SAO ~冷厳なる槍使い~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編
第一章 冒険者生活
9.こだわりを求めて
――来る途中も思ったけど……やっぱりこの子たち、強いっ!
ぼくの目の前で蒼髪を靡かせながら俊敏に動く少年、キリュウくん。その鋭い双眸に見つめられると自分より年下と解ってはいても、つい敬語を使ってしまいそうになる。
「……バートさん、六秒後に範囲攻撃を」
ちらりと一瞬、横目でぼくを見て言うキリュウくん。
一見冷たい印象だけど、戦闘の中でぼくや女の子三人に飛ばす指示は的確だ。
頭上から襲い来るフラッフ・オウル四匹の強襲を軽々と避け、すれ違い様に槍の刺突攻撃を加えていくキリュウくん。攻撃を受けたことで憎悪値が高まり、ターゲットを確定したオウルたちが、こちらに走ってくるキリュウくんを追いかける。
…………三、二、一、いまっ!
「う……おおおお!!」
両手用戦斧全方位攻撃技《ワールウインド》。
緑色のライトエフェクトを振りまきながら戦斧をジャイアントスイング。その名のとおり、自分の周囲に強烈な旋風を巻き起こす。
技の発動の直前にスライディングで頭を低くしたキリュウくんをスルーして、翠の旋風はキリュウくんを追ってきた四匹のオウルの体をズバババッ、というエフェクトサウンドを響かせながら駆け抜けた。
「んっぐぅ……」
その威力にそぐわない技の反動を両足で踏ん張って止める。
オウルたちは空中で仰け反りながら、四匹同時に爆砕した。
「……ルネリー、あまり多くを釣ろうとするな。それよりも一匹倒す回転を速くするようにしろ」
「あ、は、はい!」
敵を多く釣り過ぎたんだろうルネリーちゃんに注意を出すキリュウくん。
――こっちで戦ってぼくに指示を出しながら、あっちの三人にも気を配ってるなんて……。
凄過ぎる。としか言いようがない。
オウルたちの間を暇なく駆け回っているのに、その顔は何処か涼しげで、余裕さえ窺える。
くるくると槍を回転させ敵を叩き、打ち付けた反動でそのまま逆回転させ背後の敵を叩く。
かなりの速度で動く槍とは裏腹に、キリュウくん自体はゆっくり動いているようにも見える。
ぼくが解るのはそこまでだ。とてつもない戦闘技術の持ち主だってことは解るけど、どこまで凄いのかなんてぼくレベルでは想像もつかない。
だけど、ぼく一人で戦っていたときとは比べ物にならないぐらいの効率の良さだ。
ソードスキルが苦手だって聞いて少し不安に思っていたけど、そんな欠点を忘れてしまうぐらいに洗練された戦いをしているように思える。
むしろ、その戦いぶりに目が奪われそうにさえなる。
「…………バートさん。次……来ます」
「え……あ、ああ、わかった」
――いけない。今は集中しないと……っ。
自分よりも、年下のこの少年の方が強いことは解っている。でもだからこそ、不甲斐無いところは見せたくない。
「おおおおお!!」
キリュウくんに誘き寄せられ、ぼくから見たら隙だらけのオウルに強力なソードスキルの一撃を見舞う。今のぼくの仕事は、確実にオウル一匹一匹を潰すこと。それだけに集中する。
「はぁあああ!!」
それにしても不思議な感覚だ。一向にHPが減る気配が無い。
PTメンバーのHPバーを見ても、敵の注意を引いているルネリーちゃんが少し減っているだけで、他はまったくと言っていいほど減っていない。
こんなことはSAOに来て初めてだった。
戦いの最中でありながら、こんなにも安心感がある、余裕がある、というのは……。
えも言われぬ感覚に包まれながら、ぼくは力の限り戦斧を振るった。
「…………」
「フゥー……フゥー……? どうしたんだい? キリュウくん」
しばらくの後、急にキリュウくんが立ち止まった。今まで忙しなく動いていただけに、余計不思議に思える。
「……ここら一帯のフラッフ・オウルは倒しきったようです。あとは、あの三人が戦っている三匹を倒したら再湧出まで安全地帯に一度下がりましょう」
言われて気付く。地面に置いてあったランタンを掲げて頭上を見渡しても、確かにオウルは居なくなっている。
いつの間にか、かなり多くのオウルを倒したようだ。
「――ヤッ!」
普段滅多に聞かないような音程の女の子の声に、ぼくの意識は引かれた。
