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Transmigration Yuto

作者:レギオン
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陽だまりのダークナイト
  師匠

 「姫、この子が例の騎士(ナイト)ですね」
 僕のいる部屋に入ってきた一人の日本人男性の悪魔が、静かな笑みを浮かべて共に部屋に入ってきたリアス・グレモリーに問うた。
 「ええ、名前は……ないようだけれど」
 リアス・グレモリーの言うように僕には名前がない。
 被験者としての仮の名前と、被験者になる前に孤児院で暮らしていた頃の名前はあるが、それを名乗るつもりはなかった。
 それらは捨てたものだ。僕はもう奴らの実験体ではないし、クリスチャンでもない。
 羽織を着た男性のオーラの質は明らかにかけ離れた実力を感じさせる。
 僕はあまりの実力者の登場に驚き、魔剣を創り出して最大の警戒心を向けた。
 しかし、僕の行動を見て男性は微笑むだけだった。
 「魔剣を創れるのですか。神器(セイクリッド・ギア)所有者ですね。構えは……酷いものですが、一瞬で私の実力を朧気ながらに把握できるのは、天賦のものを感じさせます」
 男性は一歩、また一歩と僕との距離を縮めてくる。笑みを絶やさぬまま。
 僕はこの状況を把握しきれず、自ら飛び出していく。
 魔剣を振るうが……、足払いを喰らってあっさりと体勢を崩してしまった。
 魔剣も空振りとなり、手から飛んでいって天井に突き刺さってしまう。
 床に倒れ込んだ僕はすぐさま床を転がり、勢いよく立ち上がった。
 男性はそれを見ながら言った。
 「私は沖田総司。そうですね、今日からあなたを鍛えましょう」
 ……一瞬、言われたことが理解できず、新たな魔剣を創ろうとしていたこともあって出来損ないの魔剣を創り出してしまったが、それは条件反射で投げ捨てる。
 理解できず軽く混乱している僕を放置し、沖田と名乗った男性はリアス・グレモリーに言った。
 「姫、この子はここにいるよりも何処か静かなところで精神から鍛えた方がいいでしょう。騎士(ナイト)であるなら、剣の腕も磨いた方がいいですし……私にしばらく貸してくださいませんか?」
 そう願い出る沖田にリアス・グレモリーはしばし困惑していたが、未だに態度を変えることのない僕を一度だけ悲しげに見た後、「ええ」と応じた。
 ……その時の僕は、リアス・グレモリーの視線に内心首を傾げるだけだった。



 ―○●○―



 「さ、今日からしばらくここがあなたの住まいです」
 転移の魔方陣で連れてこられたのは、何処かの山奥に建てられた小さな小屋だった。
 周囲は木々ばかり、文明の影すら見えない、ほぼ手付かずの世界。
 小屋の横には道場らしきものが存在し、そこに入る僕と沖田総司。
 塵一つないピカピカな床は、前世の僕が空手と剣道を習っていた時期があったこともあって少し圧倒された。
 余程念入りに、根気強く掃除をしなければこんなに綺麗にはならない。それを知っているからだ。
 と言っても、記憶の中では剣道は小学生、空手は中学生の頃に習っていただけだ。前世の記憶の中でも遠い記憶である。
 そもそも前世の記憶は欠落している部分が多々あることは時間を掛けて確認している。遠い記憶になればなるほど朧気で、失われているところが多い。
 どうも前世の僕はそこそこ運動神経がよかったらしい。様々なスポーツに手を出している辺り飽き性だったのかもしれないが。
 前世の技術は継承されていないのだからどうでもいいことだ。
 沖田は壁にかけられた木刀を二振り取り、片方を道場を見渡していた僕に放った。
 慌てて木刀をキャッチする僕を見て、沖田総司は木刀を構えた。
 「さあ、打ち込んできなさい」
 その言動と行動を怪訝に思った僕は、つい訊いてしまった。
 「……ここに連れてきてどうするつもりだ」
 沖田総司は笑んだ。
 「あなたの今の立場がどうあれ、あなたが強烈な憎悪、復讐心を抱いているのは顔を見ていればわかります。それが心中を支配しているのでしょう?」
 自分ではなるべく無表情を取り繕い冷静でいるつもりだったが、どうやら看破されているらしい。
 沖田総司は続けた。
 「復讐を果たすにもその腕前では、不足も不足。返り討ちにあって当然でしょう。どうですか?悪魔に転生したことも、リアス姫のことも忘れて、まずは強くなって見ませんか?強くならなければ復讐も何もできませんよ?」
 ―――気付けば、僕は木刀を構えて沖田総司に向かっていた。
 「はぁぁぁぁっ!」
 碌な構えもなっていない、雑な突貫。剣の持ち方すら、僕は覚えがなかったのだ。前世の記憶にある剣道の記憶を見よう見真似でやるしかない。
 それでも、沖田総司は僕の一撃一撃を、真正面から受けてくれた。
 木刀の一撃によって心の中が晴れ渡っていくようで、僕はただただ夢中になって木刀を振り続けた。



