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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集

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主人と犬

 
前書き
オーベルシュタインが愛犬に語りかけるひとコマ。とても短いSSです。彼にだって迷いや弱さがあったのでは、というお話。 

 
「これで、良かったのだろうか」
書斎の小さなソファに身を沈めて、オーベルシュタインは小さく独りごちた。
ヴェスターラントを犠牲にするのは、やむを得ない仕儀である。主君から最大の腹心を遠ざけるのも、未だ組織として脆弱な帝国にとっては必要な処置である。――マキャヴェリズムの観点から見れば。
未熟さと危うさと、そして気高さを持つ主君に代わって、大きな闇を全て、己の肩に乗せて行くのだと、とうに決めていたのだ。
赤ワインを静かにグラスへ注ぐ。ボトルを持つ右手が小刻みに震える。

この震えは、迷いなのか。
迷いは、弱さだ。

ふっと、生暖かいものが膝に触れた。この春に奇妙な縁で我が家の一員となった老犬が、主人の左膝にその痩せた顎を乗せていた。
「どうした」
訝しげに老犬の顔を覗くと、老犬は左右にゆっくりと尾を振った。そっと顎を撫でてやると、みるみるうちにその目は細くなっていった。ふと、その衝動に駆られて、オーベルシュタインは目の前の犬を抱き上げた。もっと抵抗を受けると予想していたが、老犬は思いのほか無抵抗に主人の腕の中に収まった。
「私は、間違っておらぬだろうか」
老犬は答えない。ただ、胸に感じる温もりだけが、互いの存在を認めているように思えた。

温かい。
ただ、それだけなのだ。
私が欲し、得られるものは。

「もしも私が道を誤った時には、お前が私を諫めてくれるな」
クンと鼻を鳴らして、ただ一度主人の手を舐めると、老犬は我関せずといった顔で船を漕ぎ始めた。オーベルシュタインはぎゅっと老犬をかき抱いて、その胸に温もりを刻んだ。

ただ、温かい。
その感触だけが、オーベルシュタインの拠り所であった。

「拾われたのは、どちらであったのだろうな」
オーベルシュタインは小さく笑って、老犬のあどけない寝顔に優しく唇を落とした。主人の腕に包まれて、老犬は心地良さげに寝息を立て始める。
老犬もまた、その温もりだけを求め、満足しているのかもしれない。
主人と老犬は、その温度を時折確認するために、共に時を過ごしているのかもしれなかった。


(Ende)
 
 

 
後書き
ご読了ありがとうございました。 
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