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ケロイド

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第一章

                       ケロイド
 ほんの些細なはじまりだった。名塚広樹は家で料理をしている時にしくじって左手を火傷してしまった、その結果。
「結構重傷だったんだな」
「ああ、そうなんだよ」
 広樹は難しい顔で同僚の真壁克幸に話す。二人は工事現場の作業員だ。この前二人共正社員になったばかりだ。
「ただ、動くしな」
「筋肉にはいってないんだよな」
「ああ、皮だけがな」
 火傷したというのだ、広樹は顎鬚をうっすらと生やした鋭い目でその左手を見ながら克幸に話す。克幸はロン毛を後ろで束ねている優しい顔立ちの青年だ。二人共作業服をしっかりと着ていて安全靴とヘルメットで武装している。
 その広樹がだ、こう克幸に言うのだ。
「やられたんだよ」
「そうか」
「ああ、ただな」
「ただ?」
「痛かったぜ」
 その火傷がだというのだ。
「油だったからな」
「また何を作ってたんだよ」
「中華料理だよ、唐揚げな」
 海老のそれを作っていたのだ、広樹は料理上手なのだ。
「ったく、しくじったぜ」
「それで火傷でか」
「ああ、今はな」
 ここで広樹はその左手の甲を見せる。その左手は包帯に包まれている。作業用の手袋を脱ぐとそうなっている。
「こんな感じだよ」
「ふうん、それでも作業は出来るんだな」
「手袋があるからな」
 だからだというのだ、作業が出来るというのだ。
「監督にもちゃんと事情を話して許してもらえたよ」
「御前現場好きだからな」
 今二人は休憩中で現場のビルの解体場所の隅に腰掛けてそこで並んで話をしている。そのうえでの会話だった。
「それでか」
「ああ、やっぱり働くんならな」
「身体を動かしたいんだな」
「それが一番好きだからな」
 それでだというのだ。
「出してもらってるよ」
「そうか、それでもな」
「無理はするなっていうんだな」
「左手の甲に強く触れる様なことはな」
 例えだ、包帯と手袋で二重にしかも堅固にガードをしていてもそれでもだというのだ。
「注意しろよ」
「わかってるさ、ここでさらに怪我をしたらな」
「最悪一生現場で働けないからな」
「それはわかってるさ」
 広樹もだった、そのことは。
「注意してるさ」
「そうか、それじゃあな」
「ああ、今日もやるか」
「まあ怪我は動ける位だしな」
「大したことはないだろうしな」
 自分で消毒をして包帯を巻いただけだ、慎重にそうしたが医者には見せていないししかも楽観もしていた。
「すぐに治るさ」
「傷跡は綺麗にしておけよ」
「わかってるさ」
 彼は笑って克幸に返した。
「すぐに全開に戻るからな」
「頑張れよ、怪我のことも」
 二人は軽くそんな話をした、そしてその二人にだ。
 監督、中年のやや太った男が来てだ、こう言って来た。
「おい、そっちはどうだ?」
「はい、大丈夫です」
「何もありません」
「だったらいいけれどな」
 こう言うのだった。 
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