SAO ~冷厳なる槍使い~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編
第一章 冒険者生活
8.裁縫職からの依頼
部屋の明かりが消えた。
この《ソードアート・オンライン》の世界は、だいたいが中世西洋的な造りになっているようだ。
だからなのかは知らないが、殆どの部屋の明かりはオイルランプが主だ。
操作は見た目に反してかなり簡単。ランプを軽くタップして、ウィンドウを立ち上がらせる。そこに表示される【ON/OFF】に触れるだけ。
ただ、中途半端にランプの体をなしているのか、約五時間が経過すると自然に明かりが消える。
普通に、周囲が暗くなったら明かりを点け、寝る時間になったら消すというのなら、至って問題の無い効果時間だ。
だが私にとっては、スイッチを切るまで明かりを灯し続けてくれる蛍光灯が懐かしい。
スイッチを入れ直す時間があるのなら、この《作業》を続けていたいからだ。
「…………」
しかし幸いなことに、窓から漏れる星明かりのおかげで、私は作業を止めるということをしなくて済んだ。外周に近い主街区ゆえに、窓の外には第三層と第四層のプレートに挟まれた星空が見えるのだ。
一心不乱に手を動かす私。SAOにログインして一番良かったことは、眠いのを我慢すれば、どれだけ手を動かしてもだるくならない上に、腱鞘炎にもならない、ということだろうか。
「…………ふー……」
そうこうしている内に《それ》は完成した。
私はすぐに《それ》の出来を確かめる。
「…………っ。……また、違ったわ……」
苦虫を噛み潰したような気持ちになりながら、私は手に持った失敗作(それ)を投げ捨てた。
それは床に落ちると、システムが《廃棄》とみなし、急速に耐久値が減少して、あと数分もすれば消えてなくなる。
既に何十と放り捨てているが、この部屋の足の踏み場が無くならないのだけは助かるかもしれない。
「……駄目、だったかい?」
作業机に座る私の後ろから聞こえてくるのは、押しの弱そうな男の声。
不意に部屋の明かりが点けられる。
座ったまま上半身だけ捻り、後ろを見る。そこには、短めに切られた黒髪、八の字に固定された眉、見えてるのかと突っ込みたくなるほど細められた目、がっしりとした体に汚れた水色のツナギのようなものを着た、体は大きいが肝は小さい、の典型な男がいた。
今、明かりを点けたのは彼なのだろう。
かれこれ二年近くの付き合いだが、これで中々に気が利くところもあることも解っている。
いつも申し訳なさそうな顔をしているが、今は更に、疲れた、という形容詞も追加されていた。
「やっぱり、もっと上級の素材じゃないと……」
私はそんな彼を訴えるように、頭を抱えながら、此処には無い、渇望の品を求めた。
「でも僕のレベルじゃ、これ以上は無理だよ……」
すぐ傍らで弱弱しくそう告げる男。
私よりもレベルの高い彼で駄目ならもう……。
「…………いえ。だったら、出来る人に頼むだけよ……」
自分で聞いてて驚くくらいに低く出た私の呟きが、六畳ほどの小さな部屋に薄れていった。
◆
「はあぁぁ~~…………っ」
朝の日差しを浴びながら、わたしは重い気分を吐き出すように溜め息を吐いた。
自分の顔がこれでもか、という感じに疲れて眉間に皺が寄っているのが解る。
――確かに……確かに手伝うとは言ったッスよ? でもだからって、アレはないッスよねぇ……。
現在わたしたち――キリュウPTの面々が居るのは《浮遊城アインクラッド》第三層の主街区《ヘイシャム》。ざっと見た限りだと、第二層主街区と街並みは殆ど変わらないけど、こちらのほうが石畳より土肌の地面が多いみたいだ。
二日前に第二層のボスが倒されて、この第三層へ続く転移門が開通した。それ自体は喜ぶべきことだとわたしも思う。……思うんだけど、まぁ~たわたしたちはボス戦には関われなかった。
その理由は、とあるクエストを達成するのに相当に時間がかかってしまったからだ。
