作家
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第三章
第三章
「絶対に」
「安心していいよ。こうしたのは僕の作風じゃない」
「そうですね」
その言葉を聞いてほっとすると共にその通りだと思った。この作家はそうした風刺や将来のことを書く作家ではない。それは今思い出した。
「それじゃあ」
「これからも書きたいことは変わらないさ。ただ」
「ただ?」
今の作家の言葉に突っ込みを入れる。
「これからのことは考えただけで滅入ってしまうね」
腕を組んだままであった。そのままでふう、と大きく溜息をつくのであった。
「どうにもこうにも」
「そうですね。革命が起きなければいいですが」
「少なくとも多くの人は彼等程卑しくはないよ」
作家はここで顔を少し穏やかにさせて言うのだった。
「まだね」
「流石にそれは。あそこまで卑しい連中は」
「だから革命にはならないだろうけれど。ただ」
「何かありますか」
「これから日本はどんどん腐敗していくだろうね」
また溜息を出しての言葉であった。
「彼等がいる限り」
「知識人はもう駄目ですか」
「作家ももう駄目だよ」
自分自身に対しても言う。その言葉は厳しいと共に諦めも深く混じったものであった。
「このままどんどん腐っていくよ。スターリンみたいなのを絶賛しているのが立派な人間って言われていくんだろうね」
「作品もですか」
「そんなことを言っている奴が真っ当な作品を書けると思うかい?」
作家はまた編集者に問うた。
「思えないよね、とても」
「そうですね。作品にも出ますから」
「卑しい人間でもいい作品は書けるかも知れない。けれどそこにある禍々しいものだって出るんだ」
「作品の中に」
「人はそれを見るんだよ。それで顔を背けられたら終わりさ」
作家の言葉はさらに厳しくなる。
「そうした作品ばかりになっていってしまうかな」
「このままどんどんと」
「腐って駄目になっていくだろうね」
「嫌な話ですね、どうにも」
「また言うけれどね」
今度は苦い顔になって編集者に語る。
「負けるのは悪いことじゃないんだよ、戦争にね」
「はい」
「問題はそれからなんだ」
彼はそこを強調する。
「全部否定するのも駄目だし何もかも変えるのもかえってよくないんだ」
「それよりも」
「捨てていいものと悪いものを見極める」
まずはそれだと言うのであった。
「それからだね。そして入れていいものはいいけれど」
「悪いものは入れないと」
「今は逆だよ。昔は全部駄目で」
「入れて悪いものこそいいと」
「それがわからないと本当に駄目だよ。このままだと」
作家は語る。
「日本は幸せになれても腐っていくだろうね」
「腐りますか」
「少なくとも品性は期待できなくなるよ」
こうも言うが彼の言いたいことは同じだった。
「だってさ。革命だって言っているのは知識人だ。彼等があそこまで酷いと」
「周りにも移って」
「それは恐ろしいことになるよ。それを思うとね」
「気が重くなりますね」
「これから書きたくないことを書くかも知れない」
作家はボソリと呟いた。
「これからね。どうなるかわからない、自分でも」
「無理は為さらずに」
「無理か。するかもね」
それも否定できなかった。自分自身で。
「それでも書いていって」
「どうされますか?」
「戦うまで戦うよ」
今度は戦うと言い出した。
「僕なりにね。これから」
「そうされるんですか」
「まあ見ていてよ」
編集者に対して微笑んでまた述べた。
「僕がね。この細い身体でどう戦うのかをね」
「わかりました。それでは」
編集者も彼の言葉に応えて頷く。
「それを側で拝見させて頂きます」
「うん」
作家は編集者のその言葉にまた笑顔を見せて頷いた。これが彼の戦いのはじまりであり戦後間も無くその新しい権威や思想に対抗し続け作品を書いていった。それは今でも残り彼の当時の戦いを見せているのであった。
「あれは昨日の話に思えますよ」
かつて編集者だった老人は目を細めて僕に教えてくれた。もう家から出ることも殆どないが今でも矍鑠たるものである。そうして僕に話してくれるのだった。
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