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路地裏の魔法少年

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第1部その2:勝つためにはやっぱ特訓じゃね?

 
前書き
不定期企画第2階

デバイス図鑑その2


名 前 :スティールスピリット
形式番号:MLLS-X201HZ
形 状 :砲身のミニチュア(交通整理員のアレっぽくもある)

啓太の相棒となるデバイスで「敵を地形ごと耕す」をコンセプトに設計された魔法の砲である。
レイジング・ハートと似通ているように思われるが、レイジングハートが直接照準・直射弾道による凝縮した魔力を放出するデバイスなのに対し、スティールスピリットは曲射弾道によって爆発する魔弾を超々長距離に射出する所謂「榴弾砲」などと同じような運用を得意とする。
また、魔弾を爆発させる特性上、なのはのような魔力収束を持つ魔導師と相性が悪いのも特徴である。
本機は槍一のアイアン・ウィルの兄弟機であり相互に特殊な規格の通信回線を設けているため、アイアン・ウィルをFO(前方観測員)とした運用も不可能では無い。
しかしながら、魔弾の弾道制御を行うFCSが大ざっぱである為に、精密な射撃支援は不可能であると言う欠点もある。
AIの性格は従順な兵士、時々意味も無くヨイショをするのは単にコミュニケーションが下手なだけで他意は無い、ただちょっと不器用なだけなのです…… 

 

 海鳴市の山ん中にポツーンと佇む小さい神社。

 この山の神様を祀っているとか何とからしく、かなーり古くから建っているそうだ。
 一応最低限の手入れはされているらしく、彼方此方腐れているとかそういった罰当たりな事にはなっていないようなのだが、少なくともこの神社の存在を知る人間ってのはそれこそずーっとこの町に住んでいるじっちゃんばっちゃんくらいなもんで、大抵の人間は「え?こんな所に神社なんてあるんだ」程度の認知度に留まっている。

 かくいう俺も『ジュエルシード』探しを始めてから知ったクチである。

 俺と啓太、それに高町さんが『魔導師』とやらになり「なったからには腕を磨こう」と皆して決めた訳ではあるが、何せ取り扱うのが魔法っつう「俺たちの世界にゃ存在しない技術」である、そんなモンを人様の前でバンバン使えば待っているのはどっかの研究施設に拉致監禁される将来であり強化ガラス越しに奇異の目を向けられる動物の如き尊厳無視の屈辱的な暮らしである……。

 まぁ、啓太曰くだから何処まで本当かどうかは不明だが、何かしらの大事になるのはそりゃもう目に見えているので、俺たちはなるべく人目の付かない適当な場所を選んでいる訳なのであるのだが、そこで丁度よかったのがこの神社だったという事だ。
 ちなみに、他の場所も幾つか掌握しているんだが今日は偶々ここに来ていただけである。

 何でここに来たのかは覚えていない……。
 気付いた時にはここに居て何故か「炎のファ○ター」が大音量で流れていた。
 訳分からんなと思った。


 そんな訳で、とりあえず今日俺たちはこの神社に来ている。


 いつもの調子で行けば、集まる→駄弁る→「ボチボチ練習始めますか」みたいな、啓太曰く「高校の文化部系の気だるいノリ」のように始まる放課後の魔法訓練なのだが、今日に関しては若干…と言うか俺だけかなり違う事になっていた。

 初めに言っておく。
 「どうしてこうなった」

 俺は今、良く分からん事をやらされている。

 工事現場の作業員の様な『バリアジャケット』の展開も無ければ、アイアン・ウィルを使っての戦闘訓練も無い。
 木で出来た長い「銃なのか槍なのか分からん物体」を持たされ、構えの姿勢を取っている俺の頭上には少年ジャ○プが数冊。
 その奇妙な姿のまま、神社の境内の石畳の上をすり足でひたすら行ったり来たりという訳の分からん事をやらされているのである。

 更にムカ付くのが「頭に乗っけているジ○ンプを落としたら、その都度ペナルティを与える」と啓太が抜かしやがった事で、俺は現在計23回、奴がペナルティと証する様々な固技(かためわざ)を甘んじて受けなければならなかった事であろう。

