『八神はやて』は舞い降りた
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第3章 聖剣の影で蠢くもの
第25話 ロストメモリー
前書き
・リメイク前との差異が大きくなっていきます。
「おとうさん、僕の家にはなんでおかあさんがいないの?」
ある日、娘が唐突に尋ねてきた。
幼稚園で何か言われたらしい。
片親ということで、娘には何かと不便をかけている。
もしや、母がいないことで、いじめられたのか。と思い、問いただすも、いじめではないようだった。
純粋に疑問に思っただけのようだ。
「……お母さんはね。とても遠いところにいて、私たちを見守ってくれているんだ」
「それって天国?神様のいるところ?」
神と聞いて、思わず渋面をつくってしまう。
男は熱心なクリスチャンだったが、神の存在には含むところがある。
だが、すぐに娘の前だと思い出して、誤魔化すように笑みを浮かべた。
「そう、だね。神様がいるかはわからないけれど。お母さんのためにお祈りすることは、いいことだよ」
「うん、わかった!でも、僕はおかあさんには会えないの?」
母に会いたいと、半べそをかく娘に、困った顔をする父。
幼い娘にとって、母親がいないことは、つらいことだろう。
少女の母は、彼女を産んだ時に亡くなっている。
どうしようか、と思いつつ、心に浮かんだことを話す。
「お父さんといっしょじゃ、寂しいかい?」
「ううん、そんなことないよ!おとうさんのこと大好きだもん!」
娘の素直な言葉に男は破顔する。
さきほどの泣きそうな顔を一変させ、にこにこと笑みを浮かべている娘をみて、安堵する。
安堵すると同時に、母に会わせてやれないことに、心が痛んだ。
男親だけでは、娘の成長に害があるのではないか。
彼が、常々心配していることだった。
幸い、娘は真っ直ぐに成長してくれた。
「よし。それじゃあ、今日はお母さんのことを話してやろうか」
母を持たない娘に、少しでも母のことを感じてもらおう。
そう思って、男は、昔話を始めたのだった。
「お母さんはね。怪我をした人や病気の人をいっぱい救ってきたんだ。お父さんが大怪我をしたとき、治療してくれたのも、お母さんだったんだ」
「わあ、おかあさんは、お医者さんだったの?」
病気や怪我を治す、と聞いて少女が、最初に思い浮かんだのは、医者だった。
そうだろうな、と思い苦笑する。
「医者とはちょっと違うな。お母さんはね、奇跡の力を持っていたんだ。その力をつかって、大勢の人を救ったんだよ」
「奇跡?」
奇跡、と言われて疑問符を浮かべる少女をみて、どう説明しようかと悩む。
誤魔化すことも考えたが、大切な母との思い出だ。
できる限り嘘を交えることはしたくなかった。
だから、脚色せずに話した。
「そう、この世界には奇跡があるんだ。奇跡を起こす力のことを『神器』と呼ぶ。お母さんも神器を宿していた」
懐かしそうに語る父。
神器?と首をかしげる娘に、すごい力のことだ、と噛み砕いて説明する。
おかあさんはすごい人だったんだね、と目をキラキラさせる姿をみて、心が温かくなる。
「お母さんが宿していたのは、癒しの神器。その名前は――――」
◇
ボク、八神はやては、困惑していた。
「あ、はやてちゃんじゃない!」
振り返ると、そこにいるのは栗毛の少女――紫藤イリナが、気さくに声をかけてくる。
なれなれしい姿に、一瞬腹がたちそうになるが、それよりも疑問符が浮かぶ。
声をかける様子は、明らかに知人にむけるそれだ。
海外生活による欧米流の親しみを込めた挨拶かと思ったが、それも違うようだ。
「あー。えっと。どこかであったかな?」
(どういうことだ?なぜボクを知っている。記憶にないだけで、どこかで会っているのか?)
思わず間抜けな受け答えをしてしまう。
紫藤イリナ――原作ヒロインの一人で、天使陣営に所属している信心深い(深すぎて若干盲目気味な)少女である。
隣の蒼髪に緑のメッシュをいれた少女――ゼノヴィアも同様である。
白いローブの正装を着ていることからも、分かるように、教会の任務でこの地へきている。
彼女たちに与えられた任務は、聖剣エクスカリバーの奪還。
(たしか、紫藤イリナが人工の聖剣使いで、ゼノヴィアは天然の使い手だったか。ゼノヴィアはデュランダルという高性能の剣の使い手でもあったはず)
聖剣エクスカリバー。ブリテンのかの有名なアーサー王が所持したという伝説の剣。
7本に別れ、教会に保管されていた――以前までは。
そのうち3本が、堕天使陣営に盗まれ、この地に持ち込まれているらしい。
そこで、教会から派遣されてきた追跡者が、紫藤イリナとゼノヴィアの二人だ。
彼女たちは、分かたれた聖剣のうち一本ずつ所持・使用可能な実力者である。
(聖剣エクスカリバー、か。紫藤イリナとゼノヴィアの剣からは、以前、強い力を感じられた。7分割されてさえ、あれだけの力。時空管理局なら、喜んでロストロギア認定しそうだな)
一応、悪魔陣営の庇護下にある以上、天使陣営に所属する彼女たちとは、接触を避けてきた。
情報は、リアス・グレモリーたちやサーチャーから、知ってはいた。
が、直接会うのは今回が「はじめて」だった。
しかしながら、なぜ、紫藤イリナは、自分に親しげに声をかけるだろうか。
たしか、彼女は、兵藤一誠の幼馴染だったはずだ。
ボクとの関連性はない。
「ええー!?久しぶりにあった幼名馴染みなのに、酷いじゃない。紫藤イリナ、よ。教会のミサでよく一緒になったじゃない」
教会のミサ……ボクはそんなものに出た覚えはない。
