ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―
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#プロローグ『《魔王》』:1
前書き
考案から約一年近く。ようやく始動を開始いたしました『ノヴァの箱舟』。
作成に甚大な協力をしてくれた相棒に、無上の感謝をこめて。
はるか遠き未来。世界は繁栄の極みを迎えていた。科学技術だけでなく、既に失われて久しい魔法技術の一部を再生することにも成功した人類は、それを《魔術》として受け入れていた。
繁栄の極みにあった世界では、数々の最新技術を開発し、すでに地上を離れて生活する計画すら進められていた。
巨大組織《教会》は、《教皇》と呼ばれる存在を筆頭とし、科学技術、魔術技術をはじめとし、あらゆる技術を管理していた。彼らは正式には宗教組織としての『教会』ではなかったが、主とあがめる神は確かにいたし、その行動は宗教的でもあった。
そんな世界が根付いた星、地球。その星はある日
―――――――――あまりにも突然、破滅した。
原因不明の超震動。崩れゆく大地。その異常事態に対応するため、《教会》は本来宇宙進出用に開発していた重力反転システム、《箱舟システム》を起動。それによって作製された《箱舟》に地上のあらゆる生命体を収容し、奇跡的に破滅の手の届かなかった上空へとのがれた。しかし多くの歴史や資料は失われ、大地との繋がりをなくした事によって魔術も限定的な物に戻ってしまった。
《箱舟システム》全体の管理者として、実質的世界支配の権利を手に入れた《教会》は、《箱舟》をランク分けして管理した。彼らも万能ではない。一万近くに及ぶ膨大な数の巨大な箱舟を管理するには。人の力では限界があったのだ。
《教皇》が住まう、《教会》本部のある《王都》と呼ばれる最大の箱舟を最高位のSランクとし、A,B,C,D,E,Fそして最下級のZランクまでの8ランクに、《箱舟》はランク分けされている。《王都》に近ければ近いほどランクは高位のものとなって行き、《教会》の庇護を受けて繁栄する。逆に《王都》から遠いほど《箱舟》のランクは下がって行き、最下級のZランクに至ってはもはや人すら住んでいないありさまである。
資源コロニーと呼ばれる過疎エリアが、これらとは別に存在しているが、それらは概して《王都》から遠くもなく近くもない所に置かれている。
《教会》に見捨てられた《箱舟》達は、次第にその機能を停止し、そこに住む存在ごと滅びた地表へと落下していく。
《王都》に近い《箱舟》が優遇され、そうでない者は廃される。
これは、その世界を変えんとして戦った者たちの物語。
*+*+*
―――――――― ノヴァの箱舟 ――――――――
*+*+*
《ソーミティア》は、人間が住んでいる《箱舟》の中では最下位にあたるランク、Fランクの《箱舟》都市だ。規模はさほど大きくなく、住んでいる人間も大都市と比べれば多くない。ただ、決して少ないわけではない所が問題だ。《教会》の支部もあるし、他の《箱舟》とソーミティアを行き来する浮遊船も定期的に訪れる。
ただ、それらの恩恵は一切一般市民には与えられない。一般人はなまじ人数が少なくないため、少量の食料や物資を奪い合い、隣人を疑い、憎みあう。
それはソーミティアに限ったことではない。今東西あらゆる低ランクの《箱舟》は、どこもこのような感じである。見捨てられないのは、多少なりとも鉄鉱石などの物資を採掘できるからだ。ちなみにソーミティアでは石炭が取れる。石炭は低ランク《箱舟》内の重要な移動手段である機関車などの燃料になるため、《教会》もそれなりに役立てている。
それが、この街を《教会》の支配から抜け出させ無くしている部分でもあるのだが。
「痛いわね!!放しなさいよ!!」
そんな風にして教会に支配された町に、少女の声が響く。
白い防菌服のようなものに身を包んだ兵隊――――教会の雑兵に囲まれているのは、すすけてくすんだ金色の髪を持った、青い眼の少女だった。顔の左半分は長い前髪によって隠され、よく見えない。下級ランクの箱舟に住む人間の例にもれず、少女も薄汚れたみすぼらしい服装をしていたが、きちんと汚れを落としてきれいな服に着替えれば、相当な美少女の部類に入るであろう容姿であった。
「何よ!何のつもりよ!!」
「黙れ、盗人!!」
