永遠の恋
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永遠の恋
永遠の恋
南フランスに残っている古い話である。プロヴァンスの海に近いある小さな村のことであった。
ここに若い恋人達がいた。彼等は若い者達にはよくあることであったがお互いを激しく愛し合っていた。
男の方の名はビクトルといった。女の方の名はマリーといった。どちらもよくある名前であった。だが名前がよくあるからといって彼等に起こることがよくあることばかりというわけではなかった。
彼等は互いを激しく愛し合っていた。これはよくあることであった。そして次に交わした言葉もやはりよくある言葉であると言えた。
「ずっと一緒にいよう」
先にビクトルが言った。
「ええ、死んでからもずっと」
それにマリーが応えた。
「永遠に二人で。そして絶対に離れないでいよう」
「そう、二人で何時までもいましょう」
二人はそう誓い合った。ここまではやはりよくある話であった。だがそれは適わないこととなってしまった。
ビクトルは漁師をしていた。いつも海に出て魚や牡蠣を取って来る。それを自分と家族で食べたり、売ったりして生活していたのであった。
だがある日そのまま帰らなかった。遠い場所にまで漁に行って。帰りが遅くなってしまっていた。
マリーは彼が死んだとは全く思ってはいなかった。彼は遠くまで行っているだけだと思っていた。そして彼がすぐに山の様な魚や牡蠣を持って帰って来ると信じていたのだった。
そして待っていたある日の夜のことであった。マリーの家の扉を叩く音が聞こえてきた。
「誰かしら、こんな晩に」
「迷惑なことだ」
マリーの両親は扉を叩く音で目を覚ましてブツブツと言った。マリーも起きていた。彼等は窓から差し込んで来る月の明かりを頼りに扉に向かった。そしてその扉を開けたのであった。
「あんたは」
「お久し振りです。おじさん、おばさん」
そこにいたのはビクトルであった。何故か蒼ざめて身体中濡れていたが確かに彼だった。
「今帰って来ました」
彼はにこりと笑ってマリーの両親に言った。その後ろにはマリーがいる。彼は彼女にも気が付いた。
「ビクトル」
「マリー、只今」
そして彼は彼女にもこのうえない優しげな笑みを送った。
「待たせて御免ね」
「ええ。いいわ」
マリーは明るい声で彼に挨拶を返した。
「貴方が帰って来てくれただけで」
「けれどどうしたんだい、ビクトル」
マリーの父がここで彼に声をかけてきた。
「何がですか?」
「いや、そんなに濡れて」
「本当に。びしょ濡れじゃないか」
母もそれに気付いた。彼はまるで水の中から出て来た様に濡れていたのであった。
「しかも潮の匂いまでさせて」
「どうしたんだい?」
「波に揉まれていましたので」
彼は二人の言葉にこう答えた。
「長い間。けれど素晴らしいものが手に入りました」
「それは?」
「これです」
彼はここで自分の後ろに止めている一頭の白馬を指差した。
「雌の。立派な白馬です」
「おお」
「本当に。いい馬だね」
綺麗なだけではなかった。毛並みも身体つきもよく、大きい馬だった。これ程立派な馬はそう簡単には見つかりはしないだろうと思える程綺麗な馬だった。
「これでマリーを迎えに来ました」
彼は言った。
「私を?」
「そうさ。約束したよね」
そして言う。
「ずっと一緒にいようって」
「ええ」
マリーは頷いた。
「ずっと一緒にね」
「僕はその為に来たんだ」
「その為にって?」
「君と一緒になる為に。迎えに来たんだ」
蒼ざめた顔で言う。だがその顔はにこりと微笑んでた。
「あの白い馬でね」
本当に見事な馬であった。神が与えてくれたような。海の神であるポセイドンは馬も司る。その彼がもたらしてくれたような素晴らしい馬であった。
「行こうマリー、怖くはないね」
「ええ、勿論」
「よかった。そう言ってもらえるかどうか不安だったんだ」
それを聞いてまたにこりと微笑んだ。
「その証拠に」
彼女は家から何かを取り出して来た。
「これを貴方に」
見ればそれはハンカチであった。白い、馬と同じ色のハンカチであった。
