覇王と修羅王
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自称王と他称王
八話
意識が段々と戻り行くと、アインハルトは漸く倒れている事に気付く。
すぐに立ち上がろうとするが、力が入らない。勝利に酔い、現を抜かした。一番してはならない事をした結果だ。
なんて無様な、救い様の無い転落。これではまた――
「出てきやがれアインハルトォッ!! まだ終わってねえぞォッ!!」
アレクの声が耳に入り、沈みかけた思考が止まる。
まだ求められている、まだ終わってないと言う。それも、彼の血統が。
ならば、――――応じなければ!
「ぅぁああああああああーっ!!」
アインハルトは叫び、立った。
そしてふらつく足取りで声のした方へ向かう。
所々に痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。
漸く開けられた穴を越えると、ギラついた目をしたアレクが見えた。
「よーしよし、出てきたな。今度は俺がお前の技を破って、しこたま殴って終わりにしてやる」
なんて言い草だ。拳を何度も突き合わせ不敵に笑う姿は、彼の雰囲気とは似付かない。
だが、応じたいと心が沸き立つのは何故だろうか。
憐み微笑まれていないからか、彼の姿をした血統が言うからか。それとも、自分自身が思っているのか。
どれにせよ、このままでは終われない。今一度この拳を、あの防護服を抜いた胸に届かせる。
だが、痛打を受ければもう立てないだろう。捌き躱す余裕もない。もう真っ直ぐ駆けるしかない。
だから、――――その為の道を作る!
破城槌!
地面に突き立てた拳から衝撃が生まれ、アレクへと向かう。アインハルトはそのままクラウチングスタートを切り、衝撃で切り開かれた道を駆ける。
対しアレクは足を上げ、地を揺らすような震脚を起こし覇気の波動を走らせた。
衝撃と波動の衝突で巻き上がる土煙で視界が塞がる。
だが、アインハルトは足を止めない。土煙の向こうに居るアレクにこの拳を突き立てる為、もう止まれない。
そして土煙を越え目にしたアレクは、無数の腕を生やしていた。阿修羅を越える、覇気で作られた腕の数々が、アインハルトを待ち構えていた。
轟覇機神拳!!
一斉に放たれる拳がアインハルトを襲う。その様はまるで暴雨のよう。
進めていた足は止まり、身体が浮き始めた。
でも、この拳だけは! アインハルトはその一心で、最早威力は無い拳をアレクの胸へ伸ばす。
拳はゆっくり、ゆっくりと暴雨の中を進む……が、肩から先がなくなったような錯覚を受けた。届く手前で打ち下ろす拳に撥ねられたのだ。
そして、暴雨もアレクの姿も消えた瞬後、腹部に凄まじい衝撃を受け、そのまま突き上げられ腹から折れそうになる。
だが、突き上げた拳を軸に発せられた覇気の波動がアインハルトの全身を支え押し上げ、上空に焼き上げて行く。
(クラウス、私は……)
薄れ行く意識の中で、アインハルトはとうとう敗北を受け入れた。
また敗れた。また届かなかった。悲願を果たせなかった。幾つもの苦渋と申し訳なさが頭を過ぎる。
だが、たった一つだが、成し得たものがある。
クラウスを下した業を破った。これは、確かだった。これは、誇って良い……事だろうか。
(誇る事を、許してくれますか……?)
クラウスが笑った。意識を失う直前、そんな幻想をアインハルトは見た、気がした……。
一方アレクは、拳を突き上げた状態で耐えていた。轟覇機神拳はアレクの意思で撃ち放ったが、これで終わる事を身体が良しとしていなかった。
手甲が開き、見出でた漆黒の甲に幾つもの線が走る。まだこの業には先がある、放て、解き放て! と戦闘経験を得た身体が疼き、叫んでいるのだ。
そして、身体が成長すれば各器官も相応に成長し生み出せる覇気も増えるので、今、腰溜めの拳を上に振るえば、恐らくソレは具現化し、アインハルトを喰い千切るだろう。
その行為はアレクの意思でも望む事ではないが、逆らえ切れない。段々と腕が上がっていく。
「ぐ、ぬぅ……お、お、お……」
――放て! 覇を成す龍を解き放て!!
