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ロシアのお婆さん

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第二章

「ロシア人は無欲な方ね」
「無欲で困ることはないよ」
「それでもどうして歳を取って余計に無欲になるのよ」
「それが自然でいいからだよ」  
 だから無欲になったというのだ、歳を経てさらに。
「御前にもわかるよ、お婆さんになればね」
「そういえばお祖母ちゃんも」
 娘はここで思い出した、自分の祖母即ちお婆さんの母親のことをだ。
「いつも暖炉の傍にいてね」
「この安楽椅子にずっと座ってたね」
「ええ、それでいつも編みものをしていて」
「質素だったね」
「むしろ今以上にね」
 その頃はまだソ連だった、その生活はお世辞にも豊かなものでなかった。何しろアメリカのスラム街の映像を見て干されている下着の数の多さに驚いた程だ。
「ものも今みたいになかったから」
「だから私はむしろ贅沢だよ」
 自分の母と比べればというのだ。
「もっと質素にならないといけないよ」
「今は今でしょ」
 そして昔は昔だというのだ。
「そんなことを言ってもね」
「違うっていうんだね」
「そうよ、残りものばかり食べなくても」
「いいんだよ、私は満足だからね」
 お婆さんの言葉は変わらない、そのにこにことした温和な顔も。
「これでね」
「そうなのね」
「そうだよ、じゃあ少しここで編みものをするから」
 いつも通りだ、そうするというのだ。
「毛糸は何処だい?」
「いつもの場所よ」
 家の箪笥、一番古いものの上から三番目の段というのだ。
「そこにあるわ」
「そうかい、じゃあ行くね」
「私が取って来るわよ」
「いいよ、これも運動のうちだよ」
 その箪笥のところまで歩くのもだというのだ。
「だから私で取りに行くよ」
「そう。それじゃあね」
「御前は家事をするんだよ。孫達も学校から帰って来る頃だね」
「ええ、今日の食材は買って来るから」
「何を作るんだい?」
「ジャガイモのサラダに茸とトマトのスープにね」
 ロシアのサラダは独特だ、他の国のそれよりも濃い、ボリュームがある感じだ。スターリンもサラダといえばそれだと思っていた。
「マトンを焼くわ」
「贅沢だね」
「だからそれが普通だから」
 今ではというのだ。
「昔とは違うから」
「昔はそんなによくなかったからね」
「ロシアも変わったからね」
 ソ連が崩壊して国家元首もエリツィンからプーチンになってだ。
「今じゃお店にバナナやオレンジもあるわよ」
「それが夢みたいだよ」
「何ならそういうのも買って来るわよ」
 ソ連時代は誰も見たことがなかったそうした果物もだというのだ。
「そうするわよ」
「いいよ、私は」
 娘も予想していたがだ、お婆さんは娘にこう答えた。
「贅沢だよ」
「贅沢って。買えるけれど」
「それでもいいよ」 
 やはり贅沢だからである。
「私はね」
「お菓子もよね」
「そう、ケーキもね」
 ケーキはケーキだ、しかしそのケーキも。
「ロシアのケーキでね」
「西の方のケーキもかなり出回ってるのに」
 今のロシアではだ。 
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