九日前、第二層へと上がったわたしたちは、第二層の探索をしながら迷宮区に向かう途中、いつもの如くアルゴさんから依頼を受けた。それは、《エクストラスキル獲得クエスト》の検証だった。
《エクストラスキル》。それは通常の、一覧から自由に選んでスロットに入れることが出来るノーマルスキルとは違い、様々な条件(フラグ)を満たすことで手に入れられる特殊なスキルのことらしい。
その最大の特徴は何と言っても、手に入れることが出来れば、スキルスロットを《消費せずに》スキルを使う事が出来る、というところだろう。
とは言っても、スロットに入れない訳じゃない。エキストラスキルは、それを手に入れれば、エキストラ専用のスロットが増設される。それはレベルが上がることで増えるスロットとはまた違った分類となるらしい。だから別段スロットを整理しなくてもエクストラスキルは使用出来る、ということになるのだ。
わたしたちが検証を頼まれたのは、二層の南端にある岩山の頂上近くにある小屋、そこにいる筋肉モリモリの大柄なお爺さんから受けられる、エクストラスキル《体術》の獲得クエスト。
初めは、いつものようにベータテストの時との差異を調べるのかと思ったんだけど、どうやら既にこのクエストはアルゴさんの知り合いによってクリアされていたらしい。
『なら何でわたしらが検証する必要があるんスか?』
そう質問したら、達成に時間がかかるというこのクエストの性質上、何人かのクリアまでの時間のサンプルが欲しいんだと言われた。
アルゴさんの情報にはいつもお世話になってるし、頼まれればわたしたちに断る理由はなかった。
それに、第一層ではクエストのクリアに気を取られてボス戦に参加出来なかったけど、今回はまだ二層が解放されてから三日目。クリアまでに時間がかかると言われても、一層ではボス戦までに一ヶ月もかかったし、二層のボス戦までには問題無く終われる、とわたしたちの誰もがそう思っていた。
「…………あ、甘かったッス……」
しかし、その予想は思いっきり裏切られた。
わたしたちにもたらされたのは《三つの悲劇》。
一つは、クエストを受けた瞬間。マッチョじいさんに顔にヘンテコな落書きされたこと。水場での洗顔コマンドでも落ちないそのペイントは、クエストを達成しなければ絶対に消えないらしかった。
わたしはクマドリを刻まれ、ネリーはくるくるほっぺ。レイアは黒ひげ危機一髪。そしてキリュウさんは……「どこの貴族様ですか?」と訊いてしまいそうな先っちょのハネているおヒゲだった。
わたし、ネリー、レイアはお互いの顔を見ながら三人で爆笑し、その後同時に溜め息を吐いた。
でも、いつも無表情でいるキリュウさんが、そのヒゲのせいで逆に更に威厳を出しているように感じてしまったのは少し、いやかなり可笑しかった。
二つ目は、クエストの内容。クリアまでに時間がかかるという話から、わたしたちは一層で受けた《雌牛の逆襲》というクエストを想像した。あのクエも村のあちこちを移動したりで時間がかかったけど、比較的楽なクエだった。だから今回も、ただ時間がかかるだけの簡単なクエストだと思っていた。
――実際には、時間がかかる上に、すっっっごぉく地味でツライ単純作業みたいなクエだったッスけどね……。
エクストラスキル《体術》獲得クエストの内容は、武器を使わずに素手だけで大きな岩を割る、というものだった。ひたすら殴って蹴って大岩の耐久値をゼロにする。一見かなり単純で簡単な内容だけど、大岩の耐久値は相当なものだったらしく、一時間続けて岩に変化が無いことで、わたしらも「あれ?」と思った。
壊れる物=耐久値がある物は、どんなものであれ、耐久値に合った状態になる。つまり、耐久値が満タンだったら新品同様な見た目だし、逆に耐久値が低ければその見た目はボロボロになる。なのにわたしらはともかく、あのキリュウさんですら、数時間攻撃をし続けても岩はうんともすんとも言わなかった。
結局、日が沈むまでに誰も岩を割ることは出来ず、その日は野宿となった。
そして次の日。わたしたちは大岩に再挑戦した。
そしてその次の日。わたしたちは大岩に再々挑戦した。
そしてその次の次の日……って、うがああああ!!
