ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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戦王の使者篇
10.緋色の狩人
前書き
神々の兵器たちがついに復活した!!
それとともに目覚める第四真祖の眷獣!!
ナラクヴェーラを止めるため浅葱が託した『おわりの言葉』とは?
増設人工島表面を覆っていた鋼板製の大地が、陥没している。
そして陥没したクレーターの中央では、緋色の双角獣が、雄叫びを上げていた。
「……あなたは本当に無茶苦茶ね」
クレータを振り返って、心の底から呆れ果てた表情で紗矢華がため息を洩らす。
「たしかに地上には出られたけど、だからってこんな馬鹿でかいクレーターを造ることはないじゃない。私が、“煌華麟”の障壁で瓦礫を防がなかったら、今ごろ生き埋めになってたわよ」
「文句は俺じゃなくて、あいつに言ってくれ。俺は通路を塞いでいる瓦礫をどうにかしてもらえればそれでよかったんだよ」
古城はそう反論する。
彩斗と別れてから、“獅子の黄金”で古代兵器を防ごうとしたところ増設人工島が耐えきれずそのまま古城と紗矢華は地下へと落下して行った。そこから脱出するため新たなる眷獣を紗矢華の血を霊媒として手に入れることに成功した。
だが、こいつが融通が利かず瓦礫を退かすつもりが、片っ端から柱と隔壁を衝撃波で粉砕して天井を低くしたのだ。
「やっぱあなたなんかの近くにいたら、雪菜が危険だわ」
その声に、以前のような刺々しさはなかった。
「だから今回だけは、私があなたの面倒を見てあげる。さっさとあいつらを片付けましょう」
紗矢華の視線の先には、古城たちが最初に交戦した、手負いのナラクヴェーラがいる。
明らかに最初に戦っていた時と動きが違う。
陥没した地表を楯にして、副腕から真紅の閃光を放つ。
古城では、その攻撃を防げない。
だが、その閃光を紗矢華の剣が受け止める。
「疾く在れ、九番目の眷獣、“双角の深緋”──!」
緋色の双角獣が咆吼した。
陽炎のような姿のその眷獣は、肉体そのものが凄まじい振動の塊だ。
頭部に突き出した二本の角が、音叉のように共鳴して高周波振動を撒き散らす。
振動の衝撃波の弾丸がナラクヴェーラを襲う。膨大な魔力を物理エネルギーに変換して叩き込んだのだ。
それは、いかに神々の兵器を、原型を留めないまでに破壊した。
続けて“オシアナス・グレイヴ”から運び出された四機に目をやる。操縦者がいない状態の機体を先に簡単に叩き潰せるはずだ。
目を向けた先には、四機のナラクヴェーラしか存在していなかった。一機だけ起動したのかと考えたがそれは、突如として巻き上げられた水柱がそれを否定した。
あれは、彩斗が起こしたものだと理解できた。
緋色の双角獣が古代兵器の群れに襲いかかろうとしたそのとき、その巨体を、横殴りの爆発が襲った。
「──なんだ!?」
双角獣の突進を止めたのは、炎を噴きながら飛来した円盤。それは、戦輪という武器に似ていた。戦輪の正体は、爆薬を搭載したミサイルのようだ。
その威力は、真祖の眷獣の突進を止めるほどの効果があるということは相当の威力になる。
双角獣が睨む。“オシアナス・グレイヴ”の後部甲板。そこから巨大ななにかが出現する。
ナラクヴェーラと同じ装甲まとっているが、桁違いにでかい。八本の脚と、三つの頭。女王アリのように膨らんだ胴体。
威嚇するように吠えた双角獣に向かって、無数の戦輪が一斉に撃ち放たれた。
「暁古城、伏せてっ!」
「なっ──!?」
