魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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As 06 「大切な少女」
襲撃後、リンディさんから闇の書についての説明があった。聞いた話では、かつてのシグナム達は今の彼女達とは違っていたらしい。
事態の変化に伴って、リンディさんは休暇を返上。高町やテスタロッサは管理局に協力することも決めた。俺も高町達と同様に協力することを決めたが、闇の書について調べたかったために要請のないときは情報収集をしたいことを伝えた。
クロノに話した結果、全ての要求は通った。
情報収集の件が通ったのは、シグナム達がこれまでと違う点があること。俺がまだ蒐集されていないため、闇の書の完成を防ぐ為あまり現場に出したくないというのが理由だと思われる。
事件に本格的に関わることになったため、シュテルに何か言われるかと思ったのだが、彼女は顔色ひとつ変えずに「仕方がありませんね」という風に素っ気無い反応をするだけだった。
そんなシュテルに違和感を覚えないわけでもなかったのだが、明日から本格的に動くことができる。これから忙しくなるのは明白。戦闘にはほぼ参加していなかったのだが、思っている以上に疲労していたのか、俺はベッドに入るとすぐに眠りについた。
翌日の放課後。
これから情報収集をしに行こうと思っていた矢先、ケータイに着信があった。画面を見てみると、どうやら公衆電話からかかってきているようだった。
俺の番号を知っているのはごくわずかな人間だけ。公衆電話からかけるとすれば、おそらく八神家くらいだろう。
シグナム達は魔力蒐集を行っていることに加え、今はできる限り距離を置いている状態。そのため電話をかけているのははやてだろうと推測した。
しかし、聞こえてきたのは重々しい雰囲気の低いシャマルの声。彼女から発せられた言葉は、簡潔に言えばはやてが倒れて今は病院にいるということだった。気が付けば俺は、通話したままの状態で走り始めていた。
「はやて!」
病室の扉を開けるの同時に彼女の名前を呼んだ。大声を出してはいけないと分かっていたのだが、病室に来るまでに溜まりに溜まった感情が爆発してしまったらしい。
病室のベッドにははやて。彼女の周りにはヴォルケンリッター達の姿があった。大きな声を出してしまったこともあり、全員の視線がこちらに向いている。
息切れしている状態だったが、それに構うことなくベッドの方に近づく。ベッドにいるはやてから笑顔を向けられる――ことはなく睨まれてしまった。
「ショウくん、病院で騒がしくしたらあかんやろ」
彼女は姉か母親のように小言を言い始めてしまった。睨まれたことで動揺してしまっていたが、彼女らしい行動に内心ほっとした。小言を聞きながら視線でシグナム達に問いかけると、今は問題ないといった視線を返される。
「ちょっとショウくん、わたしの話ちゃんと聞いとる?」
「ああ、聞いてるよ。……無事でよかった」
安心したことで力が抜けたのか、言い終わるのと同時に身体がふらついた。シグナムはすぐに気が付いたようで、俺の身体を支えてくれた。はやてが先ほどまでと表情を一変させて、こちらに話しかけてくる。
「ちょっ、大丈夫?」
「大丈夫。シグナム、ありがとう」
「気にするな……本当に大丈夫なのか?」
「ここまでずっと走ってきたから……安心して力が抜けただけだよ」
自分の力だけで立とうと足に力を込めるのだが、上手く立てない。報告を聞いてから極度の緊張状態だったのか、腰が抜けているに近い状態になってしまったのかもしれない。シグナムはそれを察したのか、ベッドの上に座らせてくれた。
「……ショウくん、ごめんな」
「別にはやてが謝ることじゃないだろ。俺がもっと運動しとけば、こんなことにもなってないだろうし」
「そうだな。私がみっちり鍛えてやろう」
シグナムの発言でシャマルやヴィータが会話に参加し、場の空気は和んだ。だがはやての顔には、まだ罪悪感の色が見える。
そんなはやてに話しかけようと思ったのだが、会話の流れや明るくなり始めた雰囲気に水を差すことになる。それにシグナムから念話が送られてきたため、完全にタイミングを逃してしまった。
