常盤台に到着して保健室に向かうとすでに佐天さんの診察は済んでおり、先生の話によると、スタンガンで気絶させられただけなので気が付けばこのまま帰宅しても大丈夫ということだった。一応、眉毛も確認してみたが何も描かれてはいなかったので一安心である。
「神代さんは、犯人の姿を見ましたの?」
「いや、姿は見てない。気配を感じただけ」
「あー、寮監が隠れてた時も分かってたわよねぇ」
白井さんに聞かれたので答えると、御坂さんは先日の常盤台の寮でのことを思い出したようだ。
「気配……ですの。それで犯人を特定することは出来ませんの?」
「出来なくはないけど、ウチが気配で特定しても証拠にはならないんじゃないの?」
「そうですわねぇ……」
また白井さんに聞かれて答える。目撃の証言ではなく気配の証言では、恐らく信憑性がないと取られるだろう。
「そう言えば黒子、そっちの方はどうなの? 佐天さんの件で無理矢理呼んじゃったけど、ジャッジメントの仕事があったんじゃなかったの?」
「あぁ……それでしたら、
私達が呼び出された件と佐天さんの件は同じ事件になりますの」
御坂さんが白井さんに仕事のことを尋ねると白井さんが答える。昨日から学舎の園の中で常盤台の生徒だけを狙った連続傷害事件が発生していて、被害者は全員スタンガンで昏倒させられた上、マジックペンで眉毛を描かれていたというアニメ通りの内容である。
「だとしたら佐天さんは眉毛描かれなくて良かったわね」
御坂さんが一度佐天さんの眉毛を確認してからつぶやいた。
「そうですわね。お手洗いで被害に遭ったということですし、神代さんが気付かなければ間違いなく描かれていたと思いますの」
白井さんも佐天さんの眉毛を確認しながら御坂さんに同意する。
「あっ、そう言えば……初春を迎えに行きませんと」
「迎えに?」
思い出したように白井さんがつぶやくが、それを聞いた御坂さんが尋ねる。
「ええ、今回の事件は狙われているのが常盤台の生徒だけなので、常盤台に臨時の捜査本部を置いて、一七七支部からは
私と初春が出向することなってるんですの」
「そうなんだ。なら私も協力するわ」
「それならウチも」
白井さんの言葉を聞いて、どうやら白井さんと初春さんはこの事件の担当をするようなので御坂さんが協力を申し出た。そして、御坂さんが協力を申し出るなら当然俺も便乗する。
「そうですわねぇ。でしたらお姉さまと神代さんは第三生徒指導室に向かってくださいまし」
今回は御坂さんも俺も当事者だからなのか、白井さんはすんなりと了承してくれた。しかし、第三生徒指導室って……どれだけ生徒指導するんだ? この学校。
「じゃー神代さん、行きましょうか」
「あー……その前に、佐天さんはどうする? 気付いた時にウチらがどこにいるか分からないと困るでしょ」
御坂さんに促され、第三生徒指導室に向かおうとしたところで気になったことを聞いてみた。普通に考えればメモなんかを残しておくところだと思うのだが……。
「それもそうね。……あっ、神代さん、佐天さんを運べる?」
「運べるけど、第三生徒指導室?」
「ええ、佐天さんを寝かせるぐらいなら何とかなるし」
恐らく俺の能力を考慮して聞いてきたのであろう御坂さんに答えると、やはり佐天さんを連れて行くようだ。確か、アニメでは御坂さんと白井さん、そして初春さんも居る部屋で寝かされていたはずなので、佐天さんも連れて行くという可能性を考えなくもなかったわけだが、実際に気絶している佐天さんを運ぶというのはどうなんだろうと思ってしまう。しかし、メモを置いていったとして、常盤台の生徒でもないのに常盤台の制服を着ている佐天さんが他の生徒に見つかった時などは、別の意味で大変になる可能性だってあるわけだから仕方ないのかもしれない。
