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失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】

作者:月下美人
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第二十二話「風呂と王女と精霊と」

 
前書き
 お待たせしました!
 

 


 壮絶な料理対決から一時間後。夜が更けてきたのでクレアの部屋から退散した俺は、自室に備え付けられた浴室で汗を落としていた。


 エストはすでにベッドの中で夢の世界へ旅立っている。


 通常の契約精霊は神威の消費を抑えるため、眠るときは元素精霊界に還るのが一般的だが、なぜかうちのエストは現世に留まろうとする。俺の神威の総量が大きいからこそできる芸当なのだろうが。


 まあ、俺としてもエストは貴重な癒しの存在だし、一緒に過ごす時間が増えて嫌なはずがない。むしろエストに逢いたいがためにこの世界に転生したのだから、どんと来いの精神だ。


 ――閑話休題。


 結局、勝者がエストになったためフィアはそのままクレアの部屋で居を構えることになった。


 クレアは不満があるらしく最後までギャーギャー喚いていたが、あれでよかったと思う。少なくともこれでクレアの生活環境は改善されるはずだから。


 エストと一日付き合うという話は、婆さんから託された護衛任務を終えてからという流れに落ち着いた。これから仕事だというのに遊んでいられるほど図太い神経をしていないからな。


 シャワーを浴びながら今日一日を振り返る。


(まさかフィアと再開することになるとはな……)


