ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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戦王の使者篇
07.舞威媛の襲来
「初めまして、と言っておこうか、暁古城。いや、“焔光の夜伯”──我が愛しの第四真祖よ!」
ヴァトラーは古城を迎え入れるように両腕を広げる。
「……はい?」
言葉の意味が理解できない古城は弱々しく呟きを洩らす。
「それよりも……」
突如として声色を変えて彩斗を碧い瞳が睨む。
「ボクが招待したのは第四真祖とそのパートナーだ。そこの少女が古城のパートナーなら君は何者だい?」
その気迫に彩斗の身体はピクリとも動かせない。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
だが、その気迫さえも一瞬のうちに消え去っていく。
どうやら、“神意の暁”が従える眷獣たちがヴァトラーを敵と判断したようだ。
「俺はただの第四真祖の友人だ」
その刹那、膨大な魔力の波動が彩斗目掛けて放たれる。
先ほどの古城へ放った光とは違う。凍りついた水面のような青い蛇。
「くっ……!」
放たれた眷獣が彩斗へと激突する寸前に青い閃光が蛇の眷獣を拒む。
蛇の眷獣の攻撃を防いだのは、彩斗の眷獣、“真実を語る梟”の全ての魔力を無力化し神々しい光を放つ翼だ。
「あんがとよ、アテーネ」
“真実を語る梟”の翼に触れた眷獣は、その姿を消し去った。
自らの眷獣が一瞬で姿を消したことに驚き、碧い瞳が見開かれる。
そして出現した“真実を語る梟”の姿を見てヴァトラーは、何かを悟ったように笑い出す。
「そうか……まさか本当にいるとは思わなかったよ。やはり絃神島に来て正解だったみたいだね」
その不敵な笑いに少し身体に力を入れる。
「真祖がまさかとは言ってたが、こんなところで会えるとは思わなかったよ……伝説にして《真祖殺し》とまで言われた幻の吸血鬼……」
その言葉に彩斗は身を震わした。
見た目は二十代前半の青年だが、相手はまぎれもない“旧世代”の吸血鬼。外見よりも何倍も長い時間を生きているヴァトラーの知識は彩斗や古城とは比べものにならない。
それは、彩斗の正体を知るには充分な知識を持っていてもおかしくない。
ヴァトラーは先ほどの古城の時のように彩斗の前で片膝を突く。
「先ほどの非礼な振る舞い、お詫び申し奉る。お初に御目にかかれて光栄だ。──“神意の暁”よ」
ヴァトラーは不敵な笑みを浮かべながらその名を口にした。その言葉に辺りの皆が言葉を失う。
彩斗自身も言葉を失う。
窓辺から洩れ射す朝陽を浴びて、緒河彩斗は目を覚ました。
それは自然として目を覚ましたわけではない。吸血鬼は朝にものすごく弱い。よっていつもなら遅刻常習犯なのだが、今日は目を覚ました。
それは、隣の一室が朝から騒がしかったからである。
「朝から騒がしい奴らだな」
睡眠を邪魔された苛立ちを表情に浮かべながら昨日の出来事を思い出す。
ディミトリエ・ヴァトラーがこの絃神市に来た理由は、第四真祖たる古城に会いに来た。それだけではやはりなかった。
黒死皇派と呼ばれる過激派がこの絃神島で真祖を殺す手段を手に入れようとしている、クリストフ・ガルドシュがテロを起こそうとするらしい。
そこから雪菜が黒死皇派の残党を確保しだすと言い出し、ヴァトラーは、古城の伴侶にふさわしいのか、見極めさせてもらうよ、と謎のバトルを繰り広げ、古城たちの深夜の会談は、終わりを告げた。
彩海学園高等部の職員室棟校舎──
学園長室よりも偉そうな見晴らしのいい最上階に、彩斗、古城、雪菜は訪れていた。
分厚い絨毯にいかにも高級そうなカーテン。年代物のアンティークの家具。天蓋付きのベット。
「那月ちゃん。悪い、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけど」
分厚い木製の扉を開けて、古城が入り込んだと同時に、
「ぐおっ!?」
古城は謎の声を上げながら仰向けに転倒する。
「せ、先輩!?」
「古城?」
苦悶する古城を慌てて雪菜が抱き起こす。
部屋の奥から冷ややかに見つめていたのは、黒いドレスを着た幼女にしか見えない童顔の小柄な自称二十六歳の英語教室、南宮那月だ。
