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チャイナタウンの狐

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第二章


第二章

「海老が食べたいな」
「海老ですか」
「揚げてね」
 それを注文するのだった。
「それが欲しいけれど。いいかな」
「運がいいですね。海老もいいのが入っていたんですよ」
「そうなんだ」
「じゃあそれで決まりですね」
「それと豚がいいな」
 中華料理の定番であった。豚肉なくして中華料理はない。
「豚の足がいいな」
「ではそれですね」
「うん。まずはその二つをね」
「はい。じゃあ」
「しかし。相変わらず繁盛しているね」
 にこりと笑って男に言ってみせてきた。
「今日もお客さんが大勢いるじゃないか」
「いや、これがわしの料理目当てならいいんですが」
 だがここで親父は苦笑いを浮かべた。
「大抵が女の子目当てのスケベ達でして」
「おやおや、それは見る目がないというかいい舌がないというか」
 それを聞いて苦笑いを浮かべた。
「親父さんの料理こそがこの店の最大の売りなのにな」
「そう思うんですがね。けれど」
「そんなにいい娘が入ったのか」
「ええ、この前です」
 親父は言ってきた。
「香港からの留学生がアルバイトで入ったんですよ」
「アルバイトでかい」
「確かにこれが奇麗なんですよ」
 笑ってチャンに言うのだった。しかしその手が休まることはない。赤い店の中で派手に炒める音が止むことはない。それを前に聞くチャンの後ろや横では客達が酒や料理を楽しむ声が聞こえる。それと女の子を称える声が。彼の耳に入ってきていてそれを聞きながら話をしていた。
「女優さんと思うようなね」
「女優さんね」
 チャンはそれを聞いてまずは首を少し傾げさせた。
「ここはニューヨークだよ」
「はい、皆わかっています」
「ハリウッドではないんだけれどね。まあファッションは最先端だって評判だけれど」
「そうです。ですがこれが本当に」
「そんなに奇麗なのか」
「何でしたら一度御覧になられては?」
 こうチャンに言うのだった。
「そうすれば認識も変わると思いますが、社長の」
「僕のね」
「あっ、言っている側から」
 ここで親父がまた言うのである。
「来ましたよ」
「まだ僕の料理は作っていないんじゃないのかい?」
「だから女の子ですよ」
 チャンに語る声も笑っていた。
「その女の子が」
「来たのかい」
「ああ、チュンレイちゃん」
 親父は女の子の名を呼んだ。
「ここだよ。その年代ものの老酒はここだよ」
「それは僕が頼んだものだね」
「料理もすぐ来ますんで」
 見れば今海老を揚げはじめていた。その揚げるいい音が彼の耳にはっきりと入って来る。
「暫くお待ちを」
「わかったよ。じゃあ待たせてもらうよ」
「はい。それまではお酒よ」
「老酒です」
「うん・・・・・・って」
 女の子の言葉に応えてそちらに顔を向けるとそこにいたのは。何と朝に擦れ違ったその娘であった。間違えようがなかった。
「君、ここで働いていたのか」
「はい!?」
 だが向こうには認識はないようであった。彼にこう言われてその顔をキョトンとさせたものにさせていた。
「あの、何か」
「いや、別に」
「あれ、社長」
 ここで親父がチャンに目をぱちくりさせながら声をかけてきた。
「お知り合いだったので?チュンレイちゃんと」
「別にそうではないけれど」
「だったらどうしてまた」
「いや、実はね」
 ここでジョークで誤魔化すことにした。しかしそれが彼にとっても思いも寄らぬ方向へと転がってしまうことになるのであった。
「あまりにも奇麗だったからね」
「おやおや、一目惚れですか?」
「ま、まあそうだね」
 言葉の流れでついついこう言ってしまった。これが全てのはじまりであった。
「じゃあ毎日ここに来ればいいですよ」
 親父も商売なのですかさずこう言うのだった。こうして固定客を掴んでおくのだ。
「サービスしますよ」
「そうか」
「だったらさ、チュンレイちゃん」
 親父はあくまで商売で言っている。チャンの気持ちまでは知らない。
「この社長さん毎日来るから応対頼むね」
「わかりました」
 チュンレイと呼ばれた娘は親父の言葉に愛想よくにこりと笑う。しかしどういうわけかその笑った目が吊り上がり気味であった。顔も結構細長いものであった。
 
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