真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第124話 董卓上洛
洛陽宮廷——————
張譲を誅殺した董卓軍は皇帝・劉弁と陳留王・劉協を保護すると皇帝を奉じ洛陽に上洛した。董卓軍は上洛の途に付く前に宮廷を襲撃した麗羽捕縛のため張遼に騎兵二千を与え追手を放っていた。現在、董卓軍は皇帝護衛を名目に宮廷内に兵五千、洛外には兵二万を駐屯させていた。この行為が中央の文武百官の反発を受けた。とりわけ禁軍の兵士達の間には「何故涼州人如きの風下に立たねばならない」と董卓軍への不満が蔓延していた。ただ、董卓軍の兵力に気後れし表向きは恭順の意をしているようだった。
司隷州・兗州の州境某所——————
辺りに立ちこめていた朝靄が晴れた。長閑な風景の中に周囲と溶け込まない異質な集団が目を引いた。『張』の牙門旗がはためかせる騎兵二千だ。彼らは行軍せず平原の広がる中にそびえ立つ大木を中心に周囲を哨戒していた。
「張将軍、東の方角に馬蹄の後が続いてることを確認しました。状況からしてこの辺りを立って四、八刻位ではないかと」
張将軍と呼ばれた女性に彼女の側近と追われる兵士が言った。彼女は賈詡の命で麗羽捕縛ために派遣された張遼で、彼女は胸にサラシを巻き着流しをきて袴という出で立ちだった。
「まだ温かい。そんくらいやろな」
張遼は焚き火の後を指で弄りながら言った。彼女は手に着いた灰を叩き除けながら考え込んだ。
「いかがなされます」
「そりゃ追うに決まっているやろ。やっと追いつけそうやな。ウチ等も直ぐ後を追う。ここらで袁本初を捉える!」
張遼は側近に笑みを浮かべ、部下達を鼓舞するように声をかけた。
麗羽達は董卓軍の追手から逃れていた。幾度となく董卓軍の放たれた斥候の目を搔い潜り兗州まで辿り着いた。麗羽達の馬は涼州産の駿馬だったが、この強行軍のせいで限界まできていた。途中、危険を承知で馬と食料の調達を行い行軍を続けた。そして、とうとう董卓軍に補足され麗羽達が馬を進める場所より西に数百里の地点まで迫っていた。董卓軍の猛追に最初に気づいたのは桂花だった。桂花は一つの策を提案した。援軍として向っている劉正礼軍に麗羽が合流するまでの時間稼ぎとして鈴々達と残りの兵を殿としてこの場に置くというものだった。この策は正に鈴々達を捨て石にするに等しい策だった。麗羽はこの策を即座に却下した。
「駄目ですわ!」
「何を仰っているのです。もう手はありません。援軍と合流できれば麗羽様のお命は助かります」
「鈴々さん達を捨て石にして逃げ切れるのですか? 自分の命惜しさに家臣を捨て石にしたなどと末代の恥ですわ」
麗羽は桂花の言葉に激昂し桂花の顔を睨みつけた。しかし、桂花は麗羽の睨みは一身に受けようと微動だにしなかった。
「君主は惨めであろうと家臣のために生き残らなければなりません。何進様がお隠れになったおりどのような事態に陥ったか分かっていますでしょう? 主君が倒れれば、それに付き従う家臣の命と其の家族の生活が全て崩壊するのです。貴方様の肩にはそれ程に大きいものを抱えておいでなのです。自分の想いをお捨てください」
麗羽は桂花の厳しい言葉に沈黙した。その沈黙の時間を破ったのは鈴々だった。鈴々は何もないように快活な笑みを浮かべ言った。
「麗羽お姉ちゃん、逃げてなのだ」
「鈴々さん、分かっていますの!?」
麗羽は鈴々の言葉に動揺した。
「分かっているのだ」
鈴々は覚悟決めた表情で麗羽を見つめた。
「姫、後のことはまかせました」
「麗羽様、私達が時間を稼ぎます。桂花さん、麗羽様のこと頼みました」
「麗羽お姉ちゃん、正宗お兄ちゃんの援軍が来るまで踏ん張ってみせるから安心してほしいのだ」
鈴々、猪々子、斗詩は武器を握り馬を翻して、迫る敵軍に向っていった。その後ろを味方の騎兵達が着いていてく。
「あなた達、お待ちなさい!!」
麗羽が鈴々達を追おうと馬を走らせるのは阻むように桂花が両腕を思いっきりに広げ制止した。桂花は黙して何も関わらず、ただ麗羽の顔を哀しみを必死に堪えた表情で見つめた。
