八条学園怪異譚
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第五十八話 地下迷宮その十四
「もう少しでな」
「危うかったのう」
「そうなりかけた」
「ううん、何か牧村さんって」
「色々あったんですね」
「この間までな」
実際にそうだったとだ、牧村は硬い表情で二人にも答えた。その表情は元々だが今は普段以上の硬さがあった。
「人間であることに苦労していた」
「人間が人間であること」
「そのことにですね」
「そうじゃ、人間であるということは」
どういうことか、哲学的な話にもなる。
「それは難しいことじゃ」
「牧村さんの場合はですか」
「特にだったんですか」
「己に勝つことじゃ」
やはりここでも哲学的な言葉だった、博士は哲学者、それも権威でもあるのでこうした言葉も実によく似合っている。
「誰もそうじゃがな」
「克己ですね」
聖花がこの言葉を出して博士に問うた。
「そういうことですね」
「そうじゃ、これが実に難しい」
「俺の場合は特にだった」
牧村自身もこう言う。
「一歩間違えれば人でなくなっていた」
「人間じゃなくなっていた」
「何か凄いことがあったんですね」
二人は牧村の詳しい事情はわからなかったが重い事情があったことは察した。
「牧村さんも」
「色々あったんですね」
「それは終わったがな」
過去の話だというのだ、既に。
「だがそれでもだ」
「人じゃなくなっていたこともですか」
「有り得たんですね」
「そうだった」
それが牧村の過去だった、彼はその己の過去を自分の目にだけ見ながらそのうえで二人に話していく。
「長い様で短い戦いだったがな」
「そこでわしと知り合ってな」
博士は牧村とは正反対に明るい声で二人に話す。
「色々とあったのじゃ」
「それで私達みたいに博士に助けてもらって」
「何とかなったんですね」
「そうだ、博士や妖怪の人達や妹達がいてな」
最後の最も肝心な存在のことは話に出さない、牧村にしても照れがありこのことは二人には言えなかったのだ。
「何とかなった」
「妖怪の人達ともそこで、ですか」
「会われたんですか」
この辺りは自分達も同じだとだ、二人は考えた。
「何ていいますか」
「妖怪さん達と会えるのって縁なんですね」
「そうなるのう。その妖怪の諸君とじゃ」
博士がまた言って来た。
「ここを出たらまたじゃ」
「宴会ですね」
「それですね」
「さてさて、今日は何で宴じゃろうな」
博士はこのことについても楽しそうに述べた。
「酒が楽しみじゃ」
「私達今も瓢箪のお酒飲んでます」
「あれいいですよね」
何時ぞや貰ったその酒の話もした。
「昔のお酒もあれで」
「美味しいですね」
「濁酒じゃな」
それが昔の酒だ、今の清酒とはまた違う。同じ米から作る酒だが。
「あれも美味しいじゃろ」
「はい、甘くて」
「マッコリみたいな感じですね」
「というかマッコリがじゃ」
「あれが濁酒ですね」
「そうなんですね」
「そう考えてよい」
マッコリは濁酒である、そう認識していいというのだ。
「あれはのう」
「それを尽きることなく飲めるっていうのは」
「有り難いですね」
二人も酒を飲み放題ということについては有り難いと思った。
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