「キリト君、見回りはどうだった?」
「……二十一人、居る。この過疎地にしては多いな。やはり、ユニコーンの情報を聞いて集まったみたいだ」
俺は索敵スキルを駆使し、さして広くない村を一周し、滞在人数を確認していた。普通はゼロ以上数人以下が常と聞く過疎地で、この人数どうしたって多い。
「情報は知ってても狩りに出ず、それを売りに出してこっそり広めた人もいる可能性もあるわ。それも踏まえると、まぁ妥当な人数ね」
「この中に、死神と呼ばれてるプレイヤーが居る……かも知れないんですよね」
俺はリズベットとシリカの言葉に頷く。
「ああ。ヤツとて俺達と同じ人だ。わざわざ戦いながらも、ご丁寧に素性を隠してるのは、衣食住に影響が出る点も大きいのだろう」
殺人を犯していないオレンジプレイヤーなら、およそ数日、普段通り過ごせば元のグリーンに戻ってしまう。死神は恐らくその数日間だけはフィールドで人知れず過ごし、その後、次の犯行までにホームに戻るなり、宿や店で補給なりを済ませているのだろう。
この周辺一帯には、そういった施設がこの村を除けば一切存在しない。ゆえに死神は少なくとも、まず確実にこの村に居たことがあり、恐らく今も村のどこかで潜伏している可能性も高いのだ。
「この村に居るプレイヤーのカーソルは索敵スキルで見たところ、全員がグリーンだった。まぁ、事件から数日経ってるから予想はしてたけど……死神のカラーはまず戻ってしまってると考えていいな。となると、後は村の奴らと顔を合わせて話すしかないな……」
「で、どうするの? 一人ずつ、事情聴取でもしていくつもり?」
リズベットがベビーピンクの髪を揺らし、首を傾げて尋ねてくるが、俺はそれに軽く笑って答える。
「まさか。そんな面倒な事をしなくても、容疑者……死神の条件と特徴は分かっているんだ。ならまずはプレイヤー全員をかき集めて、一気に篩いにかければいい」
「え、ちょっと……なにするつもりっ?」
俺は心配そうなリズベット達を置いたまま、村の中央まで進み、長く息を吸った。そして……
「――みんな聞いてくれっ!!」
村の隅々まで響くよう大声をあげた。近くの女性陣は堪らず耳を塞いでいたが、これだけ声量を上げれば建物の中でも聞こえる筈だ。
「既にここに居る者なら全員、ユニコーンの事も、死神の事も知っている筈だ!! 俺は……死神を探している!!」
辺りの隠れから一斉に気配と視線が俺へと集まる。だが、やはりそれらは奇異や迷惑によるものではなく、驚嘆と興味のそれを感じる。
「ヤツは既にこの村に居る可能性が極めて高い!! ヤツを探し出す為に、どうか少しだけ協力して欲しい!! 皆、今からこの場所に集まってはくれないか!!」
……………。
視線こそ至る所に感じるが、進み出てくるものは誰も居ない。俺以外は誰も声も物音も出さない静寂が続く。
……それもそうだ。端から見れば俺は、ただの怪しい道化もいいところだろう。
だが、これならどうだ……?