 柔道の袈裟固めから始まり、上四方固め、中学生以下禁止技である筈の三角締めときて、フォール技のエビ固め、小包固め、カサドーラ、キドクラッチ、更に屈辱的なはずかし固めと、様々な技の実験台にされた。
 その度に、少し離れた所で練習している高町さんは驚いたり、心配したり、顔を赤くしたりしていた訳だが、最終的に慣れたのか18回目以降からは反応すら示さない。
 女というのは(したた)かな生き物だと親父が言っていたが、マジでそうなのな……。


 「オラオラ、ぼさっとしてねーでやれ」

 俺が高町さんの強かさに関心していると、俺の隣に居るバカタレが腕を組みながら偉そうにそうのたまいやがる。
 しかもご丁寧に「鬼教官」と極太マッキーで書かれたタスキを下げ、眼鏡からサングラスに変えている徹底振りが更に俺をイラ立ちの高みへと推し進めるのだ。

 「うっせーな、少し休ませろや!」
 「貴様何だその態度は、この俺に楯突くなんざ、そうだな…3ヶ月早ぇぞBO☆KE!」
 「短か!!そこは10年とか100年とか言えよ」
 「減らず口を叩けるんならまだまだ元気だな、ようし後10本追加だ」
 「……てめぇ、マジで後でコロス」

 俺はこの訳の分からん特訓が終わったらコイツに一体何の技を掛けてやろうか考えながら再びすり足で境内の往復を再開した。


 とまあそんな感じで放課後から今まで約2時間、俺はこの訳の分からん特訓によって精神と靴底をすり減らしていた訳なのだが、これにはキチンとした理由がある。
 つーか理由も無くこんな事をやらされていたら俺はその瞬間啓太のみをコロす機械になっている所だ、任務遂行の為にアゴを強化させて……ふはははは長かろうコノヤロウ。

 で、その理由なんだがこれは(ひとえ)に俺のデバイスの扱い方が下手くそだったからに他ならない。

 昨日の俺の戦いをどうやったかは知らないがアイアン・ウィル経由で把握した啓太は俺にまず「ウィルの使い方をマスターしろ」と突然言い出し、そのために必要な基礎訓練とやらを俺に実施するよう強要したのがそもそもの発端だ。

 色々聞きたい所も有るが、とりあえずコイツは俺達の中で一番頭がいい、真に遺憾ではあるがそれは認めよう。
 なのでコイツなりに何か考えがあっての事だと思うので、俺は本当に不本意ではあるがコイツの指導の下、ウィルの取扱いに必要な基礎訓練を行っている訳である。
 でも、何故に貴婦人修行と剣道のすり足歩行を組み合わせた様な奇抜なトレーニングを思いついたのかは未だ謎である。
 一度コイツの思考回路を専門家に見てもらった方が良いかもしれない、MITとかNASAとかに。

 だが、実際このヘンテコトレーニングをやってみて思った事があるのも非常にムカつくが事実である訳で、どうやら俺は俺が思っていた以上に俺は何も考えて居ないっつーのが分かった。

 昨日俺はあの魔導師の女の子と戦った訳だが、あの時俺は頭に血が上っていたのもあるがただ闇雲にウィルを振り回す事しか考えて居なかった。
 今考えてみて分かったのだが、あんな重たい物を考えなしに振り回せば隙が大きいのは当たり前の事である。
 ウィルを振り回す為に力を込める時、勢いが乗ったウィルを減速させる時、減速させたウィルを引き戻す時。
 どれをとっても小さい俺の身体を目いっぱい使わざるを得ないし、非常に動きが鈍くなるのは当然だ。

 啓太曰く「それ全部余計な動作だから」つー事なんだが、やっぱりなと俺は思う。

 ウィルは自分の事を『あらゆる物を穿つ究極の戦槍』と言った、ナリは削岩機でもコイツは『槍』である。
 叩き付けるでも切り伏せるでも無い『突く』事のみに特化された武器であるのならそれ相応の扱い方を覚えた方が遥かに闘い易いという事なのだ。
 だがしかし、俺は今まで喧嘩や格闘技ごっこをやった事はあっても実際に武器を扱った事も無ければ武道なんてそれこそ未知のエリアである。
 そんな俺が、しかも、いつ何時再び魔導師との戦闘になるかも分からないこの状況でウィルの扱いをマスターしなくてはならないのだから、何気に俺ピンチじゃね?