「私のことを那月ちゃんと呼ぶなと言っているだろう。いい加減に学習しろ、暁古城」
国家攻魔官の彼女の部屋を訪れたのには、昨日のヴァトラーとの夜会で黒死皇派のことを調べるなら国家攻魔官の那月に聞くのが妥当であろうと考えたのだ。
「クリスト・ガルドシュって男を捜しているんだ。なにか手がかりがあったら教えてほしい」
その瞬間、那月の雰囲気が一変した。
「おまえたち、どこでその名前を聞いた?」
彩斗は、間もあけずにいつもの気怠そうな感じに答えた。
「蛇遣いだよ。いまあいつは絃神港に停泊しているんだよ。それで昨日、そいつに粗めの歓迎をされてな」
那月は、ちっ、と舌打ちをする。
「そうか……あの蛇遣いの軽薄男か。全く余計な真似をしてくれる」
那月はヴァトラーを罵ったのちに話を戻す。
「それでガルドシュの居場所を聞いてどうする?」
「捕まえます。彼がアルデアル公と接触する前に」
那月の質問に、雪菜が即答する。その一言で、那月はおおよその事情を理解したようだ。
「無駄だ。やめておけ。ああ、アスタルテ。そいつらに茶なんか出してやる必要はないぞ。もったいない。それよりも私に新しい紅茶を頼む」
「──命令受諾」
お茶を運んできたメイド服の少女に、彩斗らは驚き顔を上げる。
銀色のトレイを抱いて立っていたのは、藍色の髪の少女だった。
人工的な顔立ちに、感情のない淡い水色の瞳。ほっそりとした未熟な身体を、露出が高めのエプロンドレス。
「おまえ、オイスタッハのオッサンが連れてた眷獣憑きの──!」
「アスタルテ……さん!?」
「ああ。そういえば、おまえたちは顔見知りなんだったな」
那月は表情を変えずに言う。
「なんでこの子が学校にいるんだよ。いやそれよりもあの服はなんだ!?」
「おおよそ、あの事件関係で那月ちゃんがこの子の身元引受人になったんだろうな。それでメイド服は、那月ちゃんの趣味だろ」
古城と雪菜に説明するように彩斗は、眈々と口を動かす。
「話す手間が省けてごくろうだったな、緒河彩斗。だが……」
いきなり頭蓋骨に衝撃が走る。
「痛っ!?」
「私のことを那月ちゃんと呼ぶなと言っているだろう」
痛みに耐えながらもメイド服姿のアスタルテを見る。
彼女は、那月に命令された通りに紅茶の準備をし始める。その表情は変化がないが、どことなく楽しそうに見えた。
「南宮先生。ガルドシュを捕まえても無駄というのは、どういうことですか?」
少し脱線した話を雪菜が戻した。
「捕まえても無駄とは言ってない。おまえたちがそんなことをする必要はないと言っているんだ」
「え?」
「黒死皇派どもはどうせなにもできん。少なくともヴァトラーが相手ではな。やつはあれでも”真祖にもっとも近い存在”といわれている怪物だ」
「でも、黒死皇派の悲願は、第一真祖の抹殺だと聞いています。彼らはそれを実現する手段を求めて絃神島に来たのではないのですか?」
那月は退屈そうに首を振った。
「そうだな。だから無駄なのさ。ガルドシュの目的はナラクヴェーラだ」
「ナラクヴェーラ……?」
聞き慣れ言葉に、雪菜が眉を寄せる。
「南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された先史文明の遺産だな。かつて存在した無数の都市や文明を滅ぼしたといわれる、神々の兵器だよ」
「神々の兵器……って、なんだそのヤバそうな代物は? まさか、そいつが絃神島にあって言い出すんじゃないだろうな」
「表向きには、もちろんあるはずのないものだが、実はカノウ・アルケミカルという会社が、遺跡から出土したサンプルの一体を非合法に輸入していたらしい。もっともそいつは少し前にテロリストどもに強奪されてるんだがな」
「あんのかよ!? しかも盗み出されたあとなのかよ!?」
「九千年も前に造られた骨董品のことで、おまえはなにを焦ってるんだ?」
慌てふためく古城を蔑むように言う。
「奪われたのは遺跡からの出土品だと言っただろう。とっくに干からびたガラクタだぞ。仮にまだ動いたとしても、それをどうやって制御する気だ?」
「……制御する方法に心当たりがあったから、黒死皇派は、その古代兵器に目をつけたのではありませんか?」
雪菜が冷静に指摘した。
「ふん、さすがにいいカンをしているな、転校生。たしかにナラクヴェーラを制御するための呪文だか術式だかを刻んだ石板が、最近になって発見されたらしい」