年端もいかない女の子三人が真剣な顔でモンスターと対峙している。
弾ける金髪のツインテール。流れるような銀髪のストレート。飛び交うように動く茶髪のセミロング。三人が代わる代わる立ち位置を換え、それぞれの役割を淀みなくこなす姿は、まるで何かの舞を見ているかのようだった。
「ふぅー……。あ、キリュウさん! こっちも終わりました!」
戦いが終わり、笑顔でキリュウくんのところに駆けていく三人。
それを見たぼくは柄にもなく、「いいな」と思ってしまった。
それから何度か、戦って、再湧出を待って、戦って、と続けていると、フラッフ・オウル出現時間のタイムリミットである午前四時が訪れた。
戦場から離脱したぼくたちは、安全地帯で最終的な目的のアイテム《コットン・フェザー》の数を確認していた。
「えーと……わたしは、六十八個ッス」
「あたしは、三十三個!」
「私は……五個です」
「……二十一個です」
「えーと、それでぼくが八十一個だから…………合計で、二百八個! みんなありがとう! 予定よりかなり集まったよ!」
思わずぼくは、感謝の言葉を四人に告げていた。予定していた百個の二倍以上の戦果だ。
――本当に良かった。これできっと彼女も……。
結果は思った以上だった。それもこれもこの子たちのお陰だ。
「――それじゃあ、帰ろうか」
ぼくは四人に向って言った。
さあ早く街に帰ろう。彼女の反応が楽しみだ。
◆
第三層西部の森から歩いて二時間。
わたしらは主街区《ヘイシャム》へ到着した。
「うー」
――ね、ねむいッス……。
予想と覚悟はしてたけど、やっぱり徹夜はつらい。
前は遊んでてつい徹夜してしまうこともあったけど、あのときとは全然テンションが違うし、あのギョロ目もこもこフクロウとの激しい戦闘と今現在のゆったりのんびり帰還ツアーとじゃ緊張感の落差もあって余計に眠さが際立つ。
キリュウさんの表情はいつもと変わらないからよく解らないけど、わたしら女子組はもちろん、バートさんも疲れているのが目に見えて現われていた。
「……バートさん」
《ヘイシャム》の門を潜ったところで、キリュウさんが立ち止まって振り返った。
「うん? どうかしたかい?」
「……一旦、解散しませんか? 睡眠を取ってから再度集まるというのは如何でしょう」
――そ、それは助かるッス~~っ!!
キリュウさんの後ろでブンブン顔を縦に振るわたし。
「あー、そ、そうだよね。みんな眠いよね。……うん。じゃあそうだな、今日の午後六時……でいいかな。昨日と同じ《水梨亭》の二階三号室に来てくれるかい? 報酬の件もそのときに話そう」
わたしのプッシュが効いたのか、少し苦笑い気味に同意してくれたバートさん。
今日の夕方六時に再び会う約束をして、バートさんとはその場で別れた。
「きりゅーさーん。やどぅやーにいきましょうよー。ねむねむねーですよー……」
なんだそりゃ、と突っ込みたくなるが、普段二十二時でぐっすりなネリーだ。ここまでよく持ったと今更ながら思う。既に思考回路はスライム状態なのだろう。
「……ああ、そうだな。アルゴに聞いた寝床は後日にして、今日は近くの宿屋に泊ろう」
「あいー」
アルゴさんから聞いた民家を借りる寝床はいくつかクエストをこなさなきゃいけないらしいし、バートさんが泊まっている水梨亭はここからはちょっと遠い。
キリュウさんの言葉に快く頷き、わたしたちはすぐそこに見えた名も知らぬ宿屋に入って行った。
コンコーン。
軽くドアをノックする。が、その音はシステムによってどんな小さな音でも部屋の住人の耳に届く。 相手が耳栓アイテムを使ってればその限りじゃないけど。
「はいはい」
すぐにドアが開き、中から見慣れた巨漢が現れる。どうやら耳栓はしていなかったようだ。
――いや、そりゃそうッスから。
自己胸中ノリツッコミに軽く溜め息。
そんなわたしの様子には誰も気付かず、バートさんに促されてわたしたちは部屋の中に入った。
ついさっきまで爆睡していたわたしたちは、午後六時ちょうどに約束の場所である《水梨亭》に到着した。この仮想世界では起床システムによる目覚ましと、レイアによるモーニングコールがあるので、わたしが寝坊することは絶対に無いのだ。
「……ええと、まずはありがとう。キミたちのおかげで、とりあえず目的を達成することが出来たよ」
