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打球は快音響かせて

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第一話 ひょんな事から

 
前書き
中学生の時書こうとしたヤツです。当時ポケモンにハマってたので、舞台の名前はポケモンからとってます。 

 
第一話



「山あいの町の子供たちに一度でいいから大海を見せてやりたかったんじゃ」 
(池田高校・蔦監督)

「心のこもった野球をしよう!」
(八重山商工・伊志嶺監督)

「野球は大いなる無駄。無駄だからこそ思いっきり勝ち負けにこだわってやろう」
(開成高校・青木秀憲監督)



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「翼ー、野球すっぞー」

日が高く、真っ青な空から夏の日差しが照りつけている。木凪(きなぎ)諸島の夏は暑い。
観光産業が発達しているこのリゾート地の沿岸部には、水上家屋が並び、そして厳重に守られた青く澄んだ海がある。

その縁側に仰向けに寝転んで、海パン一丁の細身の体を火に焼いていた少年に、少し太めの少年が声をかけたのだ。声をかけられた側の、翼と呼ばれた少年は、その面長な顔に不機嫌な顔を作ってムクっと起き上がる。

「おー、武。また大澤さんトコか?別に俺やなくても良いだろ?」
「いけんわい。今日は珍しい人が来とうとよ」
「え、誰?」

顔をしかめてる翼も、ニヤニヤしてる武も、お互い顔は日に焼けて真っ黒だ。

「乙黒さん。この太地地区じゃ有名やろ?」
「あー、甲子園行ったって人か」

翼はスックと立ち上がった。
少し興味が出てきたようだ。

「泳いだ後で疲れてるけど、まぁいいか」

翼は、武の自転車に飛び乗った。



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「おー、翼にタケちゃん。来たねぇ来たねぇ。」

太地地区の市営球場に、大人たちが集まっていた。皆ユニフォームを着ている。そのユニフォーム姿はダボダボで、ややだらしがない。
今日は、地区にある草野球チーム同士での試合があった。

翼は、その大人たちの中に、一際体つきの良い男を見つけた。歳はまだ二十歳台で、オッサンだらけの中では目立っている。短く刈り上げた頭に、メガネが光る。

「あいつが乙黒。ゴツいやろ?」
「確かに、いつものおっちゃんらよりは歯応えありそうだなぁ」

二人は、ユニフォームも着ずに半袖短パン。
そしてベンチに無造作に置かれていたグラブを手にとってキャッチボールを始める。
翼は投手。
武は捕手。

「いっぺん、見せてやろけ」

翼のニッと笑った。



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「本当に、僕試合出るんですかぁ?」
「当たり前よ!今更出れんとかナシよ?」

実家に帰ってきていきなり、草野球に駆り出される羽目になった乙黒は、フェリーに揺られてくたびれた体を伸ばし、欠伸をしながら内心、怠いなぁとの思いを抱いていた。
野球からやっと離れられると思ったのに、島に帰ってきてもまた野球である。甲子園に出てからというもの、野球からは逃げられそうにない。

相手チームのマウンドには、やたらと幼い左投手が居た。乙黒は傍の人に尋ねた。

「あれ?子ども居るんですか?」
「あぁ、翼ね。大澤さんトコで最近よう投げよるんよ。中学生やったかな。確か野球部やなかったけんどね、ええ球放るよ」
「へぇ…」

乙黒は目つきが一気に鋭くなった。

「おうおう、中学生と聞くや目つき変わるのぅ、"監督"!」

囃し立てられて、乙黒は苦笑いする。
そしてバットを手にとって、打席に向かう。

「野球部に入っても無い子はスカウティングの対象外ですけど、まぁ甲子園球児の格は見せとかないといけませんね…」

左打席に構える乙黒。
翼はマウンドでニンマリとした。


翼は振りかぶり、右足を高々と上げ、そして真っ向から投げ込んだ。
初球から、快音が響いた。




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「何やあいつ、全然大した事なかったやんけ」
「草野球リーガーの俺に5-0だからなぁ〜」

