問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?
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Mission3・② ~Community of No name~
「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛″のリーダー、ジン君じゃあないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
スーツを着た大柄な男はダンテ達を一瞥すると、今度は相手を見下すような下卑た笑みを浮かべてジンを見た。
その視線を受けたジンは顔をしかめて言い返す。
「僕らのコミュニティは〝ノーネーム〟です。〝フォレス・ガロ〟のガルド=ガスパー」
「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗本を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させることなどできたものだ――――そう思わないかい? お嬢様方に、そこの素敵なコートの殿方」
「そいつはありがとよ、あんたもそのピチピチのスーツがキュートだな」
ハッハッハ、とガスパーという男は豪快に笑う。どうやらダンテのジョークが気に入ったらしい。
ダンテはその表面こそその不敵な笑みを崩さなかったが、内心ではガスパーのことを不信に思っていた。
明らかにジンに対して敵意をむき出しにしている上に、さっきからこの男は自分たちを品定めでもするかのようにまじまじと見ている。相手もパッと見は豪快に笑っているようだが、その目は獲物を狙う猛禽類の如く猛っていた。
そして何よりも気になるのは――この男から漂う、おびただしいほどの死臭。
「失礼ですけど、同席を求めるならばまず氏名を名乗ったのちに一言添えるのが礼儀ではないかしら?」
どうやら飛鳥はこの男がお気に召さなかったらしい。
その発言と態度がとても嫌だと顔にはっきりと書いてあった。
「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ〝六百六十六の獣〟の傘下である」
「烏合の衆の」
「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ! 誰が烏合の衆だ小僧オォ!」
自己紹介をしていると、唐突にジンが横やりを入れてきたその途端、ガスパーが豹変した。さっきまでの慇懃無礼なエセ紳士口調から粗暴な言葉遣いへとかわって、口は耳元まで裂け牙がむき出しになる。ギョロリと剥かれた瞳が激しい怒りとともにジンに向けられていた。
しかし、ジンをはじめその場に居合わせた者は誰もガスパーの激昂に慄くことはなかった。ダンテに至っては「スーツを着たネコちゃんとはまたクレイジーだな」などということをおどけた調子で言って見せるくらいである。
「口慎めや小僧ォ……紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ……?」
「おいおい、紳士がそんな簡単に怒るもんじゃねーぜ。いい男ってのは俺みたいに常に余裕をもってるもんだ」
「あなたはもうちょっとしゃんとすべきだと思うわ」
「あなたは紳士じゃなくてただのお馬鹿」
「そんなことはどうでもいい! ……のですよ!」
ジンの次はダンテからも横やりを入れられ、ガスパーはつい彼らの方にも怒鳴りかかってしまった。慌ててガスパーは丁寧語を最後につけたものだから、ジンを除く三人は笑いをこらえるので必死だった。
「森の守護者だったころのあなたなら相応に礼儀で返していたでしょうが、今のあなたはこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」
「マスコットの間違いじゃないのか?」
「ハッ、そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できてんのかい?」
「ハイ、ちょっとストップ」
相も変わらずダンテは茶々を入れていくが、ガスパーはというとそんなダンテの言葉など聞こえていないかのように振る舞い、ジンの言葉を鼻で笑った。
そこで飛鳥は険悪な二人を遮るようにして手をあげた。
「事情はよくわからないけど、あなたたち二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえたうえで質問したいのだけど――」
飛鳥はそう言葉を切り上げると、鋭い目つきでジンを睨みつけた。
