦場、一方的な敗北。幾つかのキーワードや類似している言葉を浮かべながら探すが、個人的に会い瀕死のように成った、若しくは一時期姿を消したような記述は無い。
 となると、出会った場所は戦場だろう。加えてクラウスが倒れるような記事があれば、近いかもしれない。そう思い捲っていたルーテシアの手が止まる。
 和平交渉へ赴いた師団が、ただ一人の手によって皆瀕死の状態で横たわっていた。その一文に目が留まった。

「これかも……」


◆ ◇ ◆


「じゃあ、最初は和平を結ぼうとしたんですか?」
「はい。使者を送り待っていましたが、其処に現れたのは彼一人でした。一軍を前に、威風堂々と立っていました」
「でも戦ったって事は、決裂したんですよね?」
「彼の要求は不干渉でしたが、戦乱の世では懐疑心が常に生まれ、他国の人を前に余裕もありません。決裂と早合点した者が、剣を抜きました。高が小国の王一人、そう侮っていたのかもしれませんが……」

 ――戦いにすら成らなかった。
 近づけたものは最初に斬り掛かり撃ち飛ばされた一人だけで、後に続く者は皆、拳より撃ち放たれる幾多の龍により、枯れ木の枝のように吹き飛ばされた。
 すぐに嵐は通り過ぎ、静寂は訪れたが、辺り一面は喰い荒らされた痕が残り、遥か後方では瀕死の身が連なっていた……。

「龍……」
「一分にも満たない時間でした。たった十数秒、たった一人の手で……師団が壊滅しました」
「それでクラウス殿下は、戦いを挑んだんですか?」
「はい。始めてしまった戦いを終える為、倒れた部下の為、クラウスは彼と対峙しましたが……」

 ――それ以上に焦がれていた。
 此れが、此れこそが一騎当千と呼ぶに相応しい力。何もかも変えられる力。彼女の微笑みと曇らす事も、運命さえも容易に覆せる力!
 そして、この男に勝てるのならば、必ず手に入れられる――――強さを! だから此処で敗れても、越えるまではっ!!

「それから、クラウス殿下はまた……?」
「いえ、戦乱の世では他に割かなければならない事も多く、再び逢い塗れる事は叶いませんでした。……だからクラウスは一騎当千の力を得たと他から言われても、強さを手に入れたのか判らぬまま……短い生涯を終えました」
「クラウス殿下は、アレディ王をどう思ってたんでしょう……」
「彼に対する色々な感情が渦巻いていたので、私も理解に及ばない所があります。……ただ、全ての望みは彼を越えた先に在る、と壁や目標のように思っている所もあったので、オリヴィエを失ってからのクラウスにとって唯一残った標だったのかもしれません。……私が知る関係はこれくらいですね」
「……ありがとうございます。聞かせてくれていただいて」
「いえ、ただの昔話ですし、あまり気にしないでください」

 話は終わったので、皆の所に戻る事になった……のだが、アインハルトはとても気まずくなった。
 少し先を歩くヴィヴィオの雰囲気が少し萎れているような気がする。能々考えてみれば、思い遣りの深い子なので、気にするなというのが無理な話だ。クラウスの心境など話さない方がよかったかもしれない。
 とりあえず、今は何か紛れるような事を……。

(頬を引っ張る……のはダメですね)

 暗い、と話の最中アレクに引っ張られた事があるが、そんな事をヴィヴィオに出来る筈が無い。一応、雰囲気はまるっきり変わったが、アインハルトには出来ない手段だ。

(擽る……のもダメですね)

 根暗、と心に刺さる物言いをアレクにされ、擽られ笑死するんじゃないかと思うくらい息も絶え絶えになったが、こんな事もヴィヴィオに出来る筈もない。と言うか、どちらも根本的にダメだろう。普通に紛らわすなら話の筈だ。
 ヴィヴィオが喜びそうな話題を、とアインハルトは急遽頭を捻るが、何も出てこなかった。
 では、ここ最近一緒に居るアレクとは、と思い起こすが、何時も何か言い出すのはアレクの方で、大概アインハルトは聞き役で始まる。よくとっ拍子の無い事を、と呆れ半分に思っていたが、今この場に居ない事が悔やまれる。居れば、辛気くせぇ、とか言って間違い無くこの空気を破壊してくれるのに……。

 ロッジまで戻ると、外に出てきたノーヴェと鉢合わせた。

「お、丁度よく戻って来たか」
「何処か行くの?」
「ああ、訓練の見学に誘おうと思ってたとこだ」


◆ ◇ ◆


「模擬戦?」
『ああ、スターズがそろそろ始めるんだってさ。お嬢たちも見に来るだろ?』
「もっちろん! ちょっと待ってて、すぐ行くから」
「ほら、アレクさんも行きましょうよ!」
「へいへい、行きますよ。行きますから……引っ張らないでくれるかねクリスくん?」

 写本を閉じ席を立つルーテシアにリオとコロナも続く。
 特にリオは初のオフトレーニング参加なので余程楽しみなのか、真っ先に書斎から出て行こうとして、億劫そうに立ち上がるアレクを促す。
 アレクはクリスに引っ張られながら、最後に部屋を出るが、頭には回顧録に記された文字がこびり付いていた。
 力の象徴や道標のような表現と、災害や化け物の様に畏れるような表現もあった中で、唯一の人らしい呼び方。

(轟き破壊せし者……か。どんだけ強かったんだよ、アレディ・ナアシュってのは……)

 修練中にも口出ししてくる様になり、身体を縛り適った動きをさせようとする経験。普段は抗えるが、修練を続け疲労が溜まってくると――――持って行かれそうになる。
 その束縛から何と無く強いのだろうと思っていたが、どのくらい強いのか余計に解からなくなった。分厚い壁か、標高の見えない山が現れた気分だ。

「クリスくん、どうにかならんもんかねぇ?」

 如何にか回避出来ないものか、とアレクは駄目元で引っ張るクリスに訊いてみるが首を振られ、眉間に皺を作る。
 因みに、クリスは見学取り止めだと思い首を振ったのだが、相変わらずアレクは気付かない。

「あ、アレクさん……」
「もー、遅いですよアレクさん!」
「すまんね。どーにかして抜け出せんもんかと考えてて」
「えーと、流石に此処から抜け出すのはヴィヴィオも無理だと思うんですが……」
「むぅ、やっぱ無理か……」

 合流したヴィヴィオにまで否定されたので、アレクは回避不可能と漸く諦めた。
 壁を登る事も山を砕く事も出来ないのであれば、壁を砕き山を登りきれる程に強くなるしかない。到達すれば、口出しなど出来なくなるだろう。

「……上等だ、俄然やる気が出てきたぜ」
「……もしかして転移を覚えるんですか?」
「面白い事言うなぁ、ヴィヴィお嬢。こちとら腹据えたってぇのに今更逃がすか」
「え、逃げようとしたのアレクさんじゃ……ない? クリス、わたし何か勘違いして……なかったよね。でも他に……どーゆーこと?」

 ヴィヴィオは漸く話が食い違っている事に気付きアレクと共に居たクリスに訊くが、間違ってないと返ってきたので混乱してしまう。
 だが未だ気付かないアレクは先を促すリオに応じ、放って行ってしまった。

 その一部始終を見ていたルーテシアがノーヴェにポツリと呟いた。

「アレクってさ、ほんとに面白いよねぇ~色々と」
「……まあ、否定はしない」

 
 

 
後書き
神化アレディ「機神乱獣撃!」

師団「アーッ!!」

神化アレディ「機神朧撃拳!」

クラウス「アーッ!!」
 
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