「だったらやっぱりその兵器が使われる可能性があるってことなんじゃねーかよ」
「世界中の言語学者や魔術機関が寄ってたかって研究しても、解読の糸口すらつかめていない難解なブツだぞ。テロリストごときが、ない知恵を絞ったところでどうにもならんよ」
「つまりは、解読不可能なただの邪魔なもんを持ってるだけってことか」
那月は小さく頷く。
「石板の解読をしていた研究員を捕まえた。奴らが見つかるのも時間の問題だ。特区警備隊は今日明日にもガルドシュを狩り出すつもりだそうだ」
「狩り出す……って、もしかして那月ちゃんも助っ人に行くのか?」
古城が顔をしかめて言った。
「私を那月ちゃんと呼ぶな! とにかく、あの蛇遣いがなにかを言ったところで、おまえたちの出る幕はない。強いて言えば追い詰められた獣人どもの自爆テロに気をつけることくらいだな」
「自爆テロ……!」
思いがけない言葉に顔色を変える。
「それからもうひとつ忠告しといてやる。暁古城。それに緒河彩斗、ディミトリエ・ヴァトラーには気をつけろ」
運ばれてきた紅茶をすすりながら、那月がぼそりと呟いた。
「やつは自分よりも格上の“長老”──真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼を、これまでに二人も喰っている」
「──同族の吸血鬼を……喰った?あいつが!?」
「マジかよ!?」
さすがに彩斗と古城、雪菜は驚愕の色を隠せない。
「やつが、“真祖にもっとも近い存在”といわれる所以だよ。せいぜいおまえたちも喰われないようにするんだな」
「南宮先生の話、本当でしょうか」
那月の部屋から出た古城たちは、少し重い足取りで教室に向かう。
急に雪菜が立ち止まり聞く。
「人格的に少し問題はあるけど、基本的に嘘はつかない人なんだよな」
古城と彩斗は少し痛みが残る頭を押さえる。
「まぁ、那月ちゃんの言葉なら信用していいんじゃねぇか」
いつものように適当に答える彩斗に雪菜は、ため息を漏らす。
「“長老”ってのは、第二世代の吸血鬼だって言ってたな」
自信なさげに古城が言う。
「はい。真祖に認められて彼の“血”を分け与えられた者たちです。必ずしも真祖の実の娘や息子というわけではないんですけど」
「──弟子とか後継者ってとこか」
真祖から直接“血”を与えられた者たちは、普通の吸血鬼とは能力は比べものにならないはずだ。
「ヴァトラーは、そういう意味で第一真祖と直接つながってるわけじゃないんだな」
「そうですね。純血の貴族とはいっても、所詮は“長老”たちの遠い子孫ですから」
雪菜は表情を曇らせる。
「ですから、もしアルデアル公が、“長老”たちを本当に捕食したのだとしたら、彼はなにか特殊な能力を持っているのかもしれません。なにか血の濃さを覆すような特殊な能力を──」
吸血鬼にとって”血”とは魔力の源だ。長く生きた吸血鬼は、多くの血を吸うことによって、強力な魔力を蓄える。それが“長老”ならより強力な力を持つ。
だが、若い世代の吸血鬼が、力を手に入れることは出来ないわけではない。
それが、他の吸血鬼の血を奪う──“同族喰らい”だ。しかし普通は、自分よりも強力な吸血鬼の力を喰うことはできない。
それが出来たとしても、下手をすれば肉体と意識を乗っ取られかねないからだ。
だからこそ、ヴァトラーの“長老”を倒したというのはあり得ないのだ。
「そういや、あいつはやたら“血”にこだわってたな」
「血統にこだわるのは、アルデアル公に限らず吸血鬼全体の種族的な傾向ですけど、たしかにあの方の先輩に対する執着はちょっと異常でしたね」
「俺への執着じゃねえよ。あいつがこだわってんのは、第四真祖の“血”だろ」
「確かにあの蛇遣いは、古城に異常な執着心をもってたな」
「そういうお前もヴァトラーの野郎に狙われてるじゃねえかよ」
挑発するように言った彩斗に古城が言い返す。
そ、それは、と彩斗は言葉を少し詰まらせる。
「でしたら、やはり南宮先生の助言は当たっていたのかもしれませんね。あの方に捕食されないように注意しろ、というあの言葉は──」
古城と彩斗が教室に着いたのは、授業前の予鈴が鳴り終わった直後だった。
「──浅葱」
「ああ、古城、彩斗。おはよ」
足早に浅葱のもとへ行く古城についていく彩斗。浅葱はのんびりと手を振ってくる。