普通の人なら、たとえ少女からであったとしても思わず怯んでしまうほどの眼光を受け、ジンは大きくたじろいだ。
「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況……というものを説明していただける?」
「そ、それは……」
飛鳥はジンを見据えたまま、迫力に満ちた口調でジンにそう問いかけた。
ジンはというと、飛鳥からの問いかけに言葉を詰まらせてしまう。その様子を見る限りどうやら痛いところを飛鳥の質問は突いていたらしい。
「あなたは自分のことをコミュニティのリーダーだと名乗ったわ。なら黒ウサギと同様に、新たな同士として呼び出した私たちにコミュニティとはどういうものなのかを説明する義務があるはずよ。違うかしら」
追及する言葉は静かで、それでいてナイフのように鋭利なものだった。
飛鳥の理屈は筋が通っている。これではもう彼女の質問に答えるしかないだろう。
追いつめられ、どうしようもなくなってしまったジンは俯いてしまう。
ダンテの推測通り、この世界に招いた四人に、少年と黒ウサギが隠し事をしていることはここで明白となった。
(〝ノーネーム〟ねぇ……名無しってのはどうにも嫌なことらしいな、ここいらでは)
ダンテはそこでも、ガスパーとジンとの会話の中にあった『名無し』や『ノーネーム』だの、『コミュニティの誇りである名と旗本』などという単語から、隠していたのはそこに関連するものなのではないかと考えていた。
他のコミュニティに所属しているガスパーが散々にその点を言及して侮蔑してきているのがその証拠。さらに『コミュニティの現状』や『過去の栄光』などと言っているあたり、かなりの勢力を誇ったコミュニティだったのだろう。元から名無しだったわけではなく、名を奪われ、コミュニティを崩壊させられた……そんなところではないかと、ダンテは勘ぐっている。
コミュニティがもはや風前の灯であり、そして誇りである名も旗もない。これは確かに他人には隠しておきたいことだろう。
(ま……答え合わせについては今から教えてもらうとするかね)
とりあえずそこで思考を止めたダンテはジンの方を見る。
ジンは未だにどう切り出せばいいのかわからず、口を閉じたままだ。教えたくなかったことについて口にしなければならないというのはなかなか精神的にくるものがあるものだ。それが忌み嫌っている相手も目の前にいる状態で、ということならなおさらである。
いつまでも何も言わないジンを一瞥して、ガスパーは飛鳥に提案をした。
それはもう、満面の笑みを浮かべて。
「レディ。あなたの言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし彼はそれをしたがらないでしょう。よろしければ、〝フォレス=ガロ〟のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧――ではなく、ジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟のコミュニティを客観的に説明させていただきますが」
上品ぶった口調がなんとも腹立たしい。
飛鳥は訝しげにガスパーを見るが、一度だけジンの方へと視線を送って彼が何も話そうとしないのを見ると、それを許諾した。
そしてそこから、ダンテ達は自分たちをこの世界へと呼んだコミュニティ〝ノーネーム〟のことを知ることとなった。
*********
「――『魔王』、ねぇ。こいつはまたHardな状況に置かれたもんだな」
一通りの話をガスパーから聞いたダンテは、注文したストロベリーサンデーを食べながら言葉を漏らす。
結果から言えば、彼の推測はドンピシャであたり。それこそJack pot(大当たりだ)! と叫びたくなるくらいにど真ん中を射ていた。
話を要約するとこうだ。
ジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟は、かつてはこの東部区画における最大手のコミュニティだったという。他の区画の上級コミュニティの者達からも一目置かれる信頼、上層部にも食い込もうかというほどの規模を誇っていたコミュニティで、それはもう多くの者達から尊敬の目で見られていたのだという。
説明をしていたガスパーは面白くなさそうに説明をしていたが、現在この付近の最大手となっている彼の口ぶりからすればそれがどれほどのものであったかよくわかった。実際に彼もそのことについては認めている。
ガスパー曰くコミュニティを大きくするならば、他のコミュニティと〝両者合意〟の上でギフトゲームを行い、勝利すればいいらしい(実際にそうして自分たちはコミュニティを大きくしていったとガスパーは自慢げに言っていた)。
