銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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名探偵ヤン艦長の推理 人形師のお宝を探せ その三
「一斉捜査始まりました!
惑星ローカパーラの廃棄コロニーにて海賊と銃撃戦発生!
同盟捜査局特別警備隊と交戦中!」
「惑星クベーラの衛星にて海賊艦隊を発見!
敵艦隊の規模は十数隻で、第九艦隊第四分艦隊第三戦隊基幹打撃隊と交戦中!」
「惑星クンビーラ自治警察の捜査開始。
幹部職員十数名を拘束。
逃亡した幹部職員を捕らえる為に非常線を張るそうです」
国家という巨大官僚組織において、事前に協議された事以外の事態が発生すると大体現場が泣きを見る。
たとえば、近場に出てきているミューゼル提督率いる帝国軍の動向とか。
「イゼルローン方面軍司令部より緊急伝!
回廊哨戒線にて帝国軍の動向を察知。
敵艦隊は戦隊規模でシヴァ星系方面へ向かう可能性高しとの事。
この緊急伝を受けて、増援の第九艦隊第二分艦隊は星系外辺部にて警戒態勢に入るそうです」
一斉捜査によって大量に押し寄せる情報の洪水にヤンは飲まれていなかった。
ヤンの担当する惑星アルジェナは捜査対象から外れており、ヤン達がここにいるのも暴発した海賊艦隊が惑星アルジェナを攻撃する事を避ける為なのだ。
それぐらい、同盟というよりシヴァ星系政府は大企業であるマーキュリー資源開発に気を使っているのだ。
ちなみに、サイオキシン麻薬製造ができる場所にしっかりと入っている事を付け加えておこう。
(黒だよなぁ。それも深遠並にやばい真っ黒な……)
ヤンはため息をついてモニターに移る惑星アルジェナを眺め続ける。
人形師の財宝がヤンが考えていた以上に解かれていた事から、情報が漏れていると仮定せざるを得ない。
そうすると、こんな辺鄙な星系の更に辺鄙な惑星にマーキュリー資源開発なんて大企業がやってくる訳が無い。
(ある事までは分かっているが、それがどこにあるかまでは分からないか)
財宝の正体がマスターコンピューターよりもその中に入っているニルヴァーナプログラムだから、下手すればネットワーク内から引き出す形で惑星アルジェナにはパスワードしかない場合もある。
そうなれば、パスワードの書かれたメモを探して惑星中を探す羽目になる訳で。
そして、マーキュリー資源開発の裏にいるフェザーンにはどうもニルヴァーナプログラムは渡っていないらしい。
入手しているならば先の帝国内戦における勝者と敗者は逆転し、フェザーンの王冠をかぶった皇帝が出現して宇宙を統一していただろう。
(自分達が手に入れられないならば邪魔をしておこう……か。
なるほどねぇ……)
お宝についての一通りの結論を出すと、ヤンはそのままサイオキシン麻薬について考え出す。
元々海賊と同盟の仲は悪いものではなかった。
それが変化したのも先の帝国内戦な訳で。
ふと気になったヤンは控えていた緑髪の副官にそれを告げる。
「たしかサイオキシン麻薬についてはフェザーン仲介で捜査協定が結ばれていたはすだ。
そのデータを頼む」
「了解しました」
その声が終わる前にヤンのモニターに帝国のサイオキシン麻薬捜査のデータが出てくる。
帝国が提出した表向きのものだけでなく、フェザーンや同盟が内偵したデータと共に。
そこから出てきたものは、帝国軍の末期的実態に他ならなかった。
帝国兵の三割がなんだかの精神障害を抱え、その多くが麻薬をはじめとした薬に手を出している。
そんな兵達が社会問題として帝国の国政を揺るがす大問題になっていた。
新しい海賊達の母体となった帝国軍脱走兵達は、既に麻薬汚染という土壌の下にあったという暗澹たる現実にヤンは手を頭に当てて目をつぶる。
