Element Magic Trinity
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来たる、カトレーンの女王様
ギルドはざわついていた。
それはいつもの事と言えばいつもの事なのだが、ざわつく原因が違う。
いつもの騒ぎを“バカ騒ぎ”と呼ぶならば、これは”空気がいつもと違うから動揺している”と言ったところだろう。
その原因は、ギルドのステージに近いテーブル。
そこには群青色の髪と瞳の女が向かい合って座っていた。
「・・・どういった、御用件でしょうか・・・お祖母様」
小さく体を震わせ、硬い声で呟くのはギルド1の無表情にして冷静冷淡冷酷、利用出来るものは全て利用する主義のティアだ。
その表情には恐怖と怯えが混ざっており、常に無表情か苛立ちを浮かべているかの彼女にしてはかなり珍しい。
「用件は貴女も知っているはずよ」
そう答えるのは、先ほどからティアが“お祖母様”と呼ぶ女性だ。
髪や瞳の色、そしてティアの呼び方から察するにティアの親族であろう人物だが、それ以外は何も解らない。
ここにクロスかクロノがいれば聞けるのだが、クロスは東の森へ行って剣の腕を磨いており、クロノは評議院にいる(よく書類が溜まって逃げるようにギルドに来るが、今日は部下がしっかり見張っているらしい)。
「何となく見当はついていますが・・・」
そう答えるティアを、彼女とそれなりに仲のいいルーとアルカは訝しげに見つめ、顔を見合わせた。
「どーしたんだろ、ティア」
「さっきから敬語で喋ってやがる・・・」
相手がギルドマスターだろうが年上だろうが何だろうが関係ない。
蛇姫の鱗のジュラくらいにしか“さん”を付けないティアが敬語で喋っているなんて正直驚きを隠せない。
特に付き合いの長い2人は「明日は嵐か?」と呟き、首を傾げた。
「そう・・・なら、面倒な言い方はしないわ。単刀直入に言う」
ティアの祖母は青い目を真っ直ぐにティアに向けた。
帽子に隠れて見えないティアの青い目は静かに伏せられる。
ぎゅ、とティアが拳を握りしめ、ワンピースのスカート部分を小さく掴んだ。
「家に戻って来なさい」
静寂。
その声には有無を言わさぬ静かな迫力があり、思わず聞いているだけのギルドメンバーも沈黙した。
「解っているでしょう?貴女はもう十分すぎるくらいに自由を得た。貴女みたいな“三流”にここまで自由を与えたのよ。そろそろ一族の為に“三流”になる代わりに得た力を使いなさい。じゃないと貴女・・・本当に“出来損ない”よ」
三流、出来損ない―――――――。
そう言われても、ティアはただ沈黙していた。
ギルドのメンバーはそれぞれ目を見開く。
何事も完璧にこなし、口は悪いけどルックスはいいティアには三流も出来損ないも似合わないからだ。
「貴女の悪評はフルールにまで届いているわ。本当、恥ずかしいったらありゃしない。貴女の存在自体が一族の恥なのに、これ以上カトレーンの名に泥を塗らないで」
ブチッ、と。
ルーシィは何かが切れる音を聞いた。
自分の、ではない。
――――――その近くに立つ、ナツの、だ。
「オイ!黙って聞いてりゃ三流だの出来損ないだの・・・何様だテメェは!」
「黙りなさいバカナツ!」
「!」
表情に怒りを浮かべて怒鳴ったナツを止めたのは、ティアだった。
吐き出すように放たれた言葉にナツは声を止める。
「・・・申し訳ありません、お祖母様。全て私の責任です」
「ええそうね。貴女が生まれた事は貴女の両親が問題だけれど、そのほかは全て貴女の責任よ、ティア。ただでさえクロノヴァイスがいるのに・・・この代はどうなっているのかしら。こんな、何の才能もない出来損ないが2人もいるなんて。クロスが可哀想だわ」
ぎゅっとティアは唇を噛みしめた。
本来なら、ティアは苛立ちを全て解放しているだろう。