つまり、ジン達のコミュニティはこの東区の並みいる猛者たちを倒してきた強豪だったということになる。
だが、彼らのコミュニティは数年前にあっけなく崩壊することとなった。
しかも、たった一つのゲームで。『魔王』と呼ばれる者から、挑戦を受けたことで、だ。
「――なるほどね。大体理解したわ。つまり〝魔王〟というのはこの世界で特権階級を振り回す神様etc.を指し、ジン君のコミュニティは彼らの玩具として潰された。そういうこと?」
「そうですレディ。神仏というのは古来、生意気な人間が大好きですから。愛しすぎた挙句に使い物にならなくなることはよくあることなんですよ」
ガルト=ガスパーはカフェテラスの椅子の上で大きく手を広げて皮肉そうに笑う。
黒ウサギが説明していたように、この世界ではコミュニティ同士が行うギフトゲームもあれば、修羅神仏が企画するゲームも存在する。『魔王』と呼ばれる彼らはその中でも〝主催者権限〟という箱庭の世界の中でも特権階級を持つ者達であり、彼らからギフトゲームを挑まれれば、もう断ることはできない。
そしてそのゲームに敗北した者には、それこそ災厄としか言いようのないほどの運命が待ち受けている。
彼ら〝ノーネーム〟は……そこで、敗北してしまったのだ。
「名も、旗本も、主力陣の全てを失い、残ったのは膨大な居住区画の土地だけ。もしもこの時に新たなコミュニティを結成していたなら、前コミュニティは有終の美を飾っていたんでしょうがね。今や名誉も誇りも失墜した名も無きコミュニティの一つでしかありません」
「……………………」
「そもそも考えてみてくださいよ。名乗ることを禁じられたコミュニティに、いったいどんな活動ができます? 商売ですか? 主催者ですか? しかし名もなき組織など信用されません。ではギフトゲームの参加者ですか? ええ、それならば可能でしょう。では優秀なギフトを持つ人材が、名誉も誇りも失墜させたコミュニティに集まるでしょうか?」
「そうね……誰も加入したいとは思わないでしょう」
「そう。彼は出来もしない夢を掲げて過去の栄華に縋る恥知らずな亡霊でしかないのですよ」
ガスパーはピチピチのタキシードを破きそうな、品の無い豪快な笑顔でジンとコミュニティを笑う。
ジンは顔を真っ赤にして両手を膝の上で握りしめていた。
それを見てますますガスパーはご満悦したのか、調子に乗って次々としゃべっていく。
「もっと言えばですね。彼はコミュニティのリーダーとは名ばかりで殆どリーダーとして活動はしていません。コミュニティの再建を掲げてはいますが、その実態は黒ウサギにコミュニティを支えてもらうだけの寄生虫」
「…………っ」
ガスパーの言葉を受けて、ジンは歯を噛みしめる。
とてつもない侮辱。しかしそれに対して言い返すことをジンはしなかった。
つまりそれは、事実であるとジンが認めたということなのだ。
「私は本当に黒ウサギが不憫でなりません。ウサギと言えば〝箱庭の貴族〟と呼ばれるほど強力なギフトの数々を持ち、何処のコミュニティでも破格の待遇で愛でられます。コミュニティにとってウサギを所持しているのと言うのはそれだけで大きな〝箔〟が付く。なのに彼女は毎日毎日糞ガキ共の為に身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティをやり繰りしている」
黒ウサギには、確かにガスパーはもったいないと言いたげな口ぶりだったが、他はまるで馬鹿にしているかのような言葉ばかりだった。
それでもジンは言い返さない。言い返すことが、できない。
ガスパーの言葉はすべて的を得たことだったのだから。
「…………そう。事情は分かったわ。それでガルドさんは、どうして私たちにそんな話を丁寧にしてくれるのかしら?」
飛鳥は含みのある声で問う。理由なんて彼女はもうわかりきっているだろう。あくまでただ聞いてみるというだけだ。
ここまで自分たちを招こうとしてるコミュニティを卑下し、懇切丁寧にこの世界のさまざまなことについて教えてくれている。この時点で、もうガスパーの目論見など明らかだ。
ガスパーは彼女の意図を察して笑う。
「単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」
「な、何を言いだすんですガルト=ガスパー!?」
ジンは怒りのあまりテーブルを叩いて抗議した。
しかしガルト=ガスパーは獰猛な瞳でジンを睨み返す。
「黙れ、ジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を新しく改めていれば最低限の人材はコミュニティに残っていたはずだろうが。それを貴様の我が侭でコミュニティを追い込んでおきながら、どの顔で異世界から人材を呼び出した」