「ちゃんと学校に来たのね。偉い偉い。わざわざ起こしてあげた甲斐があったわ」
「起こしてあげた? なんだそりゃ?」
浅葱の言葉に宿題を教わっていた矢瀬と近くにいた築島倫が反応する。
「それは聞き捨てならないわね」
「聞き捨てといてくれ。本当に叩き起こされたんだ」
「それが俺の安眠を邪魔しやがったのか」
古城は適当にあしらいながら、浅葱の耳元で何かを呟いている。
「え? なによ、いきなり。授業始まるわよ」
古城は浅葱の手を引いて教室を出て行く。
多分、浅葱にカノウ・アルケミカルについて調べてもらえるように頼んでいるのだろう。あとで姫柊に伝える時にでも一緒に聞けばいいだろと考えながら自分の席へと座ろうとした瞬間だった。
誰かの視線を感じた。それはわずかに視野に入れたなどとうものではなく確実に彩斗を監視していた。
その気配に彩斗の中を流れる“血”に住まう者たちが疼き出す。
彩斗は“血”に住まう者たちの言葉を聞き受け、教室を駆け出した。
気配の残滓が導いたのは、彩海学園高等部の屋上。真昼間の屋上ということで陽射しが吸血鬼でなくてもきついと思うほどだ。
屋上の周りを囲む落下防止のフェンス。そこに立つ一人の少女。
薄い栗色の長髪を一つで縛ったポニーテール。ほっそりとした背は少女としては高い。短いプリーツスカートにサマーベスト。どことなく見覚えのある黒い大型の楽器ケースを背負っている。
「あんたは……」
刹那。少女は突如として背中の黒い大型の楽器ケースから銀色に反射する何かを取り出す。普通に考えれば楽器だ。
だが、ケースから取り出されてのは、楽器ではなかった。
刃渡りは百二十センチはあると思われる分厚い刀身の長剣だった。
その姿は、雪菜の“雪霞狼”によく似ている。
向けられた敵意に反射的の右の拳をわずかに固める。
「いきなり武器を出すのは、やめてもらえないかな。……舞威媛さん」
彩斗の前で武器を構える、ポニーテールに束ねた栗色の長髪が風でなびく少女。
獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華だ。
「私の気配を辿って来るなんてさすがね、緒河彩斗」
紗矢華は、そう言いながら剣先を彩斗へと向けてくる。
「まぁな。ってか、あんたはヴァトラーの監視役じゃなかったのか」
「“オシアナス・グレイヴ”は、今、日本の領海外の沖合に停泊しているの。ディミトリエ・ヴァトラーは就寝中。私の監視任務は一時中断よ」
「なるほどね。だが、それが古城を監視しているのと何の関係があるんだ」
「あなたに教える必要なんてないわ」
紗矢華は敵視する眼差しで彩斗をじっと見ている。沈黙の中、向かい合う。
一歩でも動けば紗矢華は動き出すだろうと彩斗は悟った。ここで下手に攻撃を受ければ、眠っている眷獣が無理やり目覚め暴走しかねない。
その硬直した空間は、一人の少年の登場で破られることになった。
この屋上の一つ向こうにある屋上庭園。そこに設けられたベンチに暁古城がぼんやりと空を眺めている。
「あのバカ……なにしてんだよ」
そう思った瞬間、目の前の少女が舞った。舞い上がった少女は、フェンスなど軽々飛び越え、古城がいるベンチを粉砕する。
「──あの女、ムチャクチャだな!?」
彩斗は、屋上から駆け出し、一つ向こうの屋上へと向かう。
ここから古城たちがいる屋上庭園までの距離はそんなにあるわけではないが、紗矢華は明らかに古城を殺そうとしていた。
こんなところで古城が殺されそうにでもなれば、やつの眷獣がなにをしでかすかわからないし、暴走でもされたら一溜まりもない。
「間に合えよっ!」
屋上庭園へと通ずる階段に差し掛かった瞬間、強大な魔力を肌がとらえた。
この魔力の感じは、確実に吸血鬼の眷獣だ。地鳴りのような震動が階段を登る身体がとらえる。
「古城!?」
少女の悲鳴が聞こえてくる。悲鳴の主は考えるまでもなくわかった。教室から古城と一緒に出て行った浅葱だった。
屋上庭園に辿りついた彩斗は、目を疑った。
崩壊しかけている屋上。そこで両耳を押さえて倒れこむ浅葱。膨大な魔力を押さえ込もうとしている古城。
このままでは、学校が壊れると思った時、小柄な影が古城たちの頭上から舞い降りた。
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