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覇王と修羅王

作者:鉄屋
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合宿編
  十話

 St.ヒルデ魔法学院中等科、アインハルトはその中庭の木陰でひっそりと昼食をとっていた。
 膝上の弁当は自分の手作り。アインハルトは本通りに忠実に作っているので、誰かと違ってポイズンクッキング等に成る事は無い。
 今日は初の揚げ物に挑戦したが、悪くない出来栄えだと思う。
 チラリ、と隣に居るアレクに目をやる。弁当箱は既に完食済で、日頃の疲労からか夢の世界に旅立っている。未だ感想は無いが、今日も見てて気持ち良い食べっぷりだったのでアインハルトは中々に満足している。
 今は前期試験中だが昼休みも十分に残っているし、今回はティアナも赤点クリアで良しとしてくれたので、このまま寝かせてあげよう。教えているアインハルトも日々の勉強具合を省みれば、難しくなった中等科の試験でも赤点は免れると思っている。なので、赤点を取らせないように、とアインハルトが受けたティアナからの言い付けも同時にクリアだ。アレクが盛大にミスしなければ、であるが。
 若干の不安はあるが、試験には平常心で臨むのが良いと思うので、あまり刺激しないようにしている。その方がアインハルトも静かで良いし、あまり騒がしくならないのだ――――周りのクラスメイトが。

 アレクが登校再開した時、共に居たアインハルトは張り詰めた感じも無くなっていたので、クラスの女子は真相を確かめるべく突撃開始した。
 対しアインハルトは新生活の不安と恐怖があり、近付いて来る若干血走った女子の目が肉食獣に見え、咄嗟にアレクの影に抱き着くように隠れてしまった。
 だが、飢えた獣の前に餌を置くような行為をすれば、色々激しく活発に成る事は当たり前。一人に成った瞬間、アインハルトは速攻で囲まれ、日に日にしつこく成って行った。
 そうして日々疲弊しながら気付いたのは、アレクの傍に居ると寄ってこないということだった。なので学校でのアレクは、アインハルトにとって砂漠の中のオアシスに等しい。ティアナからも様子を見るように仰せつかっているので、これ幸いと行動を共にするようになった。
 ちなみにクラスメイトからすれば、今のアインハルトは隠れて様子を窺っている子猫のようなので、これはこれで可愛くて良いと遠巻きにアレクとの仲を観察してるだけである。

 ごちそうさま、と弁当箱を閉じ時計を見るがまだ休み時間は十分残っている。
 本来なら次の試験に備えたいところが、教室の戻ればハイエナが待っていて勉強どころではなくなる。ギリギリまで戻らないでコンディションを整えて挑む方が良い。アレクを起こすのはもう少し後でいいだろう。
 そのままアレクの寝顔を無意識に眺めていると、通信端末が鳴った。送信者はノーヴェ・ナカジマ、何かとアレク共々気に掛けてくれる人だ。
 だが、昼休みとはいえ学校に居る時に直接通信をしてくるのは珍しい。何か急用かな、とアインハルトは通信を受けた。

『よっ。試験は順調か?』
「お蔭様で。アレクさんも赤点は十分免れると思います」
『それは何よりだ』
「はい、本当に……」

 うんうんと頷くノーヴェに心から同意する。アレクが赤点を取った場合、内容次第でアインハルトも連帯責任になるかもしれないのだ。アレクと違ってデコピン以上に手を出される事はないが、何時今のラインを越えるか分からない。
 だが、これ以上考えると試験に支障をきたす恐れがあるので、アインハルトは思考を切り用件を訊いた。

「ところで、何か急用でもあるのですか?」
『まあ急用と言えば急用だな。今度の四連休に姉貴やティアナの訓練合宿に同行するから、お前達も行かないかって誘いだ。ヴィヴィオ達も居るし、暇にはならないぞ』
「休日は練習に充てる積もりなので、折角ですが……」
『だからその練習に行くんだって。ランクAAからオーバーSの魔導師の訓練内容も見れるし、良い経験と勉強が出来るぞ。この前アレクんとこ泊まったのティアナには内緒にしとくからさ、行ってみないか?』
「それは、興味ありますが……でも宿泊はやむを得ない事情があった結果で……っ!? な、何故知って……」
『まあ落ち着け。あたしは人を見る目はあるつもりだ、何も無かったのは分かってるよ。で、どうする?』
「……是非参加させて下さい」
『じゃ、決まりだな。詳しい事は後でメールすっから、今は試験に専念してくれ』
「……はい……」