そんな感じで、わたしたち全員がクエストをクリア出来たのは、クエストを受けてから約七日後のことだった。このクエで何がツラかったかって、何度も何度も何度も何度も同じことを繰り返さなければいけないということだ。わたしらが幾度攻撃しても悠然と佇む大岩。それに心折れそうになったのは数回じゃきかない。
まあでも、そうしてみんなクリア出来て、顔のペイントも消え、しかも《体術スキル》まで手に入れた。
しかし、妙な達成感を感じながら、ちょっと良い気分で山を降りたわたしらに待っていたのは…………そんな気分をふっ飛ばすほどの衝撃的事実。
最後の三つ目、《既に第二層のボス戦終わってた》だった。
「まさか、たった十日でボス戦が終わってしまうとは…………ハァ」
SAOが着実と攻略されていっている。つまりはわたしらの解放が近づいていることを意味しているんだからそれは別にいい。
だけど攻略する攻略すると意気込んでいたのに、実際はボス戦にすら参加出来ていないというのは、なんだかな~って感じだ。
「まだ言ってるの?」
わたしの少し前方、キリュウさんの右側を歩くネリーが振り返って言って来た。
「だってさぁ~」
「この三層のボス戦は絶対にアルゴさんが教えてくれるって言ってたんだし、いつまでもぶーぶー言ってたってしょうがないよ」
口を尖らせているわたしを苦笑しながら諌めるネリー。
ネリーの言ってることは解る。けど、ついつい口から漏れてしまうのは人間のサガだと思う。
「……クス。まずは、この層の情報収集ですよね」
「……ああ」
話の流れを変えるかのように言ったわたしの隣を歩くレイアの確認に、前方のキリュウさんが応えた。
「じゃあ、最初に道具屋で主街区のマップを手に入れましょうかっ」
わたしたちはネリーの言葉に頷いて歩き出した。
アインクラッド第三層の転移門が開放されてから三日目。
わたしたちはようやく二層から上がってくることが出来た。
朝七時という早い時間にわたしたちは転移門を潜り、この第三層の主街区《ヘイシャム》の中央広場に降り立った。
この世界には決まった起床時間は無い。だから、したければしたいだけ寝坊は出来るのだけど、周りを見る限りじゃ結構な人が既に起きているみたいだった。
わたしたちの場合はキリュウさんの起床時間が早いので、それに引きずられるうちに早く起きるのに慣れてしまった。
今起きている人たちは、早朝から狩りに出る人や、大通りで絨毯みたいなのを地面に敷いて何かを生産している人、すでに露天販売を開始している人などだ。二層ではほとんど生産する人をみなかったけど、少しずつ増えているようだった。
一生懸命に金槌を振ったり、元気よく呼び込みをしている姿を見ると、「生産もちょっとしてみたいな」という気持ちになってきそうになる。
道具屋で街のマップを手に入れたわたしたちは、そんな街の様子を横目に、この街で一番大きい酒場へと、情報を求めてやってきた。
「たぁーのもぉーっ」
「道場破りじゃないんだから……」
西部劇に出てくるような両開きのスイングドアを両手で押し開くネリー。レイアに突っ込まれてはいるが、このドア開くときにそれを言ってしまうのはわたしとしても仕方ないと思う。てか、わたしも言いたかった。
「さてさて……ど・ん・な・情・報・が、あ・る・か・なー?」
言いながら小走りで一人飛び出したネリーの向かう先には、いくつもの紙をピンで留めてある大きなコルクボード、《掲示板》があった。
この掲示版を、わたしたちは見に来たのだ。
普通のゲームと違って、このSAOはプレイ中にインターネットを使うことが出来ない。つまり、解らないことをその場で調べたり、逆に手に入れた情報を直ぐに共有することが難しいということだ。
