魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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As 07 「思いあうが故に」
闇。
俺が今いる場所を一言で表すのなら、この言葉がぴったりだ。かろうじて自分の身体は認識できるが、1メートル先にもなれば完全に黒一色。
見知らぬ空間だというのに、俺は躊躇うことなく歩いていく。周囲が闇だと認識しながらも、視線を様々な方向に向けてしまうのは癖なのだろうか。
『……ん?』
しばらく歩き続けていると、誰かの声が聞こえた気がした。
気のせいかとも思ったが、俺はそれに導かれるように声がしたほうに歩いていく。進んでいくにつれて、耳に届く声の大きさが増してきているため、どうやら気のせいではなかったらしい。
『う……ぐ……』
聞こえてくる声は、苦しみに耐えているように聞こえる。それが分かった俺は、無意識に走り始めていた。距離が縮まっていることを証明するかのように、聞こえる声が鮮明になってくる。それに同時に、前方にわずかだが明るい場所が見えてきた。
『なっ……』
思わず声が漏れた。
俺の視界に、はやてが不気味な色の茨に巻きつかれた状態で映っている。彼女の顔は苦痛で歪み、巻きついている茨は徐々にだが確実に力を強めているように見える。
――はやて!
少女の名前を呼ぼうとしたはずなのに、俺の声は発せられなかった。先ほどまでは問題なかったというのに。
『ぐ……う……ああぁぁ!』
はやては一際大きな声を発した。彼女の感じている痛みを、彼女の目に溜まっている涙と殺すことができなかった声が物語っている。
はやてが苦しんでいる。それなのに俺は、声もかけてやることができずに見ていることしかできない。
ふとはやてと視線が重なる。
声を発することができないほどの苦痛に苛まれているのか、彼女は視線で訴えてくるだけだ。彼女の視線は「助けて……」と言っているように思える。
動こうとしない身体を必死に命令する。それによってどうにか腕が伸び始めた――その矢先、俺の手と彼女との距離は遠ざかり始めた。一瞬何が起きたのか理解できなかったが、俺が彼女から離れて行っているようだ。いや、落下して行っているといったほうが正しい。
『は…………はやてぇぇぇぇッ!』
彼女を助けたいという思いを打ち砕かんばかりに、俺の身体は加速していき闇の底へと向かい続ける。涙を浮かべて助けを求める彼女を俺は助けることができなかった。
「……ッ!」
突如、白い世界が広がったかと思うと視界が上にスライドしていく。
「っ……」
反射的に身体を動かしたことで頭を打つことはなかった。本来なら嫌な思いをしたと思うところなのだろうが、今においてはありがたかった。痛みを感じたことで先ほどの光景が夢だったことを理解することができたからだ。
「……何であんな夢を見るんだ」
と起き上がりながら呟いたが、すでに答えには見当がついていた。
俺は無限書庫で闇の書に関連する情報を集めていた。情報が膨大であるが、専門家とも言えるユーノの協力によって、比較的スムーズに闇の書に関する情報は発見できた。
だけど……俺のほしいものは今のところ見つかっていない。
現在分かっている情報は、闇の書が元々は主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた収集蓄積型の巨大ストレージ《夜天の魔導書》だということ。闇の書に変わったのは、歴代の持ち主の何人かがプログラムを改変したためだと思われる。
完成後は、持ち主が闇の書の意志――管制人格《マスタープログラム》と融合することで、闇の書に蓄えられた膨大な魔力データの魔力を行使できる。当然蒐集した対象の魔法も使え、莫大な魔力がある分オリジナルを上回る威力を生み出す可能性もある。おまけにサポートも闇の書の意志が行ってくれるらしい。
古代の遺産だけあって凄まじいよな……。
でも……巨大な力を手にしたであろう主達が歴史に残るような事件を起こしている事例がない。無論、完成後の話であり、完成前のことは事件として記録が残っている。
リンディさんは、11年前は闇の書は暴走したと言っていた。そしてシグナムは、闇の書に内蔵されている自立防衛プログラムが暴走していると言っていた。
これまでに分かっている情報から導き出される答えは……所有者に選ばれ、蒐集によって魔導書を完成させたとしても管制プログラム・防衛プログラム双方から主として認められなければ真の主としては認められない。
また防衛プログラムが何らかの理由で破損している。これによって暴走が起こり、主の身体を蝕んでいる。加えて、封印したとしても11年前の事例のようなことが起こっているのではないだろうか。
この推測が正しかったとすると、防衛プログラムを修復しないまま闇の書が完成してしまうと破滅の未来しかない。