《教会》の組織に入るためには、司祭階級を得なくてはならない。しかし、少女にふり払われた教会雑兵は、本当に司祭の資格を持っているのか不思議になるくらい乱暴に答える。そうだろう。腐敗した《教会》の下位組織は、正式な司祭の資格を持っていない傭兵の様な存在が雇われていることがある。じっさい、彼らもそうなのだろう。もっとも、《教会》に対する忠誠心は最低限持っていなければいけないので、彼らも『独裁組織としての』《教会》の一員としては十分なのかもしれないが……。
「うっせぇアマだな!大人しく捕まれ!」
雑兵が荒々しく叫ぶと、少女は思いっきり顰め面をして反目。
「嫌よ!捨ててあったリンゴ一つ盗っただけで何で捕まらなきゃいけないのよ!!」
「俺達《教会》のルールじゃぁそれも焼印刑なんだよ!!」
焼印刑、というのは《教会》が一般的に行っている刑罰の事だ。犯罪を犯した者の肉体に線状の焼印を付けて、前科の数を確認するのだ。場合によっては刑罰の格上げもある。なお、あくまで焼印は下位刑であり、殺人などの重罪を犯した者は肉体の没収などが行われる。
少女の持つリンゴはすでに一部分が腐り、食べられる状態ではない。だが、彼ら教会雑兵はゴミを盗んだものでも処罰しないと気が済まないのであろう。
さらに教会雑兵は続ける。
「それにありゃぁ、ただののリンゴじゃねぇ……」
もったいぶった仕草をする雑兵。すると、彼の言葉を奪って隣にいたもう一人の雑兵がつなぐ。
「あれは、我らが《教皇》、アドミナクド陛下に捧げるリンゴだ!!」
てってれ~、とでも効果音がなりそうなほど誇りに満ちた叫び。ポカーンとする少女。
《教皇》とは、この世界を実質支配しているに等しい組織、《教会》の最高司祭の事だ。現在はアドミナクド・セント・デウシバーリ・ミゼレという名前の白髪とも銀髪とも取れる青年が務めている。《教皇》は神威に匹敵する術を使えるとも噂され、一般人は一生かけても手に取れない最強の《禁書》、《唯一神》を保持すると言われている。
いくら反《教会》活動をしている身、それも下級クラスであるFランク《箱舟》の住民とはいえ、さすがにこの世界の王に献上する物を盗んだということに対し、罪悪感がわかなくもない。
だがその罪悪感は、あっさりと消え去る。
「捨ててあったやつでしょこれ!」
「うるせぇ!そんなの関係ねェ!!」
適当だ。本当に適当だ。少女は一歩後ずさりする。もちろん、後退の意味ではない。ドン引きである。
そしてその感情は、続けて投じられた雑兵の言葉で、確固たる憤怒に変わる。
「マーカー1本じゃすまされねぇぞ!!」
「さぁ!大人しくしろ!!」
冗談じゃない。知人にもマーカー刑にあったものはいるが、痛々しいにもほどがある。なにせ、まずは《顔から》なのだ。
そんなの、乙女に対して許される行動ではない。
「乙女の肌に焼印とか……」
少女の、長い金髪に隠れた左目が光る。
「ふざけてんじゃないわよ!!」
バチィ!!
電撃が走る。雑兵の一人が悲鳴を上げて崩れる。
「ぐは!?」
「しまった!こいつ、《刻印》持ちか!!」
《刻印》。それはこの世界の住民が、まれに所持する特殊能力だ。多くの場合右腕か左腕に出現し、その中には《刻印魔術》という魔術が封じ込まれている。
すでに魔導の技術がこの世界から消えて久しい。統治者である《教皇》を除いた《教会》の最高機関である《七星司祭》が一人、第三席《古の錬金術師》セルニック・ニレードをはじめとし、魔術使いはいまだこの世界には残っている。しかし彼らもまた、古の魔術の再現を可能とする、己の《刻印》によってその力を得ているに過ぎない。魔術は、使用するために重要な『大地とのつながり』を、世界の崩壊と共に失ってしまったからだ。
《刻印》使いの多くが、《教会》の高官として招かれる。事実、《教会》本部に住まう司祭のほぼ100%、特に《七星司祭》、《十字騎士》の団長達、そして《十五使徒》は全て《刻印》使いだ。
それほどまでに、《刻印》とはこの世界において重要なものなのである。
しかし――――
「数で押せ!!相手は1人だ!!」
「お、おう!」
《刻印》という物にもレベルがある。それこそ、魔術に階位があるように。《七星司祭》などの最高位司祭ともなればその《刻印》の力は相当なものだが、下級ランク《箱舟》の生まれの、それも何の訓練もしていない、能力の暴発に頼るしかない少女の攻撃では、多勢に無勢。数で勝る雑兵をすべて駆逐するなどできない。
かくなるうえは、自分が大けがをするかもしれないが玉砕覚悟で能力を完全開放させるか……?