「そ…………それは」
ジンはガスパーの言い分に反論することは出来なかった。
名無しは箱庭の世界ではとてつもないハンディを背負うことになる。なにせ商売もギフトゲームを自ら開催することもできない、有用な人材もいないときたものだから、それから再建に持ち込むなど不可能に近いだろう。
確かにガスパーの言う通り、彼がコミュニティの名と旗を改めていれば元のコミュニティほどではなくとも、信用はあったはずだ。
全てが正しくて、ジンは何も言い返せなかった。
「何も知らない相手なら騙しとおせるとでも思ったのか? その結果、黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら……こっちも箱庭の住人として通さなきゃならねぇ仁義があるぜ」
先ほどと同じ獣の瞳に似た鋭い視線に貫かれ、ジンは僅かに緩む。だが彼の心はガスパーの迫力以上に、自分たちが招いた異世界の者達四人への後ろめたさと申し訳なさでかき混ぜられた。
自分は、相手の信頼を踏みにじるような行為をしでかしたのだという自覚くらい、ジンにもあった。しかしやるしかなかった。
それほどまでに、彼らのコミュニティは追い込まれていたのだ。
「……で、どうですかレディ達に、ジェントルマン。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずともあなた達には箱庭で三十日間の自由が約束されています。一度、自分たちを呼び出したコミュニティと私たち〝フォレス・ガロ〟のコミュニティを視察し、十分に検討してから――」
「あー、ちょっといいか?」
そのときだった。
ガスパーが話しかけている最中に、今まで沈黙を保っていたダンテが口を挟んできた。
「……? はい、いったいなんでしょう?」
「オメーじゃねぇよデカブツ。俺はジンに訊きたいことがあるんだよ。訊き終えるまでそのベラベラしゃべる口閉じてろ」
初対面の人間にあまりにも乱暴な口調で命令され、ガスパーはぽかんとした。
対してジンはというと、いったいこの状況で何を訊ねられるのかと戸惑う。
自分たちのコミュニティの現状についてはもうほとんど暴露されてしまったし、この箱庭の世界についてもあらかたガスパーが説明をしてしまった。
「――こいつはマジで大事なことだ。だからこのことについてはキッチリと答えてもらうし、それによって俺の対応も変わる。わかるな?」
「は、はい……」
いったい、彼が訊きたいことはなんなのか?
その場にいた全員がダンテに注目する。ジンは固唾を呑んで、次のダンテの言葉を待った。
ダンテは一時だけ沈黙し、やがて重い口を開く。
「――お前んとこのコミュニティ、飯にピザはあるんだろうな?」
「「「「………………………………………………は?」」」」
思わず、ジン達は目を点にしてそんな言葉を漏らしてしまった。
「は? じゃねーよ。ピザはあんのか? ねぇのか? 答えはYesかNoかどっちかでいいんだ。どうなんだ?」
「え、あの、その……はい、用意することは、できますけど……」
ジンが訊かれるままにその問いに肯定すると、「よぉし!!」と一際でかい声を出してダンテは大喜びした。
「じゃ、決まりだ。これからよろしくな、世話になるぜリーダー? あ、でもピザにオリーブ入れるなよ、そこんとこしっかり頼む」
「――――はい?」
ジンは自分の耳を疑った。
いや、ジンだけではない。飛鳥、耀、ガスパー、果ては話を横から聞いていた店員と客までもがダンテを信じられないものを見るような目で見つめる。
「Hey、どうした。入るって言ってるんだぜ? もっと大手をあげて素直に喜べよ、ガキなんだからよ」
「え、いや、あの、は、入るって……というか、今ガキって――」
「あーっとそうだ、もう一つあった! こいつも大事なことだったぜ!」
また唐突にダンテは声を張り上げる。大事なことを聞き忘れていたというような素振りに、またジンは緊張した。
「な、なんですか?」
ジンはダンテの次の言葉に身構える。
そしてダンテは切羽詰まったような表情でジンに訊いた。
「ストロベリーサンデー、もう一杯いいか?」
ズゴッ!! とその場にいる全員がずっこけた。
問われたジンに至ってはもう何も言うことが出来ず口を開け閉めさせている。
そしてダンテはジンからの返答を聞きもせずに店員に話しかけ「もう一杯頼むぜ」とストロベリーサンデーの追加を注文した。
あまりにもフリーダムなその行動に注文を言い渡された店員、そして黒ウサギから問題児と称されている飛鳥と耀までもが唖然としているほどである。