「分かった。じゃー、ドアの開け閉めなんかはお願いね」
「分かったわ」
俺は佐天さんを俗に言うお姫様抱っこで抱え上げ……といっても佐天さんを能力で浮かせているわけだが、御坂さんの案内で第三生徒指導室へ向かったのである。
「ここよ」
「おじゃましまーす」
御坂さんに案内されて第三生徒指導室へと入ると、すでに白井さんと初春さんが到着していた。
「佐天さん、大丈夫ですか?」
初春さんが声をかけるが佐天さんは気絶中なので当然返事などない。
「気がついたらそのまま帰っても大丈夫って言われたし、多分大丈夫だと思うわ」
「そうですか……」
俺が答えると初春さんは安心するような表情を浮かべた。
「神代さん、佐天さんをこのソファに」
「あ、はい」
御坂さんに言われて佐天さんをソファに寝かせる。そう言えばアニメでは佐天さんの額にタオルかなんかを乗せていたような気がするけど、熱が出ているわけでもないしなくてもいいか。あー、アニメでは眉毛を描かれてたからそれを隠すためだったのだとすると、眉毛を描かれてない今の佐天さんには必要ないのか。
「それで、犯人の目星は付いてるの?」
「いえ……それが……姿が見えないということ以外は全くですの」
「はい、まず光学操作系の能力者を疑ってみたんですけど、完全に姿を消すことが出来る能力者全員にアリバイが確認されました」
御坂さんが尋ねると白井さんと初春さんがそれぞれ答える。
「それと、少し気になることが……」
そう言って白井さんが出したのはノートパソコンで、ちょうど婚后さんの取調べの映像が流されていた。
『ですがー、監視カメラの映像には……』
『それでも
私は本当に見ておりませんの!』
そこまで見たところで白井さんがいきなり映像を止めてしまったのだが、アンチスキルの鉄装さんに監視カメラの映像を見せられ、机をたたいて抗議する婚后さんはしっかりと扇子で眉毛を隠しながら取調べを受けていた。
「ん? 監視カメラには映ってるの?」
本当は知っていたことだが、この映像を見るまで言えなかったことを口にする。
「ええ、監視カメラには映っているのですが目には見えないんですの」
「いや、監視カメラの映像から犯人を特定できない?」
まぁ、普通に考えれば真っ先に思いつくことだとは思うのだが……。
「残念ながら顔が分かるほどに映っているものがありませんの」
アニメでは監視カメラの映像を頼りにという進め方をしなかったので、映像での特定が難しかったのだろうことは予想できた。なので、もう一押ししてみる。
「なるほど。でもさー、パスティッチェリア・マニカーニの監視カメラなら顔が分かるぐらいの映像が残ってる可能性も高いんじゃない?」
「あっ!!」
「そっか、確かに」
「そうでした!」
俺の一言で三人が声を上げる。やっぱり誰も気付いていなかったのか。
「白井さん、パスティッチェリア・マニカーニから映像を貰ってきてください。お願いします」
「了解ですの」
「あ、ちょっと待って!」
初春さんに頼まれ、白井さんがすぐテレポートで飛ぼうとしたところを俺が引き止める。
「どうしたんですの?」
「パスティッチェリア・マニカーニに行くんだったらコレ返してきてもらえるかな」
俺は白井さんに店長から貰った無料券を渡した。
「どうしたんですの? これ」
「いやー、白井さんに電話した後で店長に事件の話をしたら貰ったんだけどね……」
「なんて羨ましい……」
白井さんに尋ねられて答えると初春さんが何やらつぶやく。
