覇王と修羅王
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
自称王と他称王
六話
週も明けた昼過ぎ、漸く帰る事を許されたアレクは意気揚々を自宅へと向かっていたが、未だルームキーがティアナの手にある事に気付く。一応、妄想に縋ってポケットの中を探してみるがキーは無い。
仕方なくティアナにメールをうつと、すぐさま返事がきた。
「丁度あんたの家に居るからすぐ帰ってきなさい……」
ついつい音読してしまったが、何故見計らったように居るのだろうか。
執務官、恐るべし、と首を傾げ唸りながら帰路を進み、部屋の前へ辿り着く。そして何時もの様にポケットに手を突っ込むが当然キーは無い。
何時から他人様の部屋になったのだろうか、と思いながらインターホンを押すと、すぐにドアが開きノーヴェが顔を出した。
「お、帰ってきたか。怪我は……大事に至るものは無いみたいだな」
「なんとか五体満足で生還しやした。ちょいと脳を酷使してきたので、頭の中身はヤバイですが」
「いやそれは……まあいいか。とりあえず入れ」
「へーい」
本当に何時から他人様の部屋になったのだろうか。招かれるように入るアレクは心底から思う。
そしてノーヴェの後を歩き、1Rの部屋に入ると、アレクは目を疑った。
「やっと帰ってきたわね」
「おかえりー」
ティアナは勿論、スバルも居る事は予想がついていた。
だが、彼女等の下にクッションがあり、その下にはカーペットが敷いてある。そして彼女等と対面するように置かれたクッションへ座るノーヴェとの間には、テーブルがある。アレクが記憶では、どれもこの部屋には無かった筈だ。
キッチンの方を見てみれば、ヤカンと鍋しかなかったのに、フライパンやらフライ返しやら調味料やらが。食器の入った食器棚もあった。
逆を向けば、ベッドが高性能折り畳み形に進化して畳まれてあり、端には椅子付の簡易机が。よく見渡せば、カーテン模様も違うような気も。変わらない物は、冷蔵庫しかない。
「ここ、誰の部屋?」
「何言ってんの、あんたの部屋に決まってるでしょう」
「へへー流石にビックリしたみたいだね」
「寧ろドッキリしました。ところで、布団とかは何処に?」
「クローゼットの中よ」
家具よりも問題は枕である。あの表面は柔らかで中はジャリジャリな枕は無事か。あの選びに選んだ枕は健在か。そう思いクローゼットを開くが、見ただけで新品と判るくらい綺麗に畳まれた布団の上に、見違える姿になった枕があった。つまり、ご臨終になられたのだろう。
よし、またバーゲン物の中から至高の一品を発掘しよう。アレクは一つ頷いて即決した。
「無限の荒野に旅出ってきます」
「バカ言ってないで座りなさい」
「へい」
軽く錯乱していたアレクはティアナの有無を言わさぬ声で我に返り、ノーヴェの隣に放置されているクッションの座る。
だが落ち着かない。矢張り誰の部屋か分からなくなったからか、どうも視線があちらこちらに行ってしまう。軽いテロにあった気分だ。
「ねえアレク、この部屋見てどう思った?」
「見事な不法占拠かと」
「え!? 不法占拠!?」
「え? テロじゃないんすか!?」
「違うよ!」
発案実行隊長のスバルが感想を訊くが、アレクは予想を大幅に超えた感想をよこした。調理道具も勉強机の一つも無かったので、良かれと思ってやったことだが、不法占拠と思われるとは。とてもいいカウンターを食らった気分だ。しかも裏腹無い声色なので、とてもよく効いた。
頑張ったのになぁ、と肩を落とすスバルに、ティアナとノーヴェはその奮闘ぶりを知っているので流石に不憫と思う。
とりあえず今はアレクの事、とティアナは視線を戻す。
「まあ、少なくとも悪い方へ変わってない様で安心したわ」
「個人的には自由生活が圧迫されて悪い方へ行ってると思うんすけど」
「あんたの場合、自由過ぎて問題なのよ。それより、今まで何してたか話してくれる?」