 ノーヴェとの遣り取りを終えたアインハルトは肩を落とした。選択権なんて無いに等しく、一者一択にしか感じない。それに、泊まったのではなく、どちらかと言えば看病なのに……。
 再びアレクに目を移す。
 試験中だがアレクは練習を続けている。勿論アインハルトも同じく練習を怠ってないが、見ていて眉を顰めてしまう時がある。時間を忘れ、鬼気迫るように拳を繰り出し、動けなくなるまで続ける事が週に二回か三回ほど起こる。
 恐らく受け継いだ戦闘経験が関係しているのだろう。アインハルトも最初の頃、記憶が夢に出てきた時は飛び起き、寝れない事は何度もあった。今アレクに起きている事は自分と同じような事だろう。元々の自由を求める姿勢から、前々から感付いていたのかもしれないが。
 ただ、これは言って止まるようなものでは無い。自分で克服や折り合い等し、乗り越えなければならない知っている。だからアインハルトは止められない。
 とはいっても、ただ見てる事も出来なく成っていた。ティアナから見とく様に言付けされたからか、オアシスだからか、それとも孰れの為に身体を労わってほしかったからか。どちらかといえば後者だろうが、朝昼晩の食事や掃除と、何かと世話を焼くように成っていた。
 宿泊したのは、雨の中でもやっていたので風邪を引かないか心配だったからだ。……朝には何故か同じベッドの中に居たけれど。
 だが、ノーヴェの感じでは、言っても信じてもらえそうにない。

(皆さんだって、無理と仰ったじゃないですか……)

 連れ去られた夜、可愛いからアレクに襲われる等言われて気持ちを浮付かせられた後、法令関係で如何に不味いか落とされた。そして、胸を見て「貧相な身体で子供が出来るか」のトドメで、何か色々打ち砕かれた。
 ついでに「アレクはデカい方が好み」との言葉に、放心気味に見上げた先の、組んだ腕でより高く築かれたティアナの双子山に険しさを感じ、左右に居たスバルとノーヴェに絶望的戦力差を覚えた。
 それに、同い年でも成長の早い子はもう出る所も著しく増量してきていて、僅か数人で平均値を上げている。お蔭でアインハルトは平均以下に落ちぶれてしまった。
 ちゃんと成長するのだろうか。少し前までは微塵も気にしなかったのに、徹底的に詰られた所為か凄く気になってしまう。

(……本当に、大きい方が好きなのかな……?)

 拗ねたような顔でアレクを見る。
 部屋を掃除がてらにクローゼットを開けてみたら、中に未使用の枕を発見した。
 アレクは別の枕を使ってるので、別途に用意された物――実際は用意された枕が気に入らず、買い直した際に放置された物――だと判断した。
 ただ、「これは交わっても良いと招いているのですか?」と羞恥心で訊くことなど出来ず、実際の所は分からないが、そう捨てたものでは無いのでは、と少しばかり思っている。
 それに、上がダメなら下で挑めば良いのだ……と言っても、真偽は不明なので踏み出せないでいるが。

「……あ、もうこんな時間!?」

 ふと時計を見ると、早々にアレクを起こし戻らなければならない時間に成っていた。

「アレクさん、起きてください! アレクさんっ!」
「んがっ……ぐぅ」
「試験が始まってしまいます! ティアナさんに怒られますよっ!?」

 だが、試験の前にアレクを起こすという試練が降り掛かっていた。


◆ ◇ ◆


「ノーヴェー!」
「お、早いな。試験はどうだった?」
「ブイッ!」

 ノーヴェが手を振るヴィヴィオに気付き、振り返る。
 試験結果を訊いてくるが、ヴィヴィオはどれも花丸評価で良成績。両隣に居るリオとコロナもヴィヴィオに合わせてピースを送る。
 次いで、気分良く家に向かおうとするが、ノーヴェに待ったと掛けられた。