少女が覚悟を決めるべくギュッと拳を握りしめた、その時。
「いいえ?一人ではありませんよ?」
どこからともなく、若い男の声が響いた。
上だ。少女を追い詰めていた後ろの建造物、その上から声がする。その場にいるほぼ全員が声の主を探して上を向いた。
そして、その言葉はつむぎだされる。
「《荘厳なる雷》」
瞬間――――
少女のそれとは比較にならないほど高電圧で強力な雷が、少女だけをきれいにはずして、雑兵たちにヒットした。
「ぐはぁ!」
「ぎゃぁ!?」
「がはっ!」
口々に悲鳴を上げ、ぷすぷすと黒煙をたてながら倒れる雑兵たち。一人として立っている者はいなかった。
「な……」
少女が絶句してあたりを見渡していると、ドサッ、という音がして、何かが上空から背後に着地した。
バッと後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、長い金髪の上部に、羽のような形の二房の癖っ毛…一般に『アホ毛』と呼ばれるそれだ…を生やした、眼鏡の男だった。黒い修道服が、どこか執事めいたイメージを抱かせる、奇妙な雰囲気を纏った男だ。
男は少女に向かって、一歩踏み出すと、ニコリと笑いながら言った。さわやかだが、どこか毒を含んだ笑みだった。
そして男は、とんでもないことを言った。
「危ない所でしたね、姫様」
「え……?」
姫様―――――?
なんだ、それは。
少女は絶句した。少なくとも少女はそのような高位の地位をもった人間ではない。下級ランクの箱舟に住む、普通の両親のもとで、普通に育ってきた少女だ。もっとも、両親は少女が十二歳の時に相次いで他界してしまったが……。
呆然と男を見つめた少女は、ふとその首からかけられている者に目が留まった瞬間、息を吸い込んだ。
「――――っ!!《教会》!!」
再びの緊迫感。男の首からかけられているのは、金色の十字架……俗にいう《ロザリオ》という奴だった。《教会》のトレードマークだ。
「おや」
やはり嫌われているようですね、と男は呟いた。そして直後、驚くべき行動に出た。
「申し遅れました」
少女に向かって跪いたのだ。そして男は、頭を垂れ、左足を立てる、臣下の敬礼をとる。
「!?」
なに、これ。なんで?どうしてこの人はこんなことをしているの?
少女の内心を無視するかのように、男は顔をあげると、再びあの毒を含んだ笑みを浮かべ、堂々と名乗った。
「私はリビーラ。リビーラ・ロイ・セイと申すものです。お迎えに上がりました。姫様」
そこで男――――リビーラは、一拍の間をあけた。そして誇らしげに、その続きを言い放つ。
「――――我が《王》の元へ」
「王……?」
《王》、と言われて少女がまず思いつくのは、《教会》の指導者たる《教皇》だ。実際、目の前にいる男は教会の司祭の格好をしている。だが、少女にはそれは違う、という予感があった。だって、《教皇》からの使者なら、自分たちの仲間を殺す/気絶させるなどと言ったことはしないはずなのだから。《教会》の仲間意識は、たとえ相手が雑兵であっても、非常に強いのだ――――。
その時だった。ぶぅぅん、という、重い音がした。耳慣れた車の音――――
「おや、呑気に話をしている場合ではなさそうですね」
リビーラは音のした方向を見ると、気楽な笑みを浮かべ、少女の腕をつかんだ。
「え……え!?」
困惑する少女を引っ張り、リビーラは近くに止めてあった、《教会》の雑兵たちが乗ってきた装甲車両に乗り込んだ。装甲車両は教会雑兵が好んで使用する大型の自動車で、一種のキャンピングカーのような設備も備えている。それだけでなく、対装甲車両用のマシンガンやバズーカ等の兵装も搭載した優れものだ。
「乗って!!しっかりつかまって下さい!!」
リビーラはシートベルトを締め、少女にも促す。少女が乗り込み、扉を閉めた瞬間、彼はエンジンをかけた。どるん、どるん!!という重い音が鳴り響く。いまどき珍しいガソリンエンジンを搭載しているらしいこの装甲車は…一般的に装甲車はソーサーと同じく重力操作機関で動く…通常機の物より強い馬力を持つようだ。
「舌を噛み切らないように……」
そしてリビーラは、アクセルを大きく踏み込み――――
「気をつけてくださいよ!!」
装甲車両は、恐ろしいスピードで加速した。
「キャァアアアアアア!?!?」
少女が悲鳴を上げる。彼女はこういう加速系の乗り物が大いに苦手なのだ。出発してから何秒とたっていないのにもかかわらず、すっかり目をまわしてしまった彼女をしり目に、リビーラはバックミラーを一瞥する。そこには、後方から追いすがってくる一台の装甲車両が映っていた。
「……敵さんも装甲車両ですか。厄介ですね」
リビーラは、椅子の後ろから白い防菌スーツのような、教会雑兵の戦闘服を取り出して、少女に押し付けた。
「これ、着ておいてください」
「へっ……!?」
少女の問いには答えずに、リビーラは再びアクセルを強く踏んだ。
後書き
次回はプロローグ後編です。
なお、この作品では《教皇》と書いて《きょうおう》と読みます。
感想・ご指摘・意見などありましたら、よろしくお願いします。
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