ストライク・ザ・ブラッド~魔界城の主~
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04:暁家の至極まっとうな日々
”その存在”は夢を見る。それは、遥か昔の夢だ。
劫火に包まれた世界で、幾人もの命を朽ち果てさせた。率いた軍は全て楽園へと還り、今、自分のもとには誰もいない。友人も、家族も、眷属も、仲間も。
否――――たった一人、《仲間》と呼べる者が、いなくもない。
「――――■■■■■」
この名前を、誰かが呼ぶ。名を呼ばれた”その存在”は、振り返ったその先に、思った通りの存在がいることを確認した。纏う雰囲気は荒ぶる戦神。恐らく世界で最も多くの人間を殺した、最強の魔族。
彼の者の名は、《第一真祖》”忘却の戦王”。後の時代の者たちが知るその姿より、随分と若い。それもそうだろう。これは、《聖域条約》が締結される前の記憶。”その存在”が、まだ《暁魔城》という名を手にする、遥か前の記憶。
***
「――――っ」
暁魔城は飛び起きる。目覚めは最悪であった。何か古い夢を見た気がする。できるならば二度と思い出したくない時期の記憶だ。
そうだ。あのころは戦いだけがすべてだった。自分という”存在”を認めさせることだけが望みだった。そのために、いつまでもいつまでも戦い続け、すり減って消えてしまうくらいに争った。
だが――――
「魔城く~ん?起きてるの~?」
ガチャリ、とドアを開けて入ってきたのは、義妹の暁凪沙。長い髪の毛をショートカット風に結った、普段の髪型だった。くりくりとした快活な眼が、心配そうに魔城を見つめてくる。
「ああ、今いくよ、凪沙」
魔城は笑顔でうなずくと、立ち上がった。ふと魔城は、机の上に置いた携帯端末が光っているのに気付いた。メールを知らない間に受信していたのだろう。受信トレイからメールを呼び出し……絵文字だらけのその文面に面食らった。
日本語を教えたのは魔城だ。携帯電話の使い方を教えたのも確かに魔城だ。だが、彼女にはこういうオプション機能の類を教えていなかったはずだが……。
「……毎度のことですが、いったいあなたはどこでこんな情報を仕入れてくるのですか?ラ・フォリア」
答える声はない。そう分かっていても魔城は、遠く離れた地に住まう、愛しい姫君に問いかけずにはいられなかった。
そう言えば、日本に着いたら連絡をする、と言っていたのであった。国際通信とは便利なものだ――――。そんなことを考えながら、魔城はメールへの返信を打った。
***
『昨夜、絃神島の廃棄地区で起こった爆発事故に関して、人工島管理公社は爆破テロと断定、捜査を進めており――――』
「ほえー、またまた物騒な世の中になったねぇ」
テレビに映されたニュースを見て、凪沙が呟く。古城はそのニュースを見て、半ば反射的に呟いてしまう。
「俺じゃねぇぞ」
「え?あったりまえじゃん。何で古城君が爆発テロなんかしなくちゃいけないのさ。そんな勇気もないだろうに」
「勇気がないは余計だ!!」
妹のフォローにならないフォローに、古城は突込みを入れる。ただ、凪沙が古城の言葉の不審さに気が付かなかったようなのが救いだ。
暁古城は、一年近く前、『世界最強の吸血鬼』などという馬鹿げた肩書きを持つ魔族、《第四真祖》こと”焔光の夜伯”の資格を受け継いでしまった。吸血鬼の操る異界からの召喚獣《眷獣》はどれも強力だが、真祖クラスの眷獣となると、それはもはや天災に匹敵するだけの能力を持つ。古城の――――第四真祖の眷獣も例外ではない。
古城は吸血鬼になって日が浅いため、まだあまり多くの人間の血を吸っていない。そのせいか、眷獣たちの多くは古城を正式な主とは認めていないのだ。
現在古城の支配下…とは言っても隙を見せれば暴走するだろうが…にある眷獣は二体。一体目は、五番目の眷獣、獅子座の名を冠する《獅子の黄金》。雷で構成された体をもつ、雷光の獅子だ。もう一体は《双角の深緋》。衝撃波と音を操る、射手座の名を冠する九番目の眷獣で、緋色の双角獣の姿をとっている。
