皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第57話 「ハイネセン到着」
前書き
ネタが無い。
ネタが無い。
そういう事にしておこう。
第57話 「事前協議」
ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。
あの皇太子の命令で、ブラウンシュヴァイク公爵とともに、帝国辺境からフェザーンを経由して、自由惑星同盟首都星ハイネセンへと向かっている。
本当ならイゼルローンを通った方が近いのだが、各地の様子を見て来いとの命だ。
皇太子は帝国と同盟、そしてフェザーン。この三者を見比べる事で、今後の帝国に必要なもの。これから先、どうあるべきなのか考えろ、と言外に言っているのだろう。
帝国辺境は皇太子の言っていた通りの場所だった。
帝国首都星オーディンとの落差に、息が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。
辺境ではあって当たり前と思っているものすら、無いのが現状。確かにその通りだ。各星系開発がさほど進んでいない。確かに今はかなり活気がある。
しかしだからといって、突然オーディンと同じになる訳ではないのだ。開発は急ピッチで進んではいるが、まだまだ足りない。俺の目から見てもなお、そう思えるほどだ。
このままではいけない。それがこの地に降り立った事で、どこか他人事、遠い場所の出来事だったのが現実味を帯び、心に突き刺さってくる。
来て良かった。
来なければ気づかないままだっただろう。
ブラウンシュヴァイク公爵も同じように感じているらしい。
「このままではいかぬ」
短くそう言っていた。
そして各星でこれほどまでに、と思うほど歓迎された。
我々の口から辺境の現状を伝えて欲しい。そう思っているのがはっきり分かる。それがいささか辛い。彼らの思いが痛いほど伝わってくるからだ。
帰ったら皇太子にそう言おう。
『同盟がいかに辺境を破壊しようと、帝国は辺境を見捨てぬ』
これは皇太子の言葉だが、多分に政治的なものを含む。
しかしこの言葉が、どれほど辺境の人々の心の支えになっていることか……。
この言葉通りに、皇太子は行動をしている。だからこそ信頼されている。そしてそれに対する期待と感謝は、言葉では言いきれぬものがあるらしい。
はっきり言ってめちゃくちゃ皇太子に対する期待は大きいぞ。
人望があるというのだろうか……。
いつか俺もそんな風になれるのだろうか?
■オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵■
フェザーンは商業が盛んだ。
拝金主義と言われるフェザーンだが、内情は苦しいものがあるらしい。これは物質的なものではなくて、精神的なものだろう。
寄る辺がないのだ。
私にはそれが分かる。
金しかない。それだけが自分を自分として安心できる。帝国同盟どちらからも白い目で見られがちなフェザーンならではの事らしい。自分の居場所は金しかない。
自由の気質のといってみても、そこには苦いものが混じる。それがフェザーンの本質なのだろう。多分にかつての帝国貴族と重なって見える。
口では帝国の支配に対する不満を漏らすが、皇太子殿下の統治を受け入れている。
それは皇太子殿下という中心に寄り添いたいという、人間的な弱さ、もろさの現われだろう。帝国の平民達がごく自然と持ちえる安心感が、彼らにはない。ないからこそ憧れが強いのだ。
やはり強固な中心があるのと無いのでは、精神的な充足感が違う。
寄らば大樹の陰とはよく言ったものよ。
銀河には中心になるべきお方が必要なのだ。本来であれば銀河帝国そのものが中心に立つべきであった。それを我ら門閥貴族の思い上がりが、阻害していたのだ。
銀河を統一するための象徴としての、皇帝か……。
皇太子殿下が立憲君主制を採用しようとしている理由が分かり始めていた。
権力などそこそこで良いのだ。
求心力。それこそが必要である。そしてそれは政治的な制度ではなくて、人物。制度ではなく、人は人についていく。
法治主義ではなく、専制主義でも、民主主義でもなくて、中心にあってぶれる事の無い大黒柱。皇帝というものは、それになりえる存在なのだ。
否。
そうでなければならぬ。