だが魔力蒐集をしなければはやての身体が蝕まれ、彼女の死が早くなってしまう。ロストロギアのプログラムを修復する手段がすぐに見つかる可能性は極めて低いため、蒐集をやめるわけには……。
「…………でも」
完成してしまえば、どちらにせよ同じ結果を迎えてしまう可能性がある。いや、破壊する力の暴走があるためこちらのほうが悪い。考えたくはないが、もしはやての未来がひとつしかないとしたら……。
考えようとした矢先、部屋の扉が開く音がした。視線を向けると、はやてとシャマルの姿が視界に映る。俺の存在を認識したふたりは、笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「ショウくん、来てるなら来てるって言うてくれればええのに」
「部屋にいなかったのにどう言えと?」
「ほんと真面目さんやな。挨拶みたいなもんなんやからスルーしてくれたらええのに」
スルーしたならば、何で返事を返さないんだと膨れるはずだ。即座に返事を返そうと思ったが、シャマルがはやてを車椅子からベッドの上に移しているところだったので、それが終わるのを待ってから返すことにした。
「お前、返事を返さなかったら膨れるだろ」
「それくらいで膨れたりせんよ。わたし、ショウくんよりもお姉さんやで」
「そうか……じゃあこれはお前にじゃなくてヴィータにやろう」
持ってきていた手作りのお菓子をはやてにではなくシャマルに差し出す。するとはやては、ころりと表情を変えて制止の声をかけてきた。
「ちょっと待って。ヴィータにあげるんはええけど、少なからずわたしにも食べる権利はあると思うんよ」
「お前はお姉さんなんだろ。普通は譲るんじゃないのか?」
「お姉さんでもまだまだ子供やもん。それに誕生日はわたしのほうが早いけど、ショウくんのほうがしっかりしてる。やからお兄ちゃん、わたしにちょうだい」
普段よりも甘ったれた声で言ってくる彼女に呆れたものの、これまでと変わらない様子に安心する。
はやてにお菓子を渡そうとすると、笑い声が聞こえた。声の主はシャマル。俺とはやてを見ながら穏やかな笑みを浮かべている。
「どうかしたん?」
「いえ、何でもありません。ただはやてちゃんとショウくんは本当に仲が良いんだなぁと思って」
「友達だから当然や。なぁショウくん?」
「ああ……お前は俺にとって大切な奴だよ」
そうでないならこんな苦しさを今感じていない。いや、はやてと知り合えたからこそ今の俺がいるんだ。彼女と知り合えなかったことなど考えられない。
どんなに苦しくても……俺ははやてを助ける手段を探すのをやめない。時間がある限り、可能性がある限りは諦めるものか。もう誰かを失うのはごめんだ。
「ちょっ、真顔でそう言うこと言わんでよ。恥ずかしいやん……」
「ふふ。はやてちゃんが退院したら別の意味でもお祝いします?」
「だからわたしらはそういうんやないって! もう……ショウくんのせいで、またシャマルのスイッチが入ってもうたやん」
わざとらしく唇を尖らせるはやてに、俺やシャマルは笑うばかりだ。少しの間、彼女の機嫌が悪い感じだったが、何事もなかったようにいつもの表情に戻り話し始める。
先ほどまで病室にいなかったのは、最近親しくなった友達に電話をしていたらしい。
「へえ……」
「あれ? もしかしてショウくん、やきもち焼いてる?」
「別にやきもちなんか焼いてないよ。友達ができるのは良いことなんだから……はやて、その顔は何だよ?」
「ショウくんからそういう言葉が出るとは意外や思っただけや」
「一般的な意味で言っただけだろ。……確かに俺は、お前と違って人付き合い苦手だけど」
正確に言えば、人付き合いもあるが他人との距離感を縮めるのが苦手だ。高町達のように積極的に来る子には、どうしても反射的に距離を取ろうとしてしまう。
相手に失礼だとは理解しているのだが……両親の死などを簡単に言うのも躊躇われる。俺自身の心の傷に影響があるのも理由だが、心優しいあの子達は確実と言っていいほど自分を責めるだろう。自分のことで他人にそういう思いをさせたくない。
などと思う一方で、やはり俺は自分勝手なのかもしれないと思った。俺は彼女達とはやてのように深く付き合ってるわけではない。自分の予想とは違う展開になる可能性だって充分にあるのだ。それを理解しつつも行動に起こせないのは、自分が傷つきたくないからなのだろう。
――でも、今はあの子達とのことよりも優先すべきことがある。残されている時間もあまりない。はやてのためなら、進んであの子達との関係だろうと犠牲にしてやる。
「冗談やからいじけんで。可愛い顔が台無し……いや、いじけた顔も可愛いかもしれんな」
「……ん、あぁそうかもな。……何で驚いてるんだよ?」
「いやだって……ショウくんが自分の顔を可愛いって認めたから。今までは否定してたのに……」
はやて相手に適当に返事をしてしまったのはミスだった。早急にリカバリーしなければ、ここからの会話および今後の会話で面倒なことが起こりかねない。
「否定しても効果がなかったからな……それに俺も小学生。年上からそういう風に見られるのも事実だからな」