「――集まってくれた者には、ユニコーンの詳細な情報を教えるぞ!! さらに先着十名様には、ここに居る……かの《閃光》アスナと、アイドルプレイヤー《竜使い》シリカの直筆サインも付いてくる!!」
「「えっ!? ちょっと待って(下さい)!?」」
集まらなければ、一肌脱いで、とびっきりの餌を撒くのが一番だ。
……
…………
………………
「……一人だけ、奥の建物の中に居るままの様ですけど……他の人は残らず全員集まったみたいですよ、キリトさん……」
「……キリト君。ダシに使われるのって、思ってる以上に凹むんだよ……?」
「果たしてコイツ等は情報に釣られたのか、サインに釣られたのかはさて置き……今ほど、自分が二人よりも地味目な女の子で良かったと思った日は無いわ……。それにしてもオトコって、ホント馬鹿よねー」
俺は先程の同行の許可を脅された時のお返しとばかりに、三人のジト目を華麗にスルーしつつ、集まったプレーヤー達を睥睨する。
死神調査に協力するという崇高な理念の下、迅速に集まってくれた実に紳士的な戦士達は皆、そこそこにレアな装備を揃えた強者のようだった。……ただ、その顔はサインを受け取れたとか受け取れなかったとかで一喜一憂する表情で台無しではあるが。
「みんな、まずは集まってくれて本当にありがとう! 最初に、俺がこれから指す人は残ってくれ! それ以外は情報を見て解散してもらって構わない!」
まずは前提条件で最も分かりやすい、外見上重鎧を着込んでおらず、かつ棒系統の両手武器を担いでいるプレイヤー以外にはユニコーンの情報が書かれた羊皮紙を見せてから退場してもらい、残った人数を確認する。
普通なら、これだけの条件でまず限りなくゼロに近付くのだが……
「残った容疑者は……三人か」
「意外と多く残ったね……」
「……それに、なんだか不気味な人達です……」
残った三人は、まるでマトリョーシカの様に身長が大中小とハッキリと差があった。しかも、揃いも揃って全員が頭にはフードを深く被って顔を隠し、その内二人は武器まで布で覆い隠しているという……正直言って、かなり怪しいナリだった。
怪しいと言っても、三者三様に実に個性的ではある。
一人は青の布地に白や黄のレースに刺繍など華美な装飾がついたファー付きのマントを羽織る長身のプレイヤー。
もう一人は中背で皮で出来た軽鎧を着込み、頭から肩までを赤黒く染めたフードで顔を隠した、三人の中で唯一武器を隠さずダントツに長大な槍を背中に担ぐプレイヤー。
残る一人は先の二人と比べても格段に小柄だ。防具の類は一切無く、服はまるで太古の西洋の投獄者に着せられているような、粗末でぶかぶかな麻の長袖チュニックと長ズボンのみを着、頭部と首元を隠すフードも、武器を包む布でさえ同様のガサガサの布だ。
と……
「――まったく、容疑者だの不気味だの……出会い頭に随分と言ってくれるね、君達」
その中の一人、長身の豪奢なマントが肩をすくめながらフードを下ろし、顔を露にした。
ブロンドに染め優美に仕立てた髪、SAOでは珍しい片淵眼鏡を掛けた知的な顔も、少々腹立たしいまでに整っている。マントの奥の服装はマントに合わせて青基調で多くの装飾が施されたキッチリとした制服。
総じて見ると、一昔前の英国軍服を纏った、軍師や参謀長のような男だった。
「容疑を晴らす為、あえて率先して自己紹介をさせてもらうよ。――私はハーライン。武器装飾店を営むスミス兼ランサーだ。以後、お見知りおきを」
胸に手を当て、優雅な仕草で軽くお辞儀をする。
だが、それは俺から微妙に角度がズレており、どこかおかしい……
と思ったら、よく見れば、それは俺に礼をしたのではなく……
「――おおっ! サインを頂いた時も感激の極みだったが、改めて見るとますます美しく愛らしいじゃないか! アスナ君にシリカ君!」
俺の後ろに並ぶ女性陣しか見えていなかったようだ。ニヤけた顔でイケメンが台無しになっている。
俺の事は露知らずと言った風にニコニコと二人に近付こうとするのを、俺は軽くギャップにズッコケそうになりながら、何とかクールさを装い、手を伸ばし遮った。
「アンタ、悪いが今はそういうのは止してくれないか。彼女らからアンタへの印象が悪くなるぜ? ……死神の疑惑も含めてね」
すると、この優男はここで始めて俺を目で捉え、口惜しそうに眉尻を下げて口をへの字にひん曲げた。