存在自体が魔導犯罪と同義だという、古城の『第四真祖である』という秘密を知っているのは、担任教師の南宮那月と、古城の監視役として《獅子王機関》なる魔導犯罪を取り締まる役所から送り込まれてきた少女、姫柊雪菜、その元ルームメイトの煌坂紗矢華、あとは《第一真祖》の納める《夜の帝国》、《戦王領域》からやってきた使者、”蛇遣い”ディミトリエ・ヴァトラーくらいか。ほかにも獅子王機関の関係者や、別の真祖など、古城のことを知っている者はいるのかもしれないが、古城と直接の面識があるのはこれくらいだ。
そう。古城は妹の凪沙に、自分の正体を明かしていない。これは、彼女が魔族恐怖症であるためだ。妹思いの古城は、妹を不安にさせないために自分の正体を隠しているのだ。
だが、たまにこういったぼろが出ることがあった。今日は気付かれなかったが、いつ問い詰められるともしれない。気を付けなくては――――
そう言えば、と、古城はテーブルの反対側に座る、義兄――魔城に問いかける。
「魔城兄の眷獣って、どんな奴なんだ?」
「へぇ、眷獣を知ってるのか。意外と吸血鬼に詳しいんだね、古城」
「あ、いや……まぁな」
魔城は古城が《第四真祖》であることを知らないはずだ、と古城は思っている。魔城が、「確定だね」と内心で思っていることを知らずに。
魔城は吸血鬼だ。付け加えるならば、凪沙が唯一その正体を知っていながら恐れない魔族である。魔城は最低でも三十年以上生きている吸血鬼だが、なにがあったのか、古城の父、牙城に拾われ、暁家の養子として暮らしている。
魔城の少女めいた外見は、十八歳程度の青年の物だ。つまり、彼は古城の兄としても大して問題がない年齢なのである。まぁ、その腕に銀色の《登録魔族》であることを示すリングがあれば、だれでもその正体には気付けるのだが……。
「僕の眷獣はね――――木だよ」
「木?木って……あの?樹木の木?」
「そう。その木」
吸血鬼の眷獣の種類は多種多様だ。古城の眷獣の様に獣の姿をとる者が多いが、今は那月のもとでメイドをやっている、世界で唯一眷獣を扱える人工生命体・アスタルテの眷獣《薔薇の指先》はクリスタルでできたゴーレムだ。ほかにも、雪菜と初めて出会った時に絡んできた吸血鬼の眷獣は馬だったし、ヴァトラーの眷獣は龍属性を持つ蛇だ。
だから別に眷獣が木の姿をとっていたとしても不思議ではないのだが――――なんというか、拍子抜けだった。なんとなく魔城の眷獣はもっと強力な存在であるというイメージが強かったからだ。いやいや、そんな非力なイメージでも、実際はすごい能力の眷獣なのかも――――。
「ただの木だよ。実にね。デカいけど」
「そ、そうか……」
魔城の眷獣は、思いのほかシンプルだったようだ。
「うわっ!古城君そろそろ時間だよ!行かないと!!」
「うぉっ」
時計を見ると、そろそろ出発時間になる所だった。
「学校かい?行ってらっしゃい」
「ああ。留守番頼むぜ、魔城兄」
「ははっ、了解」
苦笑しながら手を振る魔城。
魔城は高校生程度の外見をしているが、当然その実年齢はもっと上だ。学校になんて行かなくても問題ない。古城は魔城に手を振り返すと、家を出た。当然の様に、そこには監視役の少女が立っていた。
「おはようございます、先輩、凪沙ちゃん」
「ああ、おはよう、姫柊」
「おっはよー、雪菜ちゃん!」
***
古城たちがいなくなった家の中で、魔城は一人虚空に呟いた。
「そうか……結局、古城は《第四真祖》になっちゃったか……」
魔城は、古城が第四真祖であることを知っている。だが、できることならばそれが嘘であってほしい、と願っていた。本来なら古城は、人間ではなかったが、しかしまた、吸血鬼でもなかったのだから。
彼には、重い運命を背負わなくてもいい道がある。
「そのために、僕がいるんだろうな。……そう思うだろう?」
自らの血に宿る、膨大な魔力をもつ眷獣に語りかけてみる。声は帰ってこない。当然だ。あれはただのデカい木でしかない。そう、外見上は。
『なお、犯人が潜伏していたとみられる工場には、虐待を受けた魔族の女性が放置されており――――』
テレビでは、まだ昨夜の事件を報道していた。
後書き
お久しぶりです、切り裂き姫の守護者です。事情があってしばらく更新できていなかった&今後もしばらく更新できません。ご迷惑をおかけしております。
気長にお待ちください。
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