ネギまとガンツと俺
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第25話「過ちと真実」
「……いたかね?」
――いや、駄目ダ。ヤマト・タケル……だったカ。どこにもいないゼ?
――こっちもデス。
「ふむ……困ったなぁ」
彼の使い魔たるスライムとコンタクトをとりながら「はっはっは」と一人で高笑いを挙げる老齢の男は、傍から見れば限りなく変態に見えるだろう。何せ雨が本格的に降り注いでいる中、傘をささずに女子寮の前で佇んでいるのだ。誰がどう見たって変態と断定するに違いない。
だが、幸か不幸か。彼を見咎める人間は誰もいない。
果たして偶然か、それとも……。
――イタゼ!
――こっちに向かってきてマス!
突如、彼の脳内に響いた使い魔たちの声に大きく頷いた。
「やれやれ、これで作戦を始める算段が整うわけだ」
現実世界に出ることに成功したタケルは早速、作動しだしたコントローラーの表示された敵位置を見つめながら走り出す。
いつの間にか強化スーツを脱ぎ捨て、ガンツスーツの上に学ランを着ているという普段のスタイルに戻っている。
彼は強化スーツを使いたがらない。
確かに星人との勝負を楽しんでいるということもある。だが、決定的な理由はそれではない。
それが――
「――……疲れた」
首や肩を回しながら、屋根の上を渡り、跳ねる。
強化スーツは強力な分、反作用的に体に負担がかかるからだ。それも、激しすぎるほどに。
以前、ミッションで使い続けたことがあったが、翌日には2~3日は体が動かないという洒落にならない事態に陥ったことすらある。
実際に先ほど数分使用しただけにも関わらず、既に体が倦怠感を感じている。というわけで、どうしても敵わないと悟った時にのみ使うことを彼は心がけているのだ。
それほど強化スーツという兵器は、対外はもちろん対内的にすら危険な兵器とも言える。
「……どこだ?」
標的の付近に到着。
大降りの雨がタケルの服を水浸しにしていくが、当然のように気にも留めない。
そろそろ慎重に進まなければ、先に敵に見つけられてしまうという最悪のパターンに陥ることになる。
――いた。
麻帆良学園女子中学生寮の前。
タケルと同じように傘も差さずに雨に打たれ放題の黒尽くめの男が佇んでいる。
一瞬だけ星人かどうかを疑ってしまったが、コントローラーに表示されている位置からも間違いない。
場所が場所だけに少し生徒達に被害が及ばないか心配してしまうが、出来るだけ早急に、そして簡単に終わらせれば言いだけのハナシ。むしろ気にしている場合でもない。
Xガンを手に取り、ロックしようとした時だった。
「ヤマト・タケル」
足元から声が聞こえた。
「っ!?」
反射的に後退して、声の主に唖然とした。
「いきなり攻撃ッテ……お前、見かけよりも悪ダナ」
「あ、ちょっとだけお話聞いてもらえマスカ?」
「私達は敵ではないのデ……」
そこにいたのは三人の幼女。
それぞれ小さな傘をさして、タケルを見上げる格好になっている。
「……?」
――珍しい。
ここまで流暢な言葉を、しかも現代人風に話せる星人は滅多にいない。ましてや本格的な開戦前から話しかけてくるなど、初めての経験だ。
とは思うものの油断はしない。というよりも警戒レベルはMAX状態である必要がある。既に1対3の状況が確定している上、ここで戦いを始めれば雨に打たれっぱなしの男もすぐにこちらに気付くことになるだろう。
つまり、実質1対4になる可能性が高く、星人の強さが高ければ絶望的なルートに近い。
Xガンを掲げたまま、いつでも俊敏に動けるように、身構えておく。
「まだ信用してませんネ」
「まぁ、仕方ネェナ」
「ヘルマンのオジサンにアレを早く渡してもらわないト……」
――なんだ……何を言っている?
なまじ、言葉が理解できるため耳を貸してしまうのは人間の性というものだろう。
意識を振り払うかのようにブンと首を振る。
――とりあえず……逃げる!
ステルスモードに手をかけようとして
「私、あめ子デス」
「すらいむ」
「ぷりん」
ご丁寧に自己紹介をされてしまった。
「ん? ……あ、俺は大和猛。わざわざご丁寧に……――」
――違うだろ!!