紗矢華の剣が防御障壁を造り出す。障壁に守られた古城たちの頭上で、戦輪と双角獣の振動波が激突。周囲に凄まじい破壊をもたらしている。
だが、被害は十三号増設人工島だけでなく、爆炎で目標を見失った数個が、絃神島本体へと落下した。
大きな爆風とともに市街地に黒煙が上がる。
「なんて……ことを……」
その場に弱々しく膝をついた古城が、怒り任せに地面を殴りつける。
この付近の住人は避難しているはずだ。だが被害が出たことには変わりない。無関係な人々に攻撃する。
「……巫山戯んな」
小さく呟いた。
動き出した女王ナラクヴェーラが、ゆっくりと増設人工島に上陸してくる。
残る四機も動き出した。
彼らは古城たちを包囲する。
「ふゥん……これが本来のナラクヴェーラの力か」
どこか浮かれたような男の声が聞こえてきた。爆炎の中を飄然と歩いてくるヴァトラーだ。
「やってくれるじゃないか、ガルドシュ。こんな切り札を残していたとはね。どうする、古城? やっぱりボクが代わりにやろうか?」
白い牙をむきだして、挑発するようにヴァトラーが古城に言った。
攻撃的な顔つきで古城をは彼を睨む。
「引っ込んでろ、ヴァトラー……! どいつもこいつも好き勝手しやがって、いい加減にこっちも頭にきてるんだよ!」
本気の怒りが古城の身体を包み込む。
「相手が戦王領域のテロリストだろうが、古代兵器だろうが関係ねえ。ここから先は、第四真祖の戦争だ!」
ヴァトラーが満足げに眺め笑った。
なにも言わずに立ち上がった紗矢華が、剣を構えて隣に立つ。
そして古城の右隣には、小柄な影が歩み出た。
「──いいえ、先輩。わたしたちの、です」
銀の槍を構えた制服の少女。姫柊雪菜とその横にどこか気怠そうな表情を浮かべる制服の少年──緒河彩斗が現れた。
「ひ……姫柊?」
古城は驚いて彼女の名を呼んだ。雪菜は無感情な冷たい瞳のまま、小首を傾げた。
「はい。なんですか?」
「え、と……どうしてここに?」
「監視役ですから。私が、先輩の」
表情を消したまま、雪菜は槍の穂先を古城に向けて、古城と紗矢華、そして爆炎から姿を現す緋色の双角獣を見比べる。
「新しい眷獣を掌握したんですね、先輩」
冷たい声の雪菜が訊いた。古城はぎくしゃくとうなずき、紗矢華と目を合わせる。
「あ、ああ。なぜか、いろいろあってこんなことに」
「そ、そう。不慮の事故というか、不可抗力的ななにかがあって」
紗矢華が目を伏せて、着ている古城のパーカーの襟を引っ張った。
「そうですか」
何か言いたげだったが、深いため息をつく。
「まぁ、その話はあとにして今はあのデカ物を片付けるぞ」
雪菜は、銀の槍をナラクヴェーラへ向け直す。
「あ、ああ」
古城がぎこちなく頷く。
雪菜は、もう一度短く息を吐き、巨大な古代兵器を睨んでいった。
「先輩、クリストフ・ガルドシュはあの女王ナラクヴェーラの中です」
「女王……指揮官機ってことか?」
古城の言葉が終わる前に、女王が再び、戦輪の一斉砲撃を放った。双角獣の咆吼がそれを撃ち落とす。
再び、爆炎に包まれる。
続けて四機の小型ナラクヴェーラが、真紅の閃光を乱射。
周囲を襲う光線を紗矢華と彩斗で撃ち落とす。
もはや、古城たちがいる増設人工島が限界をきている。
「ああくそ、どいつもこいつも無茶苦茶しやがって……!」
「お前が言うんじゃねぇよ、古城!」
光線を右手に纏われた魔力の塊で防ぎながら彩斗が口にする。
紗矢華が叫ぶ。
「暁古城。このままじゃジャリ貧だわ!」
「わかってる!──疾く在れ、“獅子の黄金”!」
古城がもう一体の眷獣を呼び出す。