全くキレないティアに違和感を覚えながら、ルーとアルカは再度首を傾げた。
「でも、貴女は女に生まれてラッキーだったわね。一族の為にその力が使えるんだもの。それ以外には何の存在理由も価値もないけれど、“星竜の巫女”である事が唯一の救いじゃない」
「・・・はい」
「いい?本当なら2年前に全て終わるはずだったの。それがイオリとかいう女が死んだ事で2年延ばす事になったけど・・・もうこれ以上は延長不可能よ。解っているわね?」
「解って、ます・・・私のワガママで、2年延ばしてもらって・・・」
「そう。貴女の最初で最後のワガママよ。あんなイオリとかいう低俗の女が死んだだけで、まさか巫女の力が使えなくなるなんてね!本当に出来損ないだわ」
「―――――――っ!」
祖母の言葉に、ティアは顔を上げた。
その表情には怯えと恐怖もあるが、それより前に怒りが出ている。
自分が出来損ないと言われ続けた事に対しての怒りじゃない。
師匠であるイオリを“低俗”と言われた事に対して怒りを露わにしているのだ。
「イオリさんは・・・っ!」
反論しようとティアが口を開く。
が・・・一瞬にして、空気が凍った。
「イオリさんは・・・何?」
祖母の一言。
冷たい視線に氷のような瞳、有無を言わさぬ静かな迫力。
その声と視線に、ティアはぞくっと震えた。
「でも良かったじゃない。1人でも貴女の存在を許してくれる人間がいて。こんな出来損ないの存在を許すなんて、貴女の師匠は飛んだ甘ったれね」
そう言って、祖母は続けた。
ギルド全体に衝撃を走らせる、一言を。
「人間のフリをした貴女が・・・自分の居場所まで見つけるなんてね」
人間の、フリ。
一瞬、何を言っているのか解らなかった。
それはまるで、ティアが人間じゃないみたいな――――――――。
「・・・あら、貴女“仲間”なのに何も教えてなかったの?」
「・・・」
ティアは答えない。
ただ辛そうに、悲しそうに俯いて、唇を噛みしめて拳を握りしめる。
その体は小刻みに震え、表情は帽子に隠れて見えなかった。
「まあいいわ。もうどうせここには戻って来られないんだから」
そう言うと祖母は立ち上がり、ティアを見下ろすように見つめた。
そして、手を伸ばす。
優しく差し伸べる訳ではない。
ただ、それが義務であるかのように、淡々と。
「来なさい、ティア。貴女に拒否権はないの」
拒否権はない―――――。
突きつけられた言葉に、ティアは小さく目線を逸らせた。
特別、ギルドにいるのが好きな訳ではない。ぎゃあぎゃあ騒いでいるのはうるさいと思うし、1人でいるのが好きなティアにとっては人の多いギルドは1人でいられないから不満もある。
ギルドが新しくなった事で2階にS級以外の人間も来るようになり、2階で静かに読書も不可能になった。
(だけど・・・)
ティアは思う。
確かに騒がしくてうるさくて1人でいられないけど、それでも自分はこのギルドに13年間いた。
抜ける事はいつだって出来たのに、ここにいる事を望んだ。
何でかは自分でも解らない。
だけど、ここにいるのは嫌いじゃない。
(家に戻るよりは・・・ここにいる方がいい)
カトレーンの実家。
あの場所を、ティアはよく知っている。
表向きの一族も、裏向きの一族も。
「―――――」
拒否権がない事は解っている。
それでも家に戻りたくない。
ティアがそれを告げようと口を開きかけた、瞬間―――――――
「帰らねーよ」
それを遮る声がした。
その声に引っ張られるように、ティアは声の主に目を向ける。
「・・・ナツ」
ナツは真っ直ぐな眼で祖母を見つめていた。
睨んでいた、という方が正しいかもしれない。
が、ティアはそんな事より疑問が浮かんでいた。
(私・・・家に帰りたくないなんて、一言も口に出してない・・・)
思ってはいた。
