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第一章 ~囚われの少女~
魔法仕掛けの部屋
資料保管庫で悪魔の男は、赤の目を光らせる。気配を消して、鍵は術で開けた。鍵を探す暇はないので、実はダメ元だった。それに、面倒を嫌う性格なのだろう。
――便利だな。
内心、自分自身ですらそう思うのだった。それでも、これくらいは余裕と笑みを浮かべる。
姫の記憶では、ここに重要な手がかりがあると学者が言っていた。そこで男はふと思う、この能力さえあれば情報など悪用し放題だ。その思いは男の心をふつふつと沸かせる。どこまでも純粋な、単純な悪魔だった。
それが今や、一人の少女のために心を傾け、行動をとっている。何ともおかしかった。
しかし笑っている場合ではない。この城の中にある、闇に閉ざされた部屋のありかを突き止めなくては。
部屋は円形になっており、吹き抜けでとても高い天井だった。その筒状の不思議な部屋の天井を見上げると、目が回り、頭がくらくらした。ぐるりと部屋を囲う本棚。天井までぎっしりと分厚い本が並べられており、そのおびただしさから、まるで囚われてしまったかのような束縛を感じる。
さらには、この部屋全体から感じる魔法の気。これは魔術者が侵入したときの対応だろう。圧迫感を感じるのも、魔法仕掛けの何かがあるからだ。男はそれを感じると、部屋の上の方へと飛んだ。
この部屋にはおそらく、城の機密事項がたくさん隠されている。地図には宝物庫の場所などもあるだろう。しかし男には、あの部屋の場所さえ分かればよかった。
(敵を攻略するには地図を制する……か。それよりも手っ取り早い方法があればな)
そう思い、手がかりを探っていた矢先。
「見つけた。……侵入者」
部屋の入り口に居たのは、小柄な少女だった。男は別段驚いた様子もなく少女を見下ろす。
「おっと。可愛いメイドさんじゃねぇか」
男は少女の黒い服、幼い見た目を見てそんな事を言う。
「残念だけど違うわ」
その言葉の意味が男にはよくわからなかった。しかし、少女のただならぬ雰囲気を感じ取る。
幼い見た目にしては言動が冷静すぎではないだろうか。さまざまに思考を巡らせる。
「そりゃあ残念だな。ならば聞く。……お前は何者だ」
男は尋ねるが、少女は表情一つ変えず、答える様子もなかった。
しばらくの沈黙のあと、少女は鼻で笑う。
「それ、こっちのセリフだと思うけど?」
明らかにばかにされている。
「なかなか強情じゃねぇか……ならば。力づくで吐かせてやる!」
対抗意識を燃やした男は、少女の元へと急降下していった。
少女は脇目もふらず、横に伸ばした手で本を掴む。
「私は姫様の侍女、キャスリン・ワトソンだから。メイドじゃない」
刹那、男の力が抜けた。
「だあぁああぁああぁ!?」
まるでがっくりと膝を折られてしまった時のように、いきなり男は地面に落ちた。ぶつかった音は固く、その衝撃の強さを物語る。少女は男が落ちる前にひらりと、男をよけていた。さらには余裕の笑みを浮かべている。
「い……いってぇ! いてぇじゃねぇか!!」
しかし、先ほどの少女の言葉に拍子抜けした訳ではない。一瞬にして魔力が無効化される何かが起こったのだ。
それはどうやら、少女が棚から本を抜いたことが関係しているらしい。少女は手のひらで、分厚い本を弄ぶ。
「ふふふっ♪ このお部屋、面白いでしょ」
先程まで冷静だった少女は、上機嫌そうにほほ笑んでいる。
「それにしても、ドジな侵入者さん? そう、簡単には行かないのよ?」
この部屋の仕掛けによって魔力を奪われたのか。それとも魔力を無効化する装置が働いたのか。どちらにしても、痛みと無力感で体が起こせないことには変わらない。そして少女を上目ににらみつけることが、今できる精一杯の抵抗だった。
「あ~あ。大きな虫を捕まえちゃった。さぁ、一体どうしよう?」
柔らかに微笑み、こちらを見降ろす少女。その無邪気な台詞には嫌な予感しかしない。
魔術を使えない今、男は一抹の焦りを感じていた。とはいえ、こんな小柄な少女なのだから、仲間を呼ばれさえしなければ殺されることはないだろう。
しかし不思議なことに、少女からは敵意は感じられなかった。それどころかまるでいたわる様に、優しい目を向けられているような気がする。
それが逆に、少女の思惑をわからなくさせた。目的は何か。メイドではなく、ただの侍女なのか。そして男には、もう一つわからないことがあった。それは――
「侍女とメイドの違いって……なんだ?」
今度は本当に、少女の方が拍子抜けしたようだった。
「な……っ!? そ、そんなこと、あなたに関係ないでしょ!」
気を取り直して、少女は冷静な表情に戻る。そして、手を上に高く掲げた。
「あなたが探していた本はこれかしら?」
本棚の上の方から、一冊の大きな本が引っ張り出される。というよりは、本が勝手に出てきたといった方が良いのだろうか。いずれにしろ、少女の掲げた手が操作しているのだろう。
ゆっくり、少女の手元へと落ちていく本。そしてそのまま手のひらに到着すると、少女はその本を男の背中に落とした。
「ぐえっ!?」
男の悲痛な奇声と、本の重厚な音が同時に鳴る。
「いちいち何だ!?」
その様を見る少女は、どこか楽しそうだった。
「あら、ごめんなさい。あなたの探していた本、これじゃない?」
本を背中からおろし、男はすぐさまそれに目をやる。それは分厚く、赤い表紙の本だった。表紙だけを見るが、男にはその表題の文字がわからなかった。読めなかったのだ。だが、本を持った瞬間に何か予感がした。この本は確かに、男の探していた本なのだろう。
しかし、なぜ少女は、それを知っていたのだろう。この本は、探している内容を映し出す、魔法の本なのだろうか。だが、今はそんな事はどうでもよかった。
本を持った時、本能が本を開けるなと言っている気がした。本を開いてしまえば最後、まるで本に生気を吸い取られてしまうかのような気がしていた。
だが、ここで尻込みをする余裕はない。そもそも悪魔であり、自らを魔王とさえ思う程の自信が今まであった。しかし魔力を失ってしまえば、自分はただの人間と同じものなのだろうか。自分は一体今、何者となっているのだろう。男にはそんな考えがよぎるが、それは恐れではなかった。いや、恐れはないというならすでに本を開けていただろう。
「だいじょうぶ。こわくないわ」
少女の声が聞こえたかと思うと、導かれるような思いで分厚い本を開いた。
「!? これは……」
開いた本の中には、闇色の世界があった。すさまじい風がおこるのとともに、向こう側に吸い込まれる。そしてそのまま、闇に取り込まれてしまった。
そのままゆっくりと、閉じていく本。しかし本は、そこで閉じるより前に少女までも飲み込もうとする。
「え? ちょっと待って……私はいいから!」
それからさらに本の中から、悪魔の手が伸びてくる。道連れにしようというのか、油断していた少女は足首をつかまれる。
「――ひゃんっ!?」
すさまじい本の引力に加え、男につかまれたまま引きずり込まれる。とうとう侍女のキャスリンまで本に閉じ込められてしまった。
そして部屋は何事もなかったかのように静寂を取り戻す。ただの一冊、床に赤い本がぽつんと残されただけになった。
-第二十一幕へ-
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