龍が如く‐未来想う者たち‐
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秋山 駿
第一章 崩壊する生活
第一話 不幸の報せ
2013年7月、東京にある歓楽街・神室町。
正午という時間帯のせいか、街には食事処を探す人々が歩き回っている。
眠らない街と呼ばれるこの地では、老若男女問わず夢を追う者や平和に暮らす多くの人が毎日集まってくるのだ。
その中で一際目立つ赤いスーツの男が、大量の荷物を抱えながら神室町のメインストリートである天下一通りを重い足取りで歩いていた。
「夏にスーツ着るもんじゃないな、まったく」
1人で誰も聞いているわけではない愚痴や文句を溢しながらフラフラと向かったのは、とあるビルの3階にでかでかと書かれたスカイファイナンスの文字。
男の目的地はそこだった。
ビルの裏側の長い階段を荷物を庇いながら上がって行き、目的地のドアをゆっくり開く。
「ただいまー」
「あー!秋山さん!おかえりなさい!」
ここは、消費者金融『スカイファイナンス』。
『テストに合格すればどんな相手でも無利子・無担保で融資する』という、お金に困った人や夢を叶えたい駆け込み寺となっている事で有名だ。
そんな金貸し屋で秘書兼社員を勤めるのが、部屋の奥から男を出迎えた花ちゃんで、ここの社長が赤スーツの男・秋山駿である。
「はぁー疲れたよ。いやほんと。ほらお土産」
両手に抱えていた荷物を事務机に置くと、ソファーへと座り込んだ。
秋山の定位置、お気に入りの場所でもある。
花ちゃんは机に置かれた大きな袋を覗き込み、そのお土産を見て思わず顔が綻んだ。
「社長、約束守ってくれたんですね!」
「半年前に約束したでしょ?」
それは、袋から溢れんばかりの肉まん。
半年前、肉まん100個を条件に花ちゃんに一仕事任せた過去があり、今日になって思い出したかのようにその約束をキチンと果たしたのだ。
遅いだの文句を言う事も無くその肉まんを手に取り、早速舌鼓をうっていた。
ソファーに寝転びながらスーツのポケットから煙草を取り出し、一服の為に火をつける。
大きく煙を吐いてこちらも堪能しながら、不意に事務所の中を見渡した。
いつもは書類や本で散らかる事務所だが、今はその面影すらないほど綺麗になっている。
「俺が居ない間に、整理したのかい?」
「社長が居ない時じゃないと、整理したって散らかるのは目に見えてますから」
肉まんを頬張りながらも文句を突きつけられ、あははと乾いた愛想笑いを溢すしかなかった。
言いたい事は痛い程わかる、何度怒られてもこの癖は直せないでいるからだ。
ふと、机に広げられた新聞に視線を落とす。
今日の朝刊なのだろうか?
そういえば朝から集金で出突っ張りだったので、今日の分は読んでいない事を思い出す。
何気なく見ようと手を伸ばしたが、それは食べていた物を放り出してでも駆け寄ってきた花ちゃんによって阻止されてしまう。
「わーっ!!ダメダメ!!ダメです社長!」
「なんで!?新聞くらい読んでいいじゃない。別に散らかす物でもないし」
「読むなら、えっと……夕刊とか如何です?」
「花ちゃん、まだお昼だよ。夕刊の時間にしては早いし、そんなに慌ててどうしたんだい?」
花ちゃんは新聞紙を握りしめたまま動かなくなってしまった。
よっぽど見せたくない内容なのだろうか。
神室町では頻繁に事件が起きる為、新聞の一面にそういった事件が飾るのは最早日常茶飯事だ。
ましてやこの街では、東日本最大の極道組織・東城会が幅を利かせている。
見たくもない、聞きたくもない事件なんて、街中に転がっているのだ。
煙草を咥え、空いた手を花ちゃんに差し出す。
「見せて」
いつもとは違った雰囲気の秋山を花ちゃんはしばらく見つめ、根気負けしたのか仕方なく新聞を渡した。
握りしめられ潰れた新聞を広げ、最前を飾る一面に目を落とす。
そこに描かれた写真と文字に、思わず咥えていた煙草が落下する。
膝を跳ね地面に落下した煙草が転がり、それが止まる頃に秋山は声にならない言葉を漏らした。
「桐生一馬、死亡……?」
一面には暴力団組員の抗争について大きく書かれており、その下の方に書かれていたのは桐生一馬という男の名だった。
間違いない、彼は秋山にとって運命を変えてくれた男。
神室町を守るため共に戦った、戦友とも言える男の名前だった。
半年前、短期間だが大阪に居た秋山が夢を叶えたい少女と出会い、その果ての近江との抗争で2人は共に戦った。
今目の前に映る光景は、夢じゃないのだろうかと何度も顔を殴ったりして確かめてみた。
でも夢じゃない、これは現実。
花ちゃんは、見せるべきではなかったと気まずそうに見つめている。
それに気付いたのか慌てて新聞を置き、煙草を拾い上げると殆ど吸ってないそれを灰皿に押し付けた。
溜息にも似た深い息を吐いた秋山は、花ちゃんみ声をかける。
「花ちゃん」
「は、はい」
「遥ちゃんを……澤村遥の今ついて調べてくれないか?」
「えっ?」
その名は、東城会元4代目だった伝説の極道と呼ばれる桐生一馬の連れ子の名だった。
夢を叶える為に大阪で奮闘する彼女と出会い、その夢の為に桐生と共に戦ったあの日。
今でも鮮明に思い出せるあの頃の出来事だが、それを忘れられない理由はもうひとつあった。
「遥ちゃんは、アイドルを辞めるという宣言をしたあの夜から、連絡が取れないんだ」
「そ、それって」
「あぁ。彼女は今、行方不明だ」
半年前に終わった非日常が、再びにじり寄ってくる感覚に襲われた気がした。
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