皇太子殿下という見本が人々にそれを知らしめた。
「そなたもそう思うであろう」
艦橋の片隅で、フェザーンを見下ろすように立ち竦んでいたアドリアナ・ルビンスカヤに問うて見た。しばらく身動ぎもしなかったが、氷が溶け出すように振り返る。
その目は冷たく、冷笑を湛えていた。
「残念ながらそうは思わない。確かに皇太子殿下にはカリスマ性がある。ルドルフ大帝やアーレ・ハイネセンのように。しかしそのような者は極々少数だ。誰もが持っている訳ではない。そのような者を中心に据えるほど、あの皇太子は甘くない。だからこそ自分の後を今から考えている」
自分の後か……。
確かにその通りだろう。私は艦橋の端に立っているラインハルトに目を向けた。そしてジークにも思いを馳せる。あの二人を鍛えているのは自分の後を継ぐ者を育てるためだ。
そしてラインハルトも自分の後を育てねばならぬ。やはり教育よの。
■自由惑星同盟 ハイネセン ウルリッヒ・ケスラー■
長い航路を終え、ハイネセンに降り立った。
やはり空気が違う。
オーディンともフェザーンとも違う空気。政府の歓迎より記者のフラッシュより、なによりもこの空気そのものが、この星が自由惑星同盟の中央なのだと感じさせた。
物々しい警護を引きつれ、ブラウンシュヴァイク公爵とラインハルトは明日の協議のために一旦、ホテルに向かった。私と事務官達は本会議を前にして、事前協議をさっそく行うために、会場に向かう事になっている。
最高評議会ビルの前には、大勢の人間が集まっていた。
デモの一種かと見まごう程の人だかりだ。どの人間も手にプラカードを持ち、叫んでいる。
「あれは?」
先導して案内してくれていた兵士に声を掛ける。
「地球教の者達です」
と短い返事が返ってきた。
「地球教か……」
帝国ではありえない光景だ。信教の自由を保障している同盟らしいが、帝国では地球教は宗教団体というより、数年前の事件以来、麻薬密売とテロ集団の集まりと見られている。
同盟ではそこまで認識されていないのだろうか?
いや、政府上層部は認識していても、それが一般市民にまで浸透していないのかもしれない。
前途多難だ。
やはりサイオキシン麻薬を前面に出すべきだろう。
最高評議会ビルに入ると、中には政治家達が群集を成している。どいつもこいつも愛想の良い笑みを浮かべているが、話す内容には辟易させられた。
事務官と思い、侮っているのかもしれないが、やけに上から目線だ。
こいつら本当に自由惑星同盟の政治家なのか?
疑念すら湧いてくる。だがその中に一人だけ、愛想が良いだけでなく、人を惹きつける魅力のようなものを感じさせる男性がいた。俳優のように爽やかな印象を感じさせるよう計算され尽くした振る舞いだ。
脳裏に危険信号を発せられた。
「ヨブ・トリューニヒトです。初めましてお会いできて光栄です」
「こちらこそ、ウルリッヒ・ケスラー大佐であります。お会いできて光栄に存じます。トリューニヒト評議会議員殿。確か国防委員会委員長を勤められておりましたな」
「ええ、かの宰相閣下の懐刀と呼ばれるケスラー大佐にお会いできるとは」
ホールの中がざわついた。
この男。かなりこちらの現状を調べているようだ。それにしても宰相閣下が一番警戒している人物にいきなり直接会うとは、思ってもいなかった。
がっしり握手したものの、なにやら恐ろしげなものを感じてしまう。
周囲でフラッシュが立て続けにいくつも焚かれる。眩い光の中、目の前の男だけが、居心地良さそうに薄い笑みを浮かべていた。
事前協議には彼、ヨブ・トリューニヒトも参加するらしい。
取り巻き連中を引き連れている。いや、政治的な同志と言っているが、どこまで本気でいることやら……。
「戦後、帝国と同盟はどのような関係になるべきと、帝国宰相閣下はお考えなのでしょうか?」
会議室に入り、席に着いた途端、切り込んできた。
ざわめきが一瞬消え、静寂が会議室の中に張りつめる。だがこれに関しては宰相閣下から、指示を受けていた。何時言い出すかまでは知らないが、必ず聞いてくるだろうとの事だった。
「複数の異なる政治体制をとる国家の存在は、自分を映す鏡のようなもの。互いに尊重しあえるような関係を保ちたい。と、お考えであります」
実のところこれは、宰相閣下の本心だった。
頑なに統一国家とせねば、とは考えていない。経済的な問題もあるし、ただあまりに好き勝手する気なら、一から作り直す必要があるだろうとも言ってはいたが。