「あげるわ。贈り物に」
「有り難う」
ビクトルはそれを受け取った。そしてそのハンカチを手に結び付けたのであった。
「それじゃあ行こう、僕達の新しい場所へ」
「ええ」
二人は頷き合った。マリーはその後で両親に顔を向けた。
「夜だけれど。いいかしら」
「ああ」
「いいよ、マリー」
彼女の両親は物分りがよかった。ビクトルの不自然な時間での来訪にも快く答えてくれた。そして突然の旅立ちも認めてくれたのであった。
「御前が行きたい時に行けばいい」
「そして。時々顔を見せておくれよ」
「ええ」
それに応えると彼女は着替える為に家の中にまた戻った。そして婚礼の時に着るつもりだった立派な服に着替えた。この時代は普通の者は貧しく、婚礼の服も他の服と変わりがなかったのである。それでも彼女は何とか金を貯めてこの服を買ったのであった。
「それじゃあ行って来るわ」
「元気でね」
「またな」
こうして彼女はビクトルの馬に乗った。そしてビクトルは手綱で馬を操り駆け出した。夜の村を信じられないような速さで駆けて行った。
「これから何処へ行くの?」
「僕達の新しい家に」
彼は答えた。
「それは何処にあるのかしら」
「もう見えているよ」
彼はまた答えた。
「僕達の新しい場所がね」
「何処なの、そこは」
「今入るよ」
その言葉と同時に馬は海の中へと入った。
「えっ」
マリーはそれを見て驚きの声をあげた。だがそれは一瞬のことだった。
二人を乗せた馬はそのまま海の中を進む。そしてすぐに海の底へと辿り着いていたのであった。
辿り着いた先には宮殿があった。青く、巨大な宮殿であった。貝殻と真珠でまばゆく飾られていた。
ビクトルはその門のところに馬を止めた。その門も青く、そして珊瑚で色彩られていた。まるで夢の中に出て来る城のようであった。
「ここは一体」
「僕の今の家さ」
「貴方の!?」
「うん、僕は海の世界の住人になったんだ」
彼は言った。
「それでこの宮殿を作ったの?」
「まあね。海の世界にも家は必要だったから。その辺りにあるものを集めて作ったんだよ」
「けれどどうやってこんなに」
「それは僕が海の神様に仕えているからなんだ」
「海の神様に!?」
「そうさ。あの時漁に出て。その時に出会ったんだ。僕が漁が上手いのを見てくれて」
「誘われたのね」
「このまま地上で漁師としてやっていくのか神様に仕えて海の世界で裕福に暮らしていくのか。どちらか好きな方を選べって言われて」
彼は言う。
「君のことが思い浮かんでね。それで」
「海の神様にお仕えしたのね」
「そうさ、この宮殿は全て君と僕のものなんだ」
彼は言った。
「君とずっとここで暮らす為に作ったんだ。この海の世界でずっとね」
「ずっと!?」
「そう、ずっとさ。この世界が終わるまで」
ビクトルはそう言いながらマリーの手を取った。
「世界は一つだけじゃないんだ、別の世界でも幸せに暮らすことができる」
「海の中でも」
「そうさ、何処でもね。だから僕は選んだんだ」
「海の世界で私と一緒に暮らすことを」
「マリー、いいかな」
彼はあらためて尋ねた。
「僕はずっと一緒にここで暮らすのに」
「そのハンカチだけれど」
「うん」
見ればビクトルの腕には先程マリーが贈った白いハンカチが結ばれていた。それは海の中でユラユラと揺れていた。
まるで海草の様に。
「それは私が貴方と結ばれた証にって贈ったの。その意味わかるわよね」
「勿論さ」
ビクトルはそれを聞いてにこりと笑った。
「それじゃあ僕とずっとここで」
「ええ」
それに応えながら身体を彼に任せる。
「海の中で。ずっと」
「二人で。楽しく暮らそう」
二人の上には青い世界が広がっていた。そしてその足下には珊瑚と真珠が飾られていた。二人はその中で寄り添っていた。何時までも何時までも。陸の上にいた時よりも幸せに暮らしているのであった。二人は今も海の中で楽しく暮らしているという。永遠の愛を育みながら。
永遠の愛 完
2006・3・5
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