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女房の徳

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第七章


第七章

「その通りですわ」
「それはそうですわ。それで不安でもある」
「それも御存知ですか」
「いえな、拙僧もそうでしたわ」
「御坊もですか」
「そうなんですわ」
 そう菊五郎に語るのだった。見れば彼も寂しげな笑みになっていた。
「拙僧も昔は他の遊びをしておりましたわ」
「他の」
「その頃は博打でしたわ」
 何かと遊んでいる僧侶であった。なお寺や神社、特に京都では公家屋敷もそうだがやくざ者に場所を貸してそこで博打をやらせていた。僧侶はそうした筋の人間ともそれなり以上に関わりがあったのである。それはこの僧侶にしても同じであるようだ、
「それから離れて」
「酒と女に」
「博打に飽きたというかこんなものかと思いましたんや」
 寂しげな笑みで語る。
「それがわかるともう他の遊びがしとうなってそれで」
「今でっか」
「そういうことですわ。何かわかった時が妙に寂しいものでしたわ」
 そういうことなのであった。僧侶はその寂しさを今菊五郎に語るのだった。
「いや、お恥ずかしい話で」
「いえいえ」
 しかし菊五郎はその話を聞いていた。そうして笑顔になっていた。その笑顔からはもう寂しさは消えてしまっていた。
「同じなんでんなわても御坊も」
「皆同じでっせ」
 僧侶も顔から寂しさを消して述べる。
「そういうことは」
「ふうむ」
「遊んでも先に進む」
 そういうことであった。
「それで悟りを目指します」
「いや、成程」
 そこまで聞いて会心の顔で頷いた。
「それではわてはもうこれからは」
「はい。奥さんを大事にしなはれ」
 それを勧める。
「それこそが道でっせ」
「道、修行の一つでんな」
「そういうことです」
 それを認める。まるで菊五郎を前に押すように。
「ええでんな」
「はい。それでは」
「けれど。酒はどうでっか?」
 ところが僧侶はここで笑って彼に顔を見せてきた。
「そっちの方は」
「いや、酒はまだまだですわ」
 元の明るい笑みに戻って応える。
「悟ってませんわ」
「ではそっちの修行はこれからもでんな」
「はい」 
 笑ったまま答える。
「そうでんな」
「では今夜どないでっか」
 すかさず菊五郎を誘ってきた。その目ざとさというか抜け目のなさは流石であった。
「お店にでも」
「おなごはなしで」
「勿論」
 それはもう終わっていた。だが酒は終わっていないのであった。
「お酒だけですな。当然御馳走もですが」
「ええでんな。けど」
「けど?」
 ここで菊五郎の言葉に顔を向けた。
「こちらはひょっとしたらおなご以上に離れられんかも知れませんな」
「ははは、お酒は毒ですさかいな」
 酒を毒に例えてきた。
「そっちはまあ」
「何かありますか?」
「ある程度は名前変えたりして誤魔化したりも」
 彼はまた笑って菊五郎に述べるのであった。
「色々ありますで」
「ああ、般若湯とか」
「ああ、承知してますか」
 実際にこれはかなり有名である。僧侶の世界では酒のことをこう称して飲むのである。これに関しては菊五郎も知っていたのである。
「その通りで」
「まあ今度はそっちを見極めてですな」
「それでまた一つ近付くと」
「それがええですかな」
「そうですな。では今度はそれで」
 それを菊五郎にも勧めるのだった。
「ただ」
「ただ?」
「あれでっせ。奥さんにはこのことでは」
「ええ」
 一も二もなく彼の言葉に頷く。
「あれには感謝して」
「そうですわ。人間最初の幸せは生まれること」
 またしても説教に入る。どうにも俗物臭さとそうした真面目な僧侶の姿が程よい感じに混ざっていた。結局どちらかだけでも人としての僧侶にはなれないのであろう。
 
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