見上げるような背丈の男の人が自分に向かって頭を下げているのは、ちょっと「おおぅ」と来る。上げた顔を見るに、別れ際と変わりがない。いやむしろ、もっと顔色が悪くなっているように見えた。
「あのー、もしかして……寝てないんスか?」
ちょこんと手を上げながら聞いてみる。
縦線が入った顔、というのはこういうものかと思いながら。
「はは……。いや、彼女が寝かしてくれなくてね……」
「……え"ぇっ!?」
予想外なバートさんの言葉に思わず女の子に有るまじき声が出てしまった。
「って、違うっ。違うからねっ!? そういう意味じゃなくてっ!」
真っ赤になりながら手を振って否定するバートさん。
糸目の人は焦っても糸目なんだなと、しみじみ思ってしまった。
「だから、えーと……っ」
「――うーるさいわよー、バートくぅん。声が隣の部屋まで届いてきてたわよーぅ……」
突然、ガチャッと奥のドアが開き、半眼の眠たそうな顔をしたお姉さんが頭を掻きながら出てきた。
深緑のウェーブのかかった長髪を垂れ流し、スレンダーというよりは細長いというふうな肢体に裾の長いチョコレート色のネグリジェ(スケてはいないよ?)を纏っている。
――もしかして、この人がバートさんの言っていた女の人ッスか……?
寝惚けたようにふらふらと、その人はバートさんの元に近づいていく。
「うーあー……ねむぅ」
「ちょ、ちょっと! お客さんが来てるんだよっ。さっき言ったでしょ? あまりだらしないところ見せないでよ……」
「お……おぉちゃく、さん?」
「お客さんだよっ」
「おきゃ、おきゃく、さん……お客さん………………って、え!?」
数秒の思考の後、ネグリジェのお姉さんは眼を見開いてこちらを見てきた。
――てか、このお姉さん裸足なんスけど……。
お姉さんのダルーっとした雰囲気のせいか、刺激的な格好のはずなのに色気はまったく感じない。
「ん、んんっ。あーっと、君たちが素材集めを手伝ってくれたって子たち?」
咳払いをして切り替えたのか、はっきりとした口調で訊いてくるお姉さん。
女性にしては少し低く、先ほどの醜態がなければカッコイイと思ってしまうような声だった。
「……はい。そうです」
今まで黙っていたキリュウさんが静かに答える。ネグリジェ姿の女性を前にして冷静に見えるこの人は、はたして平静を装っているのか異性に興味がないのか。
――どっちにしても、なんかいやッスねぇ。
わたしが自分勝手なことを考えてる間にも話は進む。
「本当にありがとう! 君たちのお陰で目的のモノ……少なくとも及第点のものを作ることはできたわ。まだまだ満足はしていないけれど。ええ、勿論この程度で満足するものですか! 今回は最低限の肌触りが達成できただけに過ぎないわ。目指すは、更なる高みよ……!」
どうしよう。目が覚めたと思ったら、お姉さんは今度はいきなりトリップした。
目を輝かせながらあらぬ方向を見て、こぶしを握りしめながら力強く語っている。
わたし含め、キリュウさんですら唖然としていた。
「おーい。帰ってきてよー。みんな呆れてるよー」
「……はっ」
バートさんの呼びかけにより、お姉さんは正気へと返り咲いた(?)ようだ。
お姉さんは再びコホンと一息。そして今までのことが無かったかのように話しかけてきた。
「そうそう。まだ報酬の話をしていなかったわよね?」
「あ、はい。そうッス……ね」
――待~ってましたッスー!
どんどんぱふぱふーと脳内効果音を鳴らせて喜ぶわたし。もちろん外面はポーカーフェイスですよ。
相手が年上ということもあって、こちらから「依頼の報酬ちょーだい?」とは言いづらい。
向こうから言い出してくれるのを今か今かと待っていたのだ。
「えーっと……」
――見た目かわいく! かつ機能的で動きやすく! でも絶対領域は永遠不滅よ? ってな一品をゼヒィィッ!!
わたしは思いの丈を、無言の念波に乗せて相手に向けて放った。
「そうね……うん、ちょうどいいわ。じゃあ、あなたたちが取ってきてくれた《コットン・フェザー》を使って午前中に作ったものを渡しましょう。女の子なら絶対気に入ると思うわよ。私が保障する!」
お姉さんは両手を腰に当てて胸を突き出すようにして言った。なにやら自身満々のようだ。
――も、もしかして……祈り、通じたッスか……?