 まぁ、そんな事言った所で今のこの状況が変わる訳でも無い。
 それより何より、高町さんだって向こうで一生懸命魔法の練習をしているんだから、男子の俺が弱音吐くなんて醜態を晒すのは死んでも御免である。

 今出来る事を我武者羅にやるしか無いんだよな……。
 俺はそう思い直して再び木製の銃なのか槍なのか分からない様な物を構えると、シャカシャカと足を動かして境内の往復を始めた。

 ちなみにこの木の棒、正式名称を『短木銃(たんもくじゅう)』と言うそうだ。
 何でも『銃剣格闘』の練習用のアイテムらしく啓太ん家の物置の中にあったらしいのだが、おまえん家て一体何なん?

 俺はそんな事を考え、頭にジャ○プを乗せながらシャッシャカ足を動かしていたんだが……。

 「あ」
 余計な事を考えてしまったのが悪いのか、頭の上でジャン○が滑り、バサリと音を立てて境内の石畳の上に落っこちた。


 「デデーン!!槍一、アウト!」


 とても嬉しそうな顔をしながら自称鬼教官の啓太がそう言って俺に近付いて来た。
 グラサンをかけてニヤニヤ笑みを浮かべるコイツの顔を見るのはこれで丁度24回目だ。
 マジで勘弁してもらいたい。

 「よーし槍一、その場に仰向けになれや」
 「あーはいはい、分かったよ喰らえばいいんだろ喰らえば」
 全てを諦めた俺は言われるがまま神社の石畳の上にゴロンと転がった。
 まな板の上の魚の気持ちってのが今日少し分かった気がする。

 「よーし、よしよし、丁度今24回目だから……そうだな、末尾が4って事で……これだ」
 そう言って啓太は俺の足を掴むと自らの足を絡め思い切り良く『四の字固め』をやってきやがった。

 「あが!いで!いででででででで!!」
 思わず叫ぶ俺。
 つーかこの馬鹿遠慮って物を知らんのか、初っ端からフルスロットルで締めに掛かっていやがる。
 これマジで俺の脚壊す気じゃねこいつ?

 「どーだー、めっちゃ痛いだろぉ」
 「痛ぇーよマジで馬鹿!少しは加減しろや!」
 「あぁん?主導権を握っているのはこっちなんだぞ、俺にそんな事を言って良いのかなぁ?日野二等兵?」
 「ニトーヘーって何だよ!?!いでで!」

 畜生、好き勝手やりやがってからに……。
 と俺は思っていた訳なのだが、実はこの時啓太は重大なミスを仕出かしている事に俺は気が付いた。
 それは何かって?そりゃコイツの技のチョイスさぁ……!

 「くぬっ!」
 俺は思い切り体をよじらせて体を『仰向け』から『俯せ』に変えた。

 プロレス技に詳しい読者の方ならもうお分かりであろう……。

 「な!てめぇ!!馬鹿やめ……いででででででででで!!!」
 啓太がそれに気づいた時には時既に遅し。
 コイツは自分のかけた四の字固めのリバースを受ける形となり、苦悶の表情を浮かべて叫び出した。

 四の字固めは成功すればかなり痛い技である、しかしながらこの技、反転するとキッチリ固めたその痛みが術者に帰って来るという諸刃の剣ともなる、使い所が非常に難しい技なのだ。

 「どぉーだー!啓太ぁ!自分の技でやられる感想は!?痛いだろぉ!?」
 「ぐぬお…貴様…図りやがったな槍一」
 「この場面で四の字を選んだお前のミスだ!ぶぁかものむぇえ」

 「あが!畜生俺としたことが…………と言うとでも思っているのか?」
 すると、某アブラナ科の緑黄色野菜のような名前の戦士みないな事を言った啓太は苦悶の表情はそのままに、口元だけを頑張ってニヤリと釣り上げた。

