戦国異伝
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第百五十六話 加賀平定その十一
「何時の時代だが」
「史記ですな」
「史記、そうした書でしたか」
字はあまり読めず学に弱い羽柴は書の名までは言われてもよくわからない、それで松永に言われてもこんなものだった。
「確か」
「始皇帝とその子の傍にいた宦官です」
「宦官はあれですな、男のあの部分を」
「はい、切った者達です」
「異朝にはそうした者もいますか」
日本にはいない、だから羽柴は宦官と言われても実感がなかった。
「痛そうですな」
「皇帝の傍にいつもいますので」
「それで何かと吹き込みやすいのですな」
「そうです、そうした者もいます」
「では宦官の様な者が」
「日本にいるやも」
「ううむ、宦官がおらずとも」
羽柴は学はないが頭の回転は速い、それで宦官がおらずとも佞臣という輩がいることはすぐに察しがついたのだ。
それでだ、こう言うのだ。
「本朝でもいますな」
「そのことはお気をつけを」
「幕府にいるやも知れぬということは」
「織田家もというのですな」
「それがしの見たところそうした御仁は」
おらぬとだ、羽柴は言った。
「とても」
「よくそれがしがそれだと言われますな」
「いや、松永殿は違うかと」
羽柴はすぐにそれは違うと答えた。
「それがしはそう思います」
「そう言って頂けますか」
「まことです」
羽柴は真顔でそのことは断る。
「心根の良い方と思いますが」
「いや、それは」
松永はそう言われてだ、彼にとっては珍しい顔を見せた。
目を見開いてだ、こう羽柴に返した。
「まさか」
「いえいえ、そう思いますが」
「それがしは天下の大悪人、何故心根がよいかと」
「民は大事にされているではありませぬか」
「別にそれがし一人が贅沢をするつもりはありませぬので」
松永はそうしたことはしない、茶道を嗜むがそれも己の財の中でしている。
それでだ、こう言うのだ。
「民に害を為すことは」
「左様ですか」
「はい、しませぬ」
決してだというのだ。
「それはそれがしの昔を調べて頂ければわかります」
「左様ですか」
「それに上様や大仏、三好家のことも」
ここでだ、松永はふとその顔に陰を浮かべて話した。
「実は」
「実はとは」
「いえ、何もありませぬ」
言おうとして途中で止めたのだった。
「お気になされずに」
「左様ですか」
「何でもないことなので」
「では上様のことは」
「それがしが自分の考えでしたことです」
そうしたと決めた様な言葉だった、何かを隠して。
羽柴も松永が何かを隠しているのは察した、だがだった。
そのことは聞けないと直感してだ、こう言ったのだった。
「松永殿がお話されたくないのなら」
「それではですか」
「はい、それでいいです」
こう言ったのである。
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