そしてダンテはウキウキとした顔でガスパーの方へと向き直ると、とたんに表情をしかめた。
「あ? お前まだいたのかデカブツ。話はもう終わったんだろ、帰っていいぜ」
「え、あの……」
「なんだ、トイレにでも行きたいのか? わりぃが俺はどこにあるのか知らねぇよ、店員に訊きな」
「し、失礼ですがジェントルマン! いったいどういうわけなのか――」
「トイレでもないのか? なら何の用だよ、とっととどっか行け。飯の邪魔だ」
「だからどういうわけで断んのかって訊こうとしてんだろォがァ!!」
人の話を聞こうともしないダンテに、もともと気が短いガスパーはもちろんぶち切れた。
ドガッ!! とガスパーは激昂し、テーブルにその拳を思いきり叩きつける。だがダンテはそんな彼を見ても涼しい顔をしたままだ。
「お、お客様! そのようなことをされては困ります、他のお客様の迷惑に――」
「黙っていろォ! 俺はこいつと話をしているんだ!!」
猫耳の店員がもめごとを何とか収めようとしたが、ガスパーはそんな彼女に怒鳴り散らした。
ダンテはやれやれというようにため息を吐くと呆れたような、つまらなさそうな顔をしてガスパーを一瞥する。
「おいおい。あんまり癇癪は起こすもんじゃねーぜ? ほら見ろ、テーブルが歪んじまってるよ」
「誰のせいだと思ってやがる!」
「おまえだろが」
「テメーがまともにこっちの話を聞こうとしねーからだろうがッ!! さっきから聞いてりゃ言いたい放題に言ってくれやがって、ふざけてんのかテメェ!」
「Easy does it(落ち着けよ)。別にふざけてねぇよ、俺はいつでも大真面目だ。で、なんだっけ、理由だったか? そんなに聞きたいのか?」
「ああそうだとも! 是非とも俺のコミュニティではなくこんな脆弱でちっぽけなコミュニティを選ぶ理由ってのをお聞かせ願いたいね!」
声を張り上げながらも、殴りかかろうとするのを必死で抑えているのは自称紳士としての最後のプライドがあるからなのか。
問いかけられたダンテは、意気揚々として断言する。
「――こっちの方が、楽しそうだからだよ」
まるでパーティを待ち焦がれる子供のように、ダンテは無邪気に笑ってみせる。
彼にとって選択の基準など、たった一つしかない。
自分が楽しいか? 楽しくないか?
その二択だけで、十分だ。
魔王と戦い敗れたコミュニティ……彼らが再建を目指すというのなら、もちろんそいつらとの戦いは『避けられない』だろう。
いや……彼からしてみれば、この表現はちょいと違う。
『思いっきり、戦うことができる』。これが正しい。
それはなんとも素敵なことではないか。
「あとはあるとしたらテメェが気に入らないからだな。俺よりおしゃべりな奴は嫌いなんだ。これで満足か? じゃ終わりだ、帰れ」
「――――ッッ!! この、野郎……さっきからこっちが下手になってりゃあ調子に乗りやがってェェェェェェ!!」
とうとうガスパーは我慢が出来なくなった。
もはや化けの皮ははがれていた。言葉は完全に荒れ、凶暴で粗悪なその性格を露わにし、ガスパーはダンテに襲い掛かる。
人から獣の爪へと変化したそれを振りかぶり、ダンテを頭から真っ二つにしようとしたそのとき。
「止まりなさい!」
ビタァッ! と。ガスパーの手はダンテの額の手前で急停止し、そのままピクリとも動かなくなった。
いや、手だけではない。ガスパーの足が、首が、目が、ありとあらゆるものがすべて停止したのだ。
ただ飛鳥が、ガスパーに向かって命令をした、それだけのことで。
「Thanks(ありがとよ)、あとちょっとで俺のハンサム顔が台無しになるとこだったぜ」
「あなたねぇ……ホントにあと少しでも私が遅れたら、どうなってたのかわかってるのかしら?」
「ま。お子様には見せられない光景にはなってたかもな……で、それがお嬢ちゃんのギフトかい?」
「ええ……まぁ見ての通り、あまり自慢できるものじゃないけどね」
飛鳥の表情に少し陰が落ちる。
それも仕方がないことだろう。『相手に絶対服従の命令を下せる』。一見強力で良いギフトだろうが、こんな能力を何もない日常生活の中でもっていようものなら手に余る。
前の世界でもきっと、彼女はこのことで苦労をしてきたのであろうことがその顔から見て取れた。
「こりゃまいった。うっかり惚れられでもしたら大変だ、『私を愛しなさい』と言われちまえばそれだけで虜だものな、いやもう手遅れか?」
「……あなたってどれだけ自惚れが強いわけ?」
「お嬢ちゃんの目は節穴か? それともいい男は散々お屋敷の中で見てきたか? そうだとしても俺みたいな男を放っておく女はいないと思うんだが」
「どちらでもないわ。単にお調子者は好みじゃないってだけよ、安心していいわ」
