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蛇の別れ

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第三章


第三章

「どんな蛇だろうと怖くはないよ」 
 その声に応えるかのように籠の中で動いた。
「蛇だったらね。わしにとっちゃお手のものさ」
 彼は言った。
「だからな。安心していいぞ」
 そんなことを言いながら奥の方へ入る。そして腰を下ろして休んでいた。
「何時出て来るかな」
 一服しながらそんなことを考えていた。
 弁当を食べて煙草を吸いながら考えている。籠は足元に置いている。煙草を吸い終わってから暫くすると後ろの茂みがガサゴソと五月蝿くなった。
「来たか?それもかなり大きいな」
 後ろを振り返りながら思った。
 立ち上がったところでその大蛇が顔を見せてきた。見ればそれは彼が知った顔であった。
「青」
 その蛇の顔を見て思わず声をあげた。
「青じゃないか。どうしてここに」
 見れば青の方もチャイに気付いた。驚いた顔をしているのがわかる。
 青は急に親しげな様子になった。そして彼に身体を巻きつけて顔を摺り寄せてきた。蛇の好意のしるしである。
「ははは、よせ」
 じゃれる青を宥めて言う。
「まさかこんなところで会うとはな。元気そうだな」
 青はそれに応えるかのように舌を出す。そして彼の顔を舐めてきた。
 見れば赤も籠から出て来ていた。そして青にじゃれついていた。
「そうじゃな」
 チャイはそんな赤を見て前から思っていたことを二匹に言った。
「なあ御前達」
 青から離れて二匹に言う。
「前から考えておったんじゃがな」
 二匹は並んで彼の顔を見ていた。やはり青の方がかなり大きい。
「御前等一緒に住んではどうかな」
 それを聞いた二匹はかなり驚いた顔になった。
「何、驚かんでいい」
 二匹を安心させる為にこう言った。
「青や」
 そして青に声をかける。
「元々赤は御前が連れてきた蛇じゃ。じゃから一緒にいていいんじゃ。それが道理じゃ」
 青はそれを聞いて首を垂れた。
「赤もな。御前達は元々互いに好きなのじゃろう」
 赤もその言葉に首を垂れた。
「だからいいんじゃよ。何、わしのことは心配するな」
 にこりと笑った。
「また別の蛇がいてくれるからな。じゃからな」
 二匹はその笑顔を見て満足したようであった。チャイにもそれがわかった。
「ではな。ここでお別れじゃ」
 二匹はそれを聞くとまた首を垂れた。
「じゃが一つ言っておくことがある」
 それを聞くと首をあげた。
「それは食い物のことじゃ」
 彼は言った。
「山奥はな、食べるものがたんとある」
 二匹の蛇に噛んで言い聞かせる。
「じゃから。人は襲うなよ」
 蛇達はそれを素直に聞いているようであった。
「それだけはな。止めてくれ。よいな」
 蛇達は頷いた。チャイはそれを見て笑みを浮かべた。
「わかってくれたようじゃな」
 それだけで満足だった。蛇達がわかってくれるだけでよかった。
 蛇達は最後に頭を垂れた。最後の挨拶であった。先に青が行き、次に赤が。そして別れた。
「元気でな」
 チャイも最後に言った。これで彼と二匹は完全に別れたのであった。
 その後二匹の行方は遥として知れない。ただ暫くして二匹のいた山から赤い龍と青い龍が昇り、チャイが死んだ時にその家の上に現われたという。だがこれが赤と青なのかは誰にもわからない。
 全ては山の奥のひっそりとした話だ。だが確かに残っている話である。人と蛇の心の中に。


蛇の別れ   完


                   2006・5・6


 
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