いったい何を言っているんだろう。
必死になって過去を思い出そうとして、マルチタスクをフル活用する。
やや時間が経ち、そういえば、ボクの父は、クリスチャンだったことを思い出す。
なぜ忘れていたのだろう。
思い返してみれば、洗礼こそ受けてはいないものの、父に連れだってよく日曜のミサに出席していた――ような気がする。
父のこと――亡くなったお父さんのことを思い出そうとすると、いまだに胸が痛む。
苦しくて苦しくてどうしようもないのだ。
湧き上がる負の感情を必死に抑えながら、過去を振り返る。
「……覚えていなくて、すまないね。紫藤さん」
「幼稚園のころだしね。忘れていても仕方ない、か。あらためまして、紫藤イリナです。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく。八神はやて、だ。神器の保有者として、いまは、グレモリー家の庇護下にある」
悪魔の庇護下にあると聞いて、眉間にしわを寄せる紫藤イリナ。
「あれ?おじさまは、どうしたの?」
「ああ。いまから説明するよ――」
ズキンと痛む心を落ち着かせようとしながら、父の最期を語る。
語りながら、連鎖的に昔のことが思い浮かぶ
はぐれ悪魔に両親が殺されてからの経緯を説明し終えると、彼女は憤慨した様子だった。
『悪魔ゆるすまじ』と、表情にありありと書かれていて、苦笑してしまう。
「ねえねえ。なら、わたしたち――天使陣営に入らない?強力な神器を保有しているなら、優遇されると思うわよ」
「いや、今の生活が気にいっている。父の思い出があるこの町を離れたくないしね」
「そっか。それなら、仕方ないわね。気が変わったらいつでもいってちょうだい」
天使、ね。ボクは神も魔王も、もはや存在しないことを知っている。
現在の魔王サーゼクス・ルシファーたちも、悪魔側の代表を務めているに過ぎない。
神の不在――これも、原作知識によるものだ。
居もしない神に祈る気にはならない。
――――いや、むしろ神が、存在しているからこそ、敬う気にはなれない
神も天使も存在しているにもかかわらず、世界から悲劇はなくならない。
現に、ボクの父を神は助けてくれなかった。
こじつけかもしれない。
けれど、彼女がいう「神」とは、数ある神話勢力で最大の力をもつ「聖書の神」のことだ。
最大勢力のトップというだけで、数ある神の一柱――いや、一人に過ぎない。
唯一神などと自称しているが、方便にすぎない。
ボクは知っている。
眼の前の少女たち――紫藤イリナとゼノヴィアが神の不在を知り、衝撃を受けることを。
たったそれだけのことで、信仰心が揺らぐことを。
ボクからすれば、存在する神に祈るほうがおかしいというのに。
ちなみに、ゼノヴィアは、紫藤イリナの隣で沈黙を保っている。
――――人間だけが神をもつ
神とは超越者であり、人の理解の及ばぬ存在であるべきだ。
断じて、一派閥の領袖ではない。
この世界では、ボクの考えこそ異端なのかもしれない。
だが、違和感がぬぐえないのは、やはりボクが前世の知識を持つからだろうか。
まあ神学論など学者に任せればいいことだ。
信仰は一人一人異なるのだから、ボクがどうこういうべきではないだろう。
それに――いままさに由々しき問題が発生している。
(ボクは、なぜ紫藤イリナを知らなかった?いくらなんでも覚えていないとは、不自然だ)
彼女によれば、ボクは日曜日を含め、週に1、2度は必ず会う仲だったそうだ。
ボクとの色々な昔話を楽しそうに語ってくれた。
あれこれと考えを巡らす。
クリスチャンだった父は信心深かった。
たしかに、同じ信徒ということで、紫藤家とはそこそこ交流があったようだ。
勝気性格な性格の紫藤イリナに引っ張られながら、遊んだものだろう。
マルチタスクをフルに活用して――ふと気づく。
(昔の記憶がうまく思い出せない……はっきりと思い出せるのは9歳の「あの日」まで)
事件のトラウマから忘れていたのだろうか。
いままで気づかなかったのも、そのトラウマのせいだろうか。
気づいたいまでも、漠然とした記憶しか思い出せない。
全く覚えていないわけではない。
しかし、具体的な思い出になると途端に思い出せなくなる。
父がクリスチャンだったことも、紫藤イリナに問われて、なんとなく思い出したに過ぎない。
「あの日」――父が死んだ9歳の誕生日を境に、記憶がおぼろげになっている。
いや、こうやって思い出そうと思えば思い出すことはできる。
昔の記憶だ、忘れていたとしても仕方ない。
でも、記憶の中の自分を、ボクだと認識できないのだ。
他人の映画を見せられているような感覚に陥る。
これではまるで――――
――――まるで、ボクが9歳の誕生日以前に存在していないかのようだった。
◆
哄笑が鳴り響く。
「そうか、そうだった。ボクは―――――」
嘲笑が場を満たす。
「ほら、助けてやったんだ。ついでに、エクスカリバー2本分の欠片を前払いしよう」
失笑が漏れ出でる。
「お前は、悪魔陣営ではなかったのか?なぜ私に協力する」
微笑が相手を魅了する。
「あなたに聞きたいことがあるのだよ、『コカビエル』さん」
苦笑が噴き出す。
「取引に応じよう――『八神はやて』」
最後に微笑むのは、神か悪魔かそれとも――――
後書き
・癒しの神器。その名前は、ご想像の通りのアレです。なつかしいのもそのせい。
・だんだんHAYATE化していきます。シリアス突入。結末はリメイク前と違います。
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