だが、声に出して言った覚えはない。
なのに、ナツは言い切った。
「ティア、嫌がってんだろ。それにティアの帰る場所はギルドだ」
ギルドの床を指さして、ナツが告げる。
他のメンバーは何も言わないが、同じ思いだった。
仲間であるティアを出来損ないだの三流だのと言った人間・・・たとえそれがティアの親族であろうと許せない。
「・・・全く・・・愚かとしか言いようがないわ」
その口調はティアにそっくりだ。
だが、根本的な所が全く違う。
ただ冷たいだけの祖母の口調と違い、ティアは冷たさの中に優しさを秘めている。
だから困っていれば知恵を貸し、不利な状況にあれば力を貸し、時に蹴りが飛んでくる事もあるが(特にナツに)、飴と鞭が平等に出来ているのだ。
「今連れて行くのはこの人たちに免じてナシにしてあげる。でも、明日使いを出します。解ってるわね?ティア」
「・・・はい」
明日使いを出すという事は、家に帰る日にちが1日延びただけという事。
逃げられないのは明白。
溢れ出そうな感情を慣れたように押し殺して、ティアは呟いた。
「それじゃあ皆さん、クロスをよろしくお願いします」
最後に祖母は作ったような笑みを浮かべて頭を下げ、ギルドを出て行った。
「同時展開は30本までか・・・先月より3本増えてたな。これで姉さんを守れる力がまた少しついたという事か」
握りしめた自分の右拳を嬉しそうに見つめ、クロスは上機嫌だった。
1か月に1回、東の森で剣の腕を磨いているクロスは、その左手に森で採ってきた綺麗な淡い水色の花を持ち、ギルドへ向かっている。
(この花、姉さんに似合うだろうか)
自分と同じ色の青い髪に淡い水色のこの花が添えられる光景を思い浮かべ、クロスは破顔する。
道行く人の中には『何だアイツ』という目でクロスを見る人もいるが、大半は『あー、またお姉ちゃんの事考えてる』と慣れたように見ていた。
マグノリアで嬉しそうな表情のクロスを見たら、9割の確率でティアが関わっている。そして、クロスが悲しそうな表情をしていたら、9割の確率でティアが関わっている。
「・・・ん?」
上機嫌、今にもスキップしそうなほどに上機嫌なオーラを纏って歩くクロスは、ふと足を止めた。
見覚えのある人を見かけたのだ。
自分と同じ色の髪と瞳の女性。
一瞬ティアかとも思ったが・・・すぐに気づいた。
(っお祖母様!?)
空気が冷めていく。
上機嫌だった表情から、感情が抜けていくのをクロスは感じた。
(どうしてここに――――――)
祖母は魔導四輪に乗り込み、魔導四輪が発車する。
視界から消えていく魔導四輪を見つめながら、クロスは呆然と立っていた。
すると、そんなクロスに声が掛かる。
「主!」
「ライアー」
後頭部辺りで1本に結えた長い黒髪を揺らして走ってくるライアーはクロスの前で足を止める。
肩で息をしているところを見ると、かなりの距離を走ってきたようだ。
なんとなく嫌な予感がする。
クロスはそう思いながら、ライアーに訊ねた。
「どうした?」
「・・・シャロン様が・・・ギルドに・・・!」
「!」
聞きたくない名前が飛び出した。
だが、クロスはここから先を聞かないといけない。
自分はギルドにいない。兄のクロノもいない。
となれば、祖母シャロンが用があったのは――――――。
「ティアに・・・家に戻って来るようにと!」
予想的中。
クロスはライアーの言葉を最後まで聞かず、ギルドに向かって走り出した。
その左手から、淡い水色の花がヒラリと風に乗って飛ばされる。
普段ならそれを追いかけただろうが、今はそんなヒマはなかった。
(そんな・・・姉さんがあの家に帰るだと!?そんなの・・・!)
クロスは知っていた。
カトレーンの一族がどんな一族かを。
そして・・・一族がティアに何をしてきたのかを。
(そんなの、誰が許しても俺が許さん!)