「Hum……お嬢ちゃんほどの美人なら、別に俺としては命令されてもよかったんだがね」
「……はぁ」
ダンテの本気か冗談かよくわからない発言にため息を吐く飛鳥。
もう彼のことは放っておくとして、飛鳥はガスパーの方へ向くと話しかける。
「さて。私の方も答えさせてもらうけど、あなたのお誘いはパスよ。私もジン君のところで間に合っているもの」
「え、ええ!?」
先ほどの暗い表情とは打って変わって、飛鳥は満面の笑みでそう断言する。
飛鳥の回答に、ジンはまたも驚愕することになった。
ダンテに続き、飛鳥までもが自分たちのコミュニティに入ると宣言をしたのだから。
「春日部さんは今の話をどう思う?」
「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」
「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら? 私たちって正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの」
「じゃあ俺は恋人一号に立候補だな。俺も上手くやってけそうな自信あるぜ。なんなら街頭で演説でもしてやろうか?」
「あなたに被選挙権はないから却下」
「Oops(あらら)、厳しいもんだ」
耀はダンテの要望を即座に却下すると、飛鳥を見てしばらく無言で考える。
飛鳥の方はというと、自分で言っておいて恥ずかしくなったのかしきりに髪をいじっていた。
やがて耀は口を開く。
「…………うん。私の知る女の子とちょっと違うから大丈夫かも」
『にゃーん』
すると三毛猫は涙を流して鳴いた。言葉はわからないが、おそらく彼女に友達ができたことを喜んでいるのだろう。随分と人間臭い猫だ。
それぞれの組織のリーダーをそっちのけにしてはしゃぐ三人だったが、ジンの方は全くわけがわからないというように彼らを見回している。
そして。
「レ……レ、ディ……な、ぜ……!!」
それはガスパーも同じだった。
全身が拘束されているようで、よく動いていたその口と舌もまるでまともに機能しない。言葉を発するのがやっとだ。
それでもガスパーは口を動かすと、そう飛鳥に問いかけた。
しかし、これはダンテからしてみれば愚問でしかない。
こんなわかりきったことなど、聞くまでもない。
「あら、動くなと言ったのにしゃべれるだなんてね……聞いての通りよ。ダンテは、楽しいから。春日部さんは友達を作りに来ただけだから、ジン君でもガルドさんでもどちらでも構わない。そうよね?」
「うん」
「お分かりいただけて何よりだ」
――簡単なことだ。自分と同じで。
「そして私、久遠飛鳥は――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ」
――全てが思い通りになる人生。そんなもの、死んでるのと同じだ。
「それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやるなどと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら」
――『つまらない』。そんなものは何もかもが『つまらない』。それならば……
「だとしたら、自身の身の丈を知った上で出直して欲しいものね、このエセ紳士」
――こっちの方が、何百倍も、面白い。
ピシャリとそう言い切られたガスパーは、もはや激昂などという言葉では言い切れない程に憤っていた。
怒りという怒りが彼の心をすべて支配し、この場で彼女をズタズタに引き裂いてやりたい衝動にかられる。
だが、それはできない。それどころか、指一本たりとも動かすことができない。
自分の身体の自由は、すべて彼女の言葉で奪われていたのだから。
「さて、私の話はまだ終わっていないわ。あなたからはまだまだ聞き出さなければならないことがあるのだもの」
そこで飛鳥は話を切り替える。
さっきから彼女は、ガスパーの話を聞いているうちで妙に引っかかっていることがあった。
特に自分たちに関係があるということでもないのだが、この際だから訊いておこう。
そう思って、とりあえず彼女はガスパーを座らせるべく命令を下そうとしたが……
ドガッ! と。
「ほら、お嬢ちゃんが質問しようとしてるぜ?」
それよりも早く、ダンテはガスパーが立ち上がることで倒れた椅子を蹴り飛ばし、
「紳士だろ。話を聞くなら……」
きっちりと飛鳥の目の前にその椅子を立たせると、
「キッチリ座れ」
ズガン!! と。
『完全に停止していたはずのガスパー』を、無理やりにそこへと座り込ませた。
椅子がへし折れてしまいそうなほどの勢いでガスパーは腰を据え、飛鳥と対面する。
(うそっ!?)