「その時には連続常盤台狩り事件って知らなかったし、お手洗いで起こったから店員とグルになって万引きする犯人じゃないかと思って、そのことを店長に伝えちゃったのよ。だから、向こうはウチが暗に口止め料を要求したと思ったんじゃないかなーと思ってね」
「分かりましたの。でしたら、これは返してきますわね」
「お願いします」
俺が頭を下げると、その瞬間に白井さんはテレポートで消えていた。
「う……うぅっ……あれ、私……」
「あ、佐天さん!」
「佐天さん、気がついたんだ」
白井さんが出て行ってからしばらく、佐天さんが意識を取り戻した。それに気付いた初春さんと御坂さんが声をかける。
「体は大丈夫?」
「えーっと、うん。大丈夫みたい」
「良かったですー」
俺も声をかけると佐天さんは立ち上がって体を動かしていたが、特に問題はなさそうである。それを見た初春さんは安堵のため息をついていた。
「それで……ここは?」
「ここは常盤台の生徒指導室だよ。常盤台の生徒でもないのに常盤台の制服を着ているウチらを説教するために……」
「こらっ! 神代さん、嘘は言わない!」
「はーい」
佐天さんに聞かれてどっきりを仕掛けようとしたら御坂さんに止められてしまった。まぁ、事前に何の打ち合わせもしていないのだから当然といえば当然である。
「一瞬、マジでびびったぁ」
「神代さんって……たまにやりますよねぇ。こんなこと」
「アンタって……こんなこともするんだ」
安堵する佐天さんに苦笑いの初春さん、そしてなぜか御坂さんには呆れられてしまったようだ。しかし、御坂さんって俺に対してどう思っているかで呼び方が変わるのですごく分かりやすい。
「まぁ、実際のところは常盤台の生徒ばかりが狙われる事件が起きてて、それが白井さんと初春さんの呼び出された理由だったんだけど、佐天さんはその格好のせいで事件に巻き込まれたって所ね。それで、ここは常盤台の生徒指導室で、この事件の臨時捜査本部」
「そうだったんですか。あっ! それなら犯人は!?」
ネタばれしてしまったので簡単に現状説明をすると、佐天さんが犯人について聞いてきた。
「まだ分かってないんですけど、今、白井さんが監視カメラの映像を貰いに行ってます」
「あの前髪女ぁー、今度あったらただじゃおかない!」
初春さんの説明のあと、佐天さんが犯人に対して怒りをあらわにした部分に、明らかに犯人の姿を知っているような内容が含まれていた。
「佐天さん! 犯人の姿見たんですか!?」
「え? 佐天さん、犯人の姿見たの?」
初春さんと御坂さんが佐天さんに聞き返す。
「あ……はい。あの時確かに鏡の中に……」
「姿が見えないのに鏡や監視カメラには映るのか。一体どんな能力なのかしら」
佐天さんの答えに御坂さんが考え込む。確かアニメでは一番最初に御坂さんが犯人の能力に気付いたはずなのだが、こっちでは相手の能力を特定する前に犯人が誰なのか分かりそうである。
「初春、貰ってきましたの。あら、佐天さん、気が付かれましたの?」
「はい、ご心配おかけしました」
テレポートで戻ってきた白井さんがディスクを初春さんに渡す。そして、佐天さんに気付いて声をかけると佐天さんが明るく答えていた。
「私達が店から出て行ったところからですねー」
映像を再生しながら初春さんが呟く。初春さんと白井さんが慌てて出て行ったため、開けっ放しになっていた扉から犯人と
思しき人物がそのまま入ってきて、俺とぶつかりそうになった後でお手洗いのほうへ向かっていった。
「あの時変なことしてると思ったけど、こんな風になってたのね」
「ウチもこんな風になってるっていうのは初めて見たんだけどね。気配でしか分からなかったし」
あの時のことを御坂さんに言われて、俺も正直な感想を言う。
「しかし、開けっ放しの扉から入ってきたということは、責任の一端は