お姉さんは「フフッ」と意味深な笑みを浮かべて奥の部屋に入って行った。持ってくるらしい。
わたしとネリー、そしてこのときばかりはレイアも、顔にわくわくと書いてあるように期待した様子でお姉さんが戻るのを待っていた。
…………でも、わたしはこのとき気付かなかったのだ。
部屋の隅っこに佇んでいたバートさんが酷く申し訳なさそうな顔をしていた、ということに……。
「待たせたわね。ではさっそく…………《これ》よ!」
「おおぉっ! …………おお?」
奥の部屋から戻ってきたお姉さん。戻るなり両手を突き出しあるものをわたしたちに見せてくる。
それは――――
「…………ぱ、パン……ツ……?」
そう。お姉さんが両手で広げてわたしたちの目の前に掲げているものは、女物の下着、ショーツ、パンティー……つまり、世間一般で《パンツ》と呼ばれるものだった。
「そうよ! あなたたちも女の子なら下着には気を遣うでしょう? で・も! 第一層、第二層と色んな服屋、装備屋を回って探したけど、どこのどれもいま一つ……いえ、いま三つはあるわね。まずデザイン。シンプルと言えば聞こえは良いけど、遊びも何もない、ただの間に合わせ感は否めないわ。更に肌触り。嘗めてんの!? と茅場明彦に訴えたくなるほど嘗めてんの!? って感じよ。正直、こんな下着じゃ私は動き回りたくもないわよ。このSAOの仮想世界には耐久値による摩耗はあるけど、汚れるという概念は無いみたいね。けど、だからって下着を着けっ放しというのはオンナとして、そしてなにより一服飾デザイナー(見習いだけど)として我慢できないわ! つまり質はもちろんのこと数も欲しいの。情報屋を名乗るプレイヤーの話によれば、店売りのものは最低限の性能を持っているだけらしいし、より良いもの――デザインや肌触りに満足のいくものを求めるのなら作り出すしかない。それを聞いた私は、私たちはさっそく作成に取り掛かったわ。このSAO(せかい)と現実(むこう)じゃ製作方法というか製作手順が全くと言っていいほど違ったから最初は戸惑ったけど、慣れればこちらの方が疲れないから楽ね。細かな遊びが出来ないのはちょっとイタイけど……まあそれも《裁縫》スキルの熟練度が上がれば色々出来るようになるっていうし、今気にすることじゃないわ。でも素材に関してはお手上げ状態だったの。私は(パンツのせいで)動きたくなかったし、バートくんも頑張ってくれたけど革製装備はまだしも布製装備の素材を一から集めようという奇特なプレイヤーは少なく、手伝ってくれるプレイヤーも見つからず、一人じゃ限界もあった……」
早回しでもしているかのようなお姉さんの口から放たれるマシンガントーク。
色々とツッコミどころ、特に『店売りのパンツじゃ穿いて動き回りたくない』というところに「おいおい」と言ってやりたかったが、わたしらが口を挟む余地は少しもありはしなかった。
それに、わたしはこのお姉さんの気持ちも解らなくはないかなぁと、ちょっとだけ思ってもいた。
「……だけど、あなたたちのお陰で素材も手に入った。少なくとも穿き心地に関しては……フフッ、驚くと思うわよ? ……あなたたちも苦労したでしょう? 現実では毎日換えて洗っていた下着も、この世界じゃ汚れることが無いから着替える必要も無い。だから洗う必要もない。でもずっと穿いているのは抵抗がある。洗えるのが一番精神衛生上的にもいいんだけど、そんな場所は無い。私が知らないだけかもしれないけど、もしあったとしてもそんな場所は限られてくるだろうし、更に干す場所なんてもっと限られてくる。そうして色々なことを諦めた結果、妥協として店売りの下着をその日その日で使い捨てにする。店売り下着は決して安くもないわ。積極的に戦ってもいないのに買い続ければ破産してしまう! でも穿き続けるのも嫌っ! 安物を穿くのも嫌ぁっ!」
目を見開いて口を大きくあけ、オオカミ男が遠吠えでもするように体を反りながら叫ぶお姉さん。正直こわい。
だけど次の瞬間。何かに気づいたようにビクンッと体がはねた。
「って、ああっ!? よくよく考えればこれも一時を凌ぐだけだったわ……ね。ふ、ふふ……今回仕上がった《ソフトハーテッド・ショーツ》も十五枚しかないし、あなたたちに渡しても焼け石に水、よね…………ごめん、なさい……」