「まあそうやろうね。でもわたしはショウくんのこと可愛いと思うで。お嫁さんにほしいし」
「……今日のはやてちゃんは大胆です」
「嫁って部分にツッコむところだと思うんだけど」
このふたりは俺の性格を何だと思っているのだろうか。これまでに女の子に間違われたことなんて一度もないのだが……。
不満を抱いたりしつつも、他愛のない会話は続いていく。はやてとの会話は普段よりも口数が多くなるため、すぐに喉が渇く。一旦飲み物を買いに行こうかと考えた矢先、それを察したかのようにシャマルが口を開いた。
「たくさん話しましたし、喉が渇いたんじゃないですか?」
「確かに乾いてきたかな」
「俺も」
「じゃあ買ってきますね。しばらくの間、おふたりでごゆっくり」
意味深な口調と顔のシャマルに俺とはやては似た表情を浮かべた。なぜこれまでに何度も否定してきたというのに、信じてくれないのだろう。一般的に考えて俺とはやても、まだそういう年頃ではないはずなのに。
部屋を出ようとしたシャマルだったが、何か思い出したようでこちらに戻ってきた。その理由は、俺とはやてが何を飲むか聞いてなかったからだ。こういう抜けているところもあってか、彼女のことを恨むことができないのかもしれない。
再度部屋を出て行こうとするシャマルに、俺は忘れないうちに言っておこうと思って念話を送った。まだ会話できる距離だったこともあって驚いたのか、一瞬彼女の身体が揺れた。だが彼女はこちらを振り返ることなく病室から出て行った。
〔どうしたの? 飲み物の変更?〕
〔いや……シグナムと直接会って話したいことがあるんだ。できればシャマルにも同席してもらって。今の状況に悪いとは思うんだけど、できるだけ早く……〕
〔……分かったわ。私ははやてちゃんの容体とかで厳しいかもしれないけどが、シグナムとは会えるようにするわ〕
〔……自分で頼んでおいてなんだけど、あっさり了承してくれるんだな〕
〔大切な用件だということは分かるからね。それにショウくんがどれだけはやてちゃんのことを大事に思っているかは知ってるから〕
〔そっか……ありがとう〕
〔礼を言うのはこっちのほうよ。さっそくシグナム達と話し合うから、はやてちゃんとの会話に集中してて〕
念話での会話を終えて意識をはやてだけに向けると、ふと彼女が微妙な表情になっていることに気が付いた。
長い付き合いじゃないと気が付かないくらいの微々たる変化だ。だが気が付いた以上、きちんと問いかけるべきだろう。
「どうかしたのか?」
「ううん、別に何でもないよ」
「何でもないってことはないだろ。……もしかしてシャマル達じゃなくて、俺に言いにくいことだったりするか?」
はやてはそっと視線を逸らした。どうやら当たっているらしい。
俺に言いにくいことであるならば、これ以上追求することはできない。シャマルに任せることにしよう、と思ったのだが、はやては意を決したようにこちらに視線を戻した。
「ショウくんの言うように言いにくいことなんやけど……正直に言う。しばらくお見舞い来るのやめてくれへん?」
予想もしていなかった拒絶の言葉。必死に不安や焦りに耐えていた心が悲鳴を上げた気がした。もしも立っている状態だったならば、あまりもの衝撃に倒れていたかもしれない。
「あっ、決してショウくんのことが嫌いになったとかやないから」
「なら……何で?」
「……ショウくん、最近疲れとるやろ」
「別に疲れてなんか……」
「嘘。さっき適当に返事を返してたやんか」
咄嗟に反論しようとするが、事実だけに言葉が見つからない。これまでに何度かあったならば誤魔化すこともできたのだが、あいにく適当に返事をしたのは今回が初めて。誤魔化しようがない。
「それに顔だって日に日に疲れていっとるように見える」
「それは……」
「別に何をしてるのかは聞かんよ。ショウくんにはショウくんのしたいことがあるやろうから。でもな、これだけは言っておきたいんよ。わたしはショウくんが好きや。だから無理して毎日見舞いに来なくてええ。たまに元気な顔を見せてくれるだけで充分なんよ」
悲しそうな、自分のことを責めているような顔をはやては浮かべている。彼女にこんな顔をさせているのは、他の誰でもない俺だ。
はやてを笑顔にしたかったはずなのに……
「やから……しばらくきちんと休んで」
「……分かった」
後書き
はやてのために闇の書について調べるショウであったが、必要としているデータは見つからない。それが不安や焦りを生み、彼の体力を確実に奪っていた。
ショウの元気がなくなっていくのを感じ取っていたはやては、彼に見舞いに来ないように告げる。はやてが自分のことを責めていると感じたショウは、自分のせいで彼女を苦しめるのなら会わないほうがいいと提案を承諾。
その数日後、ショウはシグナムと密かに会合する。
次回 As 08 「届かぬ想い、折れる刃」
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