 多分七割方やせ我慢だなと思っているとその瞬間、ヤツは俺がやったのと同じ要領でゴロンと体を思いっきりねじらせて、仰向けの体勢に戻してきやがった。

 「ぎゃああああああ!!!」
 「ふははははは!どうだ四の字固めリバースリバースを喰らった感想は?」
 「てめぇ!どぉりゃぁ!!」

 俺は再び身体を捻る。

 「あ、嘘マジ?いでででででででで!!」
 「四の字固めリバースリバースリバースだッ!」
 「なんとぉッ!!」

 再び捻転。

 「おばーっ!!」
 「四の字固めリバースリバースリバースリバース!」
 「うがっふ!!」

 捻転…………。
 捻転……。
 捻転…。

 そんな事を一体どれくらい続けたのだろう……。
 気が付くと、俺達は自分の足が一体どっちだったのか分からなくなっていた。
 まぁ実際は分かるんだが、感覚的な意味で、痛みで色々麻痺しちゃったし。

 「なぁ……槍一、一ついいか?」
 はあはあと息を切らす啓太、石畳の上で何度も転がった為に彼方此方ボロボロである。
 「あ?なんだよ」
 同じく息がキレキレの全身ボロボロになっている俺は短くそう言った。
 よくこんな状況で喋る気になるよなとも思ったが、コイツが言いそうな事は大体察していた。
 つーか、俺も同じ事を思っていた。

 「足、抜けなくなった」
 「奇遇だな、俺もだ」
 「…どうしよう?」
 「どうするってお前…あ、そうだ高町さん呼ぶか?」
 「お前頭良いな」

 とりあえず俺達は向こうでピンク色の魔弾で空き缶をフルボッコにしている高町さんにヘルプを送る事にした。

 その数秒後、直ちに駆け付けた高町さんはそこで、足を複雑に絡ませ互いにモゾモゾ動きながら一番痛くない位置を必死で探っている俺達の姿を目の当たりにするのだが、それを見た彼女の目はまるで死んだ魚の様な目だった。

 俺達はその顔を忘れない。
 その後「少し頭冷やしたほうが良いの」と言った彼女のどす黒いオーラはもっと忘れない。
 持っていた練習用の『スチール缶』をベコン!と握り潰していた事はもっともーっと忘れない。

 すこし真面目に生きよう。
 かなり真面目に練習しよう……。

 俺達は神社の境内の中で深くその胸に刻む事にした。


 ◆◇◆


 その日の夕方の事だ。


 俺は桶に着替えと石鹸類とタオルをぶっこんで近所の銭湯まで訪れていた。
 理由は至極単純である、家の給湯器がぶっ壊れたのだ。
 親父にその事を電話で伝えたら、親父は今日も職場で泊まりとの事で「とりあえず今日は銭湯で済ませてくれ」との事だった、仕方あるまい。

 そんな訳で俺は携帯電話と500円玉とウィルをポッケに突っ込み、風呂道具を抱えて銭湯にやって来た訳なのだが……。

 「「……何でお前が居んの?」」

 俺達は声を合わせて互いを指差した。
 目の前に俺と同じように桶を持っているソイツは、さっき別れたばっかの啓太である。

 何だ、お前ん家の給湯器もイカレたんか?
 と、思ったのだがどうやら違うらしく、本人曰く「今日は銭湯のクソ熱い湯に浸かりたい心境である」との事だ。
 何処のじい様だお前は?

 まぁいいや、こっちはお前がやらせたヘンテコな特訓と、四の字合戦でクタクタのボロボロなんだ、早いとこ風呂に入って飯食って寝たい。
 俺はそのまま銭湯の暖簾をくぐると番台のばっちゃんに500円玉を渡して御釣りを貰い、脱衣所の方に上がった。
 ちなみに貰った御釣りは風呂上りに飲むフルーツ牛乳用だ、抜かりはない。

 「凄ぇな、これ貸切状態じゃん」
 ぶおーんと回る扇風機の音が少しうるさい脱衣所の向こう側、ガラス越しの浴場はその日誰も居なかった。
 曜日や時間帯の関係なのかも知れないが、誰も居ない銭湯というのは少し寂しくそれでいて少し嬉しいものだ。
 何せ広い風呂を占有できる訳なのだから、毎日畳半分程度の面積のクソ狭い湯船に浸かる俺にとっちゃまさにパラダイスである。