つい、自分に突っ込んでしまう。
――くっ……やりにくい。だが、今度こそ逃げる!
再度ステルスになろうとして、だが次は背後から
「こんばんは、キミがヤマト・タケル君だね?」
いつの間にか黒尽くめの男―おそらくこの男がヘルマンという人物だろう―がタケルの背に立っていた。
――マズイ。
動きをピタリと止める。
完全に囲まれた。こうなった状況で逃げるには後の先をとるしかない。
いくつかのパターンを思い浮かべつつ、相手の出方を待つ。
「……」
絶対絶命ともいえるほどのピンチ。
だが――
「「「?」」」
タケルの表情に気付いた幼女たちが首を傾げた。
「……」
気付けば彼は――
耳に響いていた雨音がいつの間にか消え、代わりに心臓が激しく胸を刻む音が響く。血流がアドレナリンを乗せて体内をかけめぐり、体を震わせる。
「……面白い」
――微笑んでいた。
「……あ~、盛り上がっているところ申し訳ないんだが……」
タケルの気配を察知したのだろう。少し申し訳なさそうに背後から、ヘルマンが一枚の封筒を取り出した。不思議なことに雨にさらされているにもかかわらず、全く濡れる気配がない。
「これをキミに。私の依頼主からだ」
「俺に? ……依頼主?」
――星人……じゃないのか? いや、しかし……?
訳がわからずに、それでも警戒態勢を解こうとしないタケルに、呆れたようにため息を吐いたのは、やはりヘルマンだった。
「やれやれ、これでも警戒を解いてくれないとは……」
――困ったものだ。
呟き、言葉をつなげた。
「私達はこれから用事があるのでね、もし依頼主の頼みを聞く気になったら学園広場のステージまで来てくれ給え! 私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン」
はっはっはっはと高笑いと封筒を残し、幼女達と共にその場から消え去った。
一人残されたタケルは呆然と、そして物足りなさそうに封筒を眺めるのだった。
――やぁ、久しぶりだね、タケル。
手紙はこうして始まっていた。
――本当は映像化して送ったほうが楽なんだけど、魔法力のないキミでは見られないから、面倒だけどこうして文面にしたためることにするよ。
いきなりチクリと毒を吐いてくる彼に対し、思わず苦笑してしまった。
――早速本題に入けど、端的に言わせて貰う。ヘルマン伯爵のやることに手を貸して欲しい。彼の目的は色々あるけど、君に手伝ってもらいたいのはネギ・スプリングフィールドの実力調査だ。
「ネギの……?」
首を傾げつつも読み進める。
――ああ、理由に関しては伏せさせてもらう。タケルが今すぐに僕らの仲間になってくれるというのなら話はべつだけど、どうせ今の所そんな予定はないんだろう?
確かに、そんな予定はない。
――と、いうわけで、キミには人質を演じてもらいたい。元々ヘルマンには君達の生徒で魔法をしっている人間を人質にするように命じているけど、やはり君も捕まっていてくれればそれだけ子供先生も本気になるだろうし。
――ああ、人質にする生徒達には一切手を出さないから心配しなくても大丈夫。さて……どうだろうか?