「鈴々さん、猪々子さん、斗詩さん、みなさん」
麗羽は瞳を潤ませ、唇を噛み締め体を震わせていた。彼女は利き腕の右手を強く握り絞めていた。
「麗羽様、皆の気持ちを無駄にしてはいけません」
桂花は麗羽に対して声をかけた。
「分かっていますわ。ここで逃げなければ皆さんの気持ちを無駄にしてしまう・・・・・・。私は自分の無力さが憎い。憎くてたまらない」
麗羽は俯きに暫し感傷に浸るも鈴々達の去っていた方向に背を向け馬を駆け出した。馬を走らせる麗羽の表情は既に悲しみはなかった。彼女の瞳は強い光を帯びていた。その光は「必ず生き残る」という生への渇望を感じさせるものだった。
「皆さん、冀州で待っていますわ! 桂花さん、行きますわよ」
桂花は麗羽の言葉に返事せず強く頷くと麗羽の後を追った。
麗羽と桂花は馬を走らせた。実際には数刻程度として経過していなかったが二人には凄く長い時間のように感じていただろう。そして、鈴々達を残した方角のほうから追手の騎兵が迫ってきていた。麗羽は鈴々達は死んだのではと心を抉られたよう表情をするも直ぐに表情を戻し馬を必死に走らせた。
麗羽は前方に砂塵を発見した。彼女の向う先から勢いよく騎兵達が駆けている。前方から迫る騎兵達との間合いは凄い早さで埋まって行く。彼らの馬は良馬であることは間違いない。麗羽は安堵した。あれは自分の夫の軍に違いないと。
「あ、あれは味方でなくて」
麗羽は隣を走る桂花に声をかける。桂花は確信を持ったように頷いた。友軍と思われる騎兵数百騎は麗羽の横を勢い良く駆け抜けて後塵に迫る董卓軍に襲いかかった。彼らの来た後方には更に大きな砂塵を確認でき、大軍がこちらに向っていることは容易に推測できた。
「袁校尉、御無事ですか?」
騎兵達を率いる部将らしき女の子が馬上より麗羽に声をかけてきた。彼女は満寵こと泉。彼女は髪を短く切りそろえ露出の少ない銀色の甲冑に身を包み、戟の刃先を下に向けていた。
「あなたは?」
「私は劉車騎将軍配下、満伯寧です。緊急時のため無礼の段お許しください。まずは敵兵を掃討します。袁校尉は本隊に合流ください。本隊は直ぐそこです」
泉は麗羽との会話少なく、騎兵に指示を出し敵前に迫る敵兵に向って行った。
兗州某所——————
「えええい! さっさとどかんかい!」
張遼は鈴々に渾身の槍の一撃をぶつけるが鈴々は難なく受け止め弾き返す。体勢を整えるために張遼が一歩引く。鈴々は空かさず彼女との間合いをつめ一気呵成で蛇矛の連打を張遼に叩き付けた。
「麗羽お姉ちゃんのところには絶対にいかせないのだ!」
張遼は鈴々の攻撃に押されながらも口を開く。
「逃げ切れると思っているんかい。さっさと投降しい。悪いようにせん」
「お前なんかに投降なんてしないのだ!」
「お前等、こいつらに構うんやない! 狙うは袁本初ただ一人。袁本初を追え——————!」
張遼は鈴々と先ほどから矛を交えているが決着がつかずにいた。周囲の兵が鈴々を討ち取りに近づこうとも鈴々の剛力で一合のもとに数十人の敵兵が蛇矛の餌食となった。猪々子と斗詩は二人一組となり絶妙のコンビネーションで敵兵を薙ぎ伏せている。殿を買った騎兵達も奮戦したものの生きているのは数人、残りの兵達は既に絶命していた。
剣戟の声と怒号と絶叫の音しかない周囲に変化が生じた。董卓軍の兵が浮き足だっているのだ。その変化に最初に気づいたのは張遼だった。張遼は鈴々との一進一退の攻防の中で周囲の気配を探るように視線を向けた。
「よそ見するなのだ!」
鈴々の怒声を受けてもなお変化の元である後方に一瞬視線だけを向けた。彼女は自軍が後方の方角にいる兵士達が恐怖の悲鳴が上げていることにきづいた。麗羽達の兵はほぼ討伐済み、残るは部将クラスのみだ。その部将クラスは張遼の周囲で戦闘をしているので後方にいる兵が恐怖に怯える理由がない。あるとしたら董卓軍を攻撃する者が他にいるということだ。張遼は劉正礼の軍にしては動きが早過ぎると感じた。
「ちっ!」
想定外のことが起きていることに張遼は苛立っていた。