私達にもありますわね。佐天さん、ごめんなさいですの」
「いや、ちゃんと扉を閉めなかったのは私ですから。すみません、佐天さん」
「初春も白井さんも急いでたんだし仕方ないですって。こうして私は無事だったわけだし」
白井さんと初春さんに謝られて佐天さんが答える。まー、佐天さんも別に二人が悪いなんて微塵も思ってないだろう。
映像のほうはその後、俺がお手洗いに向かって駆け出し、後から御坂さんも追いかけてこようとするが、画面の端から出てきた犯人に御坂さんが見事なタックルをかまされて倒され、犯人がまんまと逃げていった状況が捉えられていた。
「ふっ……ふっふっふっ……。あの野郎、とっ捕まえて最大電流浴びせてやる!」
「ちょっと、お姉さ……ま゛ぁっ!?」
映像を見た御坂さんが怒りに任せてヤバそうなことを口走り、白井さんがそれを止めようと御坂さんのほうを見て驚く。俺からは見えてないわけだが、それほどに今の御坂さんは恐ろしい顔をしているのだろう。まぁ、犯人が普通に逃げてるところへぶつかっただけならこうはならなかったのだろうが、犯人は明らかに御坂さんに向かってタックルをかましていたのだ。それを今になって知って御坂さんは怒り心頭なのである。
「初春さん、この映像から犯人の特定って出来る?」
「はい、勿論です。今、データの照会作業中です」
俺が初春さんに尋ねると、すでに初春さんは作業を進めていた。
「あ、出ました。関所中学校二年、
重福省帆、能力名は
視覚阻害のレベル2ですね」
該当データが表示されたところで初春さんが読み上げる。画面には顔写真も表示されているが、監視カメラの映像と見比べても同一人物で確定していいだろう。
「一応佐天さんに確認してみるけど、この人で間違いない?」
「うん、間違いない。こいつです」
俺が念のため佐天さんに確認して目撃者の証言を得る。
「佐天さん、犯人を見ましたの?」
「ええ、鏡に映ってたので」
「あら、そうでしたの」
白井さんはちょうど監視カメラ映像を取りに行っていたので、佐天さんが犯人の姿を見たことを知らなかったようだ。
「犯人は分かりましたけど、これからどうしますか?」
取り敢えず犯人が分かったので初春さんが皆に尋ねる。まぁ、後は犯人を捕まえればいいわけだから、それほど苦労はしないだろう。
「それじゃー黒子っ! やるわよっ!」
「……はい?」
アニメなら佐天さんが初春さんに言っていたことを、こっちでは御坂さんが白井さんに言っている。佐天さんには眉毛が描かれなかったわけだが、犯人が御坂さんに体当たりを喰らわせたことで役目が変わってしまったようだ。そうなると、最後に重福さんが惚れるのはどっちになるのだろう。
「でも、どうやって犯人を見つけるんですか?」
やる気満々だった御坂さんだが、佐天さんの一言で凍りついた。どんなに御坂さんがやる気になったところで御坂さんには犯人が見えないし、それ以前に犯人が現在どこに居るのかも分かっていないのである。
「鏡やケータイのカメラで見ながら追いかける……とか?」
「ウチなら気配で追いかけられるけどねー」
御坂さんが何とか方法を考え出したわけだが、さすがに鏡見ながら追いかけるのは大変だろうなーと思いながら俺が一言付け加えた。その瞬間、俺以外の全員から「それだっ!」という声が上がった。いや、厳密に言えば初春さんは「それですっ!」で、白井さんは「それですわっ!」である。
「いや……だからその前に、犯人は今どこに居るの?」
「それなんですよねー」
「あ……」
「そうでしたわね」
俺が尋ねると佐天さんが同意してくれ、御坂さんと白井さんはすっかり忘れていたような反応をする。多分、佐天さんは元々こっちの意味で御坂さんに聞いたのだろう。