「うおあああああああああっ!!」
遂に振り上げられた拳から、人一人を容易く龍の顔が生まれ出た。次いで体も成されて行き、拳から飛び去った。
龍は荒々しく、落下を始めたアインハルトに牙を突き立てんと昇る……が、自由を取り戻して即座に跳んだアレクに尾を掴まれた。
「俺のもんなら俺に従いやがれってんだ、こんボケェッ!!」
自棄くそ気味に龍を振り回し、渾身の力を持って明後日の方向に投げ飛ばす。
そのまま死凶星の彼方まで飛んで行け、と次第に小さく成って行く龍にアレクは落下しつつ中指をおっ立てた。
そんなアレクを観戦している面々は、いったい何をしているんだか、と惚けるやら呆れるやら何とも言えない顔をしていた。
ティアナも呆れた顔で溜め息を吐いていたが、視界の端に映った姿に、事態はまだ終わってない事に気付き声を張り上げる。
「アレク! アインハルトを受け止めなさい!!」
「見たかアレデ――へい?」
「バカしてないで上を見なさい!!」
「上? ……おお!?」
完全に勝負の内容が入れ替わっていたアレクは着地と同時に明後日の方向に勝利を叫んでいたが、ティアナの指摘で自分が空高く飛ばしたアインハルトの存在を思い出す。
ティアナが気付いてすぐにリカバリーを掛けたので、アインハルトの落下はある程度減速していたが、既にアレクの眼前に迫っていた。
驚きつつもアレクはなんとか受け止める事に成功する。ただ、安定しない姿勢で受け止め、ティアナがリカバリーを解いてしまったので、遅れて掛かった重さによろけ尻餅をついてしまう。
「おおっと……おうっ!?」
ついでに尾てい骨あたりを軽く打った。
予期せぬ刺激に耐える最中、右手が何か柔らかいものを握っている事に気付く。加えて触り心地もとても良い。
目を向けてみると、暫し思考が停止した。
「………………」
アインハルトの防護服はボロボロで、最早服を着ているとは言えぬ状態。そして右手が握る実った膨らみは丸見えで、指の間からは淡い果実も見える。身体は大人で心は思春期中の子供なアレクは、一切目が離せない。
そういやこいつ女なんだっけ、と再び動き出した脳が今更な事を考えるが、手はまだ放さない。放すどころか、これは経験の所為、とアレクは理由付けて何度か揉んでいる。ギャラリーに背を向けているので、バレやしない。
だが、勝利の美酒はすぐに終わった。アインハルトの姿が光と共に縮み、膨らみかけに戻り、服も戻ってしまった。
そこへ、逸早く来たティアナの声が掛かった。
「アレク、アインハルトは!?」
「へいっ!? ……え~と、拙者が見た感じ、大丈夫そうでござんした」
「そう。……まあ、何してたか今は訊かないであげるわ。――――今は、ね?」
「………………へい」
後で説教ですか、とアレクはバレていた事に肩を落とす。凄まじい敗北感だった。
◆ ◇ ◆
夕食後、ヴィヴィオは自室に戻らずに居間で足をぷらぷら揺らしていた。
頭に浮かぶのは、昼間のアレクとアインハルトの試合内容。
またアインハルトが奇襲して見てる方を吃驚させたが、当のアレクは見透かしたように対処していた。
そして少しの会話後に試合が始まったが、今思い返してみると、……試合ではなかったように思える。途中の会話で戦場という言葉が聞えたが、それも合っているようで合っていない気がする。戦いだった事だけは確かだと思うけれど。
アインハルトは兎に角倒そうとしていて、アレクは粉砕しようとしていた。どちらも戦い方なんて気にしないで、ただそれだけを成そうとしていたような気がする。
そして対峙していた視線も、合っていなかったような感じもした。
ふと、アインハルトがアレクを別名で呼んでいた事を思い出した。アレディ・ナアシュ、そう何度も呼んでいた。初代覇王イングヴァルトの関係者、そして王というのは間違いないだろう。でなければアインハルトが執拗に追う筈がない。
だからアインハルトはアレクをその王と見据えて戦っていた。最後はアレク本人を見るようになっていたけれど。
だが反対に、アレクがアインハルトを見なくなっていた、一度倒れてから様子が変だった。
地団駄を踏んだあたりではカウンターを入れられた事に憤怒していたと思っていたが、最後の龍を出す前後で印象は一変した。
「どうしたのヴィヴィオ。何か悩み事?」
「……ねえママ」
「なぁに?」
「わたしが聖王のゆりかごで操られてた時、どんなこと思ってたの?」
あの時のアレクは、自分がした体験を端から見ている気分だった。
だから対面した母に何気ない気持ちで訊いたのだが、瞳の奥に悲しみが見えた。
すぐに失言だったと悟り慌てて弁解しようとしたが、なのははヴィヴィオより早く口を開く。
「――――悲しかった。見てて辛かった。なんでこんなことになったんだろうって、凄く後悔した」
「あ、あのママ……」