「これは……ひどいな……
すまない。
ラップ主計長を呼んできてくれないか?」
この手の捜査資料における人と物と金の流れを追うのは主計課の得意分野である。
捜査が始まっている現状で、深い所を探るには時間が足りないと友人に丸投げする事で一旦思考を元に戻した。
(飢餓航路……その近隣に作られたサイオキシン麻薬製造プラント……それを運ぶ海賊……うわぁ……」
繋がったあまりにどす黒い糸に途中から声が漏れた事に気づいて、ヤンはあわてて口を塞ぐ。
その為、戦局が悪化していた帝国軍将兵に蔓延していたサイオキシン麻薬の供給元が海賊達であり、おそらくは同盟政府もそれを掴んで黙認していたという結論は声に出される事は無かった。
それが変わったのも、イゼルローン回廊に要塞がやってきたからだ。
今までより帝国領内に行くのがはるかに難しくなった海賊達はその麻薬を同盟領内にばら撒こうとし、そのからくりを知っていた同盟はその動きを見逃さなかった。
かくして、この茶番……もとい海賊の取り締まりに繋がる訳だ。
(サイオキシン麻薬の供給源がフェザーン企業のプラントだったか。
これは表に出たら荒れるぞ……だから、惑星アルジェナには手を出さないか)
フェザーンの公的資本も出資する宇宙屈指の大企業であるマーキュリー資源開発のプラントなんて現場では治外法権みたいなものだから、隠れ蓑とすればこれ以上のものは無い。
もし、惑星アルジェナのマーキュリー資源開発の鉱山にサイオキシン麻薬製造プラントがある場合、帝国は激怒し同盟もフェザーン感情が急降下するだろう。
(こうなると、こっちにやってくるミューゼル提督の艦隊が無関係とは思えないな。
麻薬がらみで何かやらかした……いや、やらかした連中を追っているのか?)
ヤンの予感は的中する。
ラップの協力もあって、それらしい断片を掴む事に成功したのだ。
もっとも、緑髪のネットワークがそれとなく原作知識を示唆したからなのだが。
「これじゃないか?
アルレスハイム星域の会戦の後で帝国は大規模な麻薬取締捜査をやっている。
その後の帝国内戦で中断したみたいだが」
モニター向こうのラップ主計長から送られたデータにヤンも目を通す。
たしかに、麻薬取締の大規模捜査とそれに伴う逃亡者阻止要請をフェザーンに出していた。
「今回の海賊の取り締まりも、元は帝国内戦か……
なんとなく見えてきた。
帝国の麻薬取締で捕まる連中が帝国内戦のどさくさにまぎれて同盟に逃げ込んだ。
で、そいつらが同じ商売をここでもしようとしたと」
ラップは気づかないのか、気づかないふりをしているのか、多分後者だろう。
彼ぐらいになると、その商売の元であるサイオキシン麻薬を帝国から逃れた連中がどこから入手したのか考えない訳が無い。
で、現状の捜査といやでも考えをリンクさせる。
「それで、今をときめく帝国のポイントゲッター様がわざわざ少数で危険を冒してこっちにやってくる理由はなんだと思う?」
ヤンの問いかけに、ラップは肩をすくめてあっさりと答えを言ってのける。
「簡単だろう。
危険を冒すだけのリターンががここにあるという事だ。
サイオキシン麻薬じゃなくて、それで利益を上げていた帝国貴族の名簿。
彼にとっては、喉から手が出るほど欲しいだろうよ」
ラップの答えにヤンは納得せざるを得ない。
おそらく、帝都に戻れば権力闘争の果てに彼は粛清される。
それを避ける為には手札が必要だったのだが、サイオキシン麻薬で利益をあげていた帝国貴族の名簿を入手できるならば、リヒテンラーデ公とブラウンシュヴァイク公双方に話ができるからだ。
そこまで考えて、ヤンはある疑問に気づく。
(という事は、ミューゼル提督はサイオキシン麻薬製造プラントがフェザーン企業にある事を知らないのか!?)