 オルデシア帝国第二王女にして彼の災禍の精霊姫――ルビア・エルステインに次ぐ、第二の精霊姫候補だった少女。彼女はこれで三度目の邂逅になる。


「縁があるのかもしれないな」


 この縁が今後どう働くか、今はまだ分からないが良きものであるといいと思う。


 シャワーを止めてそろそろ上がろうとした時だった。ふと脱衣所に人の気配を感じた。


「エスト?」


 起きたのだろうか。しかし返ってきた返事は――。


「リシャルトくん、入るわね?」


「……は?」


 慌てて背後を振り返る。


 ガララッ、と扉が開き、ここに居ないはずの人物――居てはおかしい人物が姿を見せた。


「どうしたの? そんなに慌てて」


 バスタオル一枚だけを纏った黒髪のお姫様が首を傾げて言う。


「な、はっ、え……っ?」


 うまく思考がまとまらない。眼前の色白な肌をロックオンして目が離せない。


 今の俺は相当間抜けな顔をしているだろう、ということだけが辛うじて判った。


「なぁにリシャルトくん。もしかして、照れてるの?」


 小悪魔のような可憐な笑みを浮かべ顔を綻ばせるフィア。


 ストレートの髪を今は纏め上げ、ほっそりとした白いうなじが見える。歳不相応に育った豊乳、優美にくびれた腰。バスタオルのスリットから覗く白い素足。


 まるで魅了(チャーム)に掛かったように肢体に釘付けになっていると、フィアは膝をもじもじと恥ずかしそうに擦り合わせた。


「あまりジッと見ないで、リシャルトくんのエッチ……。わ、私だって、こんなことするのは……その、恥ずかしいのよ?」


 そう言いながらおもむろに纏っていたバスタオルをはらりと落とした。


「――ッ!」


 まさに電光石火の勢いだった。


 フィアのバスタオルが落ちそうになるのを目にした途端、脳裏に「バスタオルが落ちる=裸が見える」の方程式が導かれ、無意識の領域でタオルが落ちないように掴んだ。


 女性特有の柔らかな肌の感触が伝わってきて、赤い顔が一層濃くなる。頭から湯気が出るのではと思うほど熱を帯びていた。


「な、なななにを考えてるんだお、おお前さんは!?」


 きょとん、と目を瞬かせたフィアがクスッと笑んだ。


「大丈夫よ。この下、水着なの」


「み、水着……?」


 確かにバスタオルの下は水着だった。


 セパレートの黒い水着。腰をパレオで覆い、胸元には薄いヴェールがついている。


「それで、どう……かな?」


 後ろに手を組んでもじもするフィア。気恥ずかしさからか若干うつむき加減のため、ただでさえ水着で胸元を晒しているのにそこを強調する姿勢になる。


 正直、言葉がない。


 数年見ぬうちに大人っぽい色香を身に着けたお姫様にこの水着は不思議とマッチしていた。艶やかな黒髪も相まって黒という配色がなおのこと良い。


 なにが言いたいかというと――。


「その、とても似合ってるぞ……ドキドキするくらい」


「~~~~っ」


 ボンッと顔から湯気が出るのではと心配になるほど肌を上気させたフィアはごにょごにょと言葉を濁した。


「リ、リシャルトくんは自分の言葉の破壊力を理解できているのかしら……」


 しかし、意味がわからない。なんでこんなところにそんな格好でいるのだろうか。


 内心。首を傾げながらも必死に心を落ち着かせていると、気を取り直した様子のフィアが肩にそっと手を触れた。


 ――落ち着きを取り戻しつつあった心が再びオーバーヒートした。


「洗ってあげるからそこに座って」


「にゃ、にゃにお……」


 ふにょん。


 不意打ちだった。いきなり柔らかな弾力が背中に押し付けられた。


「――っ!?」


 なんとも表現出来ないのどの奥から搾り出したような声のない悲鳴が漏れ出た。


 フィアはこほん、と咳払いすると取り繕ったように言う。


「お、王女様の私が直々に背中を流してあげる。光栄に思いなさい」


 泡立てたスポンジで背中を洗い始めた。


「いや、ちょっと待て。そもそもなんでこんなことを――」


「大人しくしてなさいっ、この私に恥をかかせるつもりなの?」


 どこか拗ねたような口調で言われ、閉口する。


 というか、俺は現在進行形で恥辱を味わっているんだが。


「ど、どうかしら……気持ちいい?」


(あかん……なんか知らんけどあかんっ)