「何かあるの?」
「ん、まあ……見てのお楽しみだ」

 訊いてみるが、ノーヴェは笑って答えてくれない。
 サプライズでウェンディが来るのかな、と同じく疑問を浮かべる二人と予想し合うが答えは出ない。何か驚かそうとしている事は間違いないのだけど。
 なんだろう。予想の種が無くなったので、ノーヴェを見上げるとある一点を見詰めていた。

「……え?」

 視線を追うと、四月の最初の頃に出会った年上の二人組。私服姿で、旅行にでも行くようなバッグを持って近付いて来る。
 何故、若しかして。二つの思考が渦巻くが、今一度ノーヴェを見上げると肯定するように笑っていたので、片方が吹き飛んだ。

「お待たせしました」
「いや、待ってないよ。ちゃんとアレクも来たな」
「後が怖いんで、ハハ、ハ……」

 乾いた笑いをするアレクを余所に、アインハルトはノーヴェに頭を下げるとヴィヴィオ達の方へ向き直った。

「お二人も行くんですか!?」
「は、はい、ノーヴェさんにお誘い頂いて。ご迷惑にならなければ良いのですが……」
「いえそんな事絶対ありません! もー大歓迎ですよっ!!」

 ヴィヴィオはアインハルトの手を取り、上下に勢いよく振る。
 アレクが取次してくれた試合でも敵わなかったが、スパーリングの時とは違いアインハルトは全力で応えてくれた。結果はまた負けてしまったが、趣味と遊びという言葉を撤回して謝罪までしてくれた上に、また機会があれば、とも言ってくれた。
 すぐ試験期間が迫ったのでまた一戦交える機会は無かったが、練習会でまたやれるかもしれない。それに此れからは一緒に練習したり、色々な話もできるかもしれない。そう思うと堪らない。
 そしてヴィヴィオはもう一人へ振り向く。

「アレクさんも大歓迎ですよっ!!」
「俺は程々に放っておいてくれてイイヨ?」
「じゃあ大っ、大っ、大っ歓迎しますっ!!」
「通じてねぇ~……」

 目が眩しい、と空を仰ぐアレクの手をヴィヴィオは勝手に取り、これまた同じく上下に勢いよく振る。
 通信では何故か話が反れて何処かの王の子孫な事しか知れなかったが、その分色々な話が出来た。だからこの四日間でもっと仲良くなれる筈。
 それにスパーリングだけでなく、アレクともちゃんとした形で戦ってみたかった。でなければアインハルトとの事とか色々知れない事もあると思うし、話してくれないと思う。だから思いっきり打つかってみたい。
 ヴィヴィオはこの四日間が楽しみで仕方がない。

「ヴィヴィオ、そろそろ移動しないか?」
「うんっ! じゃあわたしの家に案内しますねっ!」

 ノーヴェに促され、ヴィヴィオは自宅へ先導する。時々後ろを振り返り、ぶつかりそうになったりした所をノーヴェに引っ張られたり、道を間違えそうになったりした所もノーヴェに引っ張られたりしていたが、それでもヴィヴィオは上機嫌にお下げを揺らしながら歩いて行く。楽しみだった合宿が凄く楽しみになったのだ、だから機嫌が下がる事なんて有り得ない。

