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鬼灯の冷徹―地獄で内定いただきました。―

作者:achi.
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参_冷徹上司
  一話

 「いやあ、君にしては珍しいよね」

翌朝。あの大広間。鬼灯は自分のデスクに向かい、何やら書類に判を押したり筆を走らせたりして仕事を片付けている。
その傍らの大きなデスクには、これまた巨大な体の男。
比較的、長身に見える鬼灯さえ隣に並ぶとかなり小柄に見えてしまう。
顎には立派な髭、鈍い眼光、しかし人当たりはとてもよさそうなその大男。
彼こそがこの地獄を管理する、閻魔大王である。
閻魔大王が見ている書類は、加瀬ミヤコの履歴書だった。
地獄専用のものだが、予備の証明写真が手元にあったため、皮肉にも何の不備もなく記入できてしまったのだった。

「珍しいとは?」

鬼灯は書類から顔も上げずに尋ねた。
閻魔大王は鬼灯の方に向き直る。

「だって、人間の子を働かせるなんて。獄卒の子たちにすらあんなに厳しいのに」

「事情が事情だけに、放ってもおけないでしょう」

「うーん。」

「それにその方、まだ現世ではギリギリのところで生きているんです。まだ生き返る可能性があるなら、その時を待ってあげてもいいのかと。そしてその間、ここの人手不足もわずかに解消できることですし」

閻魔大王はまたミヤコの履歴書に視線を戻すと、確認の判を押した。

「でもまあ、いい子そうだよね。真面目そうだし。最近は君に人事のことも任せているけど、いつもいい人材を採用してくれるよねえ」

「・・・・・・ありがとうございます」

「さてと、それでこの加瀬ミヤコ君は今はどこに?」

鬼灯は思い出したように懐中時計を取り出すと、時間を確認する。
午前11時を少し回ったところだ。
昨日はいろいろあったし、早めに寝るように命じた。
部屋はすぐには用意できなかったので、それなりに丁度よさそうな物置小屋を掃除し、そこに簡易ベッドを作った。
確かに疲れていたこともあるだろうが、さすがに寝過ぎである。

「全く、今時の若者は」

鬼灯は舌打をすると、立ち上がった。

「・・・・・・やっぱりいつもの鬼灯君だあ。何だか嫌な予感がするなあ」



ミヤコはその頃、まさに死んだように眠りこけていた。
畳で表すと二畳半ほどしかない、少しじめっとした物置部屋だったが、昨夜の鬼灯の手伝いもあり粗方は綺麗に片付いた。
段ボール箱を並べてガムテープで固定して作ってみたベッドは、上に布団を敷くと思いのほか寝心地がよかった。
というわけで一度も目覚めることなく、どっぷりと寝付いてしまったのだ。
夢の中でミヤコはふわふわと宙に浮いていた。雲の上にいるようだ。
しかし、少しずつ暗雲が立ち込めてくる。何だろう、嵐か。
そう訝しがっていると突然、稲妻が光った。世界が張り裂けたかのような鋭い音だ。

「うわ、酷いな」

夢の中の彼女がそう言うと同時に、もう一発、稲妻が轟いた。
そしてついに、ミヤコの乗っていた雲が引っくり返った。
悲鳴を上げる間もなく、どすん、という音とともに顔が痛む。

「・・・・・・うん?」

寝ぼけ眼をこすり、目の前のものに焦点を合わせる。
そこには鬼のように怖い形相をした、鬼灯が立っていた。
もっとも、彼は鬼な訳だが。
彼の顔を見るなり、昨日のあれやこれやを思い出し、ミヤコは一気に目覚めた。

「いつまで寝てるんですか」

鬼灯が仁王立ちでミヤコを見下ろしながら言う。
どうやら、さっきの夢で寝ぼけて段ボールのベッドから落ち、その時に顔を打ったらしい。
うるさい稲妻の音は、鬼灯が壊さんばかりの勢いで、ドアを叩いていたのだろう。

「お、おはようございます」

「新社会人として全くなってませんね。もうお昼前です」

「ご、ごめんなさい」

「まあ、今回はいいでしょう。時間は戻りはしませんから。早く身支度をしなさい」


鬼灯はそう言うと、さっさと物置部屋を出ていく。
ミヤコは呆気にとられながらも、言われた通りに素早く身支度を始めた。
彼は今日も、あの金棒を持っていた。
 
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