自由惑星同盟最高評議会議長ホアン・ルイ
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第十二話
同盟の前線指揮官が集まる議場には激震が走っていた。
「フェザーンですか。確かにあそこを抑えれれば帝国軍本隊の補給は完全にとだえます。しかし帝国軍本隊はそこそこの備蓄を持っておりしばらく戦闘を続行できます。フェザーンを占拠したとしても帝国本隊が押し寄せてきて、退路がない私たちは全滅するのではないですか?」
「まさかフェザーン回廊を通り帝国首都オーディンを占拠するつもりですか?わが艦隊には占拠し続けるだけの物資はないと思われますが」
帝国本隊を何かしらの策で葬ると考えていた部下たちの動揺はすさまじいものである。それに対するヤンはいつもの様子である。
「フェザーンは占拠しない。回廊を封鎖し補給を絶つのが目的でもない」
ヤンはスクリーンにグラフを映し出した。フェザーンとオーディンの人口や労働分布などである。
「このグラフを同盟軍の専門家に見てもらったところ高確率で帝国は首都をフェザーンに移すつもりのようだ。確かに同盟を併呑した後のことを考えればオーディンと同盟領は遠すぎる。打倒な判断だね」
ちらほらと帝国はもう同盟に勝ったつもりでいるのかという憤りが見られたヤンはそれを無視して続ける。
「話は変わるがつい数年前わが軍は帝国領に侵攻し、大打撃をこうむった。同盟軍の被害は7個艦隊壊滅し戦死者は2000万人にも上った。しかしよくよく考えてみれば7個艦隊の人員は1000万人と少しだ。艦隊の数と戦死者の数が合っていない」
ヤンは他のグラフを写し出した。
「このグラフを見てもらえばわかるように、残りの1000万人は後方支援要員だ。ラグナロック作戦に比べ侵攻範囲が狭いにもかかわらず敵地への侵攻というだけでこれだけの要因が必要となる。今回はこれを帝国に受けてもらうつもりだ」
一度ヤンは話を区切り続けた。
「今フェザーンには大量の文官・武官問わず人員が集まっている。新しい首都を機能させる人、首都の施設を作る人、フェザーンを占拠する人、そして同盟全土を支配するための人員。これだけで数千万人は下らない。下手をすれば一億に上るかもしれない。これの五割でもいい、捕縛もしくは……殺害する」
議場に再び衝撃が走った。皆が唖然とするその中で参謀長ムライがようやく返答を返した。
「……それでは帝国艦隊は無力化できません」
「無力化する必要はない。今での戦闘で撃破したのは、ミッタマイヤー艦隊、ビッテンフエルト艦隊、クナップシュタイン・グリルパルパルツァー艦隊、ファーレンハイト艦隊、シュタインメッツ艦隊、ルッツ艦隊、合計約九万五千隻・1200万人。これにイゼルローン要塞の100万人、ウルヴァシーの200万人。軍人だけで計1500万人の戦死者だ。それにイゼルローンの民間人400万人。あと1000万人でも戦死者が連なれば帝国の内政に重大な支障がでる試算だ」
今だ衝撃が抜けきっていない議場を見渡し、ヤンは質問がないか尋ねた。
同盟軍は惑星ウルヴァシーの補給基地を完全に破壊し後、同星系から離脱。途中、ビューフォート准将率いる新しく編成が終了した小規模な艦隊と合流。その後数千隻の小集団に分かれそれぞれフェザーンへと向かうことになる。
帝国軍本隊がウルヴァシーから撤退した同盟軍本隊の行方を知ったのは同盟本隊が今まさにフェザーン回廊に入ろうとしていた時だった。
同盟軍がフェザーン回廊に入る1日前、ヤンの元にシェーンコップが訪ねてきた。シェーンコップがこうしてヤンに話をしに来るのはそう珍しいことではない。
「私と提督が始めて会ったイゼルローン攻略戦の前、提督は私に言った言葉を覚えておいてですかね?」
「……確か要塞が攻略した後に退役すると言った気がするが」
それを聞いたシェーンコップはきょとんとしその後笑い出した。それに対しヤンは憮然とし言い返した。
「私は何かおかしなことを言ったかい?」
「いえ、いや私は先ほどの作戦を聞いた時あなたの人が変わったのかと思いましたがそんなことはなかったと思い知らされたと言うだけです」
「変わったと思ったのか」
「ええ。イゼルローンの件にしても、次のフェザーンにしろ民間人に少なからずいえ多大な被害が及ぶことは提督もご存知でしょう?」
イゼルローンは民間人ごと要塞を爆破、フェザーンでは同盟軍の侵攻にあわせてフェザーンの民間人を焚きつけ暴動を起こさせるなど褒められたことではない。
「ああもちろんわかった上で命令したよ」
「私が最初提督に聞いたのは数十年の平和が欲しい、ユリアンが戦場に引き出されるのを見たくないからのところですよ」
「なるほどね」
ヤンは居心地が悪そうにベレー帽を行儀悪く指先でまわした。
「確かあの時もあなたはベレー帽を指先でまわしていたと思いますよ」
ヤンは無言でベレーを頭に載せた。
「それで、何のようだったんだ?」
「いえ、いろいろつれまわされた挙句、任務が張り合いのないものなので少しばかり愚痴をと思っただけです」
シェーンコップはそれではと席を立ち部屋を出て行った。
一人になった部屋でヤンは一人つぶやく。
「……変わったのかもしれないな。けれどもしもの時はユリアンやフレデリカがとめてくれるかな?」
ユリアンなら間違いなくやってくれるはずだ。もしくはキャゼルヌ先輩。アッテンボローは当てにならない。ヤンはそう考えた。
「ユリアンは元気にやってるだろうか?」
彼の手元にはまだ、努力のあとが顕著なあまりおいしくない紅茶しかない。
後書き
完結までいけそうな気がしてきました。
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