 「おっしゃ俺いちばーん」
 電光石火の早業で脱衣(クロスアウツ)を済ませた俺は洗い場で汚れを洗い流してから勢いよく湯船に飛び込んだ。

 ザボーン!と音を立てて湯柱が上がる。
 そして数秒。

 「ぁぁぁぁ熱っちいいいいいいい!!!!!」
 そして俺は湯船から飛び出た。
 所謂お約束である。

 「何やってんだよ槍一」
 啓太は冷水を浴びて身体を冷却している俺を素通りしながらそう言った。
 「大げさなんだよお前、熱いっつても人が入るお湯だぞ、そんな熱い筈が……」

 やれやれと言わんばかりの表情で爪先をチャポンと湯船に入れたその瞬間。

 「……っほ熱ちゃあああああああ!!!!!」
 在りし日のブルース・リーの如き怪鳥音を発しながら啓太は飛び上がった。
 これもお約束である。

 「……なんだコレ、スー○ージョッキーかっての!?」
 また偉く懐かしいものを引き合いに出な啓太。
 お前の周囲に削った氷を大量に入れた青タライを幻視したぞ一瞬。
 つーかお前は熱い湯に浸かりたい心境じゃ無かったんか?

 「若しくは城の前の飛び石かも知れん」
 某映画監督繋がりでそう言った俺はとりあえず湯船に備え付けられた冷水のコックを開ける事にした。
 マジでこの日俺達が一番だったらしい……湯温計を見たら50度とか表示していやがるし、ここは草津か何かか?

 兎も角俺達は湯温が丁度良くなるまで全裸待機する事を余儀なくされた。


 それから10分くらい経った頃である。


 「あ゛~~~~」
 「ぬ゛~~~~」
 俺達は齢9つの子供の何処から発せられるか分からないような呻きにも似た声を上げて其々湯船に浸かった。
 声だけ聴くと二人のジジイが風呂に浸かってんでないかと思う……自分で言うのも変だが。

 程よく温度が下がった湯船はそれでも熱い44度、俺達の肌にはまだピリピリとする熱さだがそれが良い。
 「あ゛ーーーこれだよこれ、こんなのが良いんだよ」
 隣で感嘆の声を発する啓太は間違(まご)う事無き親父である、お前は本当に小3のガキなのかと問いたい、問い詰めたい、小一時間問い詰めたい。

 だが啓太の言う事にも一理ある、熱い風呂は良いもんだ。
 温い湯は眠くなっちまうし、あまり入った気にならない。
 その点銭湯みたいな全身にビリビリ来るクソ熱い湯はパンチが効いていて、眠気も疲れもブッ飛ばしてくれる。
 家の風呂は諦めて暫く銭湯通の生活にしようかなマジで。

 そんな明日以降の自分のライフスタイルついて考えて居ると頭に手ぬぐいを乗せた啓太は徐に口を開いてこう言った。

 「なぁ槍一……お前はさ、今度『あの子』に会ったらどうすんだ?」

 「何だよ藪から棒に」
 俺は怪訝な表情を浮かべて啓太の方を振り向いた。
 『あの子』とは恐らく昨日戦った魔導師の女の子の事であろう、出来れば思い出したくない人物だ。

 「いやな、スクラっちが同じことをナノっちに聞いたらしくてよ、それで俺も気になったんだ」
 「へぇ、ユーノがねぇ……それで、高町さんは何だって?」
 俺は自分の事を言う前に高町さんの事を聞いてみる事にした。
 下手な事を言ってコイツにアレコレ突っ込まれるのは嫌だし……。

 「ナノっちはあの子とお話してみたいのって言ってたそうだぞ、理由も無く戦うのは嫌だし、若しかしたらお友達になれるかも知れないからだそうだ……(たくま)しいというか可愛らしいと言うか……ま、その為にはまず同じ土俵に上がれるくらいにならないといかんがな」

 へぇ、高町さんはそんな事を考えて居たんだな。
 まぁ「今度会ったらメタメタにぬっころがしてやるの」とか絶対言わないだろうからな、むしろ「もう戦いたくない」とか言うかもしれ