 だが、最後尾を歩くアレクは、隣のアインハルトに思っている事をボソリと呟いた。

「ヴィヴィお嬢は先導してるっつーか……補導されてねえ?」
「……ノーヴェさんが知っておられるようなので、問題は無いでしょう」


◆ ◇ ◆


「ママ、ただいまー!」
「おかえりー!」
「あ、アインハルトさんとアレクさんもどうぞ! 遠慮なく上がってください!」
「お邪魔します」
「お失礼しやす」

 娘の弾んだ声に、なのはも声を大きくして答えた。
 どうやら先輩達と行ける事が余程嬉しいようで、とても上機嫌な様子だ。
 さて、いったいどんな子達なのかな。

「「お邪魔しまーす!」」
「いらっしゃい、リオちゃん、コロナちゃん」

 先ず顔を見せたのは馴染みの二人。
 コロナは以前も同行した事があるがリオは初めて。だが、この様子からリオも楽しみにしてくれているようで、引率としても嬉しい限り。
 そして、ヴィヴィオが気に掛ける先輩はどんな子かな、と後から初見の二人が目に入る……が。

「初めまして、アインハルトちゃん、アレクちゃ……ん?」
「はい、初めまして」
「へい、は……はぁ?」

 なのははアインハルト、アレクと顔を合わせ、首を傾げた。
 アインハルトは女の子で間違いが、アレクは随分とイメージと違い過ぎ、男の子と遜色無いくらいにボーイッシュ過ぎるような……。

「……ヴィヴィオ。アレクちゃんは女の子じゃなくて……男の子だった?」
「そうだけど……まさかママ、アレクさんが女の子だと思ってたの!? フェイトママだって知ってるよ!」
「えっ、嘘!? フェイトちゃんなんで教えてくれなかったの!?」
「えっ!? 私はてっきり知ってたと思って。それに合宿の部屋割りも皆仲良くさせる為にしたとばかり……」
「えぇー!?」

 アレクは突然始まったドタバタ劇に置いて行かれながらも、男がお呼びでない事は分かった。
 きっと、同名のアレクという女が呼ばれていたんだろう。だから帰ろう、すぐ帰ろう。帰って色々解放される四日間を謳歌しよう。
 アレクは180度回り、そそくさと去ろうとするが、ノーヴェに肩をガッシリ掴まれた。

「待て、待てアレク!」
「いや、ちょっくらお探しのアレクちゃんを探索にでも行こうかと」
「大丈夫だ、お前の事だ。これはその、ちょっとした手違い……ですよね、なのはさん!?」
「え!? う、うん、そうなの。ごめんねアレクちゃ――くん、すぐ手違いを直してくるから待っててねー!」
「……手違いを直すって、俺……性転換されるんすか?」
「違う! 部屋割りを直すって事だよ!」

 あははは、と誤魔化すように笑いながら奥に引っ込むなのはに、アレクは不安を拭えない。
 次いで有り得ない程に意味を取り違えるが、ノーヴェに即否定されたので、そこで漸くちょっと一安心。流石にアレクも男を捨てる覚悟なんて持ち合わせてなかった。

「と、とりあえず二人も、どうぞ座って。ヴィヴィオも今のうちに準備してきたら?」
「はーい。あ、アレクさん、あれはママのちょっとしたうっかりなんで気にしないでくださいね?」

 フェイトに促されアレクもリオとコロナが座るソファーに腰掛けようとするが、ヴィヴィオの言った大歓迎という言葉を思い出す。
 なので先にアインハルトを押し込み、何も仕込まれてない事をチェックする。更に手を当てて、浮き沈み加減をチェック。
 どうやら変哲ないソファーのようだが、先程の事もある。果たして座っていいものなのか……。

「……何してるんだ?」
「ヴィヴィお嬢が大歓迎つってたんで、なんか仕掛けられてるのかと」
「何もねーよ。いいから座っとけ」
「……へい」

 アレクは恐る恐る座るが、何も無い事に安堵の溜息を吐く。
 ただ、余所の家では余りにも失礼な態度であり、ノーヴェは心底申し訳なさそうにフェイトに頭を下げる。ヴィヴィオを喜ばす為に早く会わせたのだが、空港でティアナに鎖繋いでからの方が良かったかもしれない、と少し後悔もしながら。

「すみません、こんな奴で。悪気は無いのですが……」
「ううん。アレクは……凄く楽しい子だね?」
「……はい、ありがとうございます」

 フェイトの気遣いに、ノーヴェは嬉しいやら申し訳ないやらで再度頭を下げた。

 
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