「それなら、この後到着する機材で何とかできるかもしれません。白井さん、臨時捜査本部の機材から学舎の園にある監視カメラへ接続出来るように要請してもらえますか?」
「なるほど、了解ですの!」
初春さんが白井さんに頼むと、白井さんもすぐに意味を理解したようでどこかへ電話をかけ始めた。これでアニメと同じように、監視カメラの映像を見ながら初春さんがナビゲートして、御坂さんが待つ公園のようなところまで犯人を追い込むのだろう。
「……、では固法先輩、よろしくお願いします」
白井さんが電話を切る。相手は固法さんだったようだ。
「初春、今までこちらで確認した情報を一七七支部へ送信しておいてくださいな。それで多分機材が到着する頃には許可が下りると思いますわ」
「はーい、了解です」
白井さんの指示に初春さんが答えてパソコンの操作を始める。到着する機材というのは恐らく初春さんが使う大量のモニタだろう……というか、多分性能の良いパソコンも含むのだろうとは思うが、もしかしたらこのノートパソコンだけで全て制御してしまうのだろうか。
「じゃ、機材が到着するまで作戦会議ね」
こうして犯人を追い詰めるための作戦を整え、機材の到着を待つことになった。作戦としてはまず初春さんが監視カメラから犯人の居場所を特定し、佐天さんと白井さんが顔見せ程度に犯人を追いかけ、その後俺が気配で犯人をずっと追いかけ続けるということになった。その間、初春さんの指示で佐天さんと白井さんが犯人を逃げ道をふさぎつつ、御坂さんの待つ公園へ追い込むように誘導していくという、まさに俺が加わっただけのアニメ通りの作戦である。
佐天さんと白井さんが顔見せ程度に犯人を追いかけるのは、顔を知られていないとあとで犯人の逃げ道をふさぐ際、追いかける側の人間だということに気付いてもらえず横を素通りされてしまう可能性があるからである。初春さんの指示で犯人がどう逃げているかは知ることが出来るわけだが、佐天さんにも白井さんにも犯人の姿が見えないので犯人の行動に対して咄嗟の反応とか判断は出来ないだろう。というわけで、犯人のほうに先に気付いてもらおうという作戦なのだ。
「さて、機材の設置も終わったことだし、初春さん、お願いね」
「はいはーい」
機材が到着して皆で設置したあと、御坂さんの言葉で初春さんがノートパソコンを物凄い速度で操作し始める。要請していた監視カメラへの接続は機材が到着する前に許可が下り、ついでに常盤台のサーバーも使用することが出来るようになったのである。
「おぉ~、さすが常盤台のサーバー。学舎の園の監視カメラ全2458台、あっという間に接続完了しました」
「へぇー、すごいね」
初春さんから接続完了が告げられると、御坂さんが感心したように呟いた。
「この中に犯人が映ってるのを探すわけね」
「そうですわね」
並べられた沢山のモニタに、それぞれいくつもの映像が映し出されている中から犯人を探し出すのはなかなか大変な作業だろう。そう思って俺が呟くと白井さんだけが同意してくれ、佐天さんと御坂さんはモニタを凝視していた。御坂さんは犯人にタックルされたことで怒り心頭だし、佐天さんも眉毛こそ描かれなかったもののスタンガンによって気絶させられたのだから、御坂さん同様犯人探しに躍起なのである。
そう言えばこの場面、確かいくつかのブロックを無視することで捜索範囲を絞り込んでいたと思うのだが、現状ではそうなっていない。捜索範囲の絞込みを提案したのは確か御坂さんだったから、今の状態ではそこまで気が回せないのかもしれない。
(アリス、今犯人を映してる監視カメラはあるか?)