ジンと耀は、一連のダンテのパフォーマンスに呆気にとられる。
飛鳥に至ってはあやうく声を出してしまいそうになった。
しかしそれはパフォーマンスではなく、『ガスパーを力ずくで座らせた』ことが、である。
彼女はガスパーに『止まれ』と命令したのである。それはただ単純に解釈すれば、『動くことをやめろ』という表面的な意味だけに思えるが、実はそれだけではない。
『何があってもその姿勢のままでいろ』、つまり無理やり身体を動かされようとも、ガスパーは一切動くはずがないのだ。
なのにダンテは。いともたやすく彼を、動かしてしまった。
「ん? どうした? 訊きたいことあるんだろ?」
しかし当の本人は、全く涼しい顔をしたまま彼女に訊ねかけてくる。
……この男はいったい何者なのだろう。
飛鳥は自分の焦りと疑問を必死に隠し、「……ありがとう」とだけ答えると飛鳥は軽く咳払いをする。
「……あなたはこの地域のコミュニティに〝両者合意〟で勝負を挑み、そして勝利したと言っていたわ。だけど、私が訊いたギフトゲームの内容は少し違うの。コミュニティのゲームとは〝主催者〟とそれに挑戦する者が様々なチップを賭けて行う物のはず。……ねえ、ジン君。コミュニティそのものをチップにゲームをすることは、そうそうあることなの?」
「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースです」
「そうよね。訪れたばかりの私たちでさえそれぐらい分かるもの。そのコミュニティ同士の戦いに強制力を持つからこそ〝主催者権限〟を持つ者は魔王として恐れられているはず。その特権を持たないあなたがどうして強制的にコミュニティを賭けあうような大勝負を続けることができたのかしら。教えてくださる?」
ガスパーは悲鳴をあげそうな顔になるが、口は彼の意に反して言葉を紡ぐ。
彼女の命令するままに。ガスパーは、問われるままを答えた。
「き、強制する方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」
「まあ、そんなところでしょう。あなたのような小物らしい堅実な手です。けどそんな違法で吸収した組織があなたの下で従順に働いてくれるのかしら?」
「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質にとってある」
ピクリ、と飛鳥の片眉が動いた。たったそれだけの反応だったが、彼女を取り巻く雰囲気からはガスパーに対する嫌悪感が滲み出ていた。コミュニティのことに無関心そうな耀でさえ不快そうに眼を細めている。
ダンテは軽薄な笑みを強張らせた。人質を取るということ自体は、ダンテは何度も経験をしている。悪魔と対峙するときにおいて、そんなことを相手がやってくるのは日常茶飯事だからだ。
元々悪魔は手段を選んでくることなどしない。それにダンテは悪魔たちにとって天敵とも言える半人半魔の存在であり、相手はより一層非道な手段を用いてくるのである。
だから、ダンテが表情を変えたのはそこではない。
ガスパーから漂ってきている死臭。血の匂いがべっとりとこびりついたようなその強烈な香りはどれだけ消そうとしてもしつこく染みついていた。
最近人を殺しているのだろう、それも大量に、定期的に。これは間違いない事実である。
だがいったいなぜそんなことをしたのか。まず殺人などしたところで、何もいいことなどないのだ。
この世界ではギフトゲームがすべて。たとえ恨みがあったところでそれはゲームを行って相手を倒せばそれでいい。人を殺してしまってはただ敵を作るだけで、この箱庭の世界ではろくに生活をしていくことすら困難になりかねない。それくらいガスパーは理解しているだろう。
ではいったい誰を殺したのか。いや、『証拠もなく、殺したところでガスパーに一切実害がない者を殺した』としたら、いったいそれは誰なのか。
……悪魔に近いこの男ならば、きっとこうするだろう。
ダンテは一人、その答えを知った。
「…………そう。ますます外道ね。それで、その子供たちは何処に幽閉されているの?」
――やめろ。ダメだ。
それを聞いてはいけない。
その先を、この男にしゃべらせてはいけない。
この男に。そんなことを訊ねてはいけないんだ。
「おい、お嬢ちゃ――」
そうしてダンテが彼女の言葉を遮ろうとしたが。
「もう殺した」
それよりも先に、ガスパーの口は動いていた。
その瞬間、その場の空気が凍り付く。
その答えを予見していたダンテを除く全員が――飛鳥、耀、ジン、店員達が耳を疑い思考を停止させる。
ただ一人、ガルド=ガスパーだけは命令されたまま言葉を紡ぎ続けた。
「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭に来て思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が愛しい、母が恋しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が喰