――追記:下手をすればネギ・スプリングフィールドの片手、片足が永久石化するかもしれないことにも触れておくよ。それじゃあ、また。
そして、最後にはこう締めくくられていた。
――コズモエンテレケイア、フェイト・アーウェンクルス
「……」
自室にて手紙を読み終えたタケルは大きく息をついた。
ネギとフェイトは京都でも揉めたらしいので、当人同士の問題と考えたほうが良さそうだ。タケルとしては一般生徒に危害を加えるつもりがないなら、それでいい。
まぁ、腕や足が石化するのは大変そうだが、死ぬわけでもないし、何よりも彼らは魔法使い。いざとなればエヴァンジェリンもいるので、大した心配はいらないだろう……と、結論づける。
となると、あとは無視するか人質になるか、という選択肢が残るわけだが。
フェイトには借りがある。
京都で死に掛けていたところを助けてもらったという大きな借りだ。
これだけでその借りを返せるとも思えないが、やはり借りっぱなしはタケルとしても不本意。
つまり。
「……面倒くさい」
残されている選択肢は一つしかないことに、最早お決まりとなりつつある言葉を漏らしたのだった。
学園中央にそびえる巨木。
その根元では今年も催される学園祭のためのステージが設置されている。
ステージ中央では、多分に趣味が入り混じっているであろう格好をさせられた神楽坂明日菜がとらわれのお姫サマよろしく両腕を拘束され、囚われていた。
後ろでは魔法で作られた水牢が4つ。
一つには両腕両足を合皮革で縛られ眠らされている刹那。
さらに一つには那波 千鶴。彼女は魔法関係者ではなかったはずだが、どうやら成り行き上仕方なく、らしい。
次で、一際大きな水牢には5人の女性徒。順に朝倉和美、綾瀬夕映、古菲、宮崎のどか、近衛木乃香。木乃香以外が裸姿なのは風呂場で攫われたからのようだ。
そして最後の一つには大和猛。刹那同様に両腕両足を合皮革で縛られたまま、ゴロンと寝転がっている。捕らえられているにもかかわらず、明らかにくつろいでいるのはわざと捕まっていることの余裕の表れだろう。
――……にしても。
アスナとヘルマン伯爵が話し込んでいる間、タケルは眠らされ拘束されている刹那にチラリと目を向けた。
桜咲刹那、龍宮真名、長瀬楓、そして古菲の4人は中学3年生にして、すでに大の大人以上の実力を備えている。
特に最初にあげた三人はその道の人間の中でもおそらく相当な上位に位置しているはずで、その内の1人である刹那を見事に捕らえている辺り、相当に事前調査を行っているということになる。
――彼女まで人質に出来るくらいなら俺は要らないんじゃないのか?
そう思ってしまうのはきっと仕方ないことだろう。
微妙に自分の存在意義に疑問をうかべたタケルが空に視線を送った時、自身の身長ほどもある大きな杖にまたがったネギと黒髪の少年が目に映った。
「ネギと……誰だ?」
その少年の名は村上小太郎。
京都でネギと対決した狗神使いだが、そんなことをタケルが知っているはずもない。
首をかしげているタケルをヨソに、ネギと小太郎が広場に到着。
こうして、彼等の戦いが始まった。
「へ?」
思わず声が漏れ出ていた。
最初は見間違いかと目を疑った。じっくりと見つめて数秒。
広場に降り立ったネギと小太郎が見た物は魔法による水牢で捉えられた知人達―生徒たちとタケル。
――タケルさんが……捕まっている?
水牢の一つ。両手両足を縛られている彼は紛れもなく本物だろう。
「うそ……だ」
信じたくない心を押し留め、理性がそれを現実に目を向けさせる。
それは真実としてネギの目の前に広がっているのだ。自覚した途端、体が自然と震えだし、歯がかみ合うことすらなくなった。
それは歓喜のモノでも興奮のソレでもない。当然ように恐怖から来るモノだった。
顔は青ざめ、血の気が引き、唇すらも白く染め、ネギはかつてないほどに震えていた。
彼とて京都ではフェイトや両面宿儺といった幾段も格上の相手と対峙してきた。
それでも既に真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリンと手を合わせたことも合って体が恐怖に染まることなどなかった。
ましてや今回の相手は先に挙げた3者ほどの威圧感は感じない。
あの時以来から、厳しい修行を積んでいるネギからすれば恐怖など覚えるはずもない相手のはず……いや、はずだった。
彼が捕まってさえいなければ。
ついちょっと前に見たのだ。
タケルの本当の力の一端を。
空間すらも打ち破るありえないほどの、いわゆる『規格外のバケモノ』―それこそ真祖たるエヴァンジェリンにすらそう呼ばせるほどに―タケルは圧倒的な存在だったはずなのだ。
誰よりも強く、優しく、厳しい彼はネギにとっての尊敬してやまない人間。
その彼が生徒達と一様に捕まっている。それだけでネギの心は制御不能に陥っていた。
「……なんや、あの兄ちゃん。ネギの知り合いか?」
尋ねる小太郎の声すら、耳から耳へ。まるで風のように体を通り過ぎていく。
「……おい、ネギ?」
ネギの様子がおかしいことにいち早く気付いたのは当然一番近くにいた小太郎。
――タケルさんが捕まってる? 油断……?あの人が……ありえない? なら……どうして?