(2台ある)
(じゃー、それを御坂さんと佐天さんの見てるモニタに表示させてくれ)
(分かった)
モニタを見始めてからまだ数分といったところだが、これだけある監視カメラ映像を闇雲に見ていくだけでは埒が明かないと思ったので、アリスに頼んで見つけやすいようにお膳立てをする。
「あっ!! 居たっ!!」
「見つけたっ!!」
お膳立てした分はちゃんと見つけてくれたようで、佐天さんと御坂さんがほぼ同時に声を上げた。それを聞いた初春さんが他のモニタに出される映像を、その周辺の監視カメラ映像へと即座に切り替える。
「待ってなさいよ! 私が真っ黒焦げにしてあげるから!」
「いや、お姉さま。それは駄目ですの」
映像に向かって物騒なことを叫ぶ御坂さんに白井さんが冷静なツッコミを入れていた。
「見ぃつけた」
重福さんの後ろから佐天さんが声をかける。重福さんは佐天さんの顔を確認すると、驚いた様子で姿を消しながら駆け出した。
「佐天さん、今のでオッケー」
「はーい、初春ー」
『はいはーい』
俺は佐天さんに小声で声をかけて重福さんについていく。佐天さんはイヤーレシーバーを使って初春さんと連絡を取っているが、このレシーバーはケータイと違って複数人で同時に会話が出来るもので、全員が装備しているので皆にも聞こえているのだ。
重福さんのほうはすでに気配では追いきれないほどの距離に逃げられているのだが、生体反応識別能力のほうでどこに居るかぐらいは分かる。まぁ、パスティッチェリア・マニカーニでは生体反応識別情報を入手し忘れていたので、つい先ほど入手したというわけだ。
「ジャッジメントですの! おとなしくお縄に……って、つくわけありませんわねぇ。……初春!」
『はーい』
しばらく重福さんを追いかけて白井さんの待つポイントへ到着すると、白井さんがアニメ通りに重福さんを蹴り飛ばし、決め台詞を言おうとしたところで重福さんにそのまま逃げられていた。足音が聞こえなくなるまで待った後、白井さんも初春さんに次の場所へ向かう指示を貰う。
俺はしばらく気付かれないようについて行き、重福さんがまた裏路地へ入ったところで後ろから声をかける。
「居た居た!」
まだ姿は見えていなかったのだが、重福さんが俺の顔を見て相当驚いたのだろうということは気配から分かる。慌てて逃げ出したが俺は気配を頼りに追いかけ始めた。
追いかける途中、交差点などでは佐天さんや白井さんが誘導する方向以外の道をふさぎ、御坂さんの居る公園の周囲を散々走り回らせた挙句、相手に疲れが見え始めたところで御坂さんの居る公園へと誘い込んだのである。まぁ、散々走り回らせたといってもせいぜい1km程度とかその辺りだろう。
「鬼ごっこは、終わりよ」
御坂さんが重福さん相手に決め台詞を言う。まぁ、決め台詞というには微妙な気もするが……。
「なんで、なんでダミーチェックが効かないの!?」
「いや、効いてたけどね」
重福さんの疑問には俺が答える。ダミーチェック自体は俺に対してでも効果を発揮していたわけだが、姿が見えなかったところで俺は問題なく追いかけることが出来ただけである。
「だったらどうしてっ!?」
「それは、ヒ・ミ・ツ、です」
更に聞いてくる重福さんに俺がスレイヤーズ世界で知り合った某獣神官のまねで答えると、重福さんはスタンガンを握りなおして俺に向かって突進してきた。
「これだから常盤台のお嬢様はー!!」
「あらら、ウチに来たか」
俺はスタンガンの電極に触れないようにしながら重福さんの手首を掴むと、スタンガンを取り上げて白井さんの足元へ転がした。そして、重福さんの体勢を崩して地面に組み伏せる。
「残念でした、ウチは常盤台の生徒じゃないからねー。あと、そこの佐天さんもね」
「だったら、なんで常盤台の制服なんか着てるのっ!?」