「黙れ」
ガチンッ!! とガスパーの口が勢いよく閉ざされる。
飛鳥の言葉は先ほどとは比べ物にならないほど凄味が増し、魂ごと鷲掴むような勢いでガスパーを締め上げる。
「……お子様にはちょいと過激な内容だったな」
口こそ先ほどとあまり変わらないものの、ダンテは無表情に変わっていた。
彼のつぶやきに共感するかのように飛鳥は頷く。
「素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道とはそうそう出会えなくてよ。さすがは人外魔境の箱庭の世界といったところかしら……ねえジン君?」
飛鳥の冷ややかな視線に慌ててジンは否定する。
「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」
「そう? それはそれで残念――ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるかしら?」
「厳しいです。吸収したコミュニティから人質を取ったり、身内の仲間を殺すのはもちろん違法ですが……裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」
飛鳥はジンの回答に顔を顰めた。
確かにそれは裁きと言えなくもない。リーダーであるガスパーがコミュニティを去れば、烏合の衆でしかない〝フォレス・ガロ〟は瓦解するのは目に見えている。
しかしそんなもので彼女は納得などできない。
できるわけが、ない。
「そう。なら仕方ないわ」
苛立たしげに飛鳥は指をパチンと鳴らす。それが合図だったのだろう。ガスパーを縛り付けていた力は霧散し、体に自由が戻った。怒り狂ったガスパーは歪んだカフェテラスのテーブルを勢いよく叩いて砕く。
「こ…………この小娘がァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
雄叫びとともにガスパーはその身体を激変させる。
巨躯を包むタキシードは膨張する背筋で弾け飛び、体毛は変色して黒と黄色のストライプ模様が浮かび上がる。
彼のギフトは人狼などに近い系譜を持つ。通称ワータイガーと呼ばれる混在種だった。
「テメェ、どういうつもりか知らねぇが…………俺の上に誰がいるのかわかってんだろうなァ!? 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ! その意味が
「黙りなさい。私の話はまだ終わっていないわ」
ガチン! とまた勢いよくガスパーは黙る。しかし彼の怒りはそれだけでは止まらない。ガスパーは丸太のように太い剛腕を振り上げて飛鳥に襲い掛かる。それに割って入るように耀が腕を伸ばした。
「喧嘩はダメ」
耀が腕を掴むと、彼女はさらに腕を回すようにしてガスパーの巨躯を回転させて押さえつけた。
「ギッ…………!」
少女の細腕には似合わない力に目を剥くガスパー。飛鳥とダンテは楽しそうにそれを見て笑っていた。
「さて、ガルドさん。私はあなたの上に誰がいようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した〝打倒魔王〟だもの」
その言葉にジンは大きく息を呑む。内心、魔王の名が出たときは恐怖に負けそうになったジンだが、自分たちの目標を飛鳥に問われて我に返る。
「…………はい。僕たちの最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間たちを取り戻すこと。今更そんな脅しには屈しません」
「そういうこと。つまりあなたには破滅以外のどんな道も残されていないのよ」
「く…………くそ……!」
どういう理屈かは不明だが、耀に組み伏せられたガスパーは身動きできず地に伏せているようだ。
飛鳥は少し機嫌を取り戻し、足先でガスパーの顎を持ち上げると悪戯っぽい笑顔で話を切り出す。
「だけどね。私はあなたのコミュニティが瓦解する程度のことでは満足できないの。あなたのような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ――そこで皆に提案なのだけれど」
飛鳥の言葉に頷いていたジンや店員達は、顔を見合わせて首を傾げる。
唯一彼女のたくらみを理解したダンテは、これから起こるであろうことに楽しみを隠せず笑みを浮かべた。
飛鳥は足先を離し、今度は女性らしい細長い綺麗な指先でガスパーの顎を掴み、
「私たちと『ギフトゲーム』をしましょう。あなたの〝フォレス・ガロ〟存続と〝ノーネーム〟の誇りと魂を賭けて、ね」
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