「将軍、大変です!」
張遼は鈴々の猛撃に耐えながらも必死で周囲の気配を探る。その時、張遼の側近と思われる兵が表情を変え駆け寄ってきた。
「鮮卑の軍です! 鮮卑の先方隊と思しき騎兵一千が西方より我部隊の横腹をついてきました。更に、その後方と東に砂塵を発見しましたので直に本隊が来ると思われます。このままでは我らは挟みうちにあいます」
側近の知らせに張遼は動揺した。
「鮮卑やと!? 東は袁本初捕縛のための兵じゃないのんか?」
「迫る軍の牙門旗は『満』と『無』です。恐らく味方は全滅と思われます。また、物凄い速さでこちらにむかっております」
「東のは鮮卑やないな。劉正礼軍かわからんけどまずいな。ウチらの兵を討伐したのなら少なくとも敵やろ」
張遼は鈴々への攻撃を避けながら鈴々との距離を取った。しかし、鈴々は張遼を逃すまいと距離を詰めてきた。
「ちょい待たんかい、チビ!」
張遼は鈴々に怒声を向け鈴々を制止するや馬の元に走り股がり鈴々を睨みつけた。
「チビじゃないのだ! 張飛だと言っているのだ」
「将軍、砂塵の大きさからして東五千、西三千とみます。残念ですが袁本初の捕縛は諦めるしかありません。直ぐに撤退の号令を!」
鈴々の攻撃を受ける張遼の表情が険しいものに変わり頬を一筋汗が伝う。
「じゃかしい! 言われんでもわかってるわ! 本当ついてないわ」
「逃がさないのだ!」
鈴々は張遼が逃げるを感じ、それを阻もうと飛びあがり彼女に大きく斬り掛かった。辺りに轟音が響き渡った。張遼は厳しい表情で鈴々の渾身の一撃を受け止めていた。
「張飛て言うたな。勝負はお預けや。いずれまた今度勝負しような」
張遼は鈴々を払いのけ戦線を離脱するために馬を腹を叩いた。鈴々は弾きとばさら地面に膝をつき、張遼を睨みつけた。
「待つのだ!」
張遼は一瞬だけ鈴々に笑みを浮かべ、戦場の喧噪の中に響き渡る大音声で董卓軍兵士に命令を出すや鈴々の前を去った。
「引き上げや!」
その後、張遼率いる董卓軍は鮮卑と劉正礼軍の反撃を受け崩壊、張遼は僅かの兵を引き連れ洛陽へと帰還した。鮮卑と劉正礼軍は崩壊した董卓軍が司隷州の州境を超え撤退するのを確認するとそれ以上の追撃は行なわなかった。
洛陽宮廷——————
賈詡は宮廷内に与えられた部屋の中を沈黙したまま落ち着き無く歩き回っていた。この部屋の中には賈詡以外に一人の幼女と女の子がいた。幼女はウグイス色の髪、黒を基調にしたコートに身を包み、頭にはコードの同系色の帽子を被っている。彼女の名は陳宮。もう一人は張譲を誅殺した現場にいた恋と名乗った女の子。彼女は袋一杯に入っている肉饅頭を小動物のように美味しそうに食べていた。彼女の名は呂布。
「詠殿、落ち着かれるのです」
陳宮が賈詡に声を掛けた。
「音々音、落ち着いていられる訳ないでしょ! 袁本初を抑えれるか抑えられないかは私達の今後に大きな影響を与えるのよ」
「悩んでも仕方ないではありませんか。我らには三万人の兵をお一人で屠られる恋殿がいるのです。悩むことなど何もありません」
陳宮は無い胸を叩き自信満々に言った。彼女は呂布を敬愛し、呂布の軍師であると自称している。
「飛将軍・呂奉先も万能じゃないのよ」
賈詡は敢えて恋に視線を写し、彼女のことを姓と字名で呼んだ。
「賈文和様、張将軍がお戻りになられました」
会話を中断させるように董卓軍兵士が賈詡の元に足早に近づいてきた。
「直ぐに呼んできて頂戴」
賈詡は兵士に向き直り張遼を部屋に通すように言った。
「結果はなんとなくわかるけど。一応、報告して頂戴」
「賈クッチ悪い」
張遼はバツ悪そうに部屋に入る賈詡に苦笑いをしながら謝った。張遼の姿は一目でもわかるほど痛々しい怪我を負い彼方此方包帯を巻いており所々出血していた。彼女の状況から袁本初の捕縛は失敗に終わったことは直ぐにわかった。
張遼は袁本初の捕縛に失敗したこと。麗羽旗下の兵達の猛烈な抵抗と鮮卑の軍と劉正礼軍の登場のより失敗したことを順を追って説明した。
「そう」
賈詡は短く返事すると右手の親指の爪を噛み苦々しい表情をした。