「むう、それもそうだがね……だが、握手くらいはいいんじゃないのかい? 会い見える事など、そうそうないのだから……」
「ダメなもんはダメ! 特にシリカは、そういうのが苦手で怖がってるんだから!」
何故か妙に怒った風なリズが勇んで進み出た。その後ろには彼女を盾にしているシリカも引っ付いている。
「ああ、君からもサインを貰いたかったんだけどね。流石に断られるのが目に見えてたから、予めスルーしておいたよ、リズベット君」
「ご親切にどうも! もし、せがんで来てたらそのキザ顔、ぶん殴ってたわよ! このナルシストッ!」
ナルシストと蔑称された彼は微笑みながら肩をすくめて、溜息と共に首を軽く左右に振った。
「やれやれ、酷い言われようだね。いつも言ってるが、レディならもう少し言葉を慎みたまえよ。その方がよりプリティだと思うのだがね」
「むか!!」
「……あれ、二人は知り合いなの?」
見知らぬ男達を前にして、黙って身を硬くしていたアスナがようやく前に出て来てリズに並んだ。まだ怯えるシリカは二人の間に移動して更に隠れてしまう。
「こんな装飾バカ知らないわよ! ……二人とも気をつけなさい、この自己陶酔野郎は、片っ端から女の子に声かけまくる、サイテーな女たらしよ」
「本当に酷い言われようだねー……ハーラインさんでしたっけ、傷付くよ?」
それにハーラインといった自己陶酔野郎なる男は、手を広げて寛容に笑い飛ばした。
「ハッハッハ、アスナ君は優しいな。別に、彼女からの罵声はもう言われ慣れてるからね。彼女とは職業上、相互関係がある故に、私がデートに誘った回数と断られた回数がダントツでナンバーワンなのだよ。まぁ、断られるのも仕方が無いと言えば仕方が無いかもなのだがね」
「すっごい不名誉よ! もう二度と声掛けないでよね!」
「……と、この通りSAOの女性方は皆、身持ちがとても固くてね。私にすら
靡かぬ子ばかりだよ。故に、さらに惹かれるんだがね」
「そうですか……ア、アハハ……」
「そ、それに……否定はしないんですね……」
シリカの言葉に長身の男はずいっと腰を前に勢いよく曲げ、がばっと小柄なシリカに顔を近づけた。
「いかにもその通りッ! 淑女たるもの、こうでなくてはならないと君も思わないかね、シリカ君!?」
「ひぃぃっ!」
おお……すごい。この人、あの三人をたったあれだけの短い会話の中で、同時にドン引きさせている。逆に感心してしまった。
俺がさり気なく小さく感嘆の吐息をついていると、
「――おい……おいおいおい。なにチンタラしてんだよ。オレ達ァ、ユニコーンの話を聞く為にわざわざツラ貸してやったんだぜ? やる事とっととしてくれよ」
と少ししゃがれた声で、待ちくたびれた風に苛立たしそうに割って入った者が居た。
容疑者の一人の、赤黒のフードを被った中背の男だった。
確かに、その言葉には俺もいい加減賛成だったので、代わりに進み出るとする。
「ああ、悪かったな。少し話が逸れてしまったのは俺が謝ろう。えーと……?」
ここでさり気なく名前を聞く。別に相手が名を明かさない事は無いかもしれないが、フードを被った相手を見ると、何となく相手が拒否している先入観を抱えてしまうのは俺だけではないだろう。
だが、俺の心配は杞憂に終わってくれた。
「デイド。見ての通り、その野郎と同じ槍使いだ。そしてテメーに死神の容疑を掛けられてる、不運で不幸なソロプレイヤーだ」
ぶっきらぼうで簡潔な自己紹介の後、フードを乱雑に下ろしてくれた。
伸ばした黒の癖毛を後ろに束ね、妙に青白い肌に痩せて浮き出た頬骨が目立つ、どこか猛禽類めいた顔立ちが特徴的だ。体も良く見れば痩身だがかなり筋肉があり、言葉と声同様に厳つい印象を受ける。
「ところで、さっきから気になってたんだがよ」
デイドがぐるりと首を回して、アスナとリズベットの背中に隠れるシリカを見下ろすように睨んだ。シリカがビクッと一瞬体を浮かす。
「どの道、テメーらはこの後ユニコーンを狙うんだろうが……なんでこんな所に一人だけ低レベルなアイドル様が居るんだ? あ?」
「えと……あ、あのっ……あ、あたしっ……」
ハーラインとの会話からすっかり臆病腰になって竦んでしまったシリカは、口は何とか開くが、声がうまく出せなかった。ピナが代弁するように方から飛び立ち、威嚇するように小さな牙を剥く。だが、デイドは怯みもせず彼女を睨んだままだ。