このお姉さん、寝起きのせいか言語が支離滅裂でしかもテンションの上下が激しいよ。
今はこの世の終わりの顔をしてガクッと膝をついて頭をたれている。
かなりシュールな光景だ。垂れた長い髪で顔の見えなくなっているお姉さんが「パンツー……パンツー……るーるるるるー……」と呪詛を撒き散らしている。
まあでも、お姉さんの言ってることはわたしには、というか多分わたしたちには理解できたと思う。
要は『毎日パンツ換えたい→洗うことが出来ないから買う→質も満足出来ないしお金もかかる→満足いくものを自分で作ったけど数も少ないしもっと作るにも素材がない→うわーんっ』ということだ。
その気持ちはよーく解る。
なんてったってわたしたちも通った道だ。
『通った』過去形だ。わたしたちは――質とかはともかく――お姉さんのその悩みを解消しうる情報を持っている。むしろお姉さんさえいれば質の問題も解消できるんじゃないだろうか。
「……」
ネリー、レイアと無言のアイコンタクト。
キリュウさんは部屋の端で眉間に少し皺を寄せながら目を瞑って、我関せずモードだ。まあそれもしょうがない。話題が《パンツ》なんだって意識したらわたしまで恥ずかしくなってくるし。
お姉さんよ、年頃の男の人がいるんだから少しは自重しようよ。
「あのー、ちょっといいッスか?」
「……?」
わたしの呼びかけに、お姉さんは少しだけ頭を上げてわたしを見てきた。長い前髪の隙間から覗く蔭った上目遣いの瞳が、サ○コみたいでちょっとホラー。
「えーっとッスね、わたしらは別に毎日毎日、そのー……使い捨ててるわけじゃないッスよ?」
男の人がすぐ近くに居るのに、とてもじゃないけど乙女の口から《下着》やら《パンツ》なんて言えない。
これで結構わたしって恥ずかしがり屋なのです。
「…………え?」
「あ、勘違いしないでほしいんスけど、着替えないまま過ごしているってことじゃなくて、《ちゃんと毎日洗ってる》ってことッス」
そう。わたしたちは下着を――下着だけじゃなくて部屋着とか洗えるものは毎日洗っている。毎日しっかりと清潔にしているのだ。
あれは、わたしたちがまだ第一層主街区《はじまりの町》で出発の準備をしていた頃。
その頃のわたしたちも、まさに着替えについて悩んでいた。もちろんキリュウさんには内緒で。
汚くならないということは解っていても、やっぱり着たまんまというのは不潔というイメージがある。だけどこれといった解決策も思い浮かばず、わたしたちは日々の狩りで稼いだお金で着替えを買うことにした。
だがそんなとき、幸運にもとあるクエストの報酬でわたしたちの悩みは解決した。
《手回し式洗濯機》。
縦長の木桶に自転車のペダルのようなものがついていて、木桶の中にオブジェクト化した衣服と水を入れ、ペダルのようなものを回して中をかき混ぜる。一回に一日の一人分を入れることが出来るが、五分間ずっと回し続けなければならない。
ちょっとめんどくさいと思うかもしれないけど、しっかりとした手順を踏んで、乾かすところまでいくと、なんとその衣服に《二十四時間敏捷値+0.5》というバフ効果が付随される。
金属装備や革装備は洗えないけど、インナー上下に布装備上下の四点でも敏捷値+2だ。これは大きい。洗濯なんて仮想世界じゃ意味が無いような印象だったけど、わたしらにとっては一応の清潔(?)が保てる上に能力まで上がるという美味し過ぎる特典がある。
わたしたちは、キリュウさんも含め全員が一人一台、これを持っていた。
「……というわけで、これならお姉さんの悩みも解消出来ると思うんスけど?」
「…………」
お姉さん絶句、といったところだろうか。
まあでも、あのクエストは見つけるのに色んなNPCに話を聴きまくったし、そもそもSAOでは洗濯は出来ないと考えているプレイヤーも多いだろうし、お姉さんたちが知らないのも無理は無い。
「そ、そのクエストって何処で受けられるの……?」
震える声で訊いてくるお姉さん。だから前髪の隙間から覗くように見ないでって。怖いんだって!