雷光の獅子が、稲妻を撒き散らして、四機の古代兵器を一瞬で蹴散らす。
続けて指揮官機の巨体を海へと突き落とした。
沈降する指揮官機に、追加攻撃を加えようとする。
「だめです、先輩! あんな電力の塊を海水にぶつけたら──」
雪菜が古城を制止させる。
だが、そのときには雷光の獅子は海面に激突の寸前だった。
「──降臨しろ、“海王の聖馬”!」
突如として響いた少年の叫び。
雷光の獅子が女王ナラクヴェーラへと激突する。
だが、水が巻き上がることはなかった。その代わりに巻き上がるのではなく空中に巨大な水の球体が出現したのだ。その大きさは、十三号増設人工島が小さく見えるほどだ。
こんなことが出来るのは、真祖の眷獣くらいだ。この場でそれほどの力を持つ古城以外の存在は彩斗しか考えられない。
続けて双角獣が吼えた。共鳴する振動が増幅し、海水を失った地にたたずむ女王ナラクヴェーラへと攻撃。
トドメに空中へと浮かんでいた水塊を一角獣が叩き落とし、女王ナラクヴェーラが海へと沈む。
「海を持ち上げるか、彩斗。これが“神意の暁”の眷獣」
「面白がってんじゃねぇよ、お前ぇは!」
無邪気な青年貴族に彩斗が怒鳴り返しながら、海に消え去った女王ナラクヴェーラを確認する。
「やったか……」
古城が呟いた。さすがに二体の眷獣を同時制御しているせいで、疲労が襲う。少しでも気を抜けば、いつ暴走してもおかしくない。
「まだよ、暁古城!」
紗矢華の声に古城が反応する。
彼女の剣が、降り注ぐ真紅の閃光を守る。
“獅子の黄金”に破壊されたはずの四機の小型ナラクヴェーラが、再び動きだしていた。そして、その向こう側にいた一機、双角獣が最初に破壊した機体、そして彩斗が破壊した一機も海から出現する。
「自己修復……!? あんな状態からでも復活できるのか!?」
「それだけじゃないわ。破損した装甲の材質を変化させて、振動と衝撃への抵抗力を増してる。あなたの攻撃を解析して対策してるのよ」
ナラクヴェーラは、一度受けた敵の攻撃を学習して、それにたえれるように変化する。
しかもナラクヴェーラ同士がネットワーク繋がっていることで、たとえ一体のナラクヴェーラを行動不能にしても、他の機体は攻撃耐性を身につける。
「“獅子の黄金”の攻撃に耐えたのも、すでに学習を終えてたせいか。攻撃を受けるたびに強くなる……って、そんなものどうやって倒せばいい!?」
「簡単じゃねぇか」
気が遠くなるような思いをする古城に彩斗はこの状況で伸びをしながら軽い口調で言ったのだ。
「自己修復すら出来ないくらいにぶっ壊せばいいだけだろ」
彩斗の言葉に古城と紗矢華は、唖然とした表情を浮かべる。
「そうですよ、先輩。大丈夫、勝てますよ」
そう言って雪菜も華やかに笑って、薄桃色の小さなスマートフォンを取り出す。
雪菜が、液晶画面に浮かぶぬいぐるみのような人工知能に呼びかける。
「──そうですよね、モグワイさん」
『おう。浅葱嬢ちゃんが、逆襲の段取りをきっちりすませておいてくれたからな』
「浅葱が……?」
古城が唖然とする。
「浅葱のやつは、ナラクヴェーラの制御コマンドを解析しながら、新しいコマンドを作ってたらしい」
『ナラクヴェーラの自己修復機能を悪用して、連中を自滅させる───種のコンピュータ・ウィルスだな。名付けて『おわりの言葉』ってところか』
「で、それを母機のコックピットの中に音声ファイルを流し込めば止まるらしい」
雪菜が海へと視線を向ける。海底から自己修復を終えた大型古代兵器が、這い上がってきたところだった。
「あのでかいやつの中に入る……って、どうやって? 集中砲火の餌食だぞ。せめてあいつらの動きを止めないと──」