〔夜月、お前に言っておきたいことがある。ただ私が何を言っても顔には出すな〕
〔……分かった〕
〔分かっているとは思うが、主はやてが倒れたのには闇の書が関係している。もっと詳しく言えば、闇の書に内臓されている自動防衛プログラムの暴走が主の身体を蝕んでいるのだ。それが原因で神経が麻痺していっている。このままでは……〕
はやて達と会話をしながらも、シグナムとの念話は続く。闇の書に関することを次々と明かすあたり、事態は想像していた以上に深刻のようだ。
〔……その侵食を止めるために魔力を集めているんだよな?〕
〔ああ〕
〔だったら……〕
〔我らもそう思っていた。だが……侵食の速度が上がっているらしい〕
今の言葉が意味するのは、はやての死が早まっているということ。そう理解したとき、強烈な負の感情が胸の中に溢れ始めた。不快感で表情が崩れそうになるのを必死に堪えたり、はやてから顔が見えない位置に移動して誤魔化す。
〔お前の方は何か方法は見つかったか?〕
〔いや……今日から管理局の無限書庫を使っていいことになってたんだが〕
〔そうか……すまない〕
〔謝らなくていいよ。誰が悪いわけでもない……〕
冷静に返事はできているものの、焦りは刻一刻と増して行っている。
無限書庫にある情報はその名が示すとおり膨大だ。その中から闇の書に関するものを探すだけでも時間がかかる。そこからさらにはやてを救う術を見つける、または考えるとなると時間が足りるか分からない。
俺の考えていることの想像がついたのか、シグナムの声が柔らかいものに変わる。
〔あまり気にしないようにな〕
〔ああ……だけど〕
〔元々お前の道は我らの道よりも困難だ。見つけるのが遅れても、見つけられなかったとしても文句をいう奴はいない。そもそも、方法があるのかどうかすら分からんのだからな〕
シグナムの言葉には救われる気分でもあったが、残酷な現実を突きつけられているような気分でもあった。だが、だからといって何もしないまま過ごすなんて選択をするつもりはない。何もせずに最悪の未来を迎えてしまったら、俺は自分のことを許せないからだ。
〔それと言うのが遅くなったが、主はこれからしばらく入院することになった〕
〔そう……か〕
〔我らはこれまで以上に蒐集に忙しくなる〕
〔……全員動くのか?〕
〔いや、主の世話のためにシャマルは残る〕
それを聞いて安心した。
シャマルがいるのならはやてがひとりになることはない。彼女は人に心配されるとすぐに、大丈夫や平気と言う。
だが本当は不安だったり、寂しがっている。はやては孤独を知っているために、繋がりが切れることを恐れて本音を言えないから。
これは俺が同じ傷を持っていて、長い付き合いだから分かることだ。だからまだ付き合いの短いシグナム達では、はやての表情の裏まではまだ読み取れないかもしれない。
溜め込みすぎると精神的に参ってしまい、身体にも悪いはず。シグナム達の分まで、俺がはやてと話して発散させてやらなければ。
〔だが……お前に頼みがある〕
〔言われなくても、できるだけここに顔を出すよ。それとよほどのことがない限り、俺は現場には出ないことになってる〕
〔そうか……主のことを頼む〕
それを最後に、シャマル以外の騎士達ははやてに一言挨拶をして病室から出て行った。はやての前では落ち着いてるように振舞っていたが、一秒でも無駄には出来ないと思っているはずだ。
病室には俺にはやて、シャマルがいる状態になった。だがシャマルは気を利かせたのか、シグナム達と落ち着いた状態で詰めたい話でもあったのか、飲み物を買い行くと言って出て行ってしまう。病室は沈黙に包まれた――のもつかの間、はやてが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。
「ショウくん……ほんまごめんな」
「ん? あぁ、別に気にしなくていい」
「でも……」
「でもじゃない」
少し強めの声で遮り、彼女の傍へと移動する。
はやては俺が怒ったともで思ったのか、こちらの顔色を窺うように見ている。俺は出来る限り笑顔と柔らかな声色を意識して話しかけた。
「なぁはやて。これまでにもお前は俺に迷惑をかけてきたし、俺もお前に迷惑をかけてきたよな?」
「それは……まあ、そうやな」
「その中でさ、お前は俺のこと嫌いになったか?」