「修練っす」
「……離れてやる必要があったの?」
「俺、デリケートなんで、見られてると、どうにか成っちゃいます」
「いやお前、それは嘘だろ」
ふぅん、とティアナは一端追究の手を止め、ノーヴェとじゃれ始めたアレクの考察に入った。
スバルがこの部屋をコーディネイトしている間、ティアナはアレクの素性を調べていた。
二年前あたりに被害者という形でストリートファイトに手を出していた事、三年半前に一人暮らしを始めた事、六年前に両親と死別して叔父のフェルヴィスに引き取られた事。ストリートファイトの事は置いといて、一人暮らしを始めた経緯については、少し考えさせられるこのがあった。
四年前のJS事件後で地上本部の指揮系統が一時混乱していた時期、便乗するように一時期犯罪率が増加し、各警防署も多忙を極めたらしい。その中にフェルヴィスも居り、管理局から誘いが来る程腕っぷしが強い彼の主な担当は暴れ出しそうな者や凶悪犯で、何かと恨みを買いやすい位置に居る。
なのでアレクの一人暮らしは、逆恨みの標的に成らないようにと隔離した、というのがティアナの読みだ。直接の関係は無いとしても、JS事件に関わったティアナからすれば、何かと気になるようになっていた。事件が関係して一人暮らしに成った事や両親の死別、その辺りが自分と似てる所為かな、と当たりはついているが。
アインハルトという単語が聞こえたので、ティアナは意識を戻す。
「ああ、そうだ。大人モードの事はアインハルトに伝えておいたぞ」
「お手を煩わしたようで。んで、何て言ってやした?」
「直接お渡しします。若し宜しければ補助もいたします。と言ってたからとりあえず学校で受け取ればいいんじゃないか?」
「そして学校でクロスファイトな感じがするんで、俺このまま休んでいいっすか?」
「流石に学校で仕掛ける事は無い……んじゃないか?」
無い、と言い切りたいノーヴェだが、今迄を思い出すと言い切れない。アインハルトが仕掛ける形なのは予想出来るが、その引鉄はアレクが引きそうな気が多分に感じる。
どうする、と視線を受けたティアナも腕を組む。昔、恩師が娘可愛さに授業を覗いていた事があったらしいが、流石に自分はやる気になれない。となるとやはり対戦時まで接触させない方が良いか。
ティアナは仕方ないと頷くと、アレクは渾身のガッツポーズをとった。
「ま、此処でも勉強できるしね。変身魔法の事もあるから、魔法構築も基礎から確り教えてあげるわ」
続く言葉でアレクは崩れ落ちた。
向こうでも勉強、此処でも勉強、考えただけで頭がどうにか成りそうだった。
だが、せめて、此処が自分の部屋だという証がほしい。それくらいの自由は許されて良い筈だ。そうティアナに悲願する。
「姐さん、せめてルームキーだけは……返してくれやせんか?」
「いいわよ。はい」
ぽん、と予想以上に簡単に目の前へ置かれたのでアレクは目を疑うが、すぐにかっ攫うように取る。キーさえあればテロを防ぐ事ができる。キーさえあれば明日から自由だ。
もう渡さねえ、もう放さねえ。そんな目で視線を戻すが、何故か自分の手中のキーらしき物がティアナの手にあった。
「複製したのよ」
「姐さんそれは――って、せめて質問くらい間を置いてもいいじゃないすか!?」
アレクは生活どころか質問の自由さえ無い事に絶望し、心底から崩れ落ちた。
◆ ◇ ◆
対戦当日。ティアナの先導の下、ノーヴェが押さえた場所に向かうアインハルトは、胸に抱いた赤い布をより強く抱きしめた。
この手甲のお蔭で毎日夢を見た。大地を轟かす震脚を見れた。暴雨のような剛腕を見れた。この身を下す蹴りを見れた。そして、見下ろす王を見上げた。より鮮明に、より詳しく見る事ができた。
だが、その夢も今日で終わりだ。あの猛攻を断ち、蹴りを空に切らせ、その胸を拳で穿つのだ。
(クラウス、今日こそ無念を一つ、晴らします)
辿り着いた先に、アレクは居た。この手甲が入っていた箱の上に腰かけ、億劫そうにして。まだ、彼に成り得ない姿で。