しかしそこで、この酒場にあるような《掲示板》の出番という訳だ。
この掲示版をタップすると、クリアグリーンのウィンドウが現れ、攻略情報や生産情報、依頼など、細かい分類に分けて自由に書き込むことが出来るし、欲しい情報についての書き込みを検索することも出来る。
わたしたちは新しい階層に着いたら、まず掲示板を確認することから始めていた。
掲示板を確認し、アルゴさんお勧めの手帳(はじまりの街南端の路地裏雑貨屋にて発売中)に初見の情報を確認して追加しておく。
基本的にキリュウさんとレイアが攻略系の情報、フィールドやモンスター、ドロップ情報の確認を行い、わたしとネリーが生産系、誰々がどんな性能の武器防具を作って売ってるーとか、お店始めましたーとかを確認する。
ネットの掲示板みたいに、コメントを書き残せる機能もあり、「その情報はウソだー」みたいなコメントの書いてある情報もあるけど、そういうのも一応記録しておく。わたしらは掲示板に書いてある情報をそのまま信じるわけではなく、自分たちでそれをしっかりと確かめて、確実な情報にしてからアルゴさんに報告するのだ。
この掲示板は、別に酒場だけにあるものではなく、ある所には道具屋や宿屋にもある。そして、これらの掲示板は大抵が共有化されていて、一部の書き込みを除いて色んな場所で確認することが出来る。
第一層のときはまだ掲示板という存在を知らなかったけど、あのときはどうやらこれでボス戦の告知をしていたらしい。
「……あ、素材収集の依頼がありますよ」
依頼専用掲示板を見ていたらしいレイアが声をかけてきた。
「へー、珍しいッスね」
掲示板での依頼というと、NPCではなくプレイヤーが依頼人ということになる。でも、今までは生産専門のプレイヤーが少なかったためか、一応掲示板に欄はあるけど、まったくと言っていいほど依頼はなかった。鍛冶スキルを習得しているプレイヤーは基本、武器の修理や強化を中心に行っているので、鍛冶プレイヤー自身が素材を依頼してまで欲するということはそうそうないのだ。
その代わり、なんていう武器防具を売って欲しいとか、一時PT募集などの書き込みはかなり多かった。
「んー、なになに? 『第三層西部の森に生息する《フラッフ・オウル》からドロップする《コットン・フェザー》を最低百個、出来ればそれ以上集めて下さい。報酬は要相談。お請け下さる方は三層主街区西南にある《水梨亭》二階三号室にて詳細をお話致します。』だって。…………って、最低百個!? うーん、ドロップの確率次第じゃかなり時間かかるかもねー」
依頼内容を読みながらネリーが眉を寄せた。確かに百個は一見キツそうだ。
でも、逆にわたしはその依頼に興味が出てきた。
素材の名前からいって、これは武器関係の素材じゃないっぽい。防具、しかも布系のものかもしれない。
わたしたちはあまりゴテゴテした金属製の防具を好まない。見た目的にも重さ的にも。
だから、店売りの布革製の防具を一通り揃えたけど、ハッキリ言って…………こっちも地味でダサい!!
いくら女子が圧倒的に少ないとはいえ、これはあんまりだ。
――生死が懸かってる? そんなこと言ってる場合じゃない? 言われなくてもわかってるッスよ。でも……そんなの関係ぇねえ――ッ!!
《かわいい》は全てに優先する。とわたしのおばあちゃんも言っていた。イヤ、マヂデ。
せめてスカート。出来ればミニスカ求む。野暮ったいレザーパンツはもうこりごりッスよ……。
そんなことを考え出し始めたら、いつのまにか、わたしは三人を説得していた。
――もしかしたら依頼人は裁縫スキル持ちかもしれない。
――防御力高くて、かわいい防具を作ってくれるかもしれないっ。
――今の内に生産職の知り合いを作っておくほうがあとあと便利ジャマイカ!?