「テメーの事は知ってるぜ、《竜使い》。新聞とかに時折載るちょっとした有名人みたいだが……強さはせいぜい中層ゾーンがいいとこの中級者だろーが。なぜ五十二層なんかに居る?」
「まぁ、そうカッカせずに。ちょっと待ちたまえよ」
その時、不愉快そうなデイドの肩に、ハーラインが手をポンと置いた。
「君……デイドと言ったかな? まずは落ち着きたまえ、レディにそう接するものじゃ……」
「うるせぇ! オレはちゃんと冷静だ、引っ込んでろナルシ野郎!」
「せ、せめて名前で呼んでくれたまえ……」
デイドはハーラインを無視して肩の手を振り払い、一度俺達全員を軽く見回す。そしてますますシリカを
訝しむ目で睨んだ。
「オレもレベル79のベテランだからな。一目見りゃ装備や雰囲気で大体分かるが……テメー以外の連中は、この階層に見合ったかなりの強さだ。だが、低レベルなテメーだけが何故そのグループに居るのかが分からねぇ。……テメー、まさかアレか」
デイドが苛立ちに目を歪めた。
「自分はアイドルだから、美味しい狩り場に連れてって、倒して来て、私のレベルを上げてきなさい。そして、ドロップしたアイテムも事件を解決した名声も私のもの……ってやつか?」
「なっ……!? ち、ちがっ……!」
「オレはな、テメーみたいなブリッ子ヅラして、自分の手すら汚さねーヤツは大嫌いなんだよ!! ……ここはテメーのお呼びな場所じゃねーんだよ。悪い事ァ言わねぇ、テメーの仲間の経験値効率の為にも、テメーは自分のチヤホヤしてくれる場所へ帰りな」
「……っ!? ……~~~っ!! ……~~っ」
一方的に捲くし立てられ、言いたい事も言えなかったシリカは、ついに無言でプルプルと肩を震えさせながら顔を伏せた。それからすぐに悔しそうな、涙を堪える小さな嗚咽が聞こえてくる。
それにアスナとリズベットは激怒した風にデイドをきつく睨んだが、やがてシリカが両手で目を拭い始めると慌てて彼女の肩に手をやり、口々に慰め始めた。
俺とて、胸の内に熱いもので沸騰してきて、握り拳に力が篭る…………が。
この男の言う事は、言葉遣いが酷いものの……正論ではあった。
MMORPGにおいて、パーティ経験値の効率は重要だ。パーティのレベル平均が崩れれば、獲得経験値に悪影響が出るのはこのSAOも例外ではない。それに、己の人気やコネをツテに甘い汁にすがる、俗に言う《姫プレイ》のプレイヤーを嫌悪するプレイヤーも決して少なくない。だが……
だが、シリカは決して、決してそんなプレイヤーではないのだ。断じて違う。
それに、俺達は経験値の為に今、ここに居る訳ではない。
その旨を伝える為に、胸の内の密かな怒りに身を任せてつい荒い言葉が出てしまわないよう、冷静さを意識しながら慎重に口を開けようとした、その時……
――ぎゅるるぅーッ!!
「ピ、ピナッ!?」
蓄積した怒りを耐えかね、けたたましい雄叫びを上げたピナが、主人の制止の手をすり抜けて、大きく羽ばたきながらデイドに向かって風を切るが如く突進した。
だが……
「っと、危ねェ使い魔だな……」
簡単なアルゴリズムであるはずの、MOB専用AIによるものかどうか疑わしくなる程のピナの激情溢れる突撃も空しく……デイドは流石の反射神経でピナの頭を片手でいとも簡単に鷲掴み、受け止めていた。
しかしピナは尚も激しく羽ばたきながら、今まで聞いた事のない憤怒の唸り声を荒げ続ける。
「うるせぇな……ったく、アイドルはペット一匹マトモに
躾ける事もできねぇのかよ……!」
この言葉が更なる引き金になったようだった。
ピナは頭を鷲掴みにされたまま、怒りのバブルブレスをデイドの顔面に吹き付けた。吐き出された無数の泡が次々にデイドの顔に衝突しては破裂する。村の中は例外なく安全地帯である故にHPは一ドットたりとも減ることはないが、不快な痺れと被撃エフェクトが伴う。
「ぐぁぁっ!! 何っ……しやがるっ、こンのトカゲがァ!!」
彼なりにもシリカやピナに対して、憤慨の我慢の程があったのだろう。だが、ブレスを己の顔面に吹き付けられ、それが完全にキレてしまったようだ。デイドは真っ赤になった顔の額に血管を浮かばせて、手に掴んだままのピナの頭部を振りかぶり、シリカに向かって思い切り投げつけた。
