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しるし

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第一章


第一章

                    しるし
「あれ、この娘」
「そうね」
 両親は生まれた時にすぐに気付いた。
「こんな所に痣が」
「まあここならいいかな」
 生まれたばかりの赤ん坊の右手の甲を見てそれぞれ言うのだった。
「顔にあるわけじゃないし」
「そうね。それにしても」
 若く美しい母親がここで言う。
「この痣。変わった形してるわね」
「三日月なんてな」
 彼女よりは少しだけ年長に見える父親も言った。
「普通ないよな」
「ないわよ、こんなの」
 見れば本当に右手の甲にその痣がある。青い三日月の痣が。まるで紋章のようにそこにあるのだった。
「どうしてかしら」
 母親は首を傾げざるを得なかった。
「こんな痣が出るなんて」
「俺に言われてもな」
 父親も自分の妻と同じく首を傾げるしかなかった。
「これは。ちょっとな」
「わからないわよね」
「けれど悪いものじゃないだろ」
 だが父親はこうも言うのだった。
「これはな」
「悪いものじゃないの?」
「月にだって神様や仏様がいるだろ」
 彼が言うにはこういうことだった。
「そうだろ?太陽と同じでな」
「それはそうね」
 このことは母親も少しではあるが知っていた。昔から太陽や月にはそれぞれ神がいる。ギリシアでも日本でもそこには神がいる。無論仏教でもそれぞれを司る仏が存在している。
「だったら」
「悪いものじゃないさ」
 彼は今度は先程より確かな声になっていた。
「だからな。これについては」
「悲しんだり心配することはないのね」
「お月様が守ってくれるさ」
 妻に対してこうも言うのだった。同時にその我が子に対しても。
「必ずな」
「そうね。絶対にね」
「この娘はお月様に守られているんだ」
 ここでその我が子を見るのだった。
「思えば幸せな娘さ」
「そうね。私達だけじゃなくね」
 これが海老原美月の生まれた時の話である。彼女は右手の甲に三日月の痣を持って生まれた。これは成長しても消えず学校に行くようになっても目立っていた。痣についていつも言われるのだ。
「何か海老原の痣ってよ」
「ああ、何か漫画とかに出て来るみたいだよな」
 男の子達はこう言うのだった。
「紋章とかそういうのだよな」
「右手が光ったりしてな。出て来るそれだよな」
「光ったりしないわよ」
 美月は笑ってそれを否定する。彼女は小柄で少し垂れ目だが優しい顔立ちをした女の子になっていた。黒い髪をそのまま後ろに垂らしている。
「そんなの」
「けれどよ。何かよ」
「お月様にしか見えないしな」
「そうなのよね」
 これは彼女が一番よくわかっていた。
「この痣ね。生まれた時からあるのよ」
「生まれた時からかよ」
「ええ。生まれた時から」
 ここでその痣を見るのだった。やはり右手の甲にその青い三日月を見せている。
「あったのよ。ずっとね」
「またそりゃ変わってるな」
「普通ねえだろ」
「お父さんとお母さんは私がお月様に守られてる証拠だって言うけれど」
 自分でもそれは聞いているのだった。両親は今でも彼女にこう話す。
「けれど。私は別に」
「気にしちゃいないってか?」
「気にはしているわ」
 それはそれ、これはこれだった。
「けれどね。別にお月様に守られてるなんてのは」
「考えてねえのか」
「誰だって同じじゃない」
 そしてこう皆に言うのだった。
「こういうのって。そうでしょ?」
「まあそうだよな」
「それはな」
 皆も今の美月の言葉に頷く。言われてみれば確かにその通りである。
 
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