ということを次々とぶつけるように三人に言うわたし。
多少強引だった気がしないでもないけど、ちゃんとみんなの合意を得て、この依頼を出した人に会いに行くことになった。
「はじめまして。ぼくは《バート》。……えーと、キミたちが依頼を受けてくれる、ということでいいのかな?」
五分ほど歩いて到着した宿屋《水梨亭》。二階に上がり三号室と書かれたプレートの部屋をノックすると、キリュウさんより頭二つは背の高い大きな体に青いツナギを着た、だけど気の弱そうな印象の糸目のお兄さんが現れた。
中に入れてもらうと、六畳ほどの部屋に丸テーブルと、椅子が四つ置かれていて、更に奥にドアが見える。
バートと名乗るお兄さんは、わたしたちを椅子に座らせて、一人だけ立ちながらわたしたちに名乗ってきた。
「はい。酒場の掲示板を見て来ましたっ」
バートさんの問いにネリーが答える。
そして軽く自己紹介と、依頼をこなせるレベルかを確認してもらってから本題に入ってもらった。
「もう察しが付いているかもしれないけど、ぼく……と、もう一人奥の部屋に居るんだけど、ぼくたちは裁縫スキルを専攻しているんだ。今まではぼくが素材の調達も兼ねていたんだけど、特に仲間が居るわけでもないから、やっぱり一人じゃ限界がきてね。最新の素材を、というとキツくなって来たんだ。そこで、代わりに調達をしてくれる高レベルプレイヤーを探していたんだ」
言いながら少しだけ開いた瞳には、何処か真剣さが滲んでいるような気がした。
「……確か、《フラッフ・オウル》の落とす《コットン・フェザー》を最低百個、ということでしたけど――」
レイアが依頼の内容をバートさんに確認する。
「うん。フラッフ・オウルはレベル8の飛行型モンスターで、レベルとHPはあんまり高くないけど、戦闘が始まると周囲の同種とリンクして攻撃してくるし、なにより普段は手の届かない空を飛んでる。攻撃の瞬間だけしか下りてこないから、投剣スキル以外でこちらの攻撃を当てれるのもその時じゃないとダメだし……まあ、投剣スキルもかなり熟練度が高くないと当てられないかもしれないけど」
目的のモンスターであるフラッフ・オウルの特徴を教えてくれるバートさん。
その最後にボソッと呟いた事について、わたしは訊いた。
「わたしらは全員、投剣スキルって持ってないッスけど、そんなに当たりにくいんスか?」
「当たりにくいのは投剣だけじゃないけどね。何せフラッフ・オウルは…………《夜にしか湧出(POP)しない》んだ」
ザッザッ、と背の高い草を踏みしめる音が響く。
既に周りの木々は闇色に染まり、手に持ったランタンの意外と強い光を頼りに前へと進む。
コットン・フェザー収集依頼を正式に受けることに決めたわたしたちは、日が沈む時間を待って赤焼けの街から外に出た。
ぐねぐねした獣道を進んで、現れるモンスターを蹴散らしながら、目的地である三層西部の森へと向かう。
「でも、バートさんも一緒に来るんですね。てっきりあたしたちだけで行くのかと思ってました」
ふとネリーが一番後ろを歩くバートさんへ振り返って言った。
「うん。最初は任せるつもりだったんだけどね。やっぱり危険の伴うクエストだし、いくらぼくよりレベルが上だからって、年下の君たちだけに行かせるのは、年長者として……ちょっとね」
苦笑しながら頭を掻くバートさん。
バートさんは今、わたしらのPTに入っている。始めはわたしらだけで行く予定だったけど、話をしているうちに一緒に来ることになった。何でもわたしらと同じぐらいの弟妹がいるらしく、放っておけないとかなんとか。
そんなバートさんは、今は青いツナギの上に、ごっつい全身鎧を着て(ヘルメットは流石に外しているが)、これまたごっつい両手斧を肩に担いでいた。
「重たくないんですか?」
わたしも言おうかなと思ったこと――ガチャガチャと金属の擦れる音のする如何にも重そうな様子に、ネリーが訊いた。
「確かに重いけどね。ぼくみたいなプレイヤーは、一人だとこの方が効率が良いんだ」
「そう、なんですか?」
「うん。ここまでの戦いを見てきたけど、キミたちの動きは凄いね。とてもじゃないけど、ぼくにはマネ出来そうにないよ。ぼくは自分のプレイヤースキルに自信が無いからね。だから、重い装備で防御を固めて、同じく重い武器の威力に任せた範囲攻撃で一片に敵を倒す、という方法をとってるんだよ」
そう言って、両手斧を振るような仕草をするバートさん。
