チャイナタウンの狐
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第四章
第四章
「こうして側にいてくれると有り難いね」
「そうですか」
「うん、妻もいるといい」
こうも言う。
「その二つが一緒なら尚更いいね。しかも出来物だと」
「少なくとも女房についてはわかりますよ」
コックは笑ってこう彼に述べてみせてきた。
「そっちはね」
「リーさんの家はあの奥さんが凄いからね」
チャンはコックの名前を言って笑ってみせた。
「おかげで随分助かってるみたいだね」
「わしには過ぎた女房ですよ」
リーもそれを否定せずに笑って答えるのであった。
「本当にね」
「そうなんだ」
「そうですよ。ところでですね」
ここでリーは話を変えてきた。
「奥様ですけれど」
「うん」
話はチュンレイに戻った。
「確かあちらの二女さんでしたね」
「そうだよ、三人姉妹の二番目なんだ」
だから嫁にもらえたという事情もある。話は実に細かいところにまで及んでいたのも事実である。やはり結婚はそうそう簡単にはいかないものなのだ。
「式の時に向こうの家族は見たよね」
「ええ。そうですね」
リーも彼のその言葉に頷いた。
「ただ。それにしても」
「何かあるのかい?」
「また随分とお父さんのお顔があれでしたね」
「そうだね。チュンレイにそっくりだったね」
やや細長くそして目は吊り上がり気味だ。彼もそれに気付いていた。
「お母さんも。そうだったね」
「ご姉妹の方々も。皆」
「そう、あれは所謂」
ここで彼はそのまま思ったことを口に出した。
「狐顔というやつだな。そっくりだ」
「そうですね。ほら」
ここでリーは今左手にあった店を指差した。そこは土産屋で様々な土産物が売られている。その中には京劇で使う狐の面もあった。
「何か似ていません?」
「似ているというか」
チャンはその面を見て首を捻りながら述べた。
「そっくりに見えるね」
「そっくりですか」
「そうだよ。そうか、狐か」
彼は妙に納得した顔で頷きだした。
「狐なのか、成程な」
「何かありますか?」
「いや、狐だよ」
彼は言うのだった。
「白狐飯店だったね」
「はい」
チュンレイの実家のそのレストランである。
「狐なんだよ。今わかったよ」
「あの、ひょっとして」
ここでリーは自分の社長がよからぬことを想像しているのではと危惧した。それでそのことを怪訝な顔で窺うのだった。
「まさか奥様方が人ではないとか」
「まさか」
その言葉は笑って否定する。それからまた言う。
「そうするとだ」
「ええ」
「チュンレイが狐ということになるな」
「そうですね。それだと」
リーもその言葉に頷く。話の流れではそうなる。
「だとすると道士や道観を恐れるな」
「あっ、確かに」
中国土着の宗教である道教の所謂聖職者や寺院のことである。チャイナタウンにもあちこちにあり他には三国志の豪傑関羽を祭った関帝廟もある。どれも狐の様な変化が嫌うものとされている。ところがチュンレイはどれも毎日参っているのである。信仰心もあるのだ。
「それもないではないか」
「ではそれでもないですか」
「そう考えるのが普通だ。別におかしなところもないしな」
「ですが」
「今度は何だ?」
リーの話は続く。チャンもそれを聞く。
「奥様の御実家ですが」
「白狐飯店のことか」
「その名前といいあちらの旦那様といい」
「狐を思わせるか」
「というかそのままでは?」
リーはそう考えていた。そのうえで述べる。
「狐ですよ、やはり」
「あそこの御主人夫婦もそうだな」
「はい」
つまりはチュンレイの両親である。チュンレイも狐顔であるが彼等もそうなのだ。片方がそうならばともかく両方がそうなのだから不思議なことではある。
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