だが、もう少しで変わる。そう思いながら近寄って行く。
「やっと来たか……」
気怠そうに立ち上がる最中、アレクの呟いた言葉に、胸が高鳴る。
そう、やっと来たのだ。この日が、この時が。
「お待たせしました――――アレディ・ナアシュ」
「……俺はアレクだ」
不快そうに顔を歪めるが、敬称くらい好きにさせてほしい。待っていたのは同じ……いや、自分の方が待たされたのだから。
それに始めればきっと変わり、取り戻す。全身の毛が逆立つような殺気を放った、彼と遜色無い姿を。
「では、武装形態の準備を。私が補助します」
「へいへい」
アインハルトはアレクの胸に手を置き、魔力の流れを感じ取る。
二つの魔方陣が干渉し、構築していく最中、アインハルトは自身の切望も流し込む。
そうして光が収まると、見違えたアレクの姿があった。燃えるような赤い髪に、白い道着と紺のカンフーズボン。そして、これより身に着ける血色の武具が彼の装飾。最後にアインハルトの持つ手甲を填め、修羅の王が完成する。
アレクは背を向け、アインハルトの期待に応えるように箱の方へと歩く。
「誰か~鏡持ってないっすか~?」
――と思いきや箱を通り越してギャラリーの方へ駆けて行った。
ふにゃり、と緊迫した空気が緩み誰もが脱力する。そんな中、おずおずと一人、手を上げた。
「あ、あの……わたし、持ってます」
「おう、え~と……コロンナちゃん?」
「え?」
ドタドタ近寄ってきたアレクに荷物の中から鏡を出したコロナは、手渡そうとした所で名前を間違えられて固まった。
素で間違えてるのか、それとも狙ってボケてるのか。どちらにせよ、こんな空気の中では、中々に不意打ちだった。
近くに居る中、一番アレクに耐久性のあるヴィヴィオが助け舟を出した。
「……コロナですよ、アレクさん」
「む、スマン。で、鏡プリーズ」
「え、……あ、はい」
鏡を受け取ったアレクは、頻りに後頭部を見れるように色々な角度で映す。
だが、アレクの行動にヴィヴィオは何となく親近感をもった。ヴィヴィオも最初の頃は変身する度に自分の恰好が気に成ったものだ。特に、母の真似をしてサイドポニーにした時は。
そう思いながら見ていると、アレクはワナワナと震えだした。
「な、なんじゃこの爆発チョンマゲはぁー!?」
「にゃっ!?」
不満が爆発したアレクはコロナに鏡を突っ返すと、驚くヴィヴィオ達に目もくれずアインハルトの方へ一目散に駆けて行った。
「ちょ、おま、なんだコレ!? あとこの縛ってある揉み上げも!」
「何か問題でもありましたか?」
「問題だらけだ! 気に成ってしょうがねえ!」
「お似合いですよ、アレディ・ナアシュ」
「お前の目の方が問題だなオイィッ!?」
「そんな事よりも、早く武具の装着をお願いします」
「人の話を聞けぇぇぇぇ!!」
次いでアレクとアインハルトに食って掛かるが、完全に一人相撲だった。
ただ、今の大きくなったアレクとアインハルトでは、大人が子供に絡んでいるようにしか見えてこない。
見兼ねたティアナが近寄り、大きく腕を振り上げた。
「もうそれで我慢なさい!」
「おうぅっ!?」
ティアナはヴィヴィオ達の方にまで響く見事なスパンキングをかまし、場を抑えた。殴らなかったのは、これから戦うので大事にならないように、との配慮である。
だが、此処から本当に戦いが始まるのだろうか。見ている方が心配になってくる。
「ねえヴィヴィオ、今日アレクさんとアインハルトさんの対戦試合……だよね?」
「……コント、じゃないよね?」
「うん、試合……の筈だったと思う」
アレクは尻を押さえ痛がりながらティアナに叱られ、アインハルトは頻りに武具装着を促す。心なしか、アレクを冷たい目で見ているような気がするが。
ヴィヴィオはコロナとリオの呟きに何とか頷いたが、合っているとは言い切れなかった。少なくとも、闘争の空気ではなかった……。
ページ上へ戻る