「嫌いになるわけないやん。そもそも……迷惑かけた回数が違うやろ。……ショウくんの方こそ、わたしのこと嫌いになったことあるんやない?」
ふたりっきりになったからか、先ほどと違って弱気というかマイナス方向の発言をしてきた。
一般的にはネガティブになっていて悪いと思うかもしれないが、本音を隠してしまう彼女にはプラスだろうとマイナスだろうと言葉にさせることが大事だろう。
「ない」
「本当に?」
「本当に」
「……こういう状況やからって嘘ついたりしてへん?」
「今日はえらく弱気っていうかネガティブだな」
はやてが隣に来てほしそうだったこともあって、俺は笑顔を浮かべながら返事を返すと彼女の隣に座った。すると彼女は俺の肩に頭を乗せながら寄りかかってくる。これまでならば、重いなどと言って適当な会話が始まっていただろう。
シグナム達の前では笑ってたけど、本当は不安なんだよな。そのうえ入院するから、ひとりでいる時間が多くなる。こうやって甘えてきてるのも、寂しいからだろうな。
そう思う一方で、はやては強い子だと思った。我侭というか本音が言えない性格をしているのもあるが、そうだとしても今のような状況で心配をかけたくないからと笑ったり普通はできない。もし俺が彼女の立場だったならば、周囲に八つ当たりをしているかもしれない。
はやてに対して愛おしさや尊敬を抱いた俺は、彼女が自分から離れるまで現状のまま会話をすることにした。
「……手、握るか?」
「……うん」
はやての手の上にかざすと、彼女はそっと握る。彼女の握る力や位置が原因で微妙な感覚を覚えてしまった俺は、位置だけでも変えようと手を動かそうとした。それを手を放すと勘違いしたのか、彼女は握る力を強める。
手から伝わってくる力の強さがはやての気持ちを代弁しているようだった。俺は彼女と同じくらいの強さで握り返す。
「……できるだけ会いに来るから」
「ありがとう……でも、わたしは平気や」
「そっか。でも……俺が会いたいんだ。ダメか?」
「ううん…………ダメや……ないよ」
はやてが言い終わっても返事をしなかった。その変わりに取った行動は、すすり泣き始めた彼女の顔を見ないようにしながら握る力を強めた彼女の手を握り返すだけ。
「……ごめん……ごめんな」
「何に謝ってるんだよ?」
「だって……わたし……」
「いいんだ……迷惑かけていいんだよ」
はやては辛いことや苦しいことを、何でもかんでもひとりで抱え込もうとする。人に迷惑になることはなおさら……。抱え込んでしまわれるよりも、迷惑なことだろうと言ってほしい。それは俺だけでなくシグナム達も望んでいるはずだ。
「俺はお前のことを絶対に嫌いになったりしない。それはシグナム達もきっと同じだよ。……なぁはやて、前にも言ったけどもっと素直になってもいいんじゃないか?」
はやては返事を返してこない。だがそれで構わない。彼女は今泣いており、俺にはまだ続けて言いたいことがあるのだから。
声を殺して泣いている彼女の頭を撫でながら、俺は続きを言い始める。
「シグナム達はもう家族だろ。家族ってさ……迷惑をかけたり、かけられたりするものだと思うんだ。もちろん、いきなりは無理だと思う。けどさ、あいつらだってお前に甘えてほしいって思ってると思うんだ。だから……」
「……そうかもしれんけど、そうじゃないかもしれんやん。ショウくんはわたしと同じ傷がある。やからわたしのことを分かってくれるのは分かるよ。でも……シグナム達のことは」
「分かるよ。俺はお前の家族じゃないけど……お前にはもっと甘えてほしいって思ってる。それにシグナム達に負けないくらい……俺はお前が好きだ」
だから死なないでくれ……いや、死なせたりしない。お前の笑った顔も泣いた顔も、これから何度だって見ていく。少しの間だけ我慢してくれ。時間内にお前を救う方法を見つけてみせるから。
後書き
一本の電話はショウをひどく動揺させるものだったが、改めてはやてを救いたいと決意するきっかけにもなった。
だが、ショウの思いを打ち砕くかのように主を救う術は見つからない。それによって生まれた不安や焦りが、互いを思いあうふたりの関係に亀裂を生み始める。
次回 As 07 「思いあうが故に」
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