一応、俺と佐天さんが常盤台の生徒でないことを伝えてみると、やはり今の格好のことを聞かれた。まだ佐天さんや白井さん、そして御坂さんの位置からは見えてないのだろうが、俺の位置からは重福さんの独特な眉毛がはっきりと見えている。
「んー……まぁ、簡単に言えば……コスプレ?」
「コスプレって何よっ! ……え……きゃっ!!」
俺の適当な答えにより、重福さんがヒートアップして俺を睨んできたわけだが、それで俺の視線の先に気付いたらしい。
「へっ?」
「あ……」
「嫌っ、見ないでっ!」
俺に見られまいと首を振ったのが裏目に出て前髪が横に流れてしまったため、重福さんの特徴的な眉毛が皆からも見えるようになってしまった。
「何よ、笑いなさいよ。笑えばいいでしょ!」
重福さんが眉毛を隠すことが出来ないのは俺が組み伏せているからなので、取り敢えず重福さんの片手を自由に動かせるようにすると、重福さんはその手で眉毛を隠しながら周りを睨みつけていた。
「まー、取り敢えず座れるところへ行こうか」
アンチスキルが来るまでこのままというのは、俺もそうだが重福さんがつらいだろうと思ってベンチまで移動することにした。
「笑えばいいじゃない! あの人みたいにっ!」
「あの人?」
あー、やっぱりアニメと同じ展開に持っていくんだ。と思いながら、俺は重福さんを立たせて公園のベンチまで歩かせる。重福さんも抵抗する意思はないようで、素直にベンチまで歩いていた。
ベンチに座るなりしゃべり始めた重福さんの話は、彼氏を常盤台の女に取られてその彼氏から自分の眉毛が変だと言われたことで、自分を捨てた彼氏と彼氏を奪った常盤台の生徒とこの世の全ての眉毛が憎いというアニメ通りの内容だった。
「だから皆、面白眉毛にしてやろうと思ったのよ!」
「あ……あのー……」
「えーっと……途中から話が見えないんですけど……」
重福さんの話を聞いて、話についていけなかった白井さんと御坂さんが言葉に困っている状態で、佐天さんが普通に固まっていて、俺は笑いをこらえるので必死になっている。もちろん、重福さんの眉毛ではなく話の内容が可笑しいのだ。
「何よ。どうしたの? さあ笑いなさいよ!」
「えーっと、変じゃな……」
「あーっはっはっはっはぁっ」
「ちょっ、神代さん!」
ここで佐天さんが重福さんの眉毛を褒めることでフラグが立つはずだったのだが、俺のほうが堪えきれなくなってしまい大笑いしてしまった。折角の雰囲気が台無しになってしまったわけだが、こればっかりはどうしようもない。
「春、うららかな日差しの中で……とか、この世の全ての眉毛が憎い……とか、もう、可笑しくって可笑しくって……はぁーっ、はぁーっ」
息があがってしまうほどひとしきり笑った後で息を整える。
「何よ。本当は眉毛が可笑しいんでしょう!」
「いや、別に。ところで、その前髪って眉毛隠すためだよね?」
「そうよっ! 悪い?」
どうしても俺の大笑いした理由を眉毛にしたいようなのだが、俺は普通に話の内容のほうで笑ったので簡潔に答える。そして、分かりきっていることではあるが確認の為に尋ねると思ったとおりの答えが返ってきた。
「いや、これはウチの予想なんだけど……」
と前置きをして俺は話し始めた。重福さんの彼氏は眉毛を見たことがなかったがために、勝手なイメージを作り上げていたのではないかということ。そして、ある程度彼氏の中でイメージが固まってしまった状態で、実際の眉毛を見たらギャップが激しかったのではないかということ。話は変わって、俺が小学校の頃に同じクラスの友達がメガネからコンタクトに変えたときに、クラスの中で大爆笑が起きたこと。つまり、固まってしまったイメージと違うからこそ笑われるのではないかということである。