「大丈夫か?ティア」
「・・・ええ」
心配そうに尻尾を揺らすヴィーテルシアにティアは答え、深く溜息をついた。
祖母の背中を見送った瞬間、どっと疲れが溢れ出たのだ。
「にしても、気に入らねぇなァあの女。ティアにゃ悪ィが、お前のばーちゃん性格悪すぎんだろ」
「そーだよ!ティアの事けちょんけちょんに言っちゃってさ!ふーんだ!人の悪口はいつか自分に何百倍で返ってくるんだよーっ!」
アルカは苛立ちをぶつけるようにドンとテーブルを叩き、ルーは不機嫌そうに喚く。
最強チーム+ルーとアルカは先ほどティアと祖母がいたテーブルに集合し、それぞれに喋っていた。
勿論、内容はティアの祖母の事だ。
「出来損ないとか、酷すぎるよ。確かにティアはギルド最強の女問題児って呼ばれて問題ばっかり起こすけど、出来損ないなんかじゃないのに」
「あい、三流って言う方が三流だと思う」
「だな。何様のつもりか知らねーが、気にくわねぇ」
頬杖をついたルーシィ、テーブルの上で魚を頬張るハッピー、やはり上半身裸のグレイが呟く(因みにグレイの服は何故かヴィーテルシアの背中に乗っている)。
すると、そんなギルドに声が響いた。
「カトレーンの女王様だよ」
全員の視線がそっちに向く。
そこには、息を切らしたクロスがいた。
「クロ・・・」
「姉さん!無事かっ!?」
「うあっ」
ティアが完全に名前を呟く前に、クロスが行動を起こした。
素早くティアに向かって行くと、躊躇いなくぎゅっとティアを抱きしめる。
突然の事にティアは小さく声を上げた。
「ライアーからお祖母様が来たと聞いて・・・よかった・・・姉さんが無事で・・・」
「私は無事よ・・・だから、放して・・・苦しい・・・」
「え?あっ!ご、ごめん姉さんっ!」
心配のあまりかなりキツくティアを抱きしめていたらしく、ティアは苦しそうに呟いた。
一瞬ポカンとしたクロスだが、今更ながらに気づいたのだろう。
慌ててティアを解放し、その隣に腰掛けた。
「で・・・クロス、何だって?」
「だから、カトレーンの女王様さ」
聞き返したグレイに、クロスは表情を曇らせて答える。
その目に静かに怒りが浮かんでいる事には誰も気づかなかった。
「あの女は自分の思い通りにする為なら、家族にだって容赦しない。だから一族の裏じゃ、カトレーンの女王様って呼ばれてるのさ」
「なるほど」
先ほどの祖母の様子を思い浮かべ、その場にいた全員が納得する。
確かにアレは女王と呼ぶに相応しい女だった。
氷の女王と呼ばれるティア以上に女王らしさを感じさせる。
「・・・姉さん」
「何」
「帰るな」
珍しく命令口調で、クロスは言った。
一瞬驚いた様に瞬きしたティアは、無言で小首を傾げる。
「帰っちゃダメだ、あんな家に。あの家に帰ったら姉さんは姉さんじゃなくなる・・・姉さんがギルドにいる為なら、俺はどんな手でも尽くす。だから・・・帰らないでくれ」
その言葉は本気だった。
声に込められた純粋で狂った思いに、全員が気づく。
クロスはティアの為ならどんな手も尽くす。
家に帰らせない為なら・・・その剣を血で汚しても構わない。
そんな思いが、クロスの声には込められていた。
「・・・」
ティアは何も言わなかった。
ただ無言でショルダーバックを掴み、立ち上がる。
「姉さん?」
「・・・帰りたくないわ、私だって。あんな家にいたくもない。だけど・・・相手はあのお祖母様よ?」
「だから、姉さんの為なら俺がっ・・・!」
「ダメ!」
「!」
クロスがガタッと立ち上がる。
それをティアが声だけで制した。
その声にはただならぬ気迫があり、クロスは小さく体を震わせる。
「それじゃダメなの・・・アンタは唯一“カトレーンの人間”なんだから・・・出来損ないの私の為とか言って、血を流すのは私が許さない」
「姉さ・・・」
「私に左右されない人生を送りなさい、クロス」
そう言って、ティアは足を進めた。
「アンタなら大丈夫・・・だって、私の自慢の弟だから」
振り返る事もせず、そう言い残して。
次の日。
―――――――ティア=T=カトレーンは、マグノリアから姿を消した。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
原作ナシのオリジナルストーリーだと、どこで区切っていいか迷いますね・・・。
ここかなって思うと何か違ったり、予想と違うところで区切る事になったり。
準主要キャラ説にアランとココロを追加しましたー。
・・・追加は数日ほど前なのですが、報告が遅れました。
興味がある方は是非どうぞ。
感想・批評、お待ちしてます。
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