息が乱れ、思考がまとまらない。
それでも、戦場は人の心理を読み取って待ってくれるほど優しいものではない。
「おい、ネギ来るで!?」
「……え」
三体のスライムが押し寄せる。
茶々丸よりも圧倒的に遅いそれらの攻撃は、修行を積んできたネギからすれば難なく捌くことも可能なはずのもの。
「……はぁ……はぁ」
焦点が合わない。
呼吸が乱れる。
相手の動きを読みとれない。
何もかもが――
「うわっ」
なすすべなく殴り飛ばされたところを、小太郎が受け止める。
「接近戦苦手なんやったら休んどけ!」
「……ぜぇ……ぜぇ」
――わからない。
おかしい。
なすすべなく殴られ、その後はもう一人黒髪の少年に任せきりになっているネギに、タケルは心底不思議そうに首をかしげた。
スライムたちの動きは決して速いとはいえない。
今のネギならば容易とは言わないまでも、油断や慢心さえしなければ接近戦だけで十分に押し切れる相手のはずだ。
実際、ネギをフォローしている黒髪の少年の動きはネギよりも少し速いだけで、似たようなレベルだ。
「……体調不良か?」
無理に修行してきた分のツケが今になって一気に反動として肉体に返り、満足に動けないのだろうか?
――いや。
それはおかしい。
少なくともこの広場に降り立った瞬間のネギは今までどおり、よどみのない動きだった。
「???」
思考を繰り返すも、それが自分のせいだとは思わない。
訳がわからないタケルを余所にそれでも舞台は進む。
彼等の戦いを見つめる影が3つ。
エヴァンジェリン、茶々丸そして楓だ。
あまりにも不甲斐ない弟子の戦いにエヴァンジェリンは苛立ちを隠せずにいた。
「何をやっているんだアイツは……」
まるで歯軋りでも聞こえてきそうなほどに不快な表情を見せる彼女の側で、従者が呟く。
「まだ、助けはいらないのですか? マスター」
妙にソワソワして心配そうな茶々丸の言葉に、エヴァンジェリンは即座に「まだだ」と一蹴。
「それにしてもまさかタケル殿まで捕まるとは……ネギ坊主が恐怖に駆られてしまうのも仕方ないのでは?」
ネギをフォローする言葉に、だが彼女はそれを鼻で笑い飛ばす。
「フン、目の前で対峙すれば本当にタケルを捕まえるほどの強大な敵かどうかくらいはわかりそうなものだが……?」
――というか、むしろ分かって当然だ。
皮肉たっぷりに言う怒り心頭のエヴァンジェリンに、楓は苦笑。
――……恐怖の克服はまだ早すぎる気がするのでござるが。
『ギリギリまで手を出さない』
それを隣に立つ不機嫌な彼女と約束したため、楓にはとりあえず内心で応援を飛ばすことしか出来ない。
――……頑張るでござるよ、ネギ坊主。
3者3様、それぞれの思いを胸に秘め、ジッとネギを見つめる。
内心の片隅ではタケルが捕まっていることの疑問を抱きつつ。
「……まさか」
タケルはネギが不調な原因を思考していたタケルは遂に最も大きな可能性に辿り着き、愕然としていた。
――いや、まさか……そんなはずは。
正に恐る恐ると言った様子で、まるで信じたくない言葉を紡ぐように彼は呟く
「……俺のせいか?」
大正解。
あらゆる観点から見つめて何度も考え直した結果、最早それしか考えられない。
――マズイ。
これはまずい。
まさかここまでの事態に陥ることは考えていなかった。
目の前で成す術なくいたぶられているネギの姿に、さすがにタケルの心が痛む。
――まさか、ここまで俺の影響が大きいとは。
目の前の天才少年をあまりにも完全な人間だと思い込んでしまっていた。
僅か10歳にして大学を卒業、しかも中学生の教師。魔法力は親譲りで強大。運動神経も抜群らしく、武術を始めてまだ浅いにも関わらず、既に古菲すらも目を瞠るほどの上達振りを見せている。
そうだ、ネギは良く似ていた。似すぎていたといっても過言ではなかったのかもしれない。
タケルはもう一人の天才少年をよく知っていた。面影もないし、性格も似ていないが、天才ぶりならネギに勝るとも劣らない人間。
……だから、かもしれない。
ネギのことをまるで弟のように気をかけつつも本当の心配をしたことはなかった。
『ネギほどの天才ならどうせ一人でどうにか乗り越えるだろう』
そう思ってしまっていた。
今日も、そうだ。
片手片足が石化してしまうかもしれない、といわれて思ったことは『ネギなら大丈夫』と。
それだけだった。
だが。
現実はどうだろうか。
ネギは恐怖に怯え、殴られ、それでも生徒達やタケルを助けたいという想いから震える足で立ち上がる。
その姿はあまりにも弱く、強い。
タケル自身も、またタケルが知っている天才少年もそれほどに純粋な心は持っていない。
今まで生き残るために、何でもやってきた。
手段も選ばず、他の命を切り捨て。
そうやって命をつないできた。
タケルの目が曇る。
――俺は今まで一体……何を……?