 前世では異性との接点がまったくなかったため、こういうときはどうすればいいのか見当もつかない。


 ただただ身体を硬直させ、襲い掛かる正体不明の感情から意識を逸らすのが精一杯だ。


 初めて味わう気持ち、この快楽にも似た感情は麻薬のような中毒性がある。


 これはやばい、あかんと本能が全力で叫んでいる。


「――って、おいちょっと待て、どこを触ろうとしている!? そっちはいいから!」


「ダメよ、大人しく最後まで洗われなさい! 大丈夫、知り合いにここの洗い方も習ったから」


 後ろから回された手が胸板を洗い、下腹部へと流れるように移動しようとする時だった。


 バンッ、と勢いよく浴室のドアが開け放たれた。


 そこにいたのは。美しい紫銀の髪を持つ女の子。


「エ、エスト……?」


 半眼でいかにも不機嫌ですと言外に語っている剣精霊、エストさんだった。


「なにをしているんですか、リシャルト」


 ジトー、と半眼でジト目を送ってくるエストになぜか焦燥感を覚える。


「ずるいです。エストを除け者にしないでください」


「いや、別にした覚えはないが……この場合はどう言えば正しいんだ?」


 エストは着ていた学生服を勢いよく脱ぐと、浴室に乱入してきた。


「貴女は……たしかリシャルトくんの契約精霊だったわね」


「はい。私はリシャルトの剣。名をエスト」


「私はフィアナ。よろしくね」


 和やかに自己紹介を交わす二人。それはいいのだが――。


 エストは何故かスク水姿。しかも、白スク。


 胸には精霊文字で『えすと』と書かれていた。


「……どうしたんだ、その水着は」


「東洋に伝わる伝統的な衣装です。この格好ならエストにかまってくれるとグレイワースが」


「あの婆ぁ……」


 ずかずかとやってきたエストは俺の腕をホールドした。


 スク水の絹のようなサラサラした感触やエストの体温が二の腕に伝わり、ただでさえフィアナの攻撃にいっぱいいっぱいだった脳が更に刺激される。


「エストもリシャルトの背中を流します」


 彼女の意思は固いらしく、表情の乏しい顔をこちらに向けてジーッと見つめてきた。


「じゃあ、エストちゃんも一緒にリシャルトくんを洗いましょうか」


「ちゃんはやめてください。エストのほうがお姉さんです」


「あら、ごめんなさいね」


 なにを言っても無駄だと悟った俺はため息を一つ吐いた。





   †                    †                    †





「どうリシャルトくん、気持ちいい?」


「痒いところはありませんか?」


 なんだ、この状況は……。


 現在、俺はフィアに背中を、エストに頭を洗ってもらっている。


 一人用のバスルームでシャワーチェアーに腰かけ美少女二人と仲良く泡まみれ。


 背後からはフィアが背中を洗うたびに豊満な乳房を水着越しで感じ、左隣からはエストがその繊手を泡で包み、優しく頭皮を揉むように髪を洗っている。


 いたりつくせりとはまさにこのことか。まるでどこぞの貴族にでもなったような気分だ。


 覚悟を決めてからはマッハで鼓動していた俺の心臓も落ち着きを見せている。


 しかし、もともとは一人用のバスルームだ。少し身じろぎすると――。


「きゃっ! もう、おいたはダメよ?」


「ひぅっ……! リシャルト、夜の魔王になるんですか……?」


「なりません。なりせんから、そんな目で見ないでください」


 上気した頬で上目遣いされたら俺の理性が吹っ飛ぶぞ。只でさえこちらはエストに対する好感度がマックスで限界突破しそうな勢いなのだから。


 そりゃ俺だって男だし、こんな身近に好いてる女の子がいるんだ。しかも一つ屋根の下で暮らしてるんだ。


 本音を言えばキャッキャウフフな関係になりたいし、抱きたい。しかし、事を急いてエストを傷つけてしまったらと思うと……。


 それに、初めての夜はふたりきりでムードのある空間でと前世から決めてあるのだ。


 こんなところで野獣になるわけにはいかないのだよっ!


(耐えろ、耐えるんだ俺……be cool……be cool……)


 歯茎から血が出るほど歯を食いしばり煩悩に耐える。大丈夫だ俺、これも修行の一環だと思えばなんのこともあらん。


「それにしても、リシャルトくんの背中傷だらけね……」


「ああ、まあな。昔の古傷さ」


 正確には武者修行の旅をしていた頃についた傷がほとんどだ。


 傷の一つ一つを指でなぞっていたフィアが不意に呟いた。


「……それがリシャルトくんの精霊刻印なのね」


 左手の甲に視線を落とす。そこには二本の剣を交差させた刻印が浮かんでいる。


「ああ。エストとの契約の証だ」


「はい……。リシャルトとの大切な絆です」


 驚いてエストに顔を向けると、彼女は朗らかな笑顔を浮かべていた。


 手の甲に触れると優しく刻印をなぞる。


「この精霊刻印がエストとリシャルトを結び付けています。いわば、エストがリシャルトのものである証なのです」


 嬉しそうに語るエスト。なんとも言えない気恥ずかしさと胸の内から湧き上がる歓喜にも似た感情をかみ締め、彼女の頭を梳くように撫でた。


「そういえば、フィアの刻印は珍しいところにあるな」


 精霊刻印が現れれるのは人それぞれだが、手、脚、腹、額に出やく、フィアの精霊刻印は胸の谷間にあった。


「たしか、フィアの精霊は聖精霊だったか?」


「ええ……そうよ」


 フィアの表情が少しこわばる。


 怪訝に思いながら次の言葉を口にしようとした時だった。


「……?」


 微かにだが、金属が打ち合う音――剣戟の音が聞こえた気がした。


 突然立ち上がった俺にフィアが怪訝な眼差しを送ってくる。


「どうしたの?」


「…………学院内で戦闘が起こっている」


 生徒同士の決闘? それにしては風王騎士団の気配がない。それに、嫌な気配もする……。


 数多の戦場を駆け抜け、多くの死線を掻い潜ってきた俺の感が囁いている。


 いますぐ戦闘の準備をしろ、と。


「エスト」


「はい。なにか外によくないものがいます」


「ああ、どうやらそのようだ。行くぞ」


「私はリシャルトの剣。常に貴方とともに」


 俺の手を握ったエストが燐光を放つと、一瞬にて精霊魔装になる。


 長剣のエストを手にした俺はフィアに向けて言う。


「聞いたとおり学院内で戦闘が起きている。侵入者かもしれん。君はここにいるんだ。ここなら精霊使いでも容易く突破できん」


「あ――」


 なにか言いたそうなフィアだったが自体は一刻を争う。


 彼女には悪いが俺は急いで浴室を出た。

 
 

 
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