「何で鮮卑族が袁本初を助けるわけ、それより劉正礼軍の動きが早過ぎるわ。冀州から援軍を出して、この迅速さはありえない。劉正礼が私達の動きを想定していたとしか理解できない」
「袁本初を良い所まで追い込んだやけどな。いや、ちゃうな。袁本初の兵達の抵抗が思いほか激しかったのが大きい。都の高級官吏やから、どうせ部下の忠誠心は低いと思って甘くみてしもうた」
「ところで生き残りの兵は?」
「数百」
張遼は俯き辛そうな声で数字のみ答えた。
「霞、ご苦労様。とりあえず休養をとりなさい」
賈詡は張遼に言うと彼女に背を向けて、張遼を部屋から下がらせた。
「霞殿があれ程の怪我を追うとは劉正礼とは何者なのです?」
賈詡と張遼との会話の間沈黙していた陳宮が口を開いた。
「劉正礼。車騎将軍にして冀州牧。幽州、青州に強い影響力を持つ男」
「それは知っているのです」
「文官としては凡人以上天才未満の秀才。でも、武官としては超一流。恋とも互角に殺りあえるんじゃないかしら。どちらにせよ怪物なみの武将なのは間違いない」
「そんな真逆」
「劉正礼は恋と同じ用兵術を好むの」
「恋殿と同じ用兵術?」
「劉正礼の用兵術は基本は自らが最前線に身を置くこと。自らの力で敵部隊を蹂躙し、後方に続く味方の兵が混乱した敵部隊に止めを刺すというもの。凄く単純な策だけど普通の将には無理な芸当よね。恋と一緒でしょ? 黄巾の乱のおりも数万の大軍に対して自ら先駆けして打ち破ってるわけ。人間業じゃないの。わかる?」
陳宮は賈詡の話を聞いて半信半疑の表情だった。一軍の将が先駆けなど危険極まりない策を行使することは通常ない。先駆は敵部隊と一番最初に激突し真正面から敵の攻撃を受ける死線に最も近い場所といえる。この場所に総大将が立つことで味方の兵を鼓舞し戦意を高揚させることにつながるが、総大将が敵に討たれれば味方は総崩れになる。このような諸刃の剣ともいえる策を幾度となく実行する人物は馬鹿か鬼神の如き武力を持っているかのいずれかである。だが、鬼神の如き武力を持つ人物であっても愚策に変わらない。それが総大将の立場なら尚更である。
「劉正礼とは馬鹿なのですか?」
陳宮が賈詡に素っ頓狂な表情で言った。
「あんたね〜。恋も馬鹿の一人なんだけど。でも、劉正礼の場合、総大将だから一部将の恋と比べれば確かに馬鹿だわね。ところで音々音、私が恋とあんたのお陰で、どれだけ頭が痛いか分かってる?」
賈詡はジト目で陳宮を見て、恋に視線を移した。
「何を言うのです! 恋殿と私は水魚の交わりの如き連携で敵を討ち滅ぼしているのです。劉正礼などと一緒にしないでください」
「五万の兵が篭る城に一人で潜入して城外に追い出すのが並みの人間な訳? 五万の内数万は劉正礼の手で討ち取られているのよ」
「噂には尾ひれが付く者ですぞ」
陳宮は賈詡の言葉を批判した。
「私もそうなら、こんなに悩まずに済むんだけどね。この情報は私の放った素っ破が集めた情報なの。情報源の中には黄巾の乱時に劉正礼の軍に所属して、乱後に冀州から洛陽に帰還した兵から入手したものもあるから、まるっきり外れている訳じゃないのよ」
賈詡はうんざりという仕草をして陳宮に答えた。
「なんと!」
陳宮は賈詡の話に口を丸くして驚いた。
「恋殿には適うわけないですぞ!」
「恋に適う適わないなんてどうでもいいのよ。劉正礼の家柄、地位、名声、武威、財力、軍事力が問題な訳! あの男は皇族でないけど、高祖の血筋で斉王の末裔であり漢の宗室。一族の中からは三公の者も輩出したれっきとした名族なわけ。そんな叩き上げの名門に首輪も付けず野放しなんてできるわけないでしょ」
「劉正礼は中央に興味はないのでありませんか?」
「中央に興味があるなら、私達みたいに兵を率いて上洛しているはずなんだけど。でも、地方で兵をかき集めているんだから最終目的は私達と一緒と思う」
「天下?」
賈詡は陳宮の問いかけには何も答えなかったが肯定するように頷いた。
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