何を見てきたというのだろうか。
ネギの目もくらむような才能?
大抵の女性に可愛いと評されるルックス? それとも……?
何をやってきたのだろうか。
本当に意味があったのかが分からない程度の僅かな手伝い?
生徒に告白された時の対処方? それとも……?
そうだ。
――結局、俺はネギを見ていなかった。
ネギは天才だが、良くも悪くも平凡な人間なのだ。
平凡だからこそ純粋に手を差し伸べることが出来る。
平凡だからこそ純粋に心から人を心配できる。
平凡だからこそ。
ネギが吹き飛ばされ、壁にぶつかった。
女性徒たちが悲鳴を上げる。
だから、タケルは気付けば大声を出していた。
「ネギ! 修行を思い出せ!!」
「……」
倒れ、地に伏したまま動かないネギに、それでもタケルは声を大にして言う。
「絡操さんの動きはそんなものだったか!? 俺の拳はそんなに軽いか!? エヴァの魔法はそんなに優しいものだったか!?」
気のせいか、ネギがピクリと反応した気がした。
「もう一度言う。修行を思い出せ!」
一度大きく息を吸い込み、そして叫ぶ。
「お前なら……勝てる!!」
ネギは立つ。
恐怖の色は消え、視線は真摯に敵へ。
「はい……タケルさん!!」
こうして今回のタケルのミッションは、彼自身が戦うこともなく終わった。
ヘルマンはネギと小太郎に倒され、彼がもといた世界に還っていった。
傷ついたネギは木乃香によりその傷を癒してもらい、そのまま倒れるように眠ってしまった。
数時間後にはいつも通り、晴れやかな朝が来る。
まだまだ夜の帳が深いこの広場で、ただ一人。疲れてすらいない男がポツンと立ち尽くしていた。
「……」
星が瞬き、月が映えている。
ただ、空を見上げている彼の背後に音もなく一人の少女が降り立った。
「……部屋に帰らないでござるか?」
タケルは驚くこともなく、空を見上げたまま答える。
「ああ」
「いい空でござるなぁ」
あくまでも穏やかにいてくれるのは単なる天然か、それとも彼女なりの気遣いだろうか。
「2つ、決めたことがある」
「……ん?」
「明日になったらネギに謝る」
「……もう一つは?」
目の前の彼女は温かい。
理由も何も尋ねず、ただ淡々と澱みなく話を聞いてくれる。それは確かに、彼女なりの優しさで、タケルはどこかホッとする。
穏やかになる心を自覚しつつ、もう一つの決めていたことを答える。
「俺も、楓みたいにネギを裏から助けようと思う」
「……そうでござるか」
そして、沈黙がお互いを包み込む。
「「……」」
だが、それは気まずいものではなく、むしろ心を落ち着かせてくれる。
空を見上げていた二人が寄り添う。
ゆっくりと、徐々に。
視線はお互いの目を見て離さなくなる。
見詰め合うこと数秒。
「……」
タケルがゆっくりと言う。
「……ありがとう、楓」
そして彼女はいつも通り、こう言うのだ。
「にんにん」
きらきらと星が輝く満天の空の下。
2つの笑顔が優しく咲いていた。
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