彼にとって販売網の黒幕が狙いであって、供給源は同盟領にあるからと深く考えなかったのだろう。
これが裏でフェザーンが糸を引いていましたとばれた場合、最悪なまでになっている帝国とフェザーンの関係は完全に破綻する。
フェザーンは多額の財務支援というアメと、フェザーン本星に配備された攻撃衛星と、二個艦隊と大慌てでかき集めた一個艦隊というムチでなんとか帝国の怒りをいなしている状況だ。
現在は帝国の侵攻を弾く事ができるだろう。
では来年は?
再来年は?
イゼルローンに要塞が置かれた事によって、帝国領内の航路の安全性は急速に回復しだしている。
フェザーンが抱えている対帝国債務を帳消しにする事を狙っての侵攻を考えない訳が無い。
「わう!」
「駄目じゃないか。アールグレイ。
おとなしくしていないと。
すいません。艦長。
こいつ散歩の途中でこっちに走り出して……」
ヤンの思考をかき乱したのは、艦内にて代われているシップドックのアールグレイがヤンに飛びついたからである。
シップドックというのは、元はシップキャットだった。
大航海時代、鼠の被害に悩まされた船乗りたちは猫を乗せる事で鼠から食料を守ると同時に、旅の仲間として大事に扱った歴史があるからだ。
この伝統に犬が入ってきたのはコンピューターが本格的に使われだしてからで、コンピュータトラブルで悪さをする猫が二十一世紀の極東地方の伝承に残っている。
この猫が悪さをするとすべての作戦スケジュールが狂い、提督たちはその襲来を恐れたという伝承の体験者だった人形師は地球文明の復興という事でこのトリビアを広めるついでに犬を乗せる事を推奨したのである。
もちろん、猫でもいいのだが、要するにこの手の愛玩動物によってメンタルケアをと考えたらしい。
だから、人形師が考えた最低限の戦艦人員というのが、『人間一人に犬一匹、アンドロイド一人』という構成で、
「このセットならば、イノセンス溢れる広大な宇宙の海を漂っていけるだろう」
なんて訳の分からない言葉を人形師は残していたり。
なお、シップドックに名前をつける事は艦長の権利であり、シップドックを飼う事は艦長の義務となっている。
そのための従卒もドロイドやアンドロイドにさせればいいのだろうが、ヤンはこの押し付けられた相棒の世話を自分でして気分転換を図っていた。
で、このような作戦時に他の部署に預けるのだが、シップドックに戦争という人殺しなんぞ分かる訳も無く。
「現状、惑星アルジェナ近辺には異常は見つかりません。
よそは色々大騒ぎというのに静かなものですよ。こっちは」
なんて、アッテンボロー戦術長が軽口を叩くが、ヤンはそれが気に入らない。
だからアールグレイの頭を撫でながら疑念を口にする。
「静かすぎる……
サイオキシン麻薬製造プラントは見つかったのか?」
ヤンの質問に緑髪の副官は即座に答える。
ヤンの本当の質問を肯定するかのように。
「いえ。
現在二百五十三の捜査を行っていますが、プラントの発見報告は来ていません」
アールグレイがお座りのまま尻尾を数回振る時間の後、ヤンは意を決して副官に声をかけた。
「戦隊司令部に通信を入れてくれ。
『惑星アルジェナ捜査の為の捜査員及び陸戦隊を派遣を申請する』と」
数時間後、五隻の強襲揚陸艦と共にやってきた男にヤンはため息をつかざるを得なかった。
政治という果てしなく深い深遠からの糸に絡め取られようとしているヤンなど気にする事なく、その男は自己紹介をしてみせたのだった。
首筋にキスマークがついたままで。
「ローゼンリッター連隊第三大隊大隊長ワルター・フォン・シェーンコップ少佐であります。
どうぞよろしくお願いします」
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