あまりにも大振りな攻撃以外は、基本避けるという考えはないそうだ。
今の需要は、堅く防御力のある金属装備が、布や革装備よりも主流らしい。でもそれも頷ける話だ。HPがゼロになれば死んでしまう(かもしれない)のだし、しかもプレイヤーの大半が初心者。
軽いゆえに相手の攻撃を避けやすいがその分ハイリスクの伴う布革装備。
重く動きは遅くなるが確実に防御力が上がる金属装備。
どちらがより初心者向きか、言うまでも無いと思う。なにより、金属の堅いというイメージが安心感も持たせる。
というわけで、布や革装備オンリーのプレイヤーは一部だけらしい。
攻略するでもなく、武器素材を集めるでもなく、布革製防具の素材のみを集めていたというバートさんには、一緒に狩りをするような仲間を見つけることも出来ず、今まで一人で頑張るしかなかったらしい。
「あれ? そういえば、もう一人居るって言ってましたッスけど……その人はどうしたんスか?」
ふと疑問が上がる。まだ姿は見ていないけど、確かにさっき《もう一人居る》と言っていた。
その人に協力してもらえば、一人よりは格段にマシなんではないのか。
そんなわたしの質問に、バートさんは困った顔をした。
「あー……彼女はちょっと……」
「あ、女の人なんですかっ?」
「もしかして、バートさんのイ・イ・ヒ・ト♪ なんスかっ?」
ずずっとわたしとネリーがバートさんに詰め寄る。
なんか、こういう話に反応してしまうのは女の子としてはしょうがない、うん。
バートさんはそんなわたしたちに一歩下がりながら慌てて言ってきた。
「違う違うって、彼女とはそんなんじゃないんだ……っ」
「じゃあじゃあ、どういう関係なんですか?」
現在では珍しい《裁縫職人》でありながら、更に《男女のペア》。でも女の人の方は狩りには行かず、バートさんだけ危険に身を晒しているなんて……っ。
「と、特に面白いことはないんだけどなぁ……」
と言いつつ話し始めるバートさん。
その女の人とは、同じ高校の同級生だったらしい。高校時代はお互い面識はなかったけど、同じ服飾デザイナーの専門学校に入学したことで縁が出来たという。
このSAOにはバートさんの誘いで一緒にプレイしようと思ったらしい。
バートさんは、最近デザインでスランプに陥ってしまったその女の人の気分転換のため、現実じゃ着れないような服装を実際に着れるVRゲームに目を付けた。その中でも話題沸騰の天才プログラマー茅場明彦が一から作り上げたと言うVRMMO《ソードアート・オンライン》。どうせなら一番新しいゲームのほうが、グラフィックとかも他より良いかなと安直に考えたんだそうな。
「でもねー……こんなことになっちゃったし、彼女はああだし……」
「ああ?」
今のバートさんの言葉には、「SAOがデスゲームになった」とは別の理由の何かが含まれているようにわたしは感じた。
そして、その理由を訊こうとしたとき、
「……三人とも、戦い方は覚えてるな?」
ちらりと一瞬、後ろを歩くあたしらを見て、キリュウさんは確認するように言ってきた。
「あ、はいっ、大丈夫です! あたしが《威嚇》で敵を引き付けて――」
「私が《インテンスビート》で敵の動きを止めます」
「そして、わたしが止めの一撃ッスね!」
今回の目的である《コットン・フェザー》。それをドロップする《フラッフ・オウル》は相当厄介なモンスターらしい。
プレイヤーの手の届かない高いところを飛びながら旋回して、攻撃の瞬間だけ急降下してくる。その攻撃を避ける、もしくは受け止めることが出来れば、三秒ほど低い場所をホバリングするという。つまり隙が出来るのだ。
しかし、それだけならばわたしたちでも全然問題は無いけど、更に厄介なのが、《リンクモンスター》だというところだ。これから行くフィールドは、フラッフ・オウルがうじゃうじゃと居る場所らしく、戦う時間が長ければ長いほど、どんどんモンスターが参戦してくる。その方が早く目的を達成出来るかもしれないけど、同時に危険度もグッと上がる。一匹一匹を素早く確実に倒すことが重要となるのだ。その上最大の障害となるのは、バートさんも言っていたように、オウルが出るのは夜八時から朝四時までと、日の光が無い時間帯だ。巨大なプレートが空を覆っていて月明かりや星明かりが無いわりにはそこそこ夜目は利く場所だけど、やはり昼に比べれば見えづらく、格段に攻撃を当てにくい。