ピィィッ、と勢い良く放られたピナの悲痛な高い泣き声が響き渡る。
「きゃっ! ……ピナッ!! ピナ大丈夫ッ!?」
幸い、シリカが体全体でピナをしっかりと受け止めていたが……
「いくらなんでも、もう許せねぇ! 責任取れンだろうな、このガキィッ!!」
それと同時に、デイドは今にもはち切れんばかりの怒りを露わに、恐ろしく長大な槍を素早く背から引き抜き、シリカとピナに矛先を向けた。
それを確認した瞬間――デイド以外の、場の空気をも一気にヒートアップするのを肌で感じた。
瞬時に俺を含む全員が武器に手を伸ばし……ある者は牽制の為、ある者はピナに続いて憤激の一撃を加える為にデイドに向かって刃を向けようとしていた次の瞬間……
「――ぐぉあっ!?」
誰よりもいち早く武器を抜き、デイドを地面に叩き伏せた人物が居た。
そいつは倒れたデイドの胸板を片足で踏み付けながら、片手でシートに包まれた長大な謎の武器を首元に突きつけている。
「な、何だ!?」
「……………」
それは、粗末なチュニックにフードを被った、全身ボロ布の小柄な第三の容疑者だった。
その謎の人物は、デイドをただ無言で見下ろしている。
デイドは地に倒れ圧倒的に不利な体勢で居ながらも、その粗悪で痛ましい装いを今始めてみたように、蔑む様に鼻を鳴らし失笑する。
「なんだよテメー……そのボロっちぃナリはよォ。ハッ、そんなんでオレに適うとでも――ぉぐっ!?」
「……………」
闖入者は無言で、デイドの首をボロボロのシートで包んだままの武器で軽く突いた。ダメージこそ皆無だが、紫色の雷のような被撃エフェクトが走り、挑発の言葉を途切らせる。
「テ、テメェ……!!」
「よせ、それ以上はダメだ」
俺は抜いた剣をデイドに……ではなく、もう一方の闖入者の首元へと向けた。
フードを被ったままのせいとは思いたくはないが……今は激怒するレイドよりも、得体の知れぬコイツの方が危ないと俺の第六感が告げていた。
他の者は意外な人物の突然の割り込みに動きをフリーズさせ、緊迫した空気だけが漂う。
「……………」
闖入者はゆっくりと僅かに首を捻り、俺の顔を見て――その顔はフードで殆ど見えなかったが――すぐにデイドに視線を戻し、再び首元に武器を
宛がおうとした。その前に俺は、ヤツの首元に刃を更に肉薄させ制止させる。
「やめろっ……でないと次は俺が、お前をそいつから引き剥がす為に薙ぎ払わなきゃならない……」
「……………」
「お? なんだ来いよオラ! オレにこんな真似をしたのをすぐに後悔させてやるぜ?」
続くデイドの挑発に、ギリリ……と、小柄な体同様に小さな手の武器を握る力が強くなった。再び、今度は貫かんとばかりに彼の喉を突き刺そうと武器を引き絞った手首を、俺は空いた片手で掴み止め、代わりに剣の切先をデイドの眉間に向けた。
「デイド! あんたは黙っていろ! ………頼む、武器を収めてくれ。そんなことをしても意味はない」
「……………」
未だ続く沈黙。俺は
宥める様に、あくまで穏やかな声を心がける。
「あの子と使い魔の為にこんなことをしてくれたのなら、もう、充分だ……」
ここで麻のフードが乾いた衣擦れの音を立て、数秒だけ彼女らを振り返った。
……俺は掴んだ手首をゆっくりと離し、剣の刃先を下ろす。
「どっちも無事だ。落ち着け……」
「……………」
依然として口を開かないままだったが、長い静寂の後……デイドに武器の矛先を向けたままだったが、ようやく闖入者はゆっくりと数歩下がった。やがてデイドもぶつぶつと忌々しそうに俺達に何かを呟きながら、軽鎧にこびり付いた土埃を手で払いながら立ち上がる。
僅かに間を置いて、俺は再びデイドに刃を向け、牽制する。
「あんたもあんただ、デイド。そもそも話を進めてくれと言っておいて、シリカにイチャモンを吹っかけたのはあんただ。ここは二人が謝る所だと思うぜ?」
「チィッ!!」
「……………」
デイドは謝らずに全員に聞こえるようなわざとらしい舌打ちをし、第三の容疑者は結局、徹頭徹尾黙ったままだったが……二人は渋々ながらも武器を背中に仕舞ってくれた。
他の者も、ようやく場は落着したと解釈し始めたようだ。武器が懐に戻される金属音が連続して耳に届く。
「ふぅ……じゃあ、気を取り直して続きと行きたいんだが……そろそろ騒ぎに人が集まってくるだろうな……。みんな、場所を変えよう」
