たすけ
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第六章
第六章
「けれど。あの時はたまたま」
「ああ、たまたまだったな」
「周りが止めてくれて」
親切な人達が止めてくれたのだという。これもやはりよくある話なのだろうがやはり僕はそこにもここに至る縁を感じずにはいられなかった。
「それで戻ったじゃない」
「そうだったな」
「それでもよ」
奥さんはさらに話を続けるのだった。
「私、ずっと思ってたわ」
「俺と別れたかったか」
「そうよ」
そのことをはっきりと三神さんに述べられたのだった。
「いつもいつもね。思っていたわ」
「それは俺もわかっていたさ」
当然三神さんもそれは感じておられたのだった。
「けれど。今は違うんだな」
「ええ」
また泣きそうな顔になられて頷かれたという。
「そうよ。絶対に」
「そうか。俺に死んで欲しくないか」
「今のあんたとは」
今の三神さんとは、というのだった。
「悪いことはしないで真面目に生きているあんたとは絶対に」
「遊びを止めただけなんだがな」
三神さんは奥さんの話を聞いてふと言ったのだった。
「それだけなんだがな」
「それだけでもよ」
奥さんは仰ったという。
「全然違うわ。顔つきだって」
「ああ、それは最近よく言われるな」
これは先の周りの話通りである。
「周りからな」
「それだけで全然違うのよ」
「そういうものか」
「そうよ。真面目に生きているだけで」
奥さんはまた三神さんに言われた。
「それだけで全然違うのよ」
「そういえばそうだな」
そして三神さんも奥さんのお話に頷かれた。
「今。何をしても気持ちが穏やかだ」
「そうなの」
「前は何をしていてもささくれだっていて気が立っていた」
こう言われたという。
「本当にな。ところが今はだ」
「何をしても穏やかなのね」
「そうさ。何をしても何処にいてもな」
このことを僕に言われる三神さんの目は実に澄み切っていた。そしてその澄み切った目で僕に穏やかに話されているのだった。
「そういうことだったんだよ」
「まず暮らしを穏やかにされてですか」
「うん。博打に酒に女に喧嘩に」
この四つを僕にも並べて述べられた。
「どれも過ぎるとね」
「身の破滅といいますね」
「そう。どちらにしろあのまま続けていれば僕はね」
「破滅されていましたか」
「間違いないね」
過去を振り返られながら仰るのだった。仰りながらお茶を一口飲まれていた。
「どのみちね」
「そうですね。そういったことはどれも」
「そう、少しならいいけれど過ぎると身を滅ぼすよ」
「ええ」
僕は博打と喧嘩には一切興味がないがあとの二つについてはよくわかるつもりだった。特に酒に関しては僕自身思い当たるふしが実に多かった。
「その通りですね」
「そう。まずはそれを止めるいい機会だったんだ」
「成程」
三神さんのその言葉に静かに頷いた。
「それにね」
「それに?」
「また一つある為の弾みだったんだろうね」
「弾みですか」
「そう、弾みだったんだ」
お茶を置かれてそのうえで法衣の中で腕を組んで述べられた。
「それはね」
「といいますと」
「ほら、僕にいきなり仏とか言われてもね」
「わからないというのですね」
「その時の僕にはわからなかったね」
そういうことだった。その時の三神さんということだった。
「絶対にね。神も仏も信じていなかったから」
「それを信じられるようになる為だったのですか」
「そしてそれだけじゃなかったんだよ」
まだあったのだという。話は深まっていくばかりだった。
「本当にね。それからがはじまりで」
「はじまりですか」
「うん。そうして心を落ち着かせて」
まずはそれからだったというのである。
「そうして。あと三ヶ月を切って」
「ええ」
思えば時間としてはあまりに短い。話を聞いていてもまず助からないとしか思えない。三神さんはそれでよく己の運命を受け入れられたと思った。
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