現在は、彩斗と古城の眷獣が防御に回ってナラクヴェーラたちの攻撃を防いでいる。
「ナラクヴェーラの動きは、私が止めるわ、雪菜」
長い髪を美しく揺らして、紗矢華が前に歩み出た。
「煌坂?」
「わかってるわね、暁古城、緒河彩斗。敵がこちらの攻撃を解析して進化するっていうなら、チャンスは一度きりよ。私と雪菜の足を引っ張ったら灰にするからね」
紗矢華が、剣を握ったまま左手を前に突き出した。
突如として、剣は銀の強靭な弦が張られた新たな武器へと姿を変える。
「──弓!?」
「洋弓だな」
紗矢華の剣は、美しきアーチを描く銀色の弓に変わっていた。
自らのスカートをたくし上げた彼女は、太腿に巻いていた革製のホルスターから、金属製のダーツを取り出した。それが彼女の手の中で伸びて銀色の矢に変わる。
「六式重装降魔弓。これが“煌華麟”のほんとうの姿よ──」
流れるような美しい仕草で矢がつがえ、力強く引き絞る。
「──獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」
紗矢華が祝詞を口にする。
「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、噴焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり──!」
紗矢華が銀の矢を放った。
大気を引き裂く甲高い飛翔音が響いた。
これが煌華麟の真の力。戦場全体に鳴り響くような鏑矢の呪文は、半径数キロメートルに達する巨大な不可視魔法陣を描き出した。
そこから生み出された膨大な“瘴気”が古代兵器に降りそそぎ、彼らの機能阻害する。
「先輩!」
雪菜が、銀の槍を閃かせて駆け出した。
その背を追って、彩斗と古城も疾走った。
神々の兵器が耐えきれないほどの瘴気を浴びれば普通の人間、吸血鬼といえど耐えきれないだろう。
だが、その瘴気を受けてなお女王ナラクヴェーラはその機能を失っていない。降り注ぐ瘴気を戦輪の爆発を利用してある程度無効化したようだ。
「──くそっ!」
古城が雪菜の背を追いかけながら声を洩らす。
「大丈夫ですよ、先輩。わたしたちの勝ちですよ」
雪菜は勝利を確信したように笑みを浮かべ、彩斗と目を合わせる。
彩斗もこのときを待っていたと言わんばかりの表情を浮かべる。駆ける足を止め、彩斗は鮮血を噴き出す右腕を女王ナラクヴェーラへと突き出した。爆発的な魔力が右腕に具現化されていく。
「“神意の暁”の血脈を継ぎし者、緒河彩斗が、ここに汝の枷を解く──!」
具現化した魔力の塊が凝縮され、二つの巨大な牙を持つ召喚獣へと姿が変化していく。
「──降臨しろ、八番目の眷獣、“狩人の二牙”!」
現出したのは──二つの大牙を持つ猪。
獲物を狙う荒々しい二つの真紅の瞳。その荒々しさに対し、月のように輝く体毛。
狩猟の神であり、“神意の暁”が従える眷獣の一体。
「──来い、“狩人の二牙”!」
彩斗は、左腕を天へと高々とあげる。
二つの大牙の猪が迷いなく彩斗の目掛けて突進する。その光景に彩斗と雪菜を除いた者たちが愕然とする。
“神意の暁”が従えし眷獣は、第四真祖の眷獣を
一撃で無効化し、ナラクヴェーラを一撃で戦闘不能にするほどの威力。
その眷獣が彩斗の身体へと突進した。
だが、“狩人の二牙”が彩斗と激突する瞬間、爆発的な魔力が大気に放出される。
天へと掲げられた左腕へと魔力の凝縮されていき、新たな形を具現化する。
三日月が如く美しきアーチを描き、輝く強靭に張られた弦。純白の大牙を思わせる弓。