日が沈みかけた夕暮の街を、武と翼の二人乗り自転車が走っていた。
空には鳥が飛んでいる。潮風が汗をかいた後の体に心地よかった。

「あいつ、ホンマに甲子園ボーイだったのかな?」
「嘘かもな、俺らに5タコやけ!」

アハハと、2人は赤く染まった空に向けて高笑いした。



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「息子さんには才能があります。是非とも我が三龍高校野球部に入部して頂きたいのです」

気がついたら、こうなっていた。
翼はそう思うほかなかった。
本当に軽い気持ちでやった事だったのに。
この乙黒という男はその日の晩に、自宅を訪れていた。どうやら、水面地区の、三龍高校とかいう高校の野球部監督をしているらしい。本当に、全然大した事ない奴だったのに。

「翼君の、あの足を高く上げたフォーム、ものすごいバネと柔軟性があります。糸を引くように球も来ますし、何よりタイミングが全然合いませんでした。天性のモノですよ、これは」

親に力説してる乙黒の様子を見ても、翼にはこの男が自分が打てなかった言い訳をひたすらしてるようにしか見えなかった。
親に相手を任せて、翼はとっとと寝た。



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「翼、お前、乙黒にスカウトされたみたいやんけ!」

その次の日、武が朝っぱらから声をかけてきた。一体どこから伝わったのか、これが田舎の怖い所である。それぞれの家庭の事情も何もかも筒抜けだ。

「いや、まぁなー。でも、本気かどうか分からないし。」
「誘いに乗ったとしたら、あん人水面の監督やけ、越境になるなぁ」
「ホントそれなんだって。俺な、ここの海泳ぐのマジ好きなんだって。考えられねーわ、越境なんて。それにさ…」

翼は武から目を逸らした。
その視線の先には、焼けた健康的な肌、少し丸い輪郭に、引き締まった体つきの女の子が、他の女子と話している様子があった。

「…俺には葵も居るからなぁー」
「なにぃー!このクソ女たらしがー!」

武はヘッドロックを翼にかける。
翼は鼻の下を伸ばしたまま、締め上げられて悲鳴を上げた。



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「行った方がよかっち思う。」

葵と帰宅している途中、彼女が言った言葉に翼は耳を疑った。

「せっかくの誘いよ?行った方がよか」

もう一度言われて、ようやく翼は理解できた。
この自分の彼女は、自分に乙黒の誘いをうけて、水面の三龍高校に進学した方が良いと言っている。

「翼ねぇ、野球上手いのに、真剣に部活でやろうとせんし、勉強もそこそこできるのにあたしに合わせてアホな高校入ろうとするし、もったいない事しかせんけん。もっと何かに本気になりーよ。」
「ハァ?俺は毎日本気で泳いでるし、本気でお前の事をだなぁ」
「本気なら、あたしの誕生日忘れたりせんけ!」

跳ね返されるように言われて、翼は「半年以上前の事まだ覚えてるのかよ…」とたじろぐしかなかった。中2から付き合っているこの彼女相手には、翼は引くしかないのだ。

「あんねぇ、翼ねぇ、もうちょっと自分の才能に向き合えんと、他人にもちゃんと向き合えなかよ?水面の街でね、揉まれてきんさいよ」

この中3とは思えないくらいのお節介焼きの彼女の話は、すぐにこう説教口調になる。

「……あたし、こっちで待っとるけん」

そして、最後にこんな事を言って、顔を赤らめるくらいの可愛げはある。

「…………」

そしてこの彼女の言葉を真摯に受け止めてしまうくらい、翼は素直な少年であった。



ーーーーーーーーーーーーー


こうして、木凪諸島の少年、好村翼は、高校球児となる道を選んだ。選んでしまった。
彼が得られるはずだった、南の島でのスローライフはこの時点でもうひとつの可能性、パラレルワールドの彼方に行ってしまった。可能性を追うという事は、もう一つの可能性を捨てるという事でもある。

翼の追い求めた可能性の行く末は、いかに。

 
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