民主主義国家の存在は認めても、それが必ずしも自由惑星同盟でなければならない。とはならないのだ。銀河帝国が唯一の専制国家でなくてもいいように。
新銀河帝国でも、超銀河帝国でもいいのだ。あのお方の割り切り方には、恐れ入る。しかし銀河が統一された暁には、ありあまる軍を持って、外宇宙に向かわれる事だろう。
銀河全てを支配する為ではなく、人類の希望。新しい世界、外の世界を知るために。遠くへ、より遠くへ、向かう。これからは銀河系の端から端に手を届かせるために。
「そちらから送られた、サイオキシン麻薬に関する調査書を、読ませていただきましたが、本気で地球教が裏で糸を引いていると考えておられるのですか?」
「こちらの考えではなく、厳然たる事実です」
「ましてやそれが、地球の復権を目論むための一環とは……」
「事態を楽観視されているのではありませんか? そんなはずは無い。そこまでしないだろう。人は事実を目にしたとき、まずそれを否定しようと考えるものです。そして手をこまねいているうちに、時間だけが過ぎ去っていく。取り返しがつかなくなるまで」
「それは否定できないですな。時間、それは常に有限ですからな」
その後、麻薬に関する調査はしても、信教の自由がある以上、帝国の様な強制捜査はできかねる。と言ってきた。
これも宰相閣下が前もって言っていた事だった。
帝国では地球教を弾圧できても、同盟ではかれらもまた、選挙権を持つ有権者なのだから、思い切った真似はできないだろうと。数が多くなればなるほど、投票数を意識せざるを得なくなる。彼らの機嫌を損ねれば、落選するかもしれない。そうなれば顔色を窺う羽目になる。
ああいうやつらは選挙に積極的だからな。圧力団体の出来上がりだ。大多数の有権者ほど、事態を真剣に考えようともせず、高を括って中々行動しないものだ。そして気づいたときには好き勝手されてしまっている。
宰相閣下はそこまで読んだ上で、協力するのかしないのかを問うて来いと言われた。
だがそれを突きつけるのは私ではない。ブラウンシュヴァイク公爵の役目だ。
私の役目はあくまで事前協議の調整である。
■ハイネセン ホテル「ユーフォニア」オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■
ケスラー大佐が帰ってきた。
幾分疲れたような表情を浮かべているものの、事前協議そのものはうまくいったのであろう。
「大佐、どうであった」
「やはり、公爵様が止めを刺すことになりましょう」
「そうか……。まったく皇太子殿下はいったいどこまで、民主共和制に対する見識がお有りなのだ」
不思議に思える。
私とて屋敷のと書斎でかつての統一国家の書物を読み、民主共和制に対する思想を調べたものであったが、とても皇太子殿下には届きそうも無い。
いやそうではない。知識としてはひょっとして、私の方が勝っているやもしれん。
しかし実感が伴っていない。知識のみと経験に裏付けられた知恵との、隔たりを感じる事があるのだ。
「皇太子なら、何を言ってもやらかしても不思議じゃないけど」
ラインハルトの物言いに、私とケスラー大佐は顔を見合してしまった。
「ふふふ」
「ははは」
そうして二人して大声で笑ってしまった。
確かにそうよな。何を言ってもやらかしても不思議ではない。
大笑いしている我らを、ラインハルトが小首を傾げて見ていた。そのまじめそうな表情にさらに笑みが零れてしまう。
では明日の会議のために今日はもう、休むとするか。
ラインハルトも良く休むがよいぞ。
大笑いしつつそう言って、寝室に向かった。
ケスラー大佐も同様だ。
ただ一人、ラインハルトのみが不思議そうな表情を浮かべて首を傾げ、困惑しているようであった。まだまだ子どもよのう。
これは将来が楽しみだ。
後書き
最近もう日焼けした人たちを見かけます。
わたしは黒くならないんですよね。
焼けても赤くなるだけで、黒くなった事が無い。小学校の頃からそうだった。
雪国の生まれですかと聞かれるほど、色が白い。
良いんだか悪いんだか……。
一度ぐらい真っ黒になってみたいなー。
後が怖いけど。
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