「でも、だから助けたかった。だから手を伸ばした。だからヴィヴィオがもっと大切に成って、ずっと一緒に居ようって思った、かな」
なんでもないと微笑む母に申し訳なさを感じつつも、嬉しさが勝り顔が緩んでしまう。大好きな母に大切と言われて、ヴィヴィオは喜べずに居られない。
「ありがと、ママ。でも、ごめんなさい」
「はぁい、どういたしまして。それでどうしたの? 何か大変な事でもあったの?」
「うん、大変だった……のかなぁ?」
なのはの質問にヴィヴィオは頷くが、頭は斜めに傾いていた。
龍が出た時、アレクの表情から大変な事に成ると思ったが、すぐに当の本人だけでどうにかしてしまった。大変な事だったのかそうで無いのか、いまいち判断が付け難くなる程にアレクの行動は豪快で早かった。第一、あの龍が何のかもヴィヴィオには分かってない。
そして、ヴィヴィオが分からないのであれば、又聞きしているなのはは更に分からない。
だが、ゆりかごという言葉から危惧を抱くものの、どうやら大事では無いと伺える。とはいえ、表だって悩みを見せなくなった大切な娘が悩みを見せるなら、なのはには一大事に変わりない。
一応、最近知り合った先輩達のことかな、と大まかな当たりは付けているけれど、心配半分興味半分で訊いてみる。
「ヴィヴィオが悩んでいるのは、今日見学した先輩同士の試合のこと? 試合したいって言ってた子の方かな?」
「ううん、アインハルトさんじゃなくてアレクさんの方なんだけど。でも悩みっていうか、気になるくらいっていうか……」
ふむふむ、対象はアインハルトちゃんじゃなくてアレクちゃん。確か興奮気味にスパー内容を話した子の方だったっけ、となのははヴィヴィオが誰について悩んでいるか脳にインプット。ちなみに、なのはは二つ上の先輩としか特徴を聞いてないので、現時点ではアレクも女子生徒だと思っている。
「なにか危ない事しそうになったの?」
「手から龍が出て、それがしそうになったって言うか成りそうになったって言うか……。あ、でも自分で尻尾掴んで投げ飛ばしちゃったから大丈夫だったよ」
龍というのが何の魔法かよく分からないが、投げ飛ばしたのなら真正古代ベルカの遣い手だろう。けっこう豪胆な子なんだな、となのはの脳内に万年幼児体型の同僚なイメージが湧く。
「でも、ヴィヴィオには気になる、かな? さっきの質問と関係ありそうだし」
「うん。わたしも同じだったからやりたくてやったんじゃないって分るし、アレクさんも末裔っぽいから何か力になってあげたいんだけど……自分でどうにかしちゃうんだよねぇ~」
「なるほど……?」
力に成りたいけど成れない、といった感じだろうか。なのはも似たような経験があるが、どうやら種は違うようだ。脱力して項垂れるヴィヴィオに何とも言えない懐かしさを覚える。
だが、何か別に気になる事を耳にしたような?
「……覇王の末裔ってもう一人の子じゃなかったっけ?」
「そうだよ。でも、アレクさんも何処かの王の末裔っぽいの。同じ諸王時代のアレディ・ナアシュって名前みたいだけど、ママ聞いた事ある?」
「う~ん……無いなぁ」
「ノーヴェは知ってそうなんだけど教えてくれないんだよねぇ。……アレクさんに口止めされてるのかなぁ」
力に成りたいけど成れない、加えて踏み込んで良いか判らない、といった所か。王の血縁等は無暗に知らせないノーヴェの気遣いも分るが、やはり親としては娘を応援したい。
「ヴィヴィオ、本人から教えないって言われたの?」
「ううん、まだ聞いてないけど……いいのかなぁ?」
「訊くだけならいいんじゃないかな。ノーヴェは優しいから気を回し過ぎって事もあるし。それに、仲良くなりたいんでしょ?」
「そっか。……うん、仲良くなりたい。ママ、ありがと!」
「どういたしまして。その調子でもう一人の子に試合を申し込んでみたら?」
「それは全快したらやってくれるってアレクさんが取次してくれた!」
「あら」
「じゃあヴィヴィオは試合に向けて魔法の練習に行ってきまーす!」
ちょっと締まらなかったな、と思いつつ、なのはは元気を取り戻した途端バタバタと駆けて行くヴィヴィオを見送った。その姿は幼い頃の自分を見ているようで、恥ずかしくも懐かしい。
だが、こうなったら止まらないだろう。そして、そう遠くない内に家に連れてくるだろう。なんせ自分の娘だ、必ずやってみせるだろう。
だから、自分は会える時を楽しみに待っていよう。
「さぁて、アレクちゃんとアインハルトちゃんはいったいどんな子なのかなぁ?」
『Look forward,master』(楽しみですね、マスター)
「そうだね、レイジングハート」
後書き
次でアレクとハルにゃんの事書いて章〆……の予定です。
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