とまあ、以上の理由から、わたしたちはそれらに備えて事前に色々と打ち合わせをした。
その中で基本となるのが、今言ったわたしら三人のフォーメーションアタックなのだ。
ネリーの言った《威嚇》とは、自分に対する敵の憎悪値を増幅させ、注意を引き付けるスキルだ。これが結構便利なスキルなのだけど、その分扱いも難しく、アルゴさんに教えてもらってからたくさん練習していた。
レイアの言った《インテンスビート》とは、一時戦闘不能効果の高い鞭スキルの中でも、それに特化したソードスキルらしい。まあ、その分威力はスズメの涙みたいなんだけどね。
で、二人がお膳立てをしてくれる分、わたしは威力重視のソードスキルを思いっきり敵にぶち込めるというわけなのだ。
「…………そろそろだ。三人とも、バートさん、武器を」
自分の武器である両手槍を背中のベルトから外しながら言ってくるキリュウさん。
周りは先ほどから太い木々で覆われ、細かい枝葉を退けながら進んで来たが、事前に渡されたマップ情報によれば、目的地はもう目と鼻の先。わたしらは小声で「はい」と返事をして、各々の武器をとった。
「……居るな。この先の開けた場所にかなりの数の反応がある。気を引き締めていけ」
キリュウさんの声に緊張するわたしたち。
「三人は作戦通りに。バートさんは俺とペアで行きます」
小声で言うキリュウさんに、みんな無言で頷いた。
わたしは剣を持つ手にギュッと力を入れ直して、合図と共に反対の手でランタンを掲げながら闇の先へ歩を進めた。
「…………あ、あれ?」
木々の間を抜けると、かなり大きく開けた場所に出た。
ここが目的地だろうと思うのだけど、正面を扇状に照らすランタンの光に肝心のフラッフ・オウルは一匹も照らされていない。
――あれー居ないよ? どういうこと?
意気込んで来ただけに少し肩透かしを感じてしま――
「チマッ、上だよっ!!」
「っ!?」
ネリーの声に、反射的にランタンを頭上に掲げた。
――うわキモッ!!
自分の約四、五メートル上空の複数の木の枝に、白い影がズラリと並んでいた。
全長一メートル以上はある白いもこもこしたフクロウだ。頭が大きく、ほぼ二頭身。ここまでは良いんだけど、メガネザルのような大きい丸々としたギョロ目が、生理的に「にょわっ」ときてしまう。
「ホルォルォルォォォォ――!!」
光に照らされて怒ったのか、絶妙な巻き舌を披露するように鳴きながら何匹かのオウルが前に倒れ、そのまま重力に従うように急降下してきた。
――やっば!?
呆気に取られたわたしは一瞬固まってしまった。
来ることは解ってるのに、体が動いてくれない。
「――《威嚇》ゥゥ!!」
突如、やたらとエコーのかかった叫び声が聞こえると、わたしに向かって落ちてきていたオウルが急激に方向転換した。
その向かう先は――――ネリー!
「はあっ!」
気合の入った声と同時に、橙色の閃光がネリーを回りこんで飛行中のオウル三匹に連続して当たる。
レイアの鞭スキルだ。
一時戦闘不能効果に優れたスキル攻撃を受けたことにより、推進力を失ったオウルは地面に墜落する。
「チマ! 行っくよー!」
「お、おっけーッス!」
ようやく動き出した不甲斐無い我が体に喝を入れ、オウルに止めを刺すべくネリーに合わせる。
ランタンは放り出すように地面に置き、敵を見据える。狙いは胴体。頭の方がダメージは大きいが、万が一止めを刺せなかった場合に備えて、空に逃げられないように確実に翼を削るためだ。
「りゃぁーっ!!」
片手用直剣二連撃技《バーチカルアーク》。
青いライトエフェクトがV字の軌跡を描き、確実にオウルの翼と体を刻む。
「ホボ……ッ」
その二撃でオウルは、幾百もの無数のポリゴンへと霧散した。
「よしっ」
倒したことを確認して左手でガッツポーズをとるわたし。
オウルの胴体は頭よりダメージを与えにくいって言うけど、正直今のわたしらには関係無い。
そもそもレベルが倍近く違うんだし。何処に攻撃を当てようが、二連撃をまともに喰らわせれば確実に倒せる。
「ちょ、チマ! まだまだ居るって!」
「あ、わ、わかってるッス!」
そうだ。一匹倒して浮かれてる場合じゃない。わたしたちの目標は《コットン・フェザー》百個、最低でも百匹を倒さなきゃいけない。
「もいっちょ、《威嚇》ゥ!!」
「……はいっ!」
ネリーに引き付けられ、レイアに落とされるオウルたち。
わたしは地面に落ちた敵に向かって、思いっきり剣を振り下ろした。
ページ上へ戻る