「あー、よければひとつあげるッスよ。うちら人数分持ってるッスし」
「え……いい、の?」
はい、いいですよー。どうぞどうぞ。……ククク、その代わり見返りは期待させて貰いますけどね!
先ほどのアイコンタクトでネリー、レイアの許諾は貰ってる。たったひとつ渡すこと自体に問題は無い。てか、アルゴさんにあまり情報を流布をしないで欲しいと言われているし(情報が欲しい場合はアルゴさんを紹介することになっている。ただし信用できそうな人限定)、ただアイテムを渡すだけならクエストの情報までは教えてないしセーフだろう。……セーフということにしておこう。
「あー……その代わりと言っちゃなんなんスけど、その、わたしらに服をッスね、作ってくださると嬉しいなーなんて……」
典型的な押しの弱い日本人であるわたしは、図々しく要求しまくるなんてことは出来ません。これがわたしの精一杯です。
「…………ぷっ」
そんなわたしを見て噴き出すお姉さん。
堪えきれなくなったように笑い出し、その笑いはだんだん大きくなって、バートさんやネリーたち、ついにはわたし自身まで笑ってしまっていた。
「あはははは、うん。了解りょーかい。うんとカワイイの作ってあげるわ!」
目尻を拭いながら今だ体を震わせているお姉さんが言ってくる。
「んじゃまあ、さっそくトレードするッスかね…………って、そういえばお姉さんの名前訊いてなかったッスよ」
アイテムの譲渡は、基本的にトレードウインドウで行う。相手の名前を入力してから渡すアイテムや金額を選択するため、名前を知らないと渡すことが出来ない。普通はフレンドリストから名前を選んでからトレードウインドウを開く。
「ああ、そういえばまだ言ってなかったっけ」
あっけらかんと言ってから、お姉さんは佇まいを直した。
そして、そのアルト声に合った演劇口調でわたしたちに向かって言った。
「私の名前は……《アシュレイ》。いつの日か現実で、カリスマと言われるデザイナーになる女よ!」
「いやー、強烈な人だったッスねぇ」
「あはは、うん」
《水梨亭》を出たわたしたちは、既に暗くなった表通りを歩いていた。
時刻は夜十時近く。今日は朝から夕方まで寝っぱなしだったし、今夜は寝られるかどうか不安だ。
「……でも、良かったね。素材さえ持って行けば希望に合う服を作ってくれるって言ってくれたし」
いつもよりも弾んでいるように聞こえるレイアの声に、わたしもネリーも頷いた。
あのあと、改めて自己紹介をしたわたしたちは服の話題で盛り上がった。とくにわたしはアシュレイさんと意気投合し、お互いの意見を出し合い、至高の衣装を模索した。まあ、途中からは再びSAO内での衣服やパンツについての愚痴になっていて、気付けば三時間以上も喋りっぱなしだった。
キリュウさんとバートさんは、いつのまにか飲み物を持って部屋の端っこでちびちびとやっていたようだった。
「……じゃあ、今後は衣服関係の素材を中心に集める、ということで良いのか?」
久しぶりと感じてしまうほど今まで無言だったキリュウさんが口を開いた。
いつもの無表情なのだけど、今はそこはかとなく疲れている印象を受ける。まあ、わたしらのせいかもだけど。
「はいっ! あ、でも、攻略も忘れて無い……ですよ?」
元気良く声を上げたネリーが、本来の目的を思い出したのか語尾がもにゅもにゅと濁っていく。
そんなネリーの目を泳がせてるような様子に、わたしはぷっと吹き出し、レイアもクスクスと笑い出した。
静かな、他の誰もいない静かな夜の街に、わたしたちの笑い声だけが響いていった。
――あ、ちなみにあのパンツはちゃんと貰いました。
後書き
アシュレイさんを覚えてる人ってどれほどいるだろうか?
SSで扱っている作品は意外と見ないけど。
意外と思っているのは私だけ?
私は、原作であまり登場しないキャラクターのほうが実は書きやすいと思っています。
読者側が持つ情報が少ない分、オリジナルを加えやすいのでその作品独特の色を見せやすくなるからです。
なまじ出番があるキャラって、読者によって微妙に性格の解釈が違うような気もしますし。
他の人をSSを見ると、アレ?この人こんなこと言うキャラだっけ? とか思ったり。
私だけかもですが。
ページ上へ戻る