 ―○●○―



 「いいですか。剣を振るうのに必要なのは筋力よりも、いかに的確に相手の隙を突くかです。そう言う意味で技術を鍛えた方がいいのですよ」
 沖田総司、師匠は木刀を振るう僕に真摯になって手解きをしてくれた。
 師匠は自身が使う天然理心流はこれと言って教えてくれず、僕に合った剣術を見出してくれた。
 僕が師匠から剣で習ったのは、その精神と心構え、戦闘への姿勢のみだ。あとは自己の判断で剣を振るうように仕込まれた。
 師匠に剣を習い始めて一月が経過した。僕はその間、一度たりとも山を抜け出そうとは思わなかった。
 自分が強くなることが、何よりも生きる糧となり、意義となっていたからだ。
 強くなければ復讐もできない。ならば、まずは力を求めよう。
 僕はいつの間にか、師匠に心を開いていた。上の者へと言葉遣いはなっていなかったが、師匠とだけはまともに会話をするようになっていた。
 共に川で釣りをしている時のこと。
 ぽかぽかとした陽気の中、釣りをしながら会話をするのが常となっていた。
 「悪魔は嫌ですか?」
 師匠が不意に訊いてきた。
 僕は顔を難しくして答える。
 「悪魔は人間の敵、人間を滅ぼす存在。……そう教えられた」
 あの研究所で習ったことは、強く刷り込まれていた。
 同じ神を信じていた研究者に裏切られようとも、僕に優しくしてくれた女性天使達の笑顔は本物だと信じているからこそ、信じていたいからこそ、教え込まれた知識を捨てきれない。
 もちろん前世の記憶による先入観もある。だけど、今の僕を構成するものの中で一番の比重を占めるのは研究所での日々だった。
 師匠は軽く笑う。
 「そうですね。天界―――教会から見れば悪魔は敵対勢力です。しかし、それが全てと言うわけではありません」
 「じゃあ、悪魔は人間の、味方?」
 僕の問いに、師匠は首を縦にも横にも振らなかった。ただ笑みを浮かべるだけだ。
 「悪魔にとって人間はなくてはならない存在です。古の時代から契約の対価をもらうことで悪魔は存在してきましたからね。ギブアンドテイク。悪魔の基本原理です。まあ、中に人間を騙したりする悪魔もいますが、逆に人間も悪魔を騙して利益を得たりもします。お互い様ですね」
 なるほど、と思った。
 前世の記憶の中にある小説にも、悪魔と人間が契約と言う場において互いを騙し合う描写があった。そして、悪魔は契約を破らない。
 「悪魔は人間の弱みに付け込む邪悪な存在だと教えられた」
 「邪悪……なるほど」
 邪悪と言う言葉に師匠は目を細める。
 「……本当の邪悪と言うものは、もっとどうしようもないものを言うのですよ。……今のあなたにそれを言ってもわからないかもしれませんね」
 どうしようもないほどの邪悪。そう言われて頭の中に思い浮かんだのは、小説などの創作に登場する生粋の悪役達だった。
 悪役の中には己の信念を持って戦う者もいた。だが、己の快楽や破壊衝動、憎悪や憤怒、欲望に身を任せて暴れる者もいた。
 そんな者達が、この世界には実在するのだろうか?
 異能や異形が存在するのだから、案外数え切れないほど存在するのかもしれない。お話によっては化け物だけではなく、人間や、果ては神さえにもそう言った存在がいるのだから。
 邪神、魔神、悪神と呼ばれるような神はそれ入るのだろうか?だが、悪魔は種族としての名前に『悪』の文字があるのに師匠は邪悪ではない、そんな風に言っているように感じられる。
 なんてどんどん考えを巡らせていってしまう。
 師匠はそんな風に考え込む僕を見ながら、魚を一匹釣り上げて更に問うて来た。
 「では、少年。悪魔は人間を滅ぼす存在だと思えますか?例えば私やリアス姫が人間を滅ぼす存在だと思えますか?」
 リアス・グレモリー。彼女は僕がここに連れてこられてからも、時折この山奥まで様子を見に来てくれていた。
 僕のことが心配だったようだが、その頃はまだ僕は彼女の行動に疑念を抱いていたため面会はなるべく避けていた。
 いや、心の奥では薄々感じていたのかもしれない。
 あの紅髪の少女は悪い悪魔ではない。そう感じていた、だろう。
 僕や獣耳の少女、小猫に向けられる笑顔には、悪意も他意も微塵に感じ取れなかった。
 それどころか、あの日女性天使たちから向けられた優しさと同質のものさえ、彼女の笑顔から感じられた。
 「……わからない」
 それが僕の精一杯の答えだ。
 種族が違う、価値観が違う、力が違う。種族が変われば価値観も変わるだろう。価値観が違えば、人間をどう見ているのかだなんてこちらからは理解できない。
 ペットのような感覚かとも考えた。人間でも動物に愛情を注ぐ者は多い。
 だが、種族が突然変わったとしても価値観はそう簡単には変らないと思う。いや、種族が変われば人間を異種族として認識できるのかもしれない。考えれば、僕はあの日から一度も人間と会っていない。
 悩む僕を見て、師匠は小さく笑う。子供の悩みを愉快に楽しむように。
 「色々なものを見てお考えなさい。少なくとも、あなたにはその選択肢が与えられたのですから。それはとても素敵なことなのですよ?考えることも与えられない者がこの世にどれだけいるのか……」
 師匠の言うことに、僕はただ疑問と予想しか浮かべられなかった。
 それから師匠は僕に様々な楽しみ方を教えてくれた。
 釣りだけではなく、料理、手芸、カルタ、独楽、短歌。
 日本の文字も教えてくれた。まあ前世の記憶があるので知識自体は問題ない。技術は継承されていないので、その刷り合わせをしているような気分だった。
 決まって、師匠が僕に何かを教えてくれるのは陽光の下でだった。
 悪魔なのに、おかしくも貴重な時間だった。




 
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