これがこの状況を打破し、神々の兵器を狩りとる神の名を持つ武器。
「古城! 俺に向けて二体の眷獣の攻撃を放て!」
古城はその言葉に驚いたが、彩斗の言葉を信じ叫ぶ。
「疾く在れ──“獅子の黄金”! “双角の深緋”!」
雷光の獅子の雷撃と緋色の双角獣の衝撃波が彩斗の身体を襲う。
だが、二体の眷獣の攻撃は彩斗の左手の純白の弓へと吸収されていく。雷撃と衝撃波は、左手の弓へと装填されし、一本の弓矢へと姿を変える。
「狩人の神の力を継ぎし神弓よ。月光が全てに終わりを告げる一矢となる!!」
引き絞られた弓矢が膨大な魔力を大気へと放出する。
「消え去れ、ナラクヴェーラ!!」
膨大な魔力の放出しながら純白の弓から放たれた一筋の矢は、神々の兵器の母機へと一直線。女王ナラクヴェーラは、戦輪で放つ。
だが、矢に触れる前に戦輪は、弾け飛ぶ。何が起きたのかわからなかった。その答えは、自分の中ですぐに見つかることとなる。
あの矢には、“獅子の黄金”の雷撃と“双角の深緋”の衝撃波を得ているのだ。それは、ヴァトラーの二体の眷獣を合体させたのと酷似していた。
だが、彩斗は眷獣の合体させたのではなく、眷獣の力のみを合体させた。それも矢という小さな物体へと。
大気を切り裂き飛ぶ矢は、神々の兵器を貫いた。それと同時に今まで閉じ込められていた雷撃と衝撃波が空中へと爆散し、女王ナラクヴェーラの装甲を砕き、コックピットを除いた全てが原型をとどめられないくらいに崩壊する。
それと同時に女王の停止で、周囲の小型ナラクヴェーラも沈黙する。
致命傷を与えた。
だが、これでも自己修復してこないとは限らない。
「──はははっ、戦争は楽しいな、剣巫!」
古城たちの頭上から、ガルドシュの声がした。獣人化し、破壊された女王ナラクヴェーラのコックピットから、血まみれの姿が現れる。
生身でも戦う気なのだろうか。ガルドシュは左手でナイフを引き抜いた。
雪菜は哀れむように見上げて首を振る。
「これは戦争ではありません。あなたはただの身勝手な犯罪者です。守るべき国も民も持たないあなたに、戦争を語る資格はないんです!」
雪菜の呟きに、ガルドシュの笑みが引きつった。
雄叫びを上げたガルドシュが雪菜へと突進。
雪菜は槍を構えず、わずかに身体をずらした。
風を裂いて飛来した矢が、ガルドシュの左肩を貫き、のけぞった。矢を放ったのは、紗矢華だ。
「──終わりだ、オッサンっ!」
がら空きになった脇腹を古城が殴りつける。
ガルドシュは、その場にくずれおちる。
「ぶち壊れてください、ナラクヴェーラ」
誰もいない操縦席に乗り込んだ雪菜が、浅葱が用意した音声ファイルを再生する。
それがこの戦いに終わりを告げた最後の音色だった。
「……これで文句ないな、ヴァトラー」
古城は、気怠そうに振り返りながら訊いた。青年貴族は、満足と言わんばかりに拍手しながら近づいてくる。
「ああ、もちろん。堪能させてもらったよ、古城、彩斗。これでしばらくは退屈せずに済みそうだ」
ヴァトラーは、黒死皇派の身柄を引き取らせてもらうと色々と身勝手なことを言って去っていく。
そして古城の戦いはこれからもう一度始まる。
「紗矢華さんの血を吸ったんですね、先輩」
雪菜が、古城を見上げて訊いている。
古城は、訊かれたくないことを訊かれて息を詰まらせる。
古城がちらっと彩斗の方を見て、助けを求めるが彩斗は助ける気などさらさらない。
「あ、うあ……いや、あれはなんというか」
「非常事態。そう非常事態だったの、雪菜」
古城と紗矢華が、二人並んで必死にこれまで起きたことを言い訳する。