「確かにその眉毛は変わった形してると思うけど、最初から見せてればそれが普通になるのよ。多分ね」
「けど……」
俺が言い終わった後で重福さんが何か言いたそうではあったのだが、結局言葉には出来なかったようだ。まぁ、コンプレックスというのはそう簡単にどうこうできるものではないだろう。
「あと、他の可能性としては、その彼氏さんは以前からすでに心が離れていて、眉毛の話は単なる口実だった、とかね」
「そんなことっ……」
俺がもう一方の可能性を示すと重福さんにも思い当たる節があったのだろう、否定しようとしたところで言葉を詰まらせる。
「だ……大丈夫ですよ。重福さんならこれからだって彼氏の一人や二人作れます。その眉毛だって見方によったらチャームポイントですって。私はそれ、好きだなぁー」
あらら、こっちもやっぱり言っちゃうのか。表情が暗くなった重福さんを見かねて佐天さんが励ましたわけだが、アニメ同様重福さんの頬が染まる。
「罪な女ですの」
「え……えぇっ……えぇぇーーーーーっ!?」
白井さんのつぶやきに佐天さんが振り返り叫び声を上げた。まさに、アニメ通りである。
「あの、佐天さん、神代さん、手紙……書いてもいいですか?」
「え、ええ」
「あれ、ウチも?」
それからしばらくしてアンチスキルが到着すると重福さんを引き渡すが、手紙の相手になぜか俺まで入っていた。
「だめ……ですか?」
「だめじゃないよ、別に。ただ、ウチまで入ってたことに驚いただけ」
手紙を書くのに相手から許可を貰う必要なんてないと思うんだけど、とは言わずに返しておく。しかし、返事を書かなかったらオ・ハ・ナ・シなんてことはないよね?
「じゃー手紙、書きますね」
重福さんは少し嬉しそうに言って護送車に乗り込む。
「さーて、戻りますか」
「そうですわね」
「はーい」
護送車を見送ったあと、御坂さんが伸びをしながら皆に声をかけ、臨時捜査本部がある常盤台の第三生徒指導室まで戻ることになった。
「あ、お帰りなさーい」
戻ってくると初春さんが出迎えてくれる。しかし、初春さんのテーブルの上は明らかにおかしかった。
「初春さん……それ……」
「あー、私の為にこんなに沢山ケーキを買ってきてくれるなんて、本当にありがとうございます。全部美味しく食べさせて頂きました」
「なっ!!」
一応俺が聞いてみたが、初春さんは本当に全部食べてしまったらしい。それを聞いた御坂さんも驚きの余り言葉が出なくなっている。
「あれだけあったのを……全部なんて……」
パスティッチェリア・マニカーニの箱を全部確認しながら御坂さんがつぶやいた。
「全部は駄目でしたか?」
「あの中でウチが初春さん用に買ったのは二つだけだよ。後はウチの分と佐天さんの分と御坂さんの分」
「え゛っ……」
いつもの調子で初春さんが尋ねるので俺が答えると、初春さんは固まってしまった。御坂さんのケーキが一つ、佐天さんのケーキも一つ、初春さん用のケーキが二つで俺用が三つなので合計七つ。それだけのケーキ全部が自分のために買ってきたものだとよく思えたなと、呆れを通り越して感心してしまう。
「う~い~は~る~!!」
自分のチーズケーキを食べられたことで佐天さんの怒りゲージが急上昇している。
「まーまー、佐天さん。帰りに初春さんのおごりでテイクアウトすればいいよ」
「あー、そっか。それならたくさん頼めるね」
「ウチも自分用だった三つと、あと何個か頼もうかな」
「そ……そんなぁ~」
佐天さんを静めるために提案してみると、即座に佐天さんは乗ってくれる。結局、俺と佐天さんが食べるはずだった分は、初春さんがテイクアウトで購入するということで落ち着いた。
「神代さんが注文した時、そんなに食べるのって言ったんだけど、こんなに食べた人が居るとねー」
柵川組のやり取りを見ながら御坂さんは何やら感慨深げにつぶやいていた。