ないと思ったが、今日もずっと練習してたしやっぱりあの子強ぇや、尊敬するぜまったく。

 「…で、お前はどうなんだよ槍一?」
 そして再び俺の話に舞い戻る。
 まぁ、高町さんの話を聞いた手前、俺が言わなきゃ不公平だわな。

 なので仕方なく俺は自分の思っている事を正直に述べてやる事にした。

 「俺も高町さんの考えてる事に近いかな、ただ俺の場合は『謝る』だけれど……」

 「謝るって……あぁそうだよな、お前の場合『やらかした』もんな」
 「あぁ、やられて嫌な事をやっちまったら謝んないとな、謝って、謝って、謝りまくって、向こうが許すって言うまで謝りまくるぜ俺は」
 「……謝って、それからどうすんだ?」
 「決まってる、謝ったら『謝らせる』、理由はどうであれ高町さんを撃ち落としたんだから、その分はしっかり詫びを入れてもらわないとフェアじゃ無ぇだろ?」

 それが俺の思っている全てだった。

 『やれて嫌な事は相手にやらない』
 これは当たり前の事だ、だが俺達はそれを知っていても、相手の嫌がる事、嫌な思いをさせる事をしちまう事がある。
 それに気づいた時は、やはり『謝る』意外に方法は無いだろう。
 それこそが一番正しい方法だと俺は思う。
 物でも金でも無ぇ、まずハートだ。

 俺は自分を正義の味方だとか何とかそんな偉そうなものに成ろうなんて思わない。
 正義だ何だと抜かせるのは、テレビの向こうのヒーローだけだ。

 ただ、ちゃんとした『人の心』を持った人間にはなりたいと思う。
 その為にはやっぱり、自分のやっちまった事はしっかりと自分で落とし前を付ける事、付けようと思う事が大事だと思う。

 俺は女子じゃ無いから分からないが、やっぱり女子は男子に胸を掴まれるのは絶対に嫌な事なのだろう。
 まぁ常識的に考えてそうだよな。

 だから、その分はしっかり謝らないといけない。
 ブッ飛ばされたが、多分向こうはそんなんじゃ足りないだろう。
 俺の親父曰く「女は大切にしろ」だし……。

 そして俺が謝って向こうが許してくれたら、その後はあの子の番だ。
 高町さんを魔弾で落として気絶させた分はきちんと謝らないといけないだろう。
 理由なんか知らねぇ、でも誰かを傷付けたらその分はしっかり謝るのは誰でも一緒だ。
 それに高町さんの事だから、謝ったら一発で許してくれると思うしな……。
 一発って魔法の一発の事じゃ無ぇぞ、一応言っておくが。

 ま、兎も角それが俺の思っている事だ。


 「なるほどな、お前らしいや」
 思っていた事を答えた俺に、啓太はそう言うとハハハと笑った。

 「笑うなよ…ったく、だから言いたく無かったんだっつの」
 「悪ぃ悪ぃ、バカにしてる心算じゃ無いぞ」
 「だったら何だよ?」
 俺はブスーっとして啓太の方を睨むと、コイツは少し真面目な顔をして俺にこう言った。


 「お前が親友で良かったって思っただけだ……最高のな」


 「なんじゃそら?」
 良く分からない事を抜かしてきやがった啓太に俺は首を傾げた。
 俺はお前みたいに学が有る訳じゃ無ぇんだから少しわかる様に説明してもらいたい。

 「…そろそろ上がろうぜ、(ゆだ)っちまいそうだ」
 俺の質問を無視しやがった啓太はそう言って湯船を出ようと立ち上がった。

 「おい、説明しろよ」
 「あーはいはい、後でな、それよか飯は食ったのか槍一?」
 「いや、まだだけど」
 「だったら家で食っていくか?婆ちゃんがたまには槍一を呼んだらどうだって言ってんだ…どうする?」
 「マジで?行く行く!」

 これから帰って、飯を準備しなくちゃならなかった所にこの誘いはまさに渡りに船である。
 俺は二つ返事でそれを承諾すると啓太の後を追って湯船を上がった。

 いやあ、助かった助かった。
 やはり持つべきものは友達だ、俺もお前が親友で良かったぜ。

 それから俺は着替えると啓太の家に向かい、晩飯を御馳走になった。
 久しぶりに皆で食う飯は美味い、それに啓太の婆ちゃんの作る飯はチョイスが渋いがどれも絶品だった。

 その頃には啓太の言った意味深な台詞の事などすっかり忘れており、俺は目の前にあるキンキの煮付けに感動を覚えている最中であった


 我ながら単純な思考回路であると同時に、味覚が渋いなと思った。

  
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