「でも、よかったです。てっきり抵抗する紗矢華さんの血を、先輩が強引に吸ったなら怒ってますけど」
雪菜はちらりと彩斗を見る。古城のことを言いたいが雪菜はまだ、彩斗に血を吸わせたことを古城と紗矢華に言ってない。そのことが少し後ろめたいのであろうか。
だが、雪菜は古城を見て、にっこり可憐な笑顔で言う。
「──先輩がわたしの血を吸ったとき、わたしのことを可愛いって言ったくせに、なんて全然っ、思ってませんからね!」
赤い夕日に照らされた部屋で、藍羽浅葱が目を覚ます。
上半身を起き上がらせ、まだ焦点が合わない瞳で周囲を見回す。
自分がベットの上で眠っていたということはわかった。
どこか見覚えがあるような部屋だった。焦点があってきた瞳が浅葱が眠っていたベッドの近くに誰かがいるのが見えた。
ボロボロのところどころ赤い染みのようなものがついた制服を着て壁に背中を預けて寝ている少年。
「……彩斗?」
まさかこの少年は、浅葱が目を覚ますまでここにずっといたというのだろうか。
微かな記憶の中に彩斗の顔を思い出す。それは浅葱を庇うように覆いかぶさっていたときの彼の姿だった。
彩斗は、浅葱を助けるために危険を犯してまでも“オシアナス・グレイヴ”に乗り込んできたというのだろうか。
彩斗からは全く起きる気配が感じられない。かなり疲れ果てているのか熟睡のようだ。悪戯でもしてやろうと考えが浮かぶ。
少年の寝顔は、いつものどこか無気力さを感じさせる人物とは同一人物に思えないほど可愛らしい寝顔で寝ている。どこか安堵の表情を浮かべてしまう。
「おーい、起きろ、彩斗」
ベッドから立ち上がり、彩斗を起こそうと近くに行こうとするが足に力を入れた途端に身体がふらつき倒れる。
「きゃぁっ!」
今まで寝ていたせいで身体が急に対応出来ず、倒れこんでしまった。
「いたたたた」
「あ、浅葱?」
頭上から声が聞こえた。上を見上げるとそこには、今起きている状況が理解できておらず困惑している赤面する彩斗の顔がすぐ眼前にあった。
「お、おはよう、彩斗」
「あ、ああ。おはよう、浅葱」
彩斗のより一層赤面する。生徒会室での古城のように鼻血でも出すんじゃないかと思うくらいに真っ赤になっていく。
そのとき扉が開いて、中等部の制服を着た女子が二人と彩斗同様にボロボロの制服を着た男子が現れた。
「あ、浅葱ちゃん、目が醒めた!? よかった、無事で……って彩斗君となにやってるの!?」
暁凪沙が浅葱と彩斗の状況を見て混乱して騒いでいる。
「い、いや、これは違うの!? ちょっと不慮の事故があって!?」
「そ、そうだぞ!?」
「ええー……?」
凪沙が疑わしいげな表情で見ている。
後方から現れた雪菜が少し不思議がるような眼で彩斗と浅葱を見ている。
「──緒河先輩は、ロリコンじゃなかったんですか?」
「はぁ!? 彩斗あんた、そうだったの!?」
「だから違うのっつうの!」
少年の叫びが夕暮れ染まる部屋に響き渡った。
後書き
戦王の使者篇完結
次回、南宮那月の助手として、”仮面憑き”の捕獲に協力することとなった古城と雪菜、彩斗。
古城と彩斗の眷獣でも倒せない”仮面憑き”。だが、その正体を知って激しく困惑する彩斗。
明かされる事実を知るため単独行動に出る彩斗だった。
そして古城と雪菜はなぜか二人きりで無人島に置き去りにーー
天使炎上篇始動!!
オリキャラの監視役の件ですがまだ意見を募集してます。
あと、次回は一応オリキャラの設定です。
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