俺達は物騒な声や音を立て過ぎた。増してや、ここは人気の少ない村のド真ん中である。残る俺達以外は解散したものの、ある者は宿や店に戻ったり、早速狩りに出かけたりしたのだろうが……一度はほぼ全員が、ここに集まったのだ。騒ぎを聞きつけて戻ってくれば十中八九、俺達に疑念の目が向けられることだろう。死神の調査を謳いながら、早くもそういう失態は極力避けたい。
剣を鞘に戻しながら言った俺の提案に、他の全員が各々の仕草で肯定してくれた。俺が方向を指差して皆がそれに従い歩き出し、最後に俺が続く……のだが。
皆がその方向に向かってこの場を後にしつつある中、麻のフードだけが別方向に歩き始めた。その先には……
「ひっ……」
俺を除いた、集団の最後尾をゆっくりと歩いていたシリカの方向だった。彼女はようやく涙が引っ込んだところだというのに、早くも顔を蒼白にして再び目が潤み始めている。
思えばシリカは今までずっと怯えたままで、とても痛ましく思ったのは俺だけではなかったらしく、
「止まって下さい。何のつもり?」
彼女のすぐ傍を歩いていたアスナが素早く反応し、レイピアの柄に手を掛けて立ちふさがる。だが……
「聞こえないのっ? 止まりなさい……! って……ちょ、っと……」
麻のフードはアスナの事など気にも留めず、その歩みを微塵も緩めなかった。結局、そいつは唖然となったアスナを柱か何かのように通り過ぎ、シリカの手前で立ち止まる。
「あ、あの……?」
「……………」
殆ど泣きながら、勇気を振り絞るようにシリカが尋ねるも、相手は相変わらず何も答えない。
すると突然、右手をゆっくりと……彼女の胸に抱かれて介抱されているピナに伸ばされた。ピナはデイドにぶん投げられたショックのせいか、体を丸めて目を閉じ、伸ばされつつある手に気付かないままぐったりと動かない。
シリカはそれにビクッと身を強張らせ、ピナを抱きしめる力を強め、それを隠すように体を前に折り、振り絞るような切実な声を上げた。
「だっ、だめっ……! もうこれ以上……ピナに、手を出さないでっ……!」
「…………っ」
(お……?)
ここで初めて、どこか不気味だった麻のフードに、人間らしいアクションが見られたことに俺は驚いた。
出した右手の指先を、躊躇うように僅かに動かしながら、迷った素振りを見せつけつつ手を降ろし、やがて落ち込んだ風に頭を軽く伏せながら一歩下がったではないか。
と……
「―――――。」
「えっ……?」
更に驚く事が起こった。
ヤツは伏せた頭を戻し、シリカに向かって何かを小さく
呟いたのだ。
俺はアスナよりも更に数歩離れた所からの事だったから、殆ど聞き取れなかったが……確かに、ヤツの僅かに覗く口元が動いたのが見えた。
ヤツの出会って初めて紡いだその言葉を聞き取れたらしいシリカは、身を硬くしていた所を一転、体を起こして目を丸くしていた。
「あ、あなたは……」
「……………」
ヤツはフードをかなり深く被っており、正面に立っていてもせいぜい鼻先までしか見えない。だがシリカは表情を一転させ、驚き、まるで不思議なものを見る風に……
「そこまでよ」
と、凛と張られたアスナの声が俺の思考を断ち切った。
ヤツの後ろから伸ばされたアスナのレイピアが伸び、その首に突きつけられていた。
「少しも止まらないから呆気にとられて、つい通してしまったけれど……もし次にその子に何かしたら、今度こそ刺します。もうこれ以上、この場に混乱を持ち込まないで」
「ア、アスナさんっ、少し待ってくださ………あっ」
シリカよりも言うが早く、ヤツは足早にシリカを通り過ぎ、あっという間に前を歩く集団に加わってしまった。
アスナは結局、共に無視され続けたレイピアの切先を、眉をしかめ眺めてから鞘に仕舞う。だがそれもすぐに改め、シリカに駆け寄る。
「シリカちゃん! 大丈夫だった……?」
「い、いえ……それは大丈夫なんですが……」
シリカは尚も少し驚いた顔で、前を歩くガサガサの麻の服と巨大な武器を背負う小さな姿を丸い目で眺めていた。
「シリカ、ヤツがどうかしたのか? さっき、ヤツは何て言ったんだ?」
俺も二人に詰め寄った。シリカは胸に抱くピナの頭を軽く撫でながら、少し戸惑った風な